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シズカの助言

 うわあああああ……どうしよう。


 昼近く、台所で固まっているライアは。

 固まりながらも頭の中はパニック状態だ。


 台所には昨夜レジナルドが言っていた通り朝食の支度が出来ていた。

 野菜たっぷりのスープが鍋に入っていて、昨日のパンの残りは卵液に浸してから焼いてある。どちらも一人分と思われる量。

 彼はいない。

 ちょっと出ているとかではないのは確認済み。貸していた客間がきれいに片付いていて部屋の主がいなくなっていることは明らかだった。


 出て……行っちゃったんだ……。


 同じ言葉をもう何度も頭の中で繰り返している。

 そして。どんな気持ちで出ていったのだろうと思うと……心が凍りつく。

 黙って出ていったのだから楽しい気持ちで出ていったのではないことぐらい分かりきっている。


 私が追い出したのだ。

 私の言葉のせいで。


 昨日はなかなか寝付けなくて、そのせいで明け方ようやく眠れたと思ったらそのまま昼まで寝てしまった。

 ちゃんといつも通りの時間に起きていたら……彼の行動を変えさせられたのではないだろうか。出ていくのを止めるとか……昨日の発言を取り消す……とか?

 いや、えーと。

 その必要があるなら……追いかけた方がいいかな。

 シズカの家にいるのだろうから……その気になればすぐに顔を出せる。


 と、そこまで考えてみて。

 そうか。

 その気になればすぐ顔を出せるから、置き手紙もなにもなく出ていったのかな。とも思えてきて。

 ……ここは焦らない方がいい? 様子を見るのが正解?

 と思い直す。

 そもそも、シズカの家にいきなり押しかけたとして「なにしにきたの?」って言われたら適当な言い訳が思いつかない。


 そんなことを考えながらスープを温め直してみる。

 これはもう挙動不審の一種かもしれない。

 気持ちを落ち着けようと普段の作業を始めてみる……っていう。


 スープとパンは美味しかった。

 そうか。パンケーキ以外のものも美味しく作れるようになったのね。成長してるじゃない。

 むすっとしたまま食べ終わって、食器を片付けて、そのまま裏庭に向かうことにする。

 裏庭は昨日の宴のおかげで薬草の類がわんさか成長しているはず。

 なんなら季節外れの花や実も豊作のはずだから店で使うストックと上手くいけば次にオルフェが来た時に売る分を用意できるだろう。

 そう思ったら時間が勿体無い。

 さっさと始めないと日が暮れてしまう。


 ……別にレジナルドの事を考えないようにしているとかじゃないからね。

 忙しいから考えてる暇がないっていうだけなんだから。




 そして、翌日。


 ……別にレジナルドに会いにいく口実を作りたかったとかじゃないからね。

 と心の中で言い訳をしながらライアは昨夜用意した袋を二つほど取りまとめる。

 昨日はある程度の新しい薬草の類を店のストックとして追加できることがわかったので今店にあるものは他所に持っていっても大丈夫だろうなんていう予測ができた。

 なので、乾燥させてある薄荷の葉を数種類のハーブと混ぜてまず袋詰め。これはシズカがお気に入りの茶葉。

 それから安眠用のブレンド薬茶。……こっちはレジナルドのお気に入りだったから。


 そそくさと店を出て、シズカの家に向かう途中何度となく抱えている袋に目をやる。

 別に……たまたまこの種類のものが一番たくさんあるってだけの話で、わざわざシズカのところに行くためのお土産を選別したってわけじゃないからね。

 もはや、誰に言い訳しているのかわからないけれど心の中でそんな確認を続けて。


「えーと……」

 シズカの家はカツミの仕事の関係、つまり作業小屋があるのでちょっとばかり庭が広い。

 なので、まずはそちらに注意を向けてみて。

「誰もいない、と……」

 小屋の方からは何の音もしないので中で作業している人が誰もいないとこは明らか。


 ……聴覚が戻っている状態って、ありがたいな。

 なんて変なことに感動する。

 普段なら近づかないとわからないところだが、そんな事をしなくても人の気配がしないことがわかる。

 なので。


 トントントン


 軽くドアをノックする。

 しばらくしてドアが開き。

「あら、ライアじゃない!」

 シズカが満面の笑みで迎えてくれて一安心。

 友達のように付き合っているとはいえ基本的にライアの方から訪ねて行くことはなかった。何か頼まれた物を届けるとか、前もって約束している時くらいだ。

 なので、シズカが目を見開いて驚いているのも当然といえば当然で。

「あの、これ。薄荷のお茶がたくさん出来たからちょっとお裾分け、なんだけど」

 訪問慣れしていないライアはついギクシャクと用件を告げる。

「わ。ありがとう! このお茶美味しいのよねー! 惜しむらくはライアのようにおいしく淹れられないという……って、あれ? 二袋も?」

 はいきた。

 うん、そうよね、こっちの説明をしなければ。

 意識した途端ライアの肩が固まり、ついでに笑顔も若干強張る。

「あ、そう、なの。これ……えっと……レジナルドの好きなお茶なんだけど……」

「え?」

 やっとのことで絞り出した名前を聞くやシズカがきょとん、とした。

 妙な反応にライアもつい無言でその顔を見返してしまうと。

「レジナルドだったら出ていったけど……」

「……はい?」

 思いもよらない言葉が返ってきてライアの頭の中が真っ白になった。


 そんな様子を見て何かを察したらしいシズカが家の中に招じ入れてくれたので呆然としながらもそれに従う。


「……えーと。あいつ、ライアに何も言って行かなかったの?」

 テーブルで客らしく座ったライアの前にシズカが早速薄荷のお茶を入れて出してくれる。「味に期待しないでね」なんて言い添えながら。

「……うん」

 なんだかここで肯定するのも気まずいのだが。

 何も聞いていないことには変わりない。

 なのでつい視線が泳いでしまいながらもライアが小さく頷いてみたところで。

「もー! なんなのよ! あの白ウサギはっ!」

 シズカがライアの向かいの椅子にどかっと腰を下ろす。

「あ……あの……?」

 ライアがそろそろと視線を向けると。

 シズカは呆れたように腕を組んで一旦視線を天井に投げてから。

「出てったのは今朝よ……」

 と、話し始めてくれた。


 どうやらレジナルドは昨日一旦ここに帰ってきたらしい。

 で、カツミとしばらく話をして、今朝方出ていった、と。

 本来なら弟子入りしている身。こっちに帰ってきたのなら今日のカツミの仕事について行って一緒に帰ってくるのが一日のパターンになる筈だったのがいきなり小綺麗な格好をして出て行ったのでシズカもびっくりしたのだとか。

「まぁ、いずれ帰ってくるんだとは思うんだけどね」と言うシズカの見解は彼の荷物は本格的に持ち出されたわけではない、ということによるらしい。


 でも。

 と、ライアは密かに思う。

 私だって、ゼアドル家から出てくる時はほぼ身一つで来た。落ち着いたら必要な荷物は取りに帰ろうとは思うが、差し当たってこっちに必要最低限のものがある以上取りに戻るのは先延ばしにする気満々だ。なんならあっちで処分してくれてもいいと思ってしまっているくらいだ。


「で、今朝あいつが出て行った後うちの旦那に『どういうこと?』って聞いたんだけどね。なんかまだやらなきゃいけないことがあるから町に帰るって言ってたらしくて、旦那もあんまり詳しいことを説明してくれなくてさ。もうてっきりライアの方が詳しく知ってるんだろうと思ってたのよね」

 そう言いながらカップに手を伸ばしてお茶を一口。

 なのでつられてライアもカップを手に取る。

「……」

 一口飲んでおや? と思い、もう一度飲み直して。

「……シズカ……」

 じとっとした上目遣いになるのはもう仕方ない。

「ねぇ? なんでだろうね、この不味さ」

 視線の意味を正しく理解したらしいシズカが的確に返してくるのでライアが渋々立ち上がる。


「はい。これならいつもの味だと思うけど」

 あまりにも美味しくないお茶を飲んだライアは、首を傾げつつ自主的に他人の家の台所に立ち、お茶を入れ直した。

「わーい。ありがとう」

 ほぼ棒読みで返してくるシズカは……やはり気まずい気持ちがあるということなのだろう。

「たぶん茶葉の量とお湯の温度の問題だと思うけど」

 苦笑混じりにライアが説明を加える。


 飲みやすい温度を意識したのかお湯の温度が低かったし、茶葉の量は少なかった。

 なのでぼんやりした味に雑味が際立っていたのではないかと思われて。


「……あ。やっぱり美味しい。……やるわね」

 シズカがニヤリと笑いながら視線を寄越すので。

「どうも」

 ライアが小さく頭を下げる。

「……で。なに、あんたたち喧嘩でもしたの?」

「……うぐ」

 思わず口に含んだお茶を吹きそうになったところをライアはどうにか踏みとどまる。

「喧嘩……って……」

「いやだって、あの白ウサギの行き先をライアが知らないなんてそうとしか思えなかったんだけど……」

 テーブルに身を乗り出すとか興味津々な視線を向けてくるとかいうことは一切なく、シズカが淡々と聞いてくるので。

「……喧嘩してるつもりはないんだけど……たぶん、言葉の出し方を間違えた……かもしれない」

「は?」


 致し方なく、ライアは差し障りのない程度に例の女の子とのくだりを説明してみる。


「……うーん……」

 シズカが腕を組んで眉間にシワ寄せる。

「え……っと……」

 簡単に説明はしたものの、説明に不備があったかと少々の不安を覚えてライアがそろりと身を乗り出すと。

「まぁ、ね。こういう話はライアの主観でしかないわけで、そうなると何が悪いとかは分からないんだけどさ」

「あ、ハイ……」

 そうだよね。私の主観。私の思い込み。

 レジナルドの側からしたら、私は気づいていない別の原因もあるのだろうし。

 そう思ってライアが肩を落とすと。

「ああ、いや。主観は大事よ! 少なくともあなたがそう思ってるんだからそれは事実なの。でも、レジナルドにとっての事実が何かっていうのも知っておいた方がいいでしょう?」

「……へ?」

 シズカの口調には迷いがなく、それ故にライアは戸惑う。

 ……知るも何も、彼、出て行っちゃったんだし……。


「追いかけるよね?」

「え……?」

 意表をつくシズカの言葉にライアが目を丸くした。


「あなたね、こういうところは何も言われなくてもすぐ動くくせにそういうところは疎いんだから」

 シズカが自分のカップを取り上げてお茶を一口、口に含む。

「……うん、美味しい。……こういうの、私が頼まなくってもあなたはちゃんと動いてくれるでしょ? ありがたいのよ、凄く。……自分のためにも動いてみたら? 案外あいつもそれを待ってたりして」

 カップを軽く上げながらシズカが軽く微笑む。

「えええええーーーー!」

 お、追いかけるって……私がっ?


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