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【第四回】地の文コンテスト 〜責任と答え〜

【責任と答え】一朝二夕

作者: 桜海暁月

戌の刻、中頃。活気溢れる野武士は、とある友に発破をかけるために酒の席を断って小さな屋敷を訪れていた。

 その野武士の名を、皆は天介といった。


「よぉ、元気にしてたか?」

 女子供は皆床に就き、辺りは、しんと静まり返っている。天介は長屋の軒下を一瞥し、話す。だがそこは月をも消す雲の影があるだけで誰もいない。いや、いるかいるかどうかわからない。影が深いせいで、たとえ、玉のような光るものがあったとしても、もう少し街の灯りがなければ気づく事すらできないだろう。だが、天介ともなればちゃんと気づいていたようだった。

「……どの面下げて戻って来やがった」

 軒下の影から、殺気を帯びた答えが返る。苦しいような、恨めしいような感情が籠っており、天介の第一声が気に食わなかったようだ。

 だが天介は、

「別に? 普通の面で良いだろ。何か変える必要があるか? 」

 と、口元に蓄えた薄らひげを嬲り、じょりじょりじょりじょり……とわざと音を立てて挑発する。

「あぁ、あるだろうが――アンタのせいで……あんな事に! アンタさえ居なければッ! こんな事になっていなかった!」

「ん? ハッハッハッハッ……俺のせいだと? 俺が居なければ状況は変わっていただと? それは面白くない冗談だなァ……!」

 天介はこの時、こう思ったそうな。


――俺がいなかったら、お前今頃生きていないだろう……と。


されど思いも空しく、目先の怒る人物には伝わらない。

軒下から鯉口を切る音がし、ついに戦の火ぶたが切られる。

 

 ギン……

と、夜の街に金属音が鳴り響いた。

 軒下の影から飛び出したのは小柄な武人。被り物を纏い、口元は布に覆われて素顔は見ることができないが、とても端麗な美少年、といった様だろうか。

 刀を左手に持ち、右から真横に一閃する。それを、天介は手持ちの鞘で軽く受け止め、動きを封じる。

「……」

 しかし見事な体格差である。天介の体が恵まれているともいえるが、十五寸程の差分が生じている。親と子の剣の鍛錬でも見ているかのようだ。

 天介は、左手に持つ鞘で刀を流し、後ろに一歩引く。すぐさま右手で刀を抜き、踏み込んで横薙ぎを放った。

 小柄な武人はそれを躱して下段に構え、突進して切り上げる。それが、天介のはなった振り下ろしに止められ、火花が散る。両者とも身を引いて、攻撃、防御、後退。長屋前の小路に怒涛の争いが繰り広げられた。

 打ち合う事二十数合。舞台は小路を逸れて大きな庭へ。池や松の木が無造作に並ぶ中、剣技の応酬が止まる。小柄な武人が疲弊し始めたのだ。肩で大きく息をして刀身もぶれている。だが。

天介のほうは息一つ切れていない。

それもそのはず、たったの二十合だ。その武人の体力が著しくないということに他ならない。並の武士なら四十合は戦えるはずだ。

武人は、五本の刀身の距離――天介の刀がぎりぎり届かない間合いを保ち、すり足で機会をうかがう。体力を失っていようが揺るがないその闘志に、天介は少し怯むがそれを自覚して威勢を張る。

「本当に俺のせいかァ⁉ 俺だけのせいか!」

「そうだ、全ては貴様のせいだ!」

 かつて一緒に戦った戦友に大きな恨みを買ってしまったと、運命を呪う天介。天才軍師と呼ばれた彼は今や面影などなく、ただ周りが見えなくなっているだけである。

「フンッ、ガキみたいな意見の一点張りだな。もう少し頭を使ったらどうだ?」

「あぁ、アンタに言われてたから……何度も頭を使ったさ、どうすれば良いかずっと考えた。これが、この答えが! 俺の考えた結果だ!」

 武人の刀が天介の右脇腹を捉える。途轍もない素早さに大柄な天介は追いつけなかったようだ。間一髪刀を弾き致命傷を逃れるが、刀の軌跡は赤い線となって出血した。

 だが、再度天介は威勢を張る。

「ハッ……ハハハッ! その程度で、今の状況が変わるとでも⁉ たかがその程度で! アハハハ!」

「変わるさ……変えてやるんだ、絶対に!」

 武人は斬刀の後上体をひねり、後ろ向きから回転して正面に横へ薙ぐ。首へ向かって一直線に飛ぶ刀が首を切り裂く。庭を徘徊するネズミやそれを追う蛇までもが天介の首が飛ぶことを予感した時。小柄な武士の刀が吹っ飛んだ。そのままくるくると宙を舞い、塀に突き刺さった。

 何事か、と驚く武士は現状の把握に努める。先ほどまで渡り合えていたはずの刀がいとも簡単に塀まで飛ばされ、自分は今や丸腰だ。どうしようもできなくなったことに虚無感を覚え、脱力する。

 そこへ、天介が刀を振るった。勝負は決したためこれ以上の争いは不要だが、なおも刀は空中を切り進む。

 これで終わりか。


 一閃、天介の刀が武人を捉えずに横の空を切り裂いた。

 再度武人を襲う驚愕。それは、理解へと変わった。

 天介の刀が切ったのは空ではなく口元の布と被り物だったのである。

 それは、女性だった。

 長く妖麗な黒髪に小さい鼻、かわいらしい口元。

 現城主の娘、夕姫ゆうひめ

 行方不明だったが、武人として、男として身を扮していたのだった。



 ――時間を遡る事ちょうど一日前。

 朝山隊隊長、朝山天介。

総括軍師、谷川夕衛門。

 二人は軍長会議に出席していた。途中まで問題なく進められていた会議は、一つの議題で混乱を極めることになった。

 その議題は、『城主の娘、夕姫の捜索』である。

 夕姫自身である谷川夕衛門、そのことを唯一知っている朝山天介は度肝を冷やし、会議半ば嘘偽りを吐き続けなければならない事態となった。

現状、その場でばれることはないはずだった。

 夕姫――夕衛門は齢十二歳にして天才児。重いやけどを負っているため体を多くの布で覆う必要がある。そして、朝山家の次代当主、だ。本当の年齢は十七を過ぎているが、年齢を低く偽ることで年齢にそぐう男子の身体能力になり、高い声も怪しまれることがなくなる。そして、次代当主ということでこの偽った存在に説得力を持たせる。他にも策を弄し、完璧に夕衛門が生まれたはずだった。だが。

 一人の軍師があることに気づいた。

 夕姫と夕衛門の夕って同じ字ですよね、と。

 この名前は、天介が昔保護したときに夕姫に代わる名として付けたものだったのである。

 疑いは一斉に夕衛門に集まる。

 一度だけども素顔を見せてほしい、と。

 怯える夕衛門。ここに集まる一人一人が部隊を率いる長だったり、用心棒だったりする男なのだ。一人の女性が鍛え上げられた男性に正面から向かっては勝てないのは明白。

 だが、先手必勝、と短刀を忍ばせる夕衛門。短刀が表に出る前に天介が動いた。

 この子はうちの跡取りです。勝手な真似はやめていただきたい。


 あっけにとられる要人をよそに、天介は夕衛門を担ぎ、会議を後にした。



――天介にはこれが精いっぱいだった。

 もし、他に良い策があるなら……。夕衛門でいられるなら……

「なら変えてみるが良いさ、俺には出来なかった事を――お前がその手で、やり遂げてみせろ」

 天介は、地面にへたり込む夕姫に手を差し伸べた。夕姫はそれを取り不貞腐れたように言う。

「言われなくてもそのつもりだ。僕は……いや、私は、一国の王になる」

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