嫌いとは言われていない
「ルイっ‼︎ ハオー‼︎ 久しぶりだヨー‼︎」
飛びついてきたルーイーを受け止め切れず、梶井は後ろへとのけぞった。
デボラシステムをダウンさせた後、すっかり研究所が気に入ったルーイーが近頃、仔犬のようにはしゃいでいる。研究室をひとつあてがわれたことにたいそう喜び、この有さまだ。
身体を預けられ、首に腕が回る。仕方なく抱き止めた。
「おいっ‼︎ 危ないだろ、このボケがっ。久しぶりって昨日も会っただろっつーの‼︎」
「イイジャナーイ、昨日ぶりヨー。会いたかったヨゥ」
離れろよと抗議の声を出そうとすると、ルーイーが頬に何度もキスをしてきた。
「うおっ‼︎ マジやめろ‼︎ お前のダンナに殺されるっ‼︎」
「ダイジョブダイジョブ、ダーリン今ジムに行ってるネ」
「いやいやいや、俺、お前のダンナに目の敵にされてっから‼︎ え、ジムって?……それ、俺のこと殺す準備じゃね⁉︎」
ルーイーを引っぺがそうとして、前を向いた。
すると。
目の前の階段を挟んで、川瀬が立っている。
「か、川瀬さんっ‼︎ ……え? え⁉︎ あ、これは違うぞ‼︎ おいっ離れろルーイー‼︎」
慌てて腕で押そうとするが、がっちりホールドをキメられている。が、それをなんとか引っぺがしてから、川瀬に近づいていった。
「か、川瀬さん、あのさ」
話し掛けようとしながら、数段ある階段を駆け下りる。
その先には、川瀬の凍った表情。
踵を返して去ろうとする川瀬を追って、梶井は慌てふためきながら、横に並んでついていく。
「川瀬さんっ‼︎ あいつはそんなんじゃねえっくて‼︎ あいつ、ちゃんと彼氏いるし、」
「そうですか。でも私には関係ありませんからっ」
初対面の時のようなつっけんどんな態度に戻ってしまっていて、梶井は心底しまったと思った。
「川瀬さんには関係なくても、俺は川瀬さんが好きなんで、」
「そんなの信じられない」
梶井を振り切るようにして、歩調を速める。
「信じてよ、俺はあんたが好きなんだから」
「私は好きでもなんでもないっ‼︎」
梶井の足が止まった。
けれど、川瀬はそのまま振り返らずに去ってしまった。
今、川瀬はそのまま看護師として、如月第一病院に復帰している。
タイムリープの能力は、恋人のフリをしていた安居によって、上手く隠されていたため、政府がそれを把握することができなかったのだ。すんでのところで、川瀬は事なきを得たのだった。
ただ、環の姉ではある。
貴重な日本の純血種としてリストにあがっていることには変わりない。その高い能力や知能はこれからの使い所を期待される存在となるには違いない。
梶井はその場で少しの間、突っ立っていた。
「……嫌いとは言われていない」
そう自分に言い聞かせて、とぼとぼと廊下を歩き出す。
梶井は川瀬に好きになって貰えなかった自分が情けなかった。
じゃあなんだ、誰か他に好きな人でもいるのか、そう考えると頭がおかしくなりそうになる。
こんなにも人を深く愛したことは今までにもなかったし、なぜ川瀬 町子にこれほどまでに惹かれるのか、自分でも訳がわからなくて混乱する。
看護師に戻った川瀬は、時々。この研究所に妹の様子を見に来ている。
その時にちらと様子を見かけたりはするが、拒絶されるのが怖くて、やはりただ単にその場で突っ立っているしか、梶井にはできなかった。
(……相変わらず、綺麗だ)
帰っていく後ろ姿を、ただ見つめるしかできなかった。