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突然すぎて、めっちゃ驚くと思うけど


「川瀬さん、突然すぎて、めっちゃ驚くと思うけど……」


梶井は頭を掻きながら、川瀬の顔を見つめていた。


時間は少しさかのぼる。


デボラシステムへのアタックの前。


梶井が大賀と中庭で話した後、廊下に出て水無の研究室へと向かう時、偶然川瀬に出会った。


(川瀬さん……)


双子の妹、環の存在を知ってから、心の整理のために少しだけ時間を置いた。


だが、時は迫っている。公安が捜査令状を電子形式で請求していることはわかっていたし、それが裁判所を通して迅速に発行される時間も予想できていた。


それらを勘案して、作戦決行の時間を決めたのだ。


その開始時間まで、あと15分くらいかというところで、梶井は偶然すれ違った川瀬に声を掛けた。


梶井は意を決するために、息を大きく吸い込んで深く深呼吸をする。

川瀬はというと、梶井の前で身体を固くし、顔を強張らせている。


(そりゃそうだ。抱きしめちゃったもんな、俺)


けれど、ここで怯んだら男がすたる。そう思って決意を新たにする。


「川瀬さん、こんな時になんだけど、俺の話を聞いてください」


「……は、はい」


「川瀬さん、突然すぎて、めっちゃ驚くと思うけど……」


何事かと警戒している川瀬の肩に両手を掛ける。すると川瀬は驚いたように身を引こうとした。

それをぐっと手に力を入れて引き止めると、梶井は決意が鈍らないうちにと強い声で言った。


「俺はあなたのことが好きです」


「は?」


川瀬が間の抜けた顔で、梶井を見る。


「あの、よく分かんねえけど、好きですっ‼︎」


すると、みるみる川瀬の頬が赤く染まっていった。


「あの、どういう、」


言葉の最後は聞き取れない程の、か細い声。


梶井は大きく息を吸い込むと、次にはふううと細く息を吐き出して、気持ちを整えた。


「好きっていうことですっ‼︎ これが終わったら、俺と付き合ってもらえませんかっ」


その時。


頭がキンッと冷えた。瞬時に脳が凍結でもしたような感覚。

目はつむっていないというのに、まぶたの奥がチカ、チカと光った。


(な、なんだこれ……)


そしてポラロイドのフラッシュのような光が、パッと一度。


梶井は目を何度もしばたかせ、頭を振ってから川瀬を見た。


すると。


俯いている。


川瀬の頭頂部。つむじが見え、けれどそこから耳の先がほんのりと赤く色づいているのも見えた。


もうそれだけで、梶井はうわ、やべえと思う。


梶井はたまらなくなり、両手で川瀬の頬を包み込むと、少し屈んで前髪の上からその額にキスをした。


「か、かじ、梶井さんっ」


うわずる声も驚きの表情も、熱を帯びていてぐっとくる。梶井は慌てて言った。


「い、今はイギリス人だからっ」


同じ轍を二度も踏んでしまうとは全くもって俺はバカだなと自分に呆れつつも、腕を伸ばして背中に手を回した。


小柄な身体を抱き締める。


するとなぜか、安堵感でいっぱいになった。懐かしみのような気持ちで、心が埋め尽くされていく。


胸の中に収まっている川瀬は、両手で顔を覆うと、震える声で言った。


「こ、こういうの慣れてないんです。すごく恥ずかしいんです。だからもう止めてください」


血の気がさあっと引いていくのを感じて、慌てて身体を離した。


「ごめん‼︎ またやっちまった‼︎」


「い、いえ……」


「でも川瀬さんっ、俺、頑張るからっ‼︎ っていうのは、これからの作戦のことだけど、環さんにも負担かけねえようにするし、君を……君を守るから‼︎」


川瀬の両手の隙間から見える上目遣いのその瞳はまだ、ゆらゆらと揺れている。


「頑張るからって言うのもなんか変だけど、でもマジ頑張るから俺の恋人になってください‼︎」


川瀬は小さく縮こまっているが、ようやく顔を覆っていた両手を下ろした。


「……俺が守るから」


必死で説得、いや必死で口説く。


「ね、だめかな?」


無言の川瀬。


「も、もしかして、好きな人いる? 安居さんとのこと…… 恋人のふりだったんだよね⁉︎」


全力で否定したくなる。


「そうじゃなかったら、あんなアホなおっさんと……いやいやいや、だめでしょ。絶対だめ‼︎ 俺にしてっ‼︎」


そして、川瀬の伏せられた顔を覗き込もうとした瞬間。


「う、うぅ」


嗚咽が漏れた。


慌てて覗く。するとその瞳の縁から、涙が溢れているのを認めざるを得なかった。


「え⁉︎ ええええ」


「ご、ごめんなさい」


そして、川瀬は涙を手で拭いながら、梶井の横を通り、廊下の奥へと向かう。


自分でも自覚のある情けない声で、梶井は言った。


「どうして、泣くの? それって、俺じゃだめってこと? か、川瀬さんっ、ちょ、待って‼︎」


川瀬が零れ落ちる涙をそのままにして、口元を手で押さえながら廊下を小走りで駆けていく。


梶井はその後ろ姿を。

呆然と見ることしかできなかった。



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