双子を結びつけるもの、絆
──26ものドア。
そのドアの奥には二億に及ぶ、さらなる入り口があるはずだ。
(でも、これは……ここじゃだめだ。このドアの先にいかなくちゃだめなんだ)
直感。
梶井はそう直感したのだ。
『ここでタイムリープするんでしょうか?』
その声で、はっとした。
すると右手に柔らかい感触と温かい体温が戻る。
気がつくと川瀬と手を繋いでいた。
その体温が一瞬にして伝わってきて、梶井を包み込む。
『か、川瀬さん』
いや、もちろん存在するはずだ。なにせ、一緒にデボラシステムへと入り込んでいるのだから。
当初の計画がデータとなって、脳裏に浮かぶ。
梶井はずらりと並ぶ、26ものドアを、改めて見た。
A案の成功率は、66%だと言っていた。あと34%の失敗の理由がここにあるような気がしてならない。
『川瀬さん、たぶんだけど、ここでやっても効果は期待できない。先だ。先に進んだ方がいい』
『わ、わかりました……』
『でも、どうやってこのドア……』
ドアの前で立ち尽くす。二人は手を繋いだまま、お互いの体温を感じていた。
宇宙のような壮大な空間だが、ゆらゆらと不安定に揺れている。
一瞬でも気を抜くと、上下左右すらわからなくなりそうで混乱する。そんなだだっ広く、気が遠くなるほどの無空間で正気を保っていられるのは、隣に川瀬がいるからかもしれない、そう梶井は思った。
手のぬくもり。時々、力が入れられる細い指。梶井の大きな手にすっぽりと包まれている小さな手。
この手が。
看護師として、生きる手助けをし、そして生きる希望となっているはずなのに。
(自分がただ虚しいだけ。空っぽの自分過ぎて……空っぽなんです)
川瀬が言った言葉を思い出す。
梶井は握っていた手に力を込めた。
(君はこの手を誇りに思っていいはずだ)
そして思った。
(その上でまだ虚しいと思うなら……俺がその虚しさを埋めることができたならいいのに……)
梶井はそっと川瀬をうかがい見た。
凛とした横顔。あまりの美しさに梶井の胸がどっと鳴った。
桜色の形の良い唇が動く。
その瞬間。
『環』
その声に、はっと意識を取り戻す。
梶井の隣で、デボラを真の名前で呼ぶ、川瀬の声だった。
『環、たまちゃん』
川瀬の優しく慈愛に満ちた声。
『たまちゃん、おねえちゃんだよ』
少ししてから。
小さな声。
『……おねえちゃん? まあちゃん?』
か細く、弱々しい、まるで楽器が奏でる旋律のような響き。
『たまちゃん、逢いたかったよ。おねえちゃんね、たまちゃんにすごく逢いたかったんだ』
『まあちゃん、逢いにきてくれたの?』
『うん、ずいぶん遅くなっちゃっけど。ごめんね、ごめん。でももうこれからは一緒だよ。ずっとずっと一緒にいる。ずっと側にいるから、側に、』
川瀬の言葉が急にやむ。こみ上げてくるなにかに、遮られるように。
そして。
『……たまちゃん。ここの入り口、開けてくれる?』
『うん、わかった』
嬉しさを帯びる、ころんとした声。その声を合図に、26のドアが一つずつ、開けられていく。
『たまちゃん、ありがとう。あと梶井さんをね、お願い。いけるところまでで良い。連れていってあげて』
『うん。わかった』
慈愛に満ちたやりとりに、梶井は目を細めたくなるような気持ちになる。
『たまちゃん』
川瀬の声が力強いものに変わり、梶井ははっとした。
横を向くと、川瀬は確かに微笑んでいた。
『お姉ちゃんね、これからはずっとたまちゃんの側にいる。お姉ちゃんが必ずたまちゃんを連れ戻すから、それまで待っていて』
梶井の右手がぐっと握られる。その力強さを単純に嬉しく思いながら、梶井もその手に応えた。
『よろしく頼むな、環さん。さあ、いこう』
ゆらゆらと曖昧に揺らいでいた空間がクリアになる。
『はじめまして、梶井さん。いきましょう、一緒に』
環の声もほぼクリアになり、透明な空気の中で響き渡った。
──そして全てのドアは開かれた。
そこからは意識を集中させ、中へ中へとその意識を滑らせていく。
26ものドアの先へと。
そしてそのまま、梶井はデボラシステムの末端を目指していった。