もっと泣き叫んだのかもしれない
(うわあ、俺、何やったあっ)
廊下を早歩きする梶井がある。
顔から火でも噴き出しそうな恥ずかしさ。
(何がイギリス人だあ‼︎ やべえ、自分で言っといてなんだけど、ダサすぎっつーの‼︎)
とてつもなくキザな自分を放出してしまい、全身がむず痒くなる思いだ。
「あああぁあぁ」
意味のない叫び声を上げたくなる。身体をぶるぶると震わせながら、廊下を右へと曲がった。
そのままトイレへ直行。一番奥の個室に駆け込んで、便座に座った。
両手で顔を覆う。
「お前えぇぇ、マジかあぁぁ、ありゃ完全にセクハラだろっ」
はあああと長い溜息を吐く。
「やべえ、俺訴えられるかも。どーしよ」
あのトゲトゲのはずだった川瀬の、弱々しい姿。その背中を見ていると、たまらない気持ちになって、抱きしめてしまった。細い身体が、梶井の両腕にすっぽりと入って、余計に愛しさを感じた。その愛しさに、懐かしみまで。
「やべえ可愛い。いや、可愛いってか美人なんだよ、美人だけどダメなんだよこれはあ」
頭を抱える。
「何がやべえって。あーもう、めちゃくちゃタイプなんだよおぉ‼︎」
実は、川瀬の事後ケアに臨む際、資料の写真を見て、お、タイプ、などと思っていたのだった。
実際に会えば、どストライクと強く認識。最初の印象は良くなかったが、それは川瀬の態度であって、外見には最初から強く惹かれていたのだ。
(はああ、でもだめだよな。俺、嫌われてるもん。ってかさっきのでもう自爆)
ガクッとうなだれる。そうしているうちに少しずつ落ち着きを取り戻し、先ほどの場面が思い出されてくると、川瀬の落ち着いた態度が意外に思えてきた。
「なんかなあ。意外と冷静だったな」
呟く。すると個室ドアの向こうから声が掛かった。
「そうだったの?」
蓬莱の声に驚いた。
「わっ、お前、いたの?」
「なんだよ、いちゃ悪いの? ここ、天下の男子トイレなんですけど」
個室のドアを挟んで会話する声が天井近くで響く。
「ねえ大丈夫だった? 川瀬さん」
お、おお、と返事をする。
「んでも、わからん」
確かに泣いていた。
けれど、その内なる叫びを聞いたわけではない。
(あまりに事の成りゆきが急過ぎて、思考回路ってか感情の回路が止まっちまったんかなあ)
もしかすると、この残酷な運命を呪いながら、心の奥では、泣き叫んでいたのかもしれない。
「……わかんねえんだ」
か細いうなじが頼りなげだった。思わず、抱きしめていた。
けれど、
(俺があんなことしなければ、もっと声を上げて泣けたのかもしれない。あの場に俺がいなければ、もっと……)
それを邪魔したような気がして、矢継ぎ早に後悔が襲ってきた。
「あーもう‼︎ 俺、何やったあぁぁ。くっそー」
両手で顔をバシンと叩いて、ああああぁぁあと絶叫を吐いた。
そして、少しの沈黙の後。
「……梶井くん。まさかとは思うけど? いったい何やったの? ……白状しろ」
蓬莱の低く抑えた声がして、梶井はトイレの個室で固まった。