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その作戦内容は


「とりあえず、作戦の概要だけ話すよ」


マグのコーヒーに口をつけてから、水無は話しを始めようとしていた。


おやつないの? 八角堂のお饅頭は? などと、さっきから大賀を振り回しながら、資料を揃えていく。


一見。冷静に事を構えている印象。

梶井にはそう見えている。


しかし、付き合いの長い大賀には、水無の内面が穏やかでないのが分かるらしい。時折、顔色を窺うような素振りを見せながら、資料を広げていった。


「ではまず。この作戦のキーパーソンなんだけど。君と環、環のお姉さんの川瀬さん、その3人だね」


「は?」


タイムリープの異能力の話を聞いてからは、今回の安居の反乱に欠かせないのは川瀬なのだろうとは思っていた。


川瀬を見守る役を梶井と蓬莱が、そして川瀬を説得する役を安居が手掛けている。


蓬莱と交代した時に、川瀬と安居が恋人のふりをして公安の目を誤魔化していることも聞いていた。


(あれなあ。マジでホッとしたっつーのー)


結局、川瀬に恋人がいないと知って、なぜか気持ちが穏やかになったことを覚えている。


とにかく川瀬 町子は重要な役割を果たすことになるだろうと、梶井は予想はしていたのだ。


それが……。


「……え? なんで、俺?」


自分は安居の手駒の一つだと完全に思っていた。思考が停止したまま動かない。


そこへさらにダメージを食らうような言葉を投げつけられる。


「実を言うとね。今回の作戦は君が居ないと成り立たないんだ。安居さんから聞いてない? だから、早目にここに来て貰ったんだよ」


「どういうことなんだ?」


ポカンとするとは、こういうことを言うのか。


ニヤと笑っている水無を諌めるようにして、大賀が言った。


「先生、意地が悪いですよ。梶井くん、君は自分のことを分かっていないようだから、まずはそこから説明するね」


「はあ、」


「まずは君がデボラシステムを受けた時のことだけど、えっと、資料でいくと七年ほど前になるのかな?」


「まあ、そんなもんです」


「安居さんの報告書には、君にデボラシステムを処方していることに気がつかれた、とある。その時の様子を話してくれないか?」


「はあ、その時は仕事が鬼のように忙しくて、毎日クタクタになってて。でもある日、頭ん中をかき混ぜられる感じがしてから、人の声が聞こえてきたんです。

 未来がどうとか言ってくるもんだから、うるせえと。そしたら声が聞こえなくなって。んで、数日そういう状態が続いた後に、安居さんが来たって訳です。

 俺、もう頭の病気かと思いましたよ。声が聞こえるなんて言ったって、誰も信じちゃくれねえし」


大賀と水無が、お互いに顔を見合っている。


「聞いてはいたけど、やっぱり凄いね」


「本当にそうですね」


梶井が理解できたのか、できないのか、わからない状態で続ける。


「まあ、デボラシステムのオペレーターやパフォーマーになってその仕組みが分かってからは、ああ、これじゃあ普通の人は分かんねえわって思いましたよ。お前は珍種だって、安居さんに言われました」


梶井がそう話した途端、二人にぶはっと吹かれる。


「珍種て! 相変わらず笑わせてくれるなあ、安居さんはあ」


大賀も軽く握られた手を口元に当てて、含み笑いをしている。


「とにかく、梶井くんは感性っていうか、感受性を司る右脳の分野に素晴らしい才能を持っているんだよ。それはね、人の何百倍もの敏感な感性だ。

 『感性』というのを辞書で調べてごらん。『外界からの刺激を受け止める感覚的能力』と説明がある。その感覚的能力というものが、例えばよく切れるナイフのように研ぎ澄まされているんだ。

 だから、気がつけた。君が持つ能力だ」


「でもそれくらい、」


「まだあるよ。川瀬さんの『生き時計』に気がついたそうじゃないか」


「え、あ、まあ」


大賀が先ほどまで笑っていた顔を元に戻すと、梶井の方へ顔を向ける。


「梶井くん、どうして川瀬さんの『生き時計』が本人の意思によって動かされているって気づいたの?」


その大賀の問いで、再度不思議に思う。


なぜ、俺は気づけたのか・・・・・・と。


「それが俺にもなにがなんだか。ちょっとした違和感っつーのか。動きがおかしいなあって思っただけで。でもほんと、なんとなくですよ」


「野生のカン的な?」


「はあ、まあ」


ここである疑問が頭に浮かんだ。口にする。


「川瀬さんって、自分で分かってて『生き時計』を操作してるんですか?」


あの凛とした横顔を思い出す。


「それ、安居さんに聞いて貰ったんだけど、彼女も知らず知らずのうちだったそうだ。けれど、自分にタイムリープの能力があることは知っていた。

 時々どうでもいいことに使ってたってさ。でも、数十分くらいの過去にしか戻れないし、未来に向けては使えないので、そう大した能力ではないって思ってたらしい」


「……そうなんですか」


ひと息ついた。コーヒーを啜る。


水無も、同じようにコーヒーに口をつけてから、話を続ける。


「でもデボラ……環の姉だからこそ、それができたのかも知れないね。実際、『生き時計』は本人の脳波を元に動かしている訳だけど、逆に川瀬さんは知らず知らずとはいえ、その『生き時計』を自分で動かして生きているんだから。

 そういう意味で言うと、この世界で川瀬さん独りだけが、自分の生を自分で生きている、そんな事例なのかもしれない。

 それができるのは、デボラシステムの創造主である環と無意識に繋がっているからなのかも知れないね」


「……そうですね」


梶井が呟くように同意する。しんと沈黙が下りてきた。


複雑な感情が絡まり合う。誰の胸にもそれが存在する。


(ここには居ない、安居さんの中にも多分)


水無がこれがダメ押しとばかりに明るい声で言う。


「まあ、そんな訳で、君と川瀬さんは特別な人なんだってこと。で、何が言いたいかっていうと……」


視線を上げて水無を見ると、水無もまた珍しく梶井を見据えていた。


「川瀬さんという爆弾を抱えて、君に自爆テロを起こして欲しいんだな」


「は?」


そしてニコッと笑う。


唖然とする梶井の前には、初対面の時に見た、あの飄々とした水無がいた。


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