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それぞれの理由


「デボラシステムでの効果が認められているキーワードの検討リスト、先月末に渡したよね。これ、追加分だから」


蓬莱 要が、不服そうな顔をして渡してくる。


川瀬 町子の部屋で二人、向かい合って座っていた。


梶井は渡された封筒を受け取って、それを持っていたファイルの中へと入れた。


「しっかし安居さん、いっつも急なんだよ。心の準備ぐらいさせてくれっつーの」


「良いじゃん梶井くん、水無先生んとこ行けるんだから。僕なんてさあ、全然声掛けてくれないんだよ。安居のヤロー」


直ぐにも良いじゃんと突っ込まれて、少しだけ怯む。


「な、なんだよ、お前行きてえの?」


「もちろんだよ。行きたいに決まってんだろ」


「え、なに? お前も大賀さん美人とか言う?」


「はあ? なに言ってんの?」


「あ、いやいや」


「水無先生の研究、近くで見てみたいんだよ。この前だって僕が行く予定だったのに、安居さんってば、『梶井に天罰を下してやった』とかなんとか言っちゃってさあ」


「そうだったの?」


「そうだよ。僕、もともとは大学で遺伝子操作の研究してただろ? 水無先生はその第一人者っていうか。あの人、超有名人なんだよ。梶井くんは知らないだろうけど」


少しだけ声を潜めて、言う。


「だけど、デボラ自体、全然違う分野だろ」


蓬莱が眉間に皺を寄せて、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「梶井くん、研究室で何やってたの。デボラはもう過去の功績だよ。今はさあ、」


さらに声を落として、蓬莱は驚くべきことを口にした。


「今は、環ちゃんを目覚めさせようとする研究だよ」


「え⁉︎ ちょ、っと待て待て……えええええ⁉︎」


これには面食らってしまった。驚きのあまり、声のトーンが最高潮となる。


「うそでしょ。知らなかったの? え? マジで? 梶井くん、三ヶ月もなにしてたの? ……呆れてなんも言えないんですけど」


そこでガチャとドアが開いて、川瀬が洗面所からよろよろと出てくる。


「すみません、ちょっと具合が良くなくて」


「悪寒大丈夫ですか? 風邪かなあ、季節外れだけど」


蓬莱がすかさず、心配そうな声を掛ける。


「はい。薬飲んだので、もう大丈夫です」


「じゃあ、先ほどもお話ししましたが、梶井の代わりに僕が担当を引き継ぎしますので」


トイレに入る前よりは、やや顔色の戻った川瀬の顔。


けれど、やはりいつもの調子ではないようだ。

梶井も声を掛けようとしたが、蓬莱がそのまま言葉を続けたので失敗に終わった。


「それでは明日にでも、また来ますね」


「分かりました。よろしくお願いします。あ、あの……梶井さんの出張は長いんですか?」


思わぬひとことで、一瞬返事に詰まる。


「え、っと、多分二ヶ月か三ヶ月くらいですかね。前回の出張の時も、そんなもんでしたから」


「そうですか。大変ですね」


川瀬が俯いた。


(むーん。俺に会えないのが寂しい……ってことはない、よな)


川瀬の顔色が良くないのは具合が悪いだけだと、自分に言い聞かせて玄関を出た。


帰宅途中、梶井は川瀬が洗面所にこもっている間に、蓬莱が語った話を思い浮かべてみた。


「なあ、蓬莱はどうして安居さん側についたんだ?」


梶井も蓬莱も、すでにαウォッチに縛られていない。監視を気にしなくていい、自由に会話できる唯一の取り合わせだ。


「どうしてって、まあもともと安居さんを尊敬しちゃってるっていうのもあるんだけど。僕さあ、昔、野良猫を死なせちゃったことがあって」


話が飛躍して、一瞬、は? と思う。


「道端でさ、可愛い仔猫を見つけたんだ。僕、その時車の助手席で親が買い物から戻るのを待ってたんだけど、あんまり可愛いんで、近寄って撫でたくなっちゃって。車から降りようとしてドアを開けたら、驚いて逃げてったんだよ。そんでそこに別の車がドーンってね」


「でも、それは、」


言い掛けて口を噤む。


「そりゃあ、なかなか戻ってこなかった親のせいにしたり、仔猫をはねて逃げた車のせいにしたりしたよ。でも、ダメだった。仕方がないことだと、どうしても思えなかった。虫の息だった仔猫を急いで動物病院へ運んだけど、結局、安楽死」


「それはその……気の毒だったな」


「梶井くん、知ってる? 死んだ野良猫は動物病院でも引き取ってくれないから、火葬場に持って行くんだけど、本当にその場で焼却処分なんだ。係りの人がさ、さも迷惑そうに受け取って、やっておきますから帰っていいですよって言うんだよ」


蓬莱が悲しい目をして、何度も頷いた。自分を納得させようとする時の、蓬莱の癖のひとつだ。


「その時に決めたんだ。もう二度と、猫だけじゃなく他人の人生に踏み込まないって」


「でも、」


直ぐにも言葉が否定される。


「わかってる。そんなことぐらいでって思うだろ。でも僕、その時まだ6歳だったんだ。ショックで一晩中、吐きながら泣いたよ。公務員になって、まさかの生き時計管理課への配属で、僕はそれを思い出して、また吐いた。何度も転属願いを出したんだ。それが無理と分かって、辞表も書いた。でも、」


大きく息を吐いた。


「でも、安居さんに説得されたんだ。一緒にこの悪夢を終わらせるんだってね」


蓬莱の話を聞いて、正直そんな些細なことで、と思った。


けれど、蓬莱、安居、水無、大賀、川瀬、理由は人それぞれだ。そしてその理由の重みには、さして違いはないような気がしている。


「かく言う俺にも、大した理由はねえしなあ」


ただ、クソみてえな話だと思うだけで。





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