『生き時計管理課』
カチ
カチ
カチ
カチ…
『時計』
時を刻む音が、静かな部屋に鳴り響いている。
ただ。ここ『生き時計管理課』では、同時にそれは『人が生命を紡いでいく音』でもある。
目の前には、刻々と変わりゆく数字のデジタル表示。
膨大な量の。
それを目の前にして、梶井=ルイ=レイモンドは両腕を上げて、思い切り伸びをした。
「ふわあーあ」
大きなあくびとともに脱力する。目尻に涙が溜まった。
オペレーション室にて。
「よいしょっと」
目の前のカウンターに両足を乗せてみる。すると、ずっと座りっぱなしでむくんだ足の疲れが緩やかになるような気になった。
カウンターには数字やアルファベットを入力するタッチパネルといくつかのスイッチパネル。
梶井は過去に一度、そのタッチパネルを足で破壊し、大目玉を食らったことがある。それ以後、足を乗せる時には十分に注意している。
「あふ……夜型人間には早番は辛れえ。早く帰って寝てえよ」
あくびを許してしまうと、さらに疲れが増してきて、余計に身体がだるくなった。
いつも通りなら、ヒマな時間帯。
目の前のモニターにはなんの変化も異常もない。
「しかも腹ぁ減ったなあ。もう昼だもんな」
人間の欲求のひとつとでも言うべき『食欲』が、軒並み発動する時間。
空腹を満たそうとする時、人は安易に死を考えない。
昼ごはんは何を食べようか。あれが食べたい、これが食べたい。
そう考えるだけで、人間の幸福感は一気に上昇するからだ。
梶井は左腕の腕時計にちらっと目をやると、やれやれというように足をカウンターから下ろした。
「ようやく交代の時間かあ。遅番は……っと。クロか」
バインダーに挟まっている勤務表を確認していると、梶井の背後にあるドアがシュと開く音がした。
「ルイ、交代だ」
右手にコーヒーのカップ、左手にドーナツの箱を抱えて、男が部屋へとずかずかと入ってくる。
梶井がよっこらしょとイスから立つと、男は直ぐにそこへ滑り込むようにして座った。
「うわ、ケツがぬっる」
「俺のぬくもり」
おちゃらけて言うと、
「キモ」
と返される。
男は、その長身の身体をズリズリと前へ滑らせてから、足をドカッとカウンターに上げた。今にも尻からずり落ちそうな体勢だ。
「器用だなあ。まるで曲芸だ」
黒髪だからクロではない。
首からぶら下げている社員証には、黒石 連とある。二つ下の後輩だ。
黒石は持っていた箱の中をガサガサと探りながら、
「ルイ、異常はなかったか?」
とぶっきらぼうに訊いた。
梶井はその様子を横目で見ながら、身の回りの片付けをし始める。
(えーー昼イチでドーナツか⁉︎)
呆れ口調で言葉を投げ返した。
「異常なしだ」
「あっそ」
これ以上話しかけても返事は返って来ないだろう。黒石はコミュ障気味でいつも素っ気ない反応しかしないからだ。
ずり落ちそうな姿勢をそのままに、黒石は箱からチョコレートまみれのドーナツを一つ取り出し、ボロボロこぼしながら頬張り始めた。
「……じゃ、お先ぃ」
「…………」
我が道をゆくで有名な黒石の相手を無駄に続けるよりは、早く家に帰って寝た方がマシと算段をつけた梶井は、さっさと部屋から出た。
「しかし、よくあんな甘ったるいモン食えるなあ。しかも全身チョコまるけだと⁉︎ チョコ大好き星人か‼︎」
梶井は栗色ウェーブの頭をガシガシと掻きむしると、『生き時計管理課』の課長室へと向かって歩いていった。
♦︎黒石 連 : クロと呼ばれている。梶井の二つ下の後輩。好物はチョコドーナツとコーヒー。無口だが「キモ」が口癖。コミュ障と我が道をゆくが共存。時々、暴走。