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安居 保栄、根底にあるもの



安居は左手に紙袋、右手に看板をたずさえてやってきた。


腕に抱えていた『動物注意』を会議用デスクへと放りなげる。躍動感あふれる『鹿』のイラスト。


(こんなのどこ置くってんだよ……)


心で独りごちる。


安居に声を掛けながら、看板を触ろうとした手を止めた。


「安居さん、こんなの昨日の今日でよく手に入りましたね……って、汚ったねえっっ」


至るところに泥がべっとりとついている。


梶井が苦虫を噛み潰した顔でケチをつけると、安居がもうひとつの小ぶりな紙袋を掲げた。


「ああん? 俺を誰だと思ってんだ? 国交省のお偉いさんにちゃんとオッケーもらってっからな。はいよ、こっちはプリン。梶井も食ってよろしい」


梶井は紙袋を受け取りながら、机の上に放り投げられた看板の泥を手で払った。


「あ‼︎ ちょっと待て、これ‼︎ ここの山道やまみち登ってくる途中にあったやつじゃねえか‼︎ 何がオーケーもらっただよ。うわ、もーー俺知らねえからな‼︎」


「お前、すげえな。通った道の看板、全部覚えてんのか? 怖ええ」


呆れて言うと、大賀がくすくすと笑った。




数分後。


さっきとは打って変わってピリピリとした空気が漂う中、安居を交えて、水無の研究室で机を囲んだ。


まずは安居が切り出した。


「双子ってやつなんだ。もう一人は看護師をしてる。妹は天才で、姉は異才。ねえちゃんの方は、過去に戻ることができる。タイムリープってやつな。ただ、一気に昔にひとっ飛びって訳じゃねえ。まだ今の段階では、良くて数時間が関の山だ。まあ、そこんとこの確認は、はっきりはしてないがな」


「もしかして、No.n3826475、ですか?」


「さすがだなあ、お前。蓬莱ちゃんも感心してたぞ~」


ここで、蓬莱ほうらい かなめも一員だということが知れる。


「マジかー、他には?」


「お前なら、分かんだろ。クロはまあ、親を自死で亡くしてて、デボラに心底傾倒してっからなあ。たとえ俺でも説得は無理だと踏んだ。ルーイーとサヨリちゃんは論外な。他にだな、俺のお眼鏡にかなった奴はいねえんだわ、これが」


「そんで俺か、くっそー」


オーマイガと梶井が毒づく。


机の上に一列に並べていたプリンを、ぶつぶつ言いながら、ラベルの正面をくるりくるりと自分の方に向けていく。


その様子を気味の悪そうな目で見ながら、安居が言う。


「お前……ぜぇっったいA型だよな。本当、顔に似合わねえ」


「キチンとしていないと気持ち悪いってだけですよ」


「お前の趣味って、確かファイリングだったよなあ。なんだよファイリングって、何集めてんの? わかった‼︎ 枝豆の皮だろう。そうだろう。さては居酒屋の皮も持って帰ったな?」


梶井は、はあと溜め息をつきながら、プラスチックのスプーンを配っていく。


「安居さん、俺は順序よく整理整頓させるのが趣味ってだけですよ」


「うわ。いるいる細かいところにうるせえ男な。彼女できねえはずだわ。俺が彼女でも、ちまちまうるせえのは嫌だもん♡」


口での応酬では、梶井に分が悪い。根拠は無いはずなのに、安居のこの説得力。口ではいつも力ずくで押さえつけられている。


「嫌だもん♡じゃねえ。早くプリン選べよ」


安居にプリンを選ばせる。


「上司に向かってなんだよ、その口はあ⁇ クソ梶井、これ何味だ?」


「さあね」


「お前の方に書いてあんだろ」


「……英語かあ、俺、英語できねえハーフなんで」


「梶井ちゃん♡ 意地悪しねえでキャラメル味、早く寄越せ。俺はキャラメル味しか食わねえ男だ」


「キャラメル? これかな? はい、どうぞ」


プレーンを差し出す。


「おい。お前ぇ、覚えとけよ」


梶井を睨みつけながら、プリンの蓋を開けて、口に流し込んだ。


「結局、なんでもいいんじゃねえかよ。ったく」


ふふと笑いながら、大賀が抹茶味を取った。

安居が美人だと評した顔。口元に薄っすらと微笑み。


緊張していた空気が、安居のおかげ(?)でようやく少しほぐれたようだった。

それでも、水無は笑っていない。


どこを見ているのか分からないような瞳。

生きているのか、生きていないのかを、自分が一番分かっていないのかも知れない。


梶井はそんな水無の様子を横目で見ながら、安居と同様に、プリンを口へと流し込んだ。

キャラメルのほろ苦い味が、喉に残った。


「そんでなあ、何がやりたいかっていうとな。お前を巻き込んで悪りいとは思うけど、まあ内部から瓦解がかい? 的なことをやりたい訳よ。そんで最終的には『内部告発』にまでたどりつきたい訳よ」


プリンを一足早くさらえた安居が、さっきとは打って変わって神妙な表情を浮かべている。


「『内部告発』ってあんた……マジで言ってんのか?」


「俺はさあ、12年この仕事やってきた割に、結局のところこの仕事の真の意義ってヤツを理解できんかった。人の生き死にに踏み込むってのも含めてだな。他人の人生自体に踏み込んでいいのかよって思っちまうんだ。しかも、俺たちは土足でなんだよ。相手が何が何だか分かってねえうちに、土足で踏み込んでんだよ。命を助けるどうこうじゃねえ、それ以前の問題だって思うんだ」


プリンのカップを少し距離のあるゴミ箱にスローインする。

ゴミ箱がコンと小さな音を立てた。


「てめえがさ、何様なんだって思うんだ。てめえは神様かって、これは洗脳だろって、いつも自問自答だよ。おっと、これ以上俺が言うとなあ……」


立ち上がって両手をズボンのポケットに突っ込んだ。


「俺があーだこーだ言うと、お前に悪影響かもしれん。水無先生と大賀さんにも話聞いて、どうするかはお前が決めろ」


そう言い残して、安居は丸い背中で部屋から出ていった。



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