双子の妹、川瀬 環
「……幼い頃から天才少女と言われていたんだよ」
オレンジ色の淡い色。水無の頬を染め上げている。
「5歳の時点ではもう、小中高で習うような勉強はおおよそマスターしていてね。このままいけば、中卒くらいで大学の教授にでもなれる学力がついていったんだと思う……」
「でも、これはどう見ても、」
間髪入れずに、梶井が口を挟む。
「まだ子どもだろ」
「うん。今、身体的には13歳……くらいかなあ」
その言葉に、梶井の身体が揺れる。ふわふわと浮遊感。
けれど、頭は水無の話にまだついていけている。
「身体的には、ってのは?」
「脳がね……その頭脳が非常に大切なんだ」
額にじわりと汗。それを右手の甲で拭った。ただの汗なのか、それとも冷や汗なのか。判断はつかない。
「脳……」
梶井が呟くと、水無がほうっと息を吐いた。
その斜め後ろ。大賀が水無の背中に腕を回しながら立っている。
水無を支えるように立つ大賀も、水無の表情と同じく、影が差し淀んでいる。
梶井がなんとか続けようとする。
「それはその……脳だけが必要ってことか?」
「ああ、そうだね。このポッドだけど、脳だけを急激に成長させるために、身体の成長を最低限の生命維持だけにとどめているんだ」
水無が支える大賀から離れ、眠り姫の眠るポッドへと進む。手を伸ばして、そのガラスをそっと撫でた。
「梶井くん、きみは植物や果物の摘果って知ってるかい? 果実を大きく美味しくさせるために、実になろうとする他の候補を、初期の段階で摘み取るんだ」
梶井が小さく頷く。
「そんな風にして、身体の成長に使われる栄養や酸素を必要最低限にしてだね。残りを脳へと回すんだ。最初はそんなことが可能なのかどうかが分からなかった。けれどやってみたら意外と簡単にできてしまったんだよ。そしてこの少女の脳は、世界で有数の優れた脳へと成長したってわけだ」
水無の「意外と簡単に」の部分に反応し、背中に悪寒が走った。
頭の中が凍りついていく。
ムカムカと吐き気がするのを、抑えることができなかった。
「最低最悪だぞ」
「うん。そうだね。彼女の年齢、……本来は23歳だよ」
「……クソだな」
「うん、クソみたいな話だ。安居さんにも同じことを言われたよ……」
「で、その首謀者があんたってことか」
一瞬、間があった。
けれどそれから、少しして、
「まあ、そうなるね」
と、消え入りそうな、薄い声で言った。
この研究施設へ来て初めて聞く、水無の弱々しい声。
その躊躇を含む肯定の言葉で、真の首謀者が政府だということを理解する。
もともとこの研究施設を提供したのは、国なのだ。
「彼女の脳を使って、僕がデボラシステムを構築したんだよ。例えばこうしたいと希望があるとするね。その条件とそれに付随するデータを彼女の脳に送る。すると彼女はそれらデータを基にしてこうすればいいという方法を返してくれるんだ。非常に精度の高いスーパーコンピュータと言ったらわかりやすいかな」
生気のない声。
「いや、スパコンを凌駕するほどだ。それでこの少女とのコンタクトを可能にしたのが、この装置なんだ。……僕が、」
沈黙。水無がくしゃりと顔を歪めた。
「僕が、これを創ったんだ」
ポッドの横にある、大きな装置に手をやる。そして、数回撫でてから、ポンポンと軽く叩いた。
その水無の様子を見て、梶井は思った。
(後悔、しているのか?)
水無のその後ろで、大賀が水無を哀しい目で見つめている。それはまさしく憐憫の情だ。
そして、この時。
梶井はもう一つの事実に気づくと、大きく舌打ちをして嘆いた。
「ああぁーークソッ‼︎ 運命共同体ってことなんだな」
水無が顔を上げて梶井を見る。そして弱々しく笑って言った。
「さすが、安居さんがチョイスしただけあるなあ」
明るく言った言葉とは裏腹に、その表情は歪み続けていた。
♦︎川瀬 環 : 川瀬 町子の双子の妹。人知を超えた頭脳を持つ。スーパーコンピュータ並み。6歳の頃、研究施設に連れてこられる。そこで水無とデボラシステムを構築。ここへきて現在まで眠り続けている。