圏外
舗装されている山道をぐるぐると回る。
「……ま、まだ着かないですかね?」
「いやあ、もうすぐだよ」
「すげえ山奥っすね。あんまお客さん、ないんじゃないですか?」
「んー時々いるよ。研究所を訪ねてくる客がね。お偉い先生候の人がタクシー使ってくれるから」
「そ、そうなんすか」
「もうすぐだから」
「さっきからそればっか、」
「もうすぐもうすぐ……ああ着いた着いた。ここだよ」
浮遊感で気分が悪くなりながらも、やっとのことで乗車賃を支払いタクシーから降りる。
「うええ、気持ち悪う。……思ってたより、山奥だったな……うぷ」
「はい、これ荷物ね。お疲れさん、……大丈夫かい?」
タクシーが去るのを見送り、高い壁に囲まれた大きな研究施設を見上げてみる。
本当だ。何もかもが真っ白。
建物。それを囲む壁。全てが白い。
『白い城』とふもとの人達にあだ名される理由に、納得がいく。タクシーの運転手も同じことを言っていた。
「オヤジギャグだと思っちまったが、……何だよ、マジだったんだな」
『健康維持管理局』にも引けを取らない、大きな要塞のような建物。四方を奥深い森に囲まれた、まるで秘密基地のような佇まいだ。
梶井は出張用のスーツケースの持ち手を引いた。森から聴こえてくる小鳥のさえずり。それをかき消してしまうくらいに、ガラガラと車輪の音が山間に響いていった。
この広大な施設が個人所有であるとは、俄かには信じられない。
だからなのだろうか、警備員が一人として見当たらないことに驚く。
「うちのセンターですら、警備員がいるっつーのにな」
梶井は高い壁の真正面に設置されている入り口の門へと向かっていった。
看板も何もない。研究所の正式名称って何だったっけ? と梶井は今さらながら苦く思う。
そこには上から構える二台の監視カメラ。
ドアのノブに手を掛けようとすると、カチャリと施錠を解く音が鳴った。
(あ、なーんだ。ちゃんと見てんのか。警備員がいねえはずだ)
そのままエントランスへと入る。
ここで立ち止まり、念のため、ズボンのポケットからスマホを出してみる。
やはり、圏外。
ここへ来る途中、タクシーの中でこの山のどの程度まで携帯が使えるのかを逐一チェックしていた。が、山の中腹に入るとあっさりアンテナが立たなくなった。
梶井のαウォッチも、ネットとの接続は切れているはずだ。
「なーんかスッキリして気持ちいいもんだ。監視されねえってのは精神的に解放されんなあ」
庭を進むと、そこに建物の玄関に続く階段がある。その階段を数段上がったところで、思いがけず後ろから声を掛かけられた。
「君が梶井くんかな? 安居さんに話は聞いているよ」
振り返ると、そこに小柄な男が立っている。
梶井が階段を数段上った状態で見下ろすと、
「うわあ、背が高いねえ。僕ももう少し背が高かったらなあ」
柔和な笑顔。童顔なその顔が作用して、最初中学生が白衣を着ているのかと思った。
そう言って男は、ひょいひょいっと階段を上がっていって梶井を追い抜いた。目線が合う。
「僕もこれくらいが良かったなあ」
好感の持てる笑顔をたたえている。
けれどそれより何より、その髪型。
黒髪だが長く伸ばしてあるのだろう、頭の上で団子結びにしてある。
「見かけは本当に外国人だ。僕は水無です、よろしく」
手をにゅっと差し出されて、ようやく梶井も手を握った。
(この人が水無教授? 信じらんねえな)
「こちらこそ」
握手が終わると、水無は残りの階段を軽快に駆け上がって、玄関のドアから入っていく。
梶井もスーツケースを反対の手に持ち替えると、階段を上がっていった。
玄関に入るとまずは警備員によって、自分専用のパスを渡されその場で暗証番号を設定し、あとは荷物検査とスマホの検査があった。
αウォッチはここでは必要ないが、腕からは外さないように、と注意される。
この建物の中には、宿泊施設や売店などもあり生活するには困らないが、何か必要なものがあれば、室長の大賀 慎也に頼むように指示される。
後ほど、この大賀という人物に施設を案内して貰うように段取られているようだった。
「許可なく、外出しないようにお願いします」
念を押された後、宿泊施設の中で割り振られた部屋へと案内された。
「はああ、疲れたあ」
部屋に据え置いてあるベッドの上にごろんとなり、ぐぐっと伸びをする。
安居は「左遷」とは言っていたが、梶井は「出張」と捉えている。
「何を話したいんだか」
そしてそのまま、うつうつと浅い眠りに入った。