日本人として
局舎から歩いて十五分程の距離。
飲み屋が何軒か入っている比較的大きなテナントビルがある。
「とりあえず、そっち方面に歩くかー」
安居が背中を丸め、ポケットに両手を突っ込んで、梶井の隣を歩く。
局舎のあるF地区は比較的、治安が良い街だ。
住人も中流層が多くを占めているため、ここ数十年は閑静で落ち着いた街並みを維持している。
お決まりの桜並木が各所に配置され、老夫婦や愛犬家が散歩したり、道の曲がり角に造られた公園では昼間、幼い子ども達が声を上げて遊んでいる。
そんな街並みの中にある中央センターは、何かの研究所のようにぽっかりとそこに存在していた。
外からは見えない厳重なセキュリティ。
「厳重なのを厳重でないように見せかけるのが難しいんだぞー。そこんとこ、わかってるか♡」
それが安居の口癖(?)だった。
そして、ニコニコ優男の警備員が常駐する正面玄関には、『健康維持管理局中央センター』の看板。
国の施設だというだけでその本質を微塵も疑われていない。
中央センターをぐるりと囲う、まずまずな高さの塀を横目に見ながら、梶井は安居と肩を並べて歩く。
梶井は日本とイギリスのハーフ、身長は185センチの長身で人目をひく。
安居も同じくらいの身長のはずなので、この猫背を直せば目線も同じ高さになるはずだ。
すれ違う人が、チラチラと見ていく。
「ちょっとーこれなんの罰ゲーム? 隣に並ぶの、勘弁して欲しいわ‼︎ このチキショウめ。お前の顔、マジで目立つからなあ」
さも不服そうに言う安居の言葉を聞き流す。
ここ2年は面倒くさいのもあり彼女はいないが、確かにまずまずはモテる。
明るい栗色の髪。
ウェーブが程よくかかり、美容院でカットするだけでこの状態を保てるのは、なんとも経済的だ。
目鼻立ちは、整っている。
(まあなんつってもハーフだしなあ)
製薬会社で働いていた時も、女医には概ね好評だった(反対に高齢の教授には敬遠された)。
けれど、俺は日本人だ。
梶井はいつも強く思っている。
そもそも日本で育ったから考え方も日本的だし、意外と日本人の争いを好まない柔和で穏やかな国民性を気に入ったりしていた。
両親を二人同時に自動車事故で亡くした時。
周りの人々の優しさに何度助けられたことか。
「おい梶井ぃ、もっと離れて歩けよ。俺が居たたまれないだろ」
気がつくと、安居と肩が引っつきそうな距離。
その距離を確認してから顔を上げると、通りすがりの女子高生が、きゃあっと声を上げた。
「なんかムカつくんだよ。あ、そうだ。俺と歩く時は覆面しろ。今度、買ってやる」
「なんで俺が覆面なんですか。安居さんがすればいいじゃないですか」
「はあ⁉︎ 相変わらずバカちんだなあ。お前の顔面に問題があんのに、なんで俺が隠さなきゃいけねえんだよ」
安居は彼と肩を並べて歩くと、いつもこんなような会話になる。
梶井はその安居の心の狭さに肩をすくめると、両手をパーカーのポケットに突っ込んで、安居の斜め後ろをついていく。
斜め後ろから見る安居の表情。
その顔に、なにやら含みがあるのは、中央センターを出る時からわかっていた。