デュラハン討伐─7
フォッグ大森林の外。
20名もいたはずなのに、森から出て来たのは3人。今まで多くの冒険者を運んできた御者だからこそ察した。帰って来た3人に深々とお辞儀したあと、出発の準備を整えた。
そして、シュヴァル王国、王都ケルコスに到着。その頃には昼時となっていた。
ラエナたちは冒険者ユニオンに向かった。
冒険者ユニオンの中に入ると、見慣れないプレートアーマー(ゴッドソード)に注目が集まっていた。特に露わになった立派な腹筋だ。それは併設された酒場にいる冒険者たちも同様で、食事の手を止めるほど。
ゴッドソードが注目されている中、ラエナはそそくさと受付に向かう。受付はラエナの背丈では届かないため、ハーフリング用に用意された台の上に立った。
受付嬢と話を終え、ラエナとキュルエは報酬金の入った麻袋を手渡された。その際、受付嬢から、ラエナの後ろに立つプレートアーマー(ゴッドソード)について冒険者かどうか問われた。
「もし冒険者登録をされていないのであれば、今からしますか? すぐご用意しますので」
「あ、えっと」
断ろうとしたラエナだったが、その前に受付嬢は奥の部屋に行ってしまった。しばらくして、受付嬢が1枚の羊皮紙を持って来た。そしてそれをカウンターの上に置いて、ゴッドソードに視線を移す受付嬢。
「もしよろしければどうぞ」
「これは?」
「こちらは冒険者登録するために必要なものですよ。わからないことがあれば言ってください」
「ああ」
冒険者、ある程度の意味は知っていたゴッドソード。だが、登録の仕方、羊皮紙に書かれた内容がわからない。だから、ラエナに助けを求めるように冑を向けた。
「私が代わりに書いても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ」
「では」
受付嬢に確認し、ラエナはゴッドソードの代わりに手続きをしたのだった。と言っても、名前を記入するだけなのだが。
「それではこちらを受け取ってください」
受付嬢がゴッドソードに銀製の腕輪を手渡した。そこには、冒険初心者の証であるエニシダと文字が刻まれている。それを腕に嵌める。
「なくさないでくださいね」
「わかった。約束する」
「え、ええ。約束ですよ」
約束するほどのことでもないのだが、真剣なゴッドソードに受付嬢は戸惑うものの微笑みを崩さない。それは多くのくせ者と対話してきた受付嬢だからこそ成せるものだろう。
それから、ラエナたちは冒険者ユニオンをあとにした。これから向かう先は防具屋だ。鍛冶屋でオーダーメイドという選択肢もあるのだが、それだと採寸するために鎧を脱がなければならず、デュラハンであることがばれてしまう。なので、防具屋なのだ。そこだと、自由に防具を選べるため、鎧を脱いだとしても見られる心配はない。
「この近くにホールン用の防具を取り扱っているお店があります。今からそこに向かいます」
ホールンは、頭に角を生やした種族で、特に男性は大柄で、女性は人間と変わらないほどだが、力はかなりある。そんな種族に合った防具を売っているお店は、大きなものでホールンサイズ、小さなものでハーフリングサイズと幅広く取り扱っている。ちなみに、青いローブを身に纏っているラエナは、その下に、今から向かっているお店で購入した水色の防具を身につけている。
街の人たちがゴッドソードをちらちらと見ている。この辺りは冒険者が多いのでゴッドソードのようなプレートアーマーは珍しくないのだが、注目されているのはそこではない。それは、冒険者でなくとも、老若男女関係なく、興味を示してしまうもの。主張の激しい腹筋だ。
「視線を感じる。私は変だろうか?」
「そんなことはないです。ただ」
ラエナは気づいていた。ゴッドソードのどこに注目が集まっていたのかを。でも、それがわかっていたとして、注目されないようにするのは今のところ無理だ。それに本人はわかっていないようだから。
「ただ、なんだ?」
「いえ、なんでもありません」
「そうか」
別に口にするほどのことでもないと判断したラエナだった。
特にこれと言って会話のないまま、目的の建物が見えてきた。魔法建築独特な湾曲した部分がある。それは人の手では無理な形。その上、建物としての丈夫さを保つには不可能なレベル。しかしそれを可能にしてしまうのが魔法建築なのだ。
「異様な形の建物だ」
ゴッドソードのどこに視界があるのかは不明だが、彼には見えていた。初めて見る魔法建築に時代の流れを感じていた。
その建物の中に入る。
中はかなりの広さがあり、壁を埋め尽くすほどの防具が飾られていた。
「ホールンサイズはこの奥にあります」
ラエナの案内で、ゴッドソードでも着られる鎧を見繕う。先ほど報酬金をもらったのでかなり高価な鎧を買うことができる。
「どれがいいですか?」
「う~ん。私は見繕ってもらう側だからな。あれやこれやと口を出すのは憚れる」
「そんなこと気にしなくてもいいのですが」
ゴッドソードと言葉を交わす度、ラエナは彼が魔物だと増々思えなくなっていた。遠慮をする魔物なんて聞いたことがない。
ラエナはずっと独りだったこともあり、異性に防具を見繕った経験などない。
「キュルエはどれがいいと思いますか?」
自分では決められず、キュルエの手を借りることにした。
「私?」
ラエナとゴッドソードを後ろから静かに見守っていたキュルエは、突然頼られ困惑気味である。それに、キュルエもラエナと同様で異性に防具を見繕った経験はない。
「ど、どれがいいかなあ?」
シュっとした印象を受けるプレートアーマーやごつごつとしており、触れば手を切ってしまうのではと思わせるほどの厳ついプレートアーマーなど種類は豊富。それがまた2人を悩ませる。気に入ってもらえるだろうかと。
そんな2人にゴッドソードは言った。
「私は、ラエナ、キュルエに選んでもらったものであれば何でもいい」
だが、何でもいいほど難しいものはない。けれど、ここに揃う防具たちはレベルの高いものばかりで、どれを選んでも納得はしてくれるだろう。
ラエナとキュルエは、それでも悩み、ゴッドソードの気持ちを考えてやっと選んだ。
紫色のプレートアーマー。そこまでごつごつとはしておらず、動きやすいと思われる。きちんと冑を被って顔を隠し、その姿は、ドラゴンを狩る者と言った印象が強い。
「次は剣ですね」
「うん」
「私は魔法使いなので剣などの武器は持ったことがありません。ですので、キュルエ。どこか知っている武器屋はありませんか?」
キュルエも魔法使いなのだが、森に生きるエルフであるため腰には長剣と短剣がぶら下がっている。
「任せて。同じエルフがやってる武器屋があるの。そこなら品質に問題はないはず」
「では、任せます」
そして、キュルエの案内でエルフが経営している武器屋『センリン』にやって来た。
キュルエが扉を開けると、その先にカウンターが見え、耳の尖った白い肌の女性がいた。
ところどころに観葉植物が置いてあり、淡いオレンジ色の光に照らされている。
「いらっしゃいませ! ってキュルエ!」
「ウロラ!」
短めの金髪。金色の瞳。ウロラと呼ばれた女性は満面の笑みでカウンターから出て来た。
「元気そうでよかったよ」
「まあね」
「それで、どうしたの?」
キュルエの後ろに立つラエナとゴッドソードを伺いながらそう言った。
「こちら、ゴッドソードさんの剣を買いに来たんです」
「あら、そういうことね。ちょっと待ってて」
ウロラはそう言うと、カウンター奥の扉に入って行った。その中には武器が沢山保管されている。
それから数分後、片手に銀色の剣を持って出て来た。
「これなんかどうかな」
ゴッドソードに剣を見せる。
綺麗な刀身は鏡のようにゴッドソードを映し出す。
「これは鉱石を食べるジュエルドラゴンの外皮を素材にして作った剣。しなやかで切れ味は抜群よ」
「そうか。なら、これを頼む」
防具とは違い、剣はすぐに決まった。ゴッドソードは、防具の価値も剣の品質もわからない。ただ、防げればいい、切れればいいとしか考えていない。その考えは、人であった頃と変わらない。
「毎度あり。また来てね」
ウロラに笑顔で見送られ、3人は店をあとにした。
ゴッドソードの防具と剣を揃えたことで、報酬金のほとんどを失って今日の宿代くらいしか残らなかった。しかし、それとは別で貯金しているラエナは痛くも痒くもない。
「これからゴッドソード殿はどうするのですか?」
魔法建築の建物が立ち並ぶ街並み。真ん中に馬車の通る道、両端に人の歩く道とで分かれた街道を歩くラエナ、キュルエ、ゴッドソードの3人。
ラエナは、ゴッドソードとの取引を終えたことで、彼が今後どうするのか気になっていた。
「私は森に帰る」
「そうですか。せっかく冒険者として登録したのに、残念です」
ラエナにとってゴッドソードはデュラハンというアンデットではなく、1人の冒険者として見えていた。だからこそ、冒険者の最高峰であるストックレベルはあるゴッドソードをこのまま森に返してしまうのは勿体ない。ただでさえ、日々命を失っている冒険者がいるのに、と思っていた。
けれど、無理強いはできない。
そう考えていると、ゴッドソードは感情の起伏のない声色で言った。
「とは言っても私は冒険者だ。いずれは、冒険者として活動することもあるだろう。その時は色々と教えてくれ」
ラエナの気持ちを察したわけではない。ゴッドソードは、単に冒険者というものに興味があったのだ。ただ、久しぶりの人混み、喧騒に疲れていた。今はあの森(フォッグ大森林)で安静に過ごしたいと思ってる。
そのことを知る由もないラエナは、気を遣ってくれているものだと勘違いし、優しいんだなと思っていた。
「わかりました! その時は一緒に冒険に出ましょう」
「その冒険、私も一緒にいい?」
「もちろんです。キュルエも一緒です」
「では、3人で冒険か。いいものだな」
ゴッドソードはぼそりと呟いた。その声は街の喧騒によって掻き消されてしまったが、その気持ちはラエナもキュルエも同じだ。
そして、ゴッドソードはフォッグ大森林へと帰って行ったのだった。