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首なしナイト  作者: 渋柿塔
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デュラハン討伐─6

 占いを信じ、ラエナはローブの袖から細い腕を前に突き出した。それを見たかどうかは定かではないが、同時にゴッドソードも剣を構えた。

 近づけば先ほどの攻撃で首を切られる。

 初手の攻撃を警戒し、ラエナは習得した数ある魔法の中から遠距離に特化した魔法を選ぶ。


「──アースマギア・ソルランス=土魔法・土槍!」


 泥が浮き、ラエナの腕を覆うように絡まり、それはやがて槍へと形を変える。ラエナの呼吸と共にそれは勢いよくゴッドソードを狙い放たれた。


 霧を吹き飛ばすほどの威力を持つ土槍がゴッドソードを襲う。が、糸を切るかの如く容易く両断された。その手際は目に見えないほど。達人の領域だ。


 それを見たラエナは、驚きに開いた口が塞がらなかったが、すぐさま気を取り戻りし、次なる一手を打つ。


「これなら──ファイアマギア・フーバード=火魔法・火鳥!」


 どこから湧いたのか、ラエナの周囲を3匹の火の鳥が舞った。この鳥に意思はない。ラエナの思い通りの傀儡だ。

 3匹の火鳥がゴッドソードを捉えると、轟々と燃える大きな翼を羽ばたかせた。


 前、右、左と3匹の火鳥が飛び、ゴッドソードを囲う。


「先ほどと同じように思えるが──ゴッド・フィールド=神の領域」


 そよ風が起こった。その瞬間、3方向に分かれて襲って来た3匹の火鳥に斬撃が通った。しかし、火で作られた火鳥は再生し、勢いは消えない。

 ──そして、


 ボン!


 ──ゴッドソードに見事に着弾した。遠く離れていたラエナは足を踏ん張り爆風に耐える。体が軽く、背も低いため少しでも力を抜けば吹き飛ばされてしまう。それほどの威力の魔法が命中したのだ。ラエナは、もくもくと立ち昇る煙を睨む。もしかしたらやったかもしれない。微かにそう願った。


 次第に煙は霧の中に溶け込んだ。そして、現れる脅威──ゴッドソードは強者の雰囲気を漂わせながら立っていた。

 やはり倒せていなかった。

 そう思った時だった。ラエナはあることに気がつく。

 それは、剣士であるゴッドソードにとって致命的と思われ、ラエナにとっては希望。


 ゴッドソードが右手に持っていた錆びた剣が灰になっていたのだ。それだけではなく、上半身の鎧も灰になっていた。そこから露わになるゴッドソードの肌は、少しだけ黒かった。鋼よりも硬そうな大胸筋に6つに割れた腹筋。それは強者の証だ。

攻撃手段を失ったと思われるゴッドソード。それは希望のようなものだったが、屈強な肉体を目にしてしまえば、ラエナの華奢な体での肉弾戦では勝てないことは明白だった。


 弱肉強食。弱肉──ラエナ、強食──ゴッドソード。この力関係に揺らぎはなかった。


 勝てない……キュルエは無事に逃げられたでしょうか。そこでふと、後ろを振り向いた。


「っ⁉ キュルエ!」


 目を見開くラエナ。その視線の先には、なんとキュルエがいたのだ。彼女以外の冒険者は見当たらない。


 壁の外でキュルエはラエナを見つめていた。


「キュルエ……」


 どうして逃げてないのですか。これでは私も逃げるに逃げられないですよ。ゴッドソード殿は私の勇敢さに免じてくれているのに、私に勇敢さがなければキュルエの命を保証できない。

 キュルエがなぜ逃げないのか、ラエナには理解できないでいた。


 一方キュルエは、ラエナの行動がわからなかった。1人で勝てるわけがないのに、なぜそんな無謀なことをしたのか。それが知りたくて、キュルエは残っていた。


「安心しろ。俺はお前の命しか狙わない。そういう約束だ」

「あ、うん。ありがとう」

「礼には及ばないと言ったはずだが、不思議なやつだ。俺はお前の命を刈り取る者。怖くはないのか?」

「怖いに決まってます。だって、殺されるんですから……」


 ラエナの声色には戦意はない。あるのは死への恐怖。


「そうか」


 ゴッドソードは、ラエナに戦意がないことは感じ取っていた。壁を張った時の勇敢さはそこにはなく、不意打ちに魔法を使ってくる素振りもない。ただ死を待っているような佇まい。

 殺すには惜しいな。他人を守ることのできる者はそうそういない。目の前に死があれば、まず、自身の命を優先するものだ。彼女は私と似ている……。


「取引をしよう」

「え? と、取引ですか……?」

「ああ、お前たちの命を逃がす代わりに私の鎧、剣を見繕ってほしい」


 思わぬ取引内容。ラエナは考える。これは試されているのではないのか、と。それに、錆びた装備でサウギキョウの冒険者の首を一瞬にして切り離す実力がある。装備を新調してしまえばどれほどの脅威になるか。

 ……最善の選択。

 ここで戦っても負けることに変わりない。ただ、パワーアップをさせるわけには。


「どうした、迷っているのか? 悪い取引ではないように思えるが」

「い、いや。そうです。確かに……でも」


 迷っている理由を相手に相談という形で言葉にしていいのか、ふと、そう思い口を閉じる。


「鎧と剣を見繕ってほしいだけだ。それのどこを迷っている? まさか私と戦おうなどとは考えていないだろうな。その場合、お前の命を刈り取ることになるが」


 これは脅しです。でも、ゴッドソード殿の戦力をアップさせることなく、私の命で済むのであれば選択肢は1つです。それに、誰かが倒してくれるはず。確かにゴッドソード殿は強いです。ですが、それ以上の強者はいます。

 ラエナは、命を捨てることを選んだ。再び戦意を取り戻したかと問われればそうではないが、震える腕を前に突き出す。


「後者を選んだか。それはなぜだ?」

「ゴッドソード殿にこれ以上強くなられたら脅威ですから」

「脅威? お前は何か勘違いをしているようだ」

「え?」


 少しでも抵抗しようと突き出していた腕が下がった。


「私は単純に鎧と剣を見繕ってほしかっただけだ。むやみやたらに命は刈り取らない。刈り取る対象は私に害をもたらす者だけ」

「そ、そんな」


 魔物とは思えない発言。本当にデュラハンなのか、アンデットに属する魔物なのか。そんな根本的な疑問が浮かぶ。

 自分の考えを持った魔物は王クラスくらい。それはゴブリンキングであったり、オーガキングであったり、ただ、デュラハンキングなるものが存在するとは聞いたことがない。


「勘違いしていたみたいだな。再度問おう。お前たちの命を逃がす代わりに、私の鎧と剣を見繕ってくれ」


 ゴッドソード殿の言ったことが本当であれば、私たちが刺激しない限りそれほど脅威ではない。ここで私が戦ったとしても命を失うだけ、ですか。でも、嘘を言っている可能性も考えられます。

 ラエナがそう悩んでいると、ゴッドソードは低い声で言った。


「私はお前を殺すのは惜しいと思っている。力の差を感じながらも果敢に挑もうとし、自らを囮とする勇敢さ。それだけではない。仲間を逃がすため、私に条件を提示する度胸。それは誰もが持っている力ではない」


 魔物と言う言葉だけでは彼を表すことのできない重みがあった。それは歴戦を勝ち抜けてきた者の言葉。


「ゴッドソード殿は一体……」

「どうする? 私はお前を強制しない。戦うのであれば俺はそうするし、お前の仲間の命までは刈り取らない。それは約束だからな」


 約束……ゴッドソード殿は不思議な方です。少しだけ信じてもいいような気にさせます。もしかしてこれが占いの結果なのでしょうか。

 ラエナは、ゴッドソードに顔を向けた。その時、首のないはずの彼の顔が幽かに見えた気がした。真っ直ぐラエナを見つめる。その瞳からは真剣さが伺える。


「……わ、わかりました。ゴッドソード殿の鎧と剣、見繕います」

「そうか、それは嬉しい。では、早速頼みたいのだが」

「は、はい」


 ラエナは、展開していた障壁を解除した。その瞬間、壁の外で待っていたキュルエが駆けて来てラエナに抱きついた。


「うぐっ」


 身長差があるため、キュルエの豊満な胸がラエナの顔に埋まる。そのせいで息ができない。必死にもがき脱出を試みるが、キュルエは瞳を潤ませ、感極まっているのでそのことに気がついていない。


「何で、命を簡単に捨てるような真似をするのよ!」

「ぐっ、そ、れは」

「急にあんなことされてもラエナを置いて逃げられるわけないじゃない! エルフは友達を餌にするようなことは絶対にしないの!」


 わ、わかったから放してほしいです。これでは息が持ちませんから。

 次第に意識が遠のいてゆく。ラエナは気を失う感覚を味わうのはこれが初めてだった。完全に気を失う前、ラエナの動きが止まったことに違和感を感じ、キュルエはようやくラエナの状況に気がついた。


「ご、ごめんなさい! そんなつもりは」


 キュルエの胸から解放されたラエナは、空っぽになりつつあった肺の中に目一杯の空気を入れるのだった。


「ふう、まさかキュルエに殺されかけるとは思わなかったです」

「本当にごめんなさい!」

「いえ、無事でしたから」

「それよりどうして」


 キュルエは、ラエナから筋骨隆々な上半身を露わにしたゴッドソードに視線を移した。それから再びラエナを見つめる。

 ラエナは、キュルエが何を言おうとしていたのかを察した。


「取引をしたのです」

「取引? ですか」


 ラエナはキュルエに、ゴッドソードとの取引内容を説明した。それを聞いていたキュルエの表情は浮かなかった。ラエナが操られているのではないだろうか、そんな不安があったからだ。


「ラエナ、少し眩しいかもだけどごめんね──ヘルシャフト・タフリール=支配解除」


 人魔の位の洗脳を解く魔法だ。

 ラエナの顔に手の平を近づけ、その魔法を唱えると丸い緑色の発光体が現れた。その光にラエナは目を細める。そして、数秒程度で緑色の発光体は小さな粒となって消滅した。


「キュルエ? 私は洗脳などされていませんよ」

「うん。そうみたい」

「疑う気持ちはわかります。それでも私を信じてはくれないのでしょうか?」


 キュルエは少し迷った。サウギキョウの冒険者を一瞬にして殺した相手と取引したラエナを信じるかどうか。ただ、洗脳されていないことは証明された。ラエナが自分で考えて取引に応じたこともわかった。キュルエが迷っている部分は、あのデュラハンを信用していいのかというところ。嘘を言って騙そうとしている可能性の方が高い。

 そんなキュルエのもとにゴッドソードが近づいてきた。

 足が動く度、下半身の鎧を覆った錆が擦れて粉となって落ちる。

 ゴッドソードは殺気を出していないのだが、キュルエから見れば存在自体が殺気のようなもの。殺されると手が震えていた。


「私は約束を守る。それに、無暗に殺害行為はしない。シー様を裏切ることになってしまうからな」

「シー様?」

「私が人であった頃、命を預かっていたお方のお名前だ。無法者に落ちぶれてしまった私に手を差し伸べてくださった恩人」


 ゴッドソードは、無差別に命を刈り取っていた頃を思い出していた。その際に手を差し伸べてくれた恩人──シー・フィン・カイル王女。


『私を殺してみる? 私は死なないわよ』


 ぱっちりとした目を細め、小さな口を上げて不敵に笑う。フードを被って顔を隠しているが、隙間から白い髪の毛が伺えた。彼女こそ、シー・フィン・カイル王女だった。 

シー王女はよくこっそりと街に出る。それは王室の者しか知らないことなので、ゴッドソードは驚いた。


『本当に俺が殺したらどうするつもりだ』

『そこまでは考えてないわ。だって殺されないもの』


 ああ、懐かしい。活発で、当時の私に平気でそんなことを言っていたのだから。今思えば変わっているお方だった。それに護衛もつけずに。だが、そこに私は惹かれたのだろうな。


 人、と聞いてラエナとキュルエは信じられなかった。


「ゴッドソード殿は、人、だったのですか⁉」

「昔は、だが。今はもう人を辞めてしまっている」


 人が魔物になる。そんなことがあり得るのか。死体がアンデットとして再び蘇ることはあるが、それでもゴッドソードのように自分で考え行動している魔物は確認されていない。


「そんな私と取引してくれたこと感謝するラエナ」


 ゴッドソードはラエナに軽くお辞儀をした。その振る舞いは王女に仕える騎士そのもの。そこに魔物と言う言葉は似合わないだろう。


 それを見たキュルエは、ゴッドソードのことを魔物とは思えなかった。人だったことを知っているからなのかもしれないが、それでも少しは迷いがなくなっていた。


「ラエナ。私は見守ることにしたから。ゴッドソードさんとの取引を達成しましょう」


 まだ迷いはある。でも、信じてみてもいいかもしれない。キュルエはそう思っていた。


「ありがとうキュルエ。それではゴッドソード殿。鎧、剣を見繕ってきます」


 ラエナがキュルエの手を握り、来た道を戻ろうとした時だった。すぐ後ろで足音がもう1つ聞えたのだ。振り返ると、ゴッドソードがついて来ていた。


「ゴッドソード殿?」

「私も一緒に行こう。鎧のサイズがわからないだろう?」

「た、確かに。でもその姿で街に行くと騒ぎになります」

「……そうか」


 ラエナがそう言うと、ゴッドソードが周囲を見渡し始めた。そして、何かを見つけたのか歩き始めた。

 錆の粉が落ちる。


 ゴッドソードが向かった先、そこには銀製のプレートアーマーを身につけた、首なし遺体があった。それは討伐隊のリーダーだ。

 ゴッドソードがそれを漁り始めた。

 遺体を漁るのは見ていられる光景ではないが、ゴッドソードのそれは丁寧なものでラエナとキュルエは目を逸らすことはしなかった。


「少し小さいか」


 そう言ってゴッドソードがラエナたちのところに歩いて来た。

 銀製の鎧に身を包んだ姿で、冑も被っていた。どうして落ちないのかは謎だが、外見はましになった。ただ、本人も言っている通り、鎧が少しばかり小さいので、見事に割れた腹筋が露わになったままだ。


「これなら大丈夫だろう」

「はい。でも、冑は脱がないでください」

「ああ、気をつける」


 それから、ラエナ、キュルエ、ゴッドソードの3人はフォッグ大森林の外で待つ御者のところに向かった。


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