デュラハン討伐─5
「魔物の気配がないですね」
矢筒を背負った女冒険者が言った。それにリーダーが答える。
「もしかしたらデュラハンがここの主に取って代わっているのかもしれない。だとすると、大蛇よりも強いということになる」
「確か大蛇は硬質な鱗で覆われてましたよね」
「ああ。依頼書によると、その大蛇を錆びた剣で一刀両断したとあった」
「錆の剣で……それってアルトロスさんにも匹敵する実力なんじゃ」
「いや、そこまでではないだろう。それは過大評価しすぎている。あのお方は剣聖奏の1人だからな」
剣聖奏──世界に6人しかいない剣の達人たち。その内の1人であるアルトロス・フェリート。シュヴァル王国国王シャ・ガットローネの騎士団インシオン──その団長を務めている男こそアルトロス・フェリートなのだ。
リーダーと女冒険者の話を後ろで聞いていたラエナとキュルエ。2人は耳を傾けているだけで、周囲の警戒は怠らない。フォッグ大森林に入った時からラエナとキュルエは探知系魔法を使っていた。
歩幅の狭いラエナに合わせてキュルエは歩いていた。そのことに気がついているラエナは、気を遣わせないよう狭い歩幅を埋めるため、早足になる。
「不思議と静かだね」
キュルエがラエナにそう言った。
ラエナは青い瞳をキュルエに向けた。
「ここまで静かだと不気味です」
「だよね。奥に大蛇の住処があるとは聞いているけれど、本当にデュラハンがやったのかな」
「それはいずれわかることです。今は集中しましょう」
「そうだね」
霧によって景色の変わらない森の中。冒険者たちはひたすら歩き、じめじめとした空気によって多量の汗を滲ませていた。
そんな中、リーダーがあるものを発見し立ち止まった。
後ろの冒険者たちも歩みを止める。
「……首がない」
そこには、数人の首なし遺体があった。
冒険者たちはそれを見て、顔を顰める。それは異臭がしたからだ。鼻の曲がるような匂い。これだけは慣れることはないだろう。
「恐らく調査団たちかもしれない」
リーダーが言った。
「じゃあ、これをデュラハンがやったのか」
リーダーの隣に歩み寄って来た斧を背負った男冒険者が言った。リーダーは、首から上を鋭利な刃物で切断された遺体を見つめる。
「この森で刃物を持つ魔物といえばゴブリンくらいだろう。しかし、ガサツなゴブリンがこんなにも綺麗に切る技術は持ってない。デュラハンの仕業、と考えた方がいいかもしれない」
「そういや、調査団の中にサウギキョウの冒険者がいるって聞いてたけど、そいつもやられたのか?」
「それは僕にはわからない。ただ、この森に刃物を持った何かがいることは間違いないだろう。それか魔法か、だな」
2人の会話は後ろの冒険者たちに聞えていた。その中で狼狽える者はいない。ここにいる者たちは、多くの歴戦を潜り抜けて来ている。だからこそ、ここで引き返す選択肢は彼ら彼女らにはなかった。
「それにしても妙だな」
リーダーが呟いた。それは隣に立つ斧を背負った冒険者だけに聞えていた。
「どういう意味だ?」
「こうして遺体が残ってるところが妙だなと思って」
「妙?」
「ゴブリンたちの漁った形跡がないんだ。それに足跡も。あいつらなら遺体を巣に持ち帰ってるだろう。でも遺体はここにある」
ゴブリンの習性上、奪うことは欠かせない。現に村や旅人や御者を狙った被害が出ている。だが、フォッグ大森林に住まうとされるゴブリンはそれをしていない。それも森の構図を把握しているにも関わらず。リーダーはそれが不思議でならなかった。
「……デュラハンがゴブリンたちを支配しているかもしれない」
「そんなことって。あいつらには王がいるでしょう? デュラハンを王として認めるなんて、同族愛者のあいつらがしますかねえ」
「まだ決まったわけではないが、その線も考えていた方がいい。少しでも混乱を防ぐためにもな」
リーダーはそう言うと、後ろを振り向いた。
「ここから先、さらなる警戒を。お互いがお互いに尊重し、連携しながら進むんだ」
言って、リーダーは再び前を向き歩き出した。
それからは探知系魔法を使っている魔法使いを頼りに霧の中を進む。
すると、
「生体反応がありました」
後方にいたキュルエがそう言った。
「数は?」
「1体です。この先にいます。動いている様子はないですね」
先に待ち構える未知に冒険者たちは興奮していた。長く森を歩いたこともあり、興奮と合わさって荒い息をしている。
そして、巨樹が姿を現した。
巨大な大樹を目の前にしても、冒険者たちの視線はそこにはない。あるのは、巨樹の下、堂々と佇む1人の騎士だった。
いるのか、いないのか、迷っていた冒険者たちに答えが出た。
「依頼書にあった通りだ」
錆で作られたのではないかと思わせるほどの焦げ茶色をした鎧と剣。あれでは本来の機能を発揮しないだろう。
「思っていたよりも酷いな。あれで大蛇の鱗を一刀両断か……」
それ以上の言葉を失うリーダー。その数歩後ろ。冒険者たちの足の隙間からラエナもそれを捉えていた。
錆びた鎧と剣が見せる異様さにラエナは不安になったのか、右手でキュルエの袖を掴んだ。キュルエは、ラエナに袖を掴まれたことに気がつき、ラエナに顔を向けてそっと微笑んだ。その表情はこの場の空気には似合わない。しかし、ラエナにとっては不安を少し和らいでくれる薬のようなものだった。
「命を捨て、やって来たか。そこにそれほどの理由があるのか?」
突然、巨樹の下に佇む首なしナイトが言葉を発したものだから、冒険者たちは唾を飲み込み驚いた。
「デュラハンが喋った……」
当然、ラエナも驚いていた。袖を掴む力が増す。
「理由はあるのかと問うたのだが、聞えていなかったのか?」
「い、いや、聞えている。僕たちは冒険者だ。ここにいる凶悪な魔物──あんたを討伐しに来た」
リーダーが研ぎ澄まされた剣を首なしナイトに向ける。
「……それだけ、か。そんな安い理由でここに来たのか。それは救いようがない」
「安い理由じゃない。あんたを野放しにしては脅威。だからこそここで討伐し、被害を防ぐ」
「そうか……」
首なしナイトが錆びた剣を構えた。
「なら、それを成しえてみるがいい」
その瞬間、首なしナイトから殺気が漂った。冒険者たちはそれを肌で感じ、それぞれが、弓、斧、剣、槍、杖などの得物を手に握る。
そして、
「行くぞ」
リーダーの合図で近接隊が前に出た。その後方で矢を構えた射手たち、矢に付加魔法を施す魔法使いたちで分かれた。
「鋭利の五層、弾速の五層」
人魔の位の魔法で矢に付与魔法を唱える魔法使い。その中でラエナは地魔の位の魔法を使って、前に出た近接隊の強化をする。
「剛腕の七層、駿足の八層、鎧体の八層」
ラエナによって強化された近接隊の冒険者たちは、大蛇よりも数倍強くなった。
しかし、
「──ゴッド・フィールド=神の領域」
首なしナイトのその一言によって、絶望が現実に──凄腕の近接隊の冒険者たちが一瞬にして首から下を切り離されたのだ。
「私の領域に足を踏み入れたな」
首を切られた。その結果だけがそこにはあった。どうやって、そんな疑問はあとから湧いてくる。
後方の射手、魔法使いたちは、デュラハンから距離があったから無事だったのか、それとも生かされているだけなのか、答えなど出るはずもない。
「ラエナ。逃げましょう」
キュルエはそう言うと、荷車の時と同じようにラエナを抱えた。
「は、放してください。私はお荷物になりたくないのです」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ」
「でも、それでキュルエが死んじゃったらどうするんですか」
「私は死なない」
根拠のないキュルエの言葉に、ラエナは納得できなかった。だから、ラエナは自身に強化魔法を付加し、キュルエの腕から無理に脱出した。
「ラエナ⁉」
「ここは私の出番です。キュルエは先に逃げてください」
「なんでそんなこと」
「行くのです。私も後から追いかけます──バリア・ウォール=障壁!」
キュルエの声を遮って、ラエナは見えない壁を展開させた。それにより、壁の中では首なしナイトとラエナだけになり、外ではキュルエ含む生き残った射手や魔法使いとで分かれた。
出会って1日も経っていないのに、キュルエは親友を見殺しにしているかような罪悪感に襲われ、見えない壁を必死に叩いた。それは腕が折れてしまうのではないかと思わせる威力。しかし壁は壊れない。壁の外で喉がはち切れるほど叫ぶが、壁は音すらも通さなかった。
そんなキュルエを見たくないとラエナは振り向かない。
最初はキュルエに対して嫌な気持ちを抱いていたが、彼女なりの悩みを知ったことで、ラエナは気持ちの変化を感じていた。
「私があなたのお相手をします。だから、見逃してください」
ラエナが死ねば魔法も解ける。その後の追撃を防ぐための交渉だ。
「わかった。お前のその勇敢さに免じてあの者たちを逃がす」
「あ、ありがとう」
「礼には及ばない。小さき勇敢者」
まさか了承されるとは思ってなかったラエナ。目の前のデュラハンが本当に魔物なのかどうか疑った。
「では、礼儀として名乗らせていただく。私の名は〝ゴッドソード〞命を刈り取る者」
命を刈り取る。そう聞いてラエナは占いのことを考えた。憑りつかれるのであれば、死ぬことはない。微かな希望だ。圧倒的な強者を目の前にしては、そんな根拠もない希望が輝いて見える。
「私は、ラエナ・バリエナ。サウギキョウの冒険者です」