デュラハン討伐─4
それから五日後の早朝。
王都ケルコスにある冒険者ユニオンにて、あるチームのメンバーたちが集まっていた。メンバーたち全員は冒険者で、その誰もがサウギキョウの階級に属している凄腕たちだ。全身鎧──プレートアーマーの冒険者がごろごろといるのは当然のこと、エルフやドワーフ、ダークエルフまで種族の壁はそこにはない。そんな中に、小さな女冒険者がいた。
「1、2、3…………17、18、19……ん? 1人足りないな。20人いるはずなんだけど」
チームのリーダーを任されたプレートアーマーの男冒険者が首を傾げた。フォッグ大森林の調査に向かった調査団が依然として戻らない状況で、新たに作られたチーム──討伐隊、総勢20名。しかし、リーダーが数えた時点で19名。1人足りない。
「ここにいます!」
すると、人混みの中、必死に飛んで存在をアピールする者がいた。
「お、いたんだ。見えなかった」
これは意地悪ではない。人数を確認していたリーダーは本当に見えていなかったのだ。そのことを集まった中の誰かがわざとだと勘違いしたのか、笑い出した。
「エルフもどきじゃあ見えないよな。はははは」
その笑い声につられるかのように、笑い出す者が続出した。もともと騒がしい冒険者ユニオンは、この時だけ笑い声1色に包まれた。
エルフもどきと馬鹿にされた本人は気持ちのよいものではない。怒りを通り越して泣きそうだった。自身の瞳が潤っていることを感じていた。それが許せなくて、嫌で、どうしてもムカついて、彼女はことの発端である男の脛に蹴りを1発お見舞いした。
「いっ!」
女でしかもハーフリングだからといって甘く見ては困るというもの。彼女──ラエナ・バリエナは正真正銘のサウギキョウの冒険者であり、人魔の上に位置する地魔の位の魔法を行使できるレベルの魔法使いなのだ。ここに集まった魔法使いの誰よりも強いだろう。
「そのくらいにしてくれ」
「む」
リーダーに宥められる。ラエナは納得していないが、先ほど脛に蹴りをお見舞いしてやった男の悶絶具合を見て、これくらいにしてやろうという気持ちがかろうじて湧いたのでリーダーに従うこととした。
「彼女はラエナ・バリエナ。サウギキョウの冒険者で、地魔の位の魔法を操る魔法使いだ。私が見えなかったのが悪い。もう笑うのは止めてくれ」
リーダーがそういうと、笑っていた者たちが一斉に驚いた。
「地魔の位だって? ハーフリングでそんなに優秀な魔法使いがいるなんて」
「地魔って3番目の位じゃねぇか」
そう、地魔の位は、上から天魔、空魔、地魔、人魔とある中の3番目に位置する位。大地を変形させることが可能な魔法領域だ。それをエルフもどきと言われ続けたハーフリングが使えるのだから驚くのは無理もなかった。
そのことに、ラエナはまな板同然な胸を張って自慢げに振る舞った。
それから、冒険者ユニオンの役人の手配によって冒険者ユニオンの建物前に馬車が2両止まっていた。それに乗り込む冒険者たち。最後に乗り込んだのはラエナ。荷車に乗り込む際、足が届かず、先に乗り込んだ女エルフに手を貸してもらい乗り込んだ。
そして、2両の馬車はフォッグ大森林に向けて出発した。
舗装されていない砂利道を通る荷車。少し大きな石を車輪が乗り越えると、荷車の中ではラエナただ1人だけ数センチ尻が浮いた。
「ハーフリングって軽いんですね」
ラエナの隣──荷車に乗る際に手を貸してくれた女エルフが笑顔でそう言った。彼女はラエナと同じく魔法使いだ。エルフ特有の尖った耳はもちろんのこと、天然の金髪に金色の瞳。白い肌。それをこうも間近で見たラエナは、ハーフリングがエルフもどきだと言われることが少しだけわかったような気がした。でも、軽いと言われれば馬鹿にされていると捉えてしまうのがラエナである。
気がつけば少しムッとした表情を女エルフに向けていた。
「あれ? 私気に障るようなこと言ったかな?」
対して、女エルフの方は軽いと言われるのが好きなタイプだった。だからこそ、軽いという言葉を誉め言葉として受け入れる女エルフと軽いという言葉を身長が低いからだと馬鹿にされていると捉えてしまうラエナの2人にはちょっとした価値観の違いが見受けられていた。
「もし気に障るようなこと言ってたらごめんね。私、ラエナと仲良くしたいの。あ、私はキュルエ。ラエナと同じ魔法使い。人魔の位だけど」
「そうですか。私と仲良くしたいのでしたら、我々ハーフリングのことを小馬鹿にするような言い方は止めてください」
「え? 私、小馬鹿になんてしてないけど」
「あなた、いえキュルエ。キュルエは私のこと軽いと言いました」
「そうだけど、軽いって誉め言葉だよ」
「それは誉め言葉ではありません。身長のことを指して言っている言葉です。我々ハーフリングはこれ以上身長が伸びないのです。だから気にしているのに、軽いなんて酷すぎます」
ラエナは自身の小さな手を見つめ、悲しげな表情を浮かべていた。
「そ、そうだったんだ。体重が軽いって意味で言ったんだけど」
「体重が軽いということは、身長が低いから軽いのです。重いと言われるよりかはましかもしれませんが、身長のことがちらつく言葉は嫌なのです」
「もしかして、ハーフリングに生まれてきたことが嫌なの?」
キュルエは、恐る恐るそう言った。ハーフリングは背丈が人の半分ほどしかないことで有名。そこを気にしているハーフリングにキュルエは一度も会ったことがなかった。だから、ラエナのことが異様に感じられたのだ。
「いえ、そんなことはありません。ただ、外見だけで判断されるのが嫌なだけなのです」
「そっか。それ、何だかわかるな」
「え?」
「私たちエルフもね、魔法が使えるだろって感じで来るからさプレッシャーが凄いんだよね。確かに、森の中で暮らす私たちエルフはその恩恵を受け、魔法の才に恵まれてるのかもしれない。けど、全員じゃない。私なんかがそうだったから」
引きつった笑顔を見せるキュルエ。それに対しラエナは自分の過去の発言を思い出し、少し言い過ぎたのかもしれないと思った。
「そうだったんですか……」
「べ、別に今は気にしてないよ。魔法使えるし」
言い過ぎてしまったことを後悔したラエナは、キュルエに顔を合わせづらかった。
「魔法の才がないってわかった時は苦しかったし嫌だったけど、何とかなるもんだよ。こうして魔法が使えるようになったんだし」
「そうですか」
エルフもどきと馬鹿にされ、エルフのことが好きではなかったラエナだが、こうして言葉を交わし、エルフにもエルフなりの悩みがあるのだとわかった。ラエナは、エルフであるキュルエのことが嫌いではなくなっていた。
「もうすぐフォッグ大森林です」
御者が低い声でそう言った。それを合図に、仮眠をとっていた冒険者数名が目を覚ました。
それから数分後、荷車の揺れが治まった。
「到着いたしました」
御者が、荷車の乗り降り場から顔を出した。
冒険者たちが荷車から降りる。その際、キュルエは突然、荷車から降りようとしていたラエナの後ろから脇に手を通し、抱きかかえた。
「ひゃっ⁉」
急に持ち上げられたことでラエナは一瞬何が起こったのかわからなかった。脇にむず痒さを感じながら、荷車から降ろされた。そのあとキュルエの腕から解放される。
「どういうつもりですか!」
「もしかして怒ったかな?」
「怒ってます。少しだけですが。それより、キュルエは何がしたいのですか」
「だって、ね」
見上げるラエナを見下ろすキュルエ。ラエナの足先から頭上まで金色の瞳を動かした。明らかに身長のことを言っていると目で語っていた。
それに対し、ラエナは荷車の乗り降り場を睨んだ。
「あれくらいの段差、ジャンプすれば降りられます」
乗り降り場の段差はラエナの首の位置くらいある。乗る際にラエナの身長だと腕力だけで乗り込まなければならない。
「でも、怪我するかもしれないし」
「そ、それは。いや、そんな心配はありません。私は冒険者です。あの程度の段差で怪我なんてしてたらそれこそ笑い者です」
「そうかな?」
「そうです」
と、他の冒険者たちが集まっているところへ歩こうとした時だった。
「っ!」
地面に少しだけ埋まった石の角に足をぶつけ転んでしまったのだ。咄嗟に受け身を決めて衝撃を逃がしたのだが、振り返ればキュルエが微笑んでいた。言った傍からこれだ。まさか自分が石ころに足を躓くなんて思ってもなかった。怪我はしなかったものの、恥ずかしさはあった。
「おっちょこちょいだね」
「む、返す言葉がないです……その、降ろしてくれてありがとうございました」
頬を赤らめて、それを隠すように深々とお辞儀をするラエナ。顔を上げると、キュルエは変わらず微笑んでいた。その表情が、ラエナにとっては子供を見守る母親のように感じ、さらに恥ずかしさが込み上げてくる。
それから2人は、集まっている冒険者たちの方へ向かった。
「今から、フォッグ大森林に入る。準備はいいか」
リーダーがそういうと、集まった冒険者たちはそれぞれ頷いた。それを確認すると、リーダーはフォッグ大森林に向けていた背を冒険者たちに向けた。
「よし、それでは行くぞ」
それを合図に、ラエナ、キュルエを含む総勢20名の冒険者たちが、霧の晴れることのないフォッグ大森林へと足を踏み入れた。
△△△
また、やって来た。
霧に支配された森──フォッグ大森林。そこの巨樹の下、錆の鎧を身につけた首なしナイトがいた。手には錆びた剣を握っている。
私の住処を荒らす者よ。お前たちは何のためにここに来るのか。
そんな疑問を浮かべながら、彼はここにて冒険者たちを待つこととした。それは、かつて死体の大地を駆けた彼なりの慈悲──引き返す者の命までは奪わないとする優しさだ。