デュラハン討伐─3
調査団が向かって4日後の朝。
調査団が戻って来ないと、御者がユニオンに来ていた。
ユニオンの役人と御者とのやり取りを聞いていた1人の女冒険者がいた。
彼女は、外見が人とは違う。耳が尖っているのもあるが、もう1つ。それは彼女が常に気にしていることであり、かなりの頻度で子供扱いされている。
そんな彼女の顔に、男の太い足がぶつかった。
「おっとすまねぇ。ってあれ?」
後ろを振り向いた男は誰にぶつかったのかわからないでいた。
「ここです!」
「? おお、いたのか」
「むむむ」
「悪いな。見えなかった」
男は悪い気があって言ったのではないが、彼女からすればそれは悪い気があったとしか思えなかった。
「にしても、ここにいるってことはあんた冒険者か?」
「そうですよ」
「ははは、こりゃあ見間違えるな。耳が尖ってたからエルフの子供かと思ったら、エルフもどきのハーフリングだったのか」
「む、私はサウギキョウの冒険者です! そこら辺のエルフよりかは強いですから」
彼女はハーフリング。
耳が尖っている他に、成人した人よりも背丈が半分しかない種族。エルフの特徴である尖った耳のせいで、エルフもどきなんて呼ばれることがある。彼女はそれが嫌で嫌で堪らないのだ。
だからこそ、その感情を男の太い足を蹴って払拭し、痛がる男を背にその場から立ち去った。
まったく、ぶつかっておいてエルフもどきとは失礼な人です。私は正真正銘のサウギキョウの冒険者ラエナ・バリエナなのですよ。地魔の位の魔法が使えるのですよ。そこら辺のエルフより強いんですから。
むすっとした顔で街を歩いていた。
人の半分ほどの背丈を持つハーフリングでも、道歩く人とぶつかることはない。それくらいに舗装された道で、道幅が広いのだ。
青いローブを身に纏った小さき冒険者ラエナは目的もなく歩いているわけではない。今日は行く場所があった。いつも依頼をこなしている彼女が決めた1週間に一度、依頼を一切受けない日。今日がその日なのだ。
人よりも歩幅は狭いが、目的地に向けひたすら歩く。ラエナがいつもこの日に通っている場所だ。それはこれから依頼をこなす上で重要なこと。
やがて、ラエナは、本性を出していない歓楽街へとやって来た。そこは日が沈めばれっきとした歓楽街へと変貌する。今はまだ、その姿を現してはいない。
そこにある目的のお店が見えてきた。
ひっそりと佇む黒い建物。
ちらほらと人の往来がある中、誰一人としてその建物に興味を示さない。その建物の扉。ハーフリングの背丈でも握られるように作られた取っ手を小さな手で握り、扉を開ける。
中に入ると、きらきらと小さな星が散りばめられたローブを身に纏った女性と目が合った。
「来る頃だと思った」
薄暗い部屋。そこにポツンと置かれた小さめの椅子。この椅子はラエナのために用意されたもの。そこにちょこんと座るラエナ。
ここは占い屋。
ラエナは1週間に一度、ここに訪れ、これから1週間の出来事を占ってもらっているのだ。
「始めるわよ」
「お願いします」
ラエナの前、黒色のテーブルクロスが覆いかぶされたテーブルがあり、ラエナと対面する形で座る女性占い師がテーブルの上に数枚のカードを散りばめた。
ラエナは、それを2枚手に取った。その手は若干震えていた。
「それじゃあ見せて」
そう促され、手に取った2枚のカードをテーブルクロスの上にそっと置いた。
「あらら」
「ど、どうされましたか⁉」
女性占い師の困ったような表情を見て、ラエナは不安になる。
「これを見て」
テーブルクロスの上に置かれた2枚のカードの内、鎌が描かれたカードを女性占い師は指差した。
「これは不吉ね。鎌は刈り取る意味がある。何を刈り取るか、あなただったら命かしら」
「ひっ」
「落ち着いて。ただ、それはあなたじゃない。こっちを見て」
次にもう1枚を指差した。そのカードには2人の人影が重なって描かれていた。
「影人。これは2人で1人という意味。つまり、後ろに描かれている人影が、前の人影に憑りついている状態。これを読み取ると、命を刈り取る者があなたにつき纏う。そんなところかしら。だからあなたは安全なのかもしれない」
「そ、そうですか」
安全といわれても、嬉しくはなかった。結局、命を刈り取る何かにつき纏われていれば、危険であることに変わりないのだ。
こんな結果は初めてだった。ラエナの心臓は激しく脈打っていた。その音は女性占い師に聞えていたのだろう。女性占い師は、ラエナのまな板のような胸に腕を伸ばし優しく摩った。
「んっ」
「落ち着いてラエナちゃん。必ずしもそうなるとは限らない。私が言うのもなんだけど、これはただの占いよ。参考程度に耳を傾けてればいいわ」
「わ、わかりましたから、その、手を」
「ごめんなさいね。ラエナちゃんの反応が可愛くてつい、ね。それにしても、サウギキョウの冒険者だなんて未だに不思議だわ。あと1歩でストックじゃない」
女性占い師は、ラエナの胸からそっと手を離し、感心したような口調でそう言った。
自身の、胸部にある敏感部を刺激されたことでラエナの頬は真っ赤に染まっていた。少しばかり女性占い師を睨んでいる。
「そんな顔しないでほしいわ。せっかくの美人顔が台無しよ」
「そ、そんなこと言っても私は騙されませんから」
「そう? 強い意思の宿った青色の瞳に、サラサラな青い髪。それに綺麗で艶のある唇。失礼かもしれないけど、冒険者には見えないわ。お姫様のようね」
「お、お姫様⁉ わ、わ、私が、ですか」
「そうよ。嘘は言ってないわ」
女性占い師の手の平で転がされるラエナ。本人はそのことに一切気がついていない。女性占い師はラエナを転がしているが、実際、嘘は言っていない。心から発せられる言葉で巧みに転がしているにすぎないのだ。
「それはそうと、占いの結果はこんなところかしらね」
テーブルクロスの上に散らばった10数枚のカードをかき集める女性占い師。
ラエナは小さな椅子から降りて、女性占い師に軽く会釈した。
「今日はありがとうございました」
「また、1週間後かしらね」
「はい。無事に戻って来ます」
「ええ、祈っておくわ」
女性占い師は合掌するように手を合わせた。それにラエナは微笑み、扉を開け、外に出た。
占いの結果──命を刈り取る者がつき纏う。彼女の占いが外れたことはない。ラエナはもう何十回と通っているからこそ、今回の占いが頭から離れない。
「……あまり深くは考えないことです」
独りそう呟き、占い屋に背を向け歩き始めた。