デュラハン討伐─2
1週間後の早朝。
シュヴァル王国の北門に調査団として集まったアメジストセージ以上の冒険者たちが互いに言葉を交わしていた。
その誰もが自慢の得物を語っている。
するとそこへ、テントの張った荷車を引いた馬4頭が鼻を鳴らしながらやって来た。馬車は2両。調査団として集まった冒険者総勢15名が荷車に乗った。
そして、2両の馬車が走り出す。舗装された道ではないため、ところどころ石が転がっており、車輪はそれを乗り越える。
荷車の中では、乗り上げる度に冒険者たちは体に力を入れてバランスを保つ。
「本当にいるのかね」
荷車の中、1人の冒険者がそう言った。
短めに切られた金髪の青年。育ちが良いのか、首から下は銀製の鎧を身につけている。
「どうだろう。デュラハン1体にこの人数。しかもアメジストセージ以上の冒険者。正直、報酬が良いから受けただけで、デュラハンなんて私1人で十分」
「それは俺も同じだ」
「俺も」
と、次々と名乗り出始めた。
デュラハン1体に負けることはない。そんなに弱くない。馬鹿にするなと皆が思っていることであろう。
すると、ある冒険者が──
「まあ、いてもいなくても報酬には変わりない。俺たちはただ調査すればいいだけだ。もしいたら俺が討伐してやるさ。お前たちの分もな」
──含みのある言い方をした。気に食わなかった奴らもいるだろう。しかし、誰1人として文句を言わない。その理由は簡単。
「いや、討伐ではないな。捕縛者。俺の手にかかれば容易いこと」
そういう男の名はハブラ。肩まで伸ばした黒髪。顔には幾何学模様が描かれている。ここに集まった冒険者の中で唯一、サウギキョウの階級に属している。だからこそ、発言に力があった。
「冒険者の皆様、そろそろフォッグ大森林でございます」
ハブラが不敵な笑みを浮かべていると、猫背な御者から声がかかった。
冒険者たちの顔が引き締まる。いくらデュラハンを甘く見ていても、彼ら彼女らはプロの冒険者。気を抜くことはない。
「皆様、到着いたしました」
御者がそう言うと、荷車の揺れが治まった。
「それでは私たちはここでお待ちしております」
荷車から降りた冒険者たちに御者が言った。
「ああ、すぐに終わるだろうから、出発の準備を整えてくれ」
「わかりました。それでは」
御者は冒険者の1人にお辞儀をすると、走り疲れたであろう馬のところへ歩き、頬を優しく撫でた。
その頃には、冒険者たちは、目の前の霧に覆われ全容の伺え知れないフォッグ大森林の中へと足を踏み入れていた。
△△△
じめじめとした空間が泥の地面を作り出していた。
重量のある防具を身につけている冒険者たちは泥に足が埋まる。その際に泥の飛沫によって、下半身の防具は泥色に染まっていた。
「これが終わったらまず先に洗わないとなりませんね」
銀製の鎧に身を包んでいる冒険者の1人が眉を顰めてそう言った。
「仕方ないさ。ここはこういう場所だから」
ただ1人。防具を身につけていないハブラは、ローブを着ていた。けれど、裾部分は泥が染み込んでいる。ハブラは特に気にしている様子はない。
それから、冒険者総勢15名はひたすら歩いた。
そして、一番前を歩いていた冒険者の1人が足を止めた。
「足跡だ」
彼が見つけたのは乱雑に踏まれた足跡。足の大きさは人間よりも小さい。その上複数ある。これはフォッグ大森林に住まうとされるゴブリンで間違いないだろう。彼はそう考えた。
「ゴブリンが近くにいるかもしれない。探知系の魔法を使える者は周囲に生体反応があるか確認してくれ」
男がそういうと、後方にいた女冒険者2人が手に持っている杖を掲げた。その他の冒険者たちは探知系魔法を行使している女2人に注目している。
「……1つだけ反応があります」
「1つ? 複数はないのか?」
「はい。それもこちらに近づいています」
女の言葉に冒険者たちはそれぞれ得物を抜き、構えた。全方向を視認できる形で広がる。その中央には探知系魔法を行使している女冒険者がいる。
「どの方向だ」
「左です。ゆっくりですが、こちらに向かってます」
冒険者たちがその方向に一斉に向いた。
「動きが遅いということは大蛇ではないだろう。もしかして本当にデュラハンが」
「可能性は高いな。でも、1体だ。大蛇を両断しようともこの人数にアメジストセージの冒険者複数とサウギキョウの冒険者が1人。少なくとも負けることはない」
とは言っても、緊張が走るのは事実で、余裕綽々といった雰囲気を漂わせている者は1人を除いていない。ただ1人を除いて。
「俺が捕縛する。手を出すなよ」
ハブラだ。
彼は捕縛することに楽しさを見出しているところがあり、幾度となく討伐依頼を放棄し、捕縛優先で動くことがあった。そのせいで、討伐依頼は達成されず、それでも脅威は去ったからと報酬は貰っていた。
「大蛇をも超えるデュラハンか、噂が本当であれば良いが」
不気味な笑みを浮かべ、先の見えない霧を見つめる。
すると、
「聞えたか?」
「ああ、何かが擦れる音だ」
カチャカチャと、霧の向こうで音が鳴った。それは冒険者であれば聞いたことのある音。防具が擦れる音だ。
「おお、まさか本当にデュラハンがいるのか!」
ハブラのテンションが上がる。
すると、霧から薄っすらと人影が浮かんだ。冒険者たちはそれを視認し、得物を握る力が増す。
「俺がやるから手を出すなよ」
興奮するハブラに、周囲の冒険者たちは不気味さを感じ、止めに入る者はいない。確実にチームに害を成す存在になりつつあるのだが、ここにいる唯一のサウギキョウという肩書きが、彼がここにいる理由となっている。
──そして、
霧が人影に沿って流れ始め、姿を現した。
「デュラハン!」
ハブラのテンションは最高潮に、唇が歪み目は細くなる。もう誰も止められないところまで来つつあった。
「本当にいたのか……」
「依頼書にあった通り、剣も鎧も錆びている……あれで大蛇を」
「いや、まだあれで大蛇を殺したとは決まったわけじゃない。それにこの数だ。何とかなる」
それぞれ考え方は違う。その中で特出しているのがハブラなだけだ。
「早速、始めるとするか」
ハブラの顔の紋様が紫色に発光し、それが蠢き始め、ハブラの立つ地面に魔法陣が展開された。
「デュラハン! お前は俺の者だ!」
もう冒険者の顔ではなくなった。細めていた目が一気に見開き、目の前のデュラハンに向けられる。
ローブの袖から出た腕には無数のリストカットがあった。それがまた異様さに拍車をかける。
──しかし、
「──ゴッド・フィールド=神の領域」
「ん?」
デュラハンがぼそりと呟いた。その瞬間、そよ風がハブラのローブの裾を靡かせる。とたん、
「っ!」
ハブラの首が胴から離れ飛んだ。
首から上、溢れ出る血飛沫がすぐ後ろにいた冒険者数名に散った。
何が起きたのか、理解が追いつくまで数十秒は要し、そこにいる誰もが、目の前のデュラハンに勝てないと判断した。
「無理だ……逃げるしかない」
ハブラの血が頬に散った冒険者が後退する。それに続くように残りの冒険者たちも。
「撤退だ!」
誰が発した言葉なのかはどうでもいい。今は逃げること。冒険者たちの足跡が次々と残る。防具が汚れようがお構いなしだ。
「お前たちは命を狩る者。それが狩られる者となれば嫌か」
逃げることに必死な冒険者たちには、デュラハンの声など聞えてはいないだろう。そのことに、顔はないが、溜息の動作をするデュラハン。
「──ゴッド・フィールド=神の領域」