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首なしナイト  作者: 渋柿塔
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プロローグ

 霧が立ち込めるフォッグ大森林。

 そこへ、4人の冒険者が立ち入っていた。

「ここに来られたのもシスのお陰だな」

 目の細い青年がそう言った。

「いえいえ、僕はただイエローサルタンだっただけですよ」

「謙遜しなくていいぜ。その(くらい)は簡単に取れるもんじゃねえからな。それに、こうしてゴブリンの討伐依頼が受けられたんだから」

「フリックの言う通りさ。イエローサルタンだけでなく、人魔(じんま)()の魔法が使えるのだからな。しかもその年で、だ」

 そう語るは、ドワーフの男だ。顎髭が無造作に伸びている。

「そこまで言われるなんて、タルメさんこそカリブラコアの冒険者じゃないですか」

 まだ12歳の少年がそう言った。照れくさいのか頬が赤い。

「ふははは、それはお世辞にはならんぞ。カリブラコアはイエローサルタンの一つ下。威張るほどのことではない」

「す、すみません! そんなつもりでは」

「よいよい。責めているわけではない。むしろ感謝しておるからな」

 ドワーフの男が髭を摩りながら言うと、その隣にいたエルフの女が口を挿む。

「そうよ。討伐依頼なんてイエローサルタンがいないと受けられないわ。これは昇格のチャンス。頑張るわよ」

「は、はい!」

 シスと言う12歳の少年は気持ちを込めた強い返事をした。

「そう言えば、この森って化け物級の魔物が出るとか噂があったな」

「は? そう言うのは早めに言ってよフリック!」

「すまんってエレノ。忘れてた」

「あんたねえ……私たちのリーダーなんだからしっかりしてよね」

「わりぃな。今度から気をつけるよ」

 頭を掻く青年フリック。


 それから、フォッグ大森林のジメジメとした道を進むことしばらく。

「足跡を見つけたわ」

 エレノがゴブリンと思しき、無数の、小さな足跡を見つけた。その足跡は、ジタバタと暴れているように見える。

「争った形跡? ゴブリン同士のか?」

「いいや。ゴブリン同士はないだろう。あ奴らは仲間意識が高いからな」

「なら、争ったと言うよりかは、逃げた、と捉えるべきか」

「だな。だとすると、誰から逃げていたのかだが」

 フリックとタルメは、乱雑な足跡を眺めて思案する。その後ろで、二人の会話を聞いていたシスの足は震えていた。

「大丈夫よ。魔法で支援できるのはあなただけじゃないわ。私もいる。戦闘はフリックとタルメに任せましょう」

「わ、わかりました。何だか勇気が出てきました」

「そう。それなら良かったわ」

 エレノがシスを勇気づけていると、

『シャアアアア』

どこからともなく、か細い鳴き声が聞え、同時に何かを引きずる音が響き渡った。

 冒険者たちが静まり返る。

 フリックは前衛に立ち、腰の剣を抜いた。その隣、タルメが斧を構える。

「シス、エレノ、俺たちに強化魔法を」

「わかったわ」

「わかりました!」

 シスとエレノの二人は力強く頷くと、強化魔法──(そう)を発動する。

腕力(わんりょく)三層(さんそう)! 俊足(しゅんそく)三層(さんそう)!」とエレノ。

鎧体(がいてい)五層(ごそう)!」とシスが唱える。

 すると、それに合わせフリックとタルメの体が七色の光に包まれた。

「さすがだわ、シス。五層まで行けるなんて。人魔の位は凄いわ」

「そ、そんなことは。えへへ」

 照れくさそうに、片手に持った木の杖を抱く。

「仲が良いな。リーダーとして嬉しいが、今はあの音に警戒してくれよ。恐らくゴブリンじゃあない」

「わかってるわ」

 4人に緊張が走る。

 引きずる音は次第に近づく。それにつれ地面が揺れる。

「来るぞ! シス、エレノは俺たちから離れるなよ!」

「わかったわ」

「わかりました!」

 そして、木々をなぎ倒し、姿を現した。それは、大きな大きな巨体で灰色の肌。後ろからうねる太い尻尾が見える。

「こいつは……霧の大蛇だ」

 目を見開き、フリックが言った。

「この森に住まうとされる主。と言う奴か」

「ああそうだ」

 ギラリと光る鋭い眼に睨まれ、フリックが剣を強く握る。その腕は、力みすぎているのか震えていた。

「シスは回復を頼む! エレノは防御魔法を」

 そう言うと、フリックは霧の大蛇へと駆けて行く。それに続くようにタルメも駆ける。

『邪魔だ! 私の道を塞ぐな!』

 霧の大蛇は、響くような声で威圧し、かぎ爪を尖らせる。

「エレノ!」

「わかってるわ! 黄金(クリューソス・)の盾(アスピダ)!」

 エレノは腕を前に突き出した。

 フリックを丸く囲う黄金のバリアが現れた。そしてそれは、迫り来るかぎ爪を見事に防ぐ。

 鋭い音を鳴らし、霧の大蛇が少しよろめいた。

「行けるかもしれねえ」

 勝てる自信がなかったフリックだが、エレノの防御魔法で攻撃を防げた事実に勝ち筋を見出し、自信を取り戻した。

 しかし、

『その程度で勝てると思い上がるとは、滑稽だ』

 霧の大蛇はニヤリと顔を歪め、異様な雰囲気を醸し出す。そして、灰色のお腹が膨れ始めた。

毒霧の死(ポイズンミスト・デス)

 顎が外れるのではないかと思わせるほどに大口を開け、霧の大蛇は紫色の霧を吐き出した。

黄金(クリューソス・)の盾(アスピダ)!」

 すかさず防御魔法でフリックを守る。が、

「フリック⁉ それはただの霧じゃないわ!」

 エレノが何かを察し、必死の形相で叫んだ。けれど、時すでに遅く。その何かは目に見える形で現れていた。

「何だよこれ⁉」

 そう、フリックを囲うバリアが溶けていたのだ。

「魔法を溶かす魔法なんて、あんなのもろに受けたら……フリック! 逃げて!」

「そんなこと言われたって、くっそお」

 毒の霧に囲まれ、逃げ道を塞がれてしまった。

「フリック! 歯を食いしばっておくれよ」

 言うと、タルメが胸の防具を外し、それをフリック目掛け投げつけた。

「ぐふっ!」

 見事命中し、フリックはその場から吹き飛ばされる。

「た、助かった……」

 霧の中に取り残された胸の防具は、溶けてドロドロになってしまった。それを見たフリックは唾を飲み込む。

「癒します」

 後ろにいたシスが近づき、

再生心(リバース・ハート)

 治癒魔法を行使した。

「……助かったぜ。人魔の位って凄いんだな」

「そ、そんなことは。それより」

「ああそうだな。魔法を溶かされちゃあどうにもなんねえ」

『愚かな者どもよ。私の餌になってもらう』

 鋭利な牙を剝き出し、縦細い黒目をさらに細め睨む。その迫力に気圧され、恐怖を感じ、言葉が出ない冒険者たち。

『そのままし──』

 立ちすくむ冒険者たちに迫ろうと霧の大蛇が尻尾をうねらさた時だった。

 細胞がブチブチとちぎられるような鈍い音が響き渡った。

「何が起きた……」

 冒険者たちのリーダー、フリックが目の前の光景に開いた口が塞がらない。それはシスもタルメもエレノもそうだ。

 一体何が起きたのか。

 それは、

「霧の大蛇が真っ二つだと」

 綺麗に、縦に切り裂かれた霧の大蛇。右半身、左半身は同時に泥の地面に音を立てて崩れ落ちた。

 これを成したのは冒険者たちではない。

 崩れ落ちた霧の大蛇の背後から見える──佇む者。


 ──1000年以上生き続け、戦い、そして剣の腕を磨き続けた者だ。その者は、神に近しい存在であろう。


「首がない……デュラハンか!」

 ドワーフの男、タルメが驚愕の瞳を向けながら言った。

「こんな森にデュラハンなんていないはず」

「じゃあ何でいるんだよ。それに……」

 フリックの目線の先にいる首なしのナイト。手には錆の剣を持ち、錆の鎧を身につけた、顔以外(顔はないが)全身鎧のデュラハン。

「あんな得物でやったってのか、鱗がある大蛇を……」

 錆に支配されたような剣で森の主を一刀両断したことが信じられない。

 フリックは新たな脅威を目の前に、戦意を喪失しつつあった。逃げようにも、逃げられないのではと自問自答し、体が動かない。それほどに畏怖させる力があったのだ。

「こ、怖い、です」

 シスはエレノの袖をそっと掴む。

「大丈夫よ。必ず守るわ」

 怯えるシスに、優しく微笑みかけるエレノ。尖った耳をかき分けるように伸びた美しい金髪が靡いた。

 エレノがシスにかけた言葉を背中越しに聞いていた、フリック、タルメは決意を固めた──シスを守る。と。

 しかし、その決意は無駄に終わる。

 なんとデュラハンは、錆びた剣を鞘に収めると、冒険者たちに背を向け、霧の中へと消えて行ったのだ。


 完全に姿が見えなくなり、恐怖から解放された冒険者たち。

 剣を構えていたフリック、斧を構えていたタルメは、自身の得物を手放した。正確に言えば、力が抜け、握っていられなかった。

「……あんな化け物がいたなんて」

「討伐は後回しだな。早くユニオンに戻り、報告せねば」

「ああ、そうだな。あんな化け物、討伐しないと……」


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