断罪イベント終了後のアンリエット・ベルリオーズ
二話完結の予定でしたが、予想以上に反響がありましたので、続きを執筆することに致しました。
よろしくお願い致します。
私の人生をかけて臨んだ断罪イベント、またの名を卒業パーティー。
断罪イベントは起こらなかったけど、私の人生は、決まってしまった。
平民になるわけでも、国外に追放されるわけでも、斬り捨てられるわけでもなく。
私は、第一王子と結婚して、王太子妃になることになった。
そんな馬鹿な。
王太子妃になるなんてルートは、私の中で存在していなかった。
いやもちろん、アラン王子の婚約者だったわけだから、王太子妃になるための教育を受けてなかったわけじゃない。
でも、ほら、断罪イベントがあるから、そこまでっていうか、そこで全部終わる気がしてたっていうか、私の中ではそこで終わりだったっていうか……。
ゲームじゃないんだから、断罪イベントが終わったらそこで終了、なんてことあるわけないのに。
でも、本当に王太子妃になるなんて考えてなかったし、心の準備もしてなかった。
これから、一体どうしたら……。
「アンリエット、大丈夫か?」
「……お父様……」
卒業パーティーの後、断罪イベントを乗り越えたことで気が抜けたのと、アラン王子と結婚するっていう現実が信じられないのとで、部屋に引きこもっていた私を、お父様は黙って見守ってくれていた。
「お父様、私、王太子妃なんて……」
半泣きになりながら改めて訴えると、お父様はこれみよがしに大きなため息を吐いた。
「アンリエット、お前はまた悪い癖を出したんだろう」
「悪い、癖?」
お父様は何の話をしてるんだろう。
「何度も言ったはずだ。適当に相槌を打つのはやめなさい、人前で考え事をするのはやめなさいと」
確かに、何度か言われたことがある気がしないでもない。
でもぼーっとしてても令嬢スマイルを浮かべて相槌が打てるなんて、むしろ特技と言っても過言ではないくらいだと思ってたから、その話もまた笑顔で聞き流してたかもしれない。
「お前のその悪癖は、殿下も知っている」
「…………え?」
アラン王子が、知ってる?
私が話を聞かずに、適当に相槌を打ってるってことを?
「ただ殿下は、気にしていないからお前には何も言わないでくれと仰っていた」
気にしてない?話を聞かずに適当に相槌を打ってたのに?
そんな馬鹿な。
「そもそもお前も、自身のそれが悪癖だと何故気づかないのか。適当に相槌を打っているせいで、いつの間にか約束をしていたことが何度もあっただろう」
「そ、それは、あの、私が、忘れてるだけかと……」
思ってたけど、よく考えたら、そんなわけない。
本当だとしたら、私はどれだけ忘れっぽいってことになるのか。病気を疑うレベルだわ。
……ただ、正直言って、他愛ない約束ばっかりだったから、あんまり気にしてなかったんだよね。
「お前のその悪癖を、殿下に利用されたんだ」
「どういうことですか?」
利用された?
お父様は額に手を当てて、何度目かのため息を吐いた。
「卒業パーティーで、お前達の傍にいた人間から話を聞いた。お前は笑顔を浮かべて、控えめに殿下の言葉に相槌を打っていたそうだ。愛しているかと問われて小さく返事をする姿は、なんとも奥ゆかしい令嬢そのもの、といった姿だったそうだぞ」
おく、ゆか、しい、れい、じょう?
誰のことだそれは。
「そして殿下に結婚してくれるかと問われたお前は、また小さく肯定の言葉を返したらしい。複数人がそれを見て、聞いていた。撤回するのは無理だ」
「……お父様、私は……」
「お前が、王太子妃になりたいと思っていなかったことは知っている。だから私も、お前が了承すればと殿下に伝えていたんだ。なのにお前ときたら……。さすがにもう拒否することはできん。お前は、王太子妃になるんだ」
私が、王太子妃になる……。
「そもそも、何故王太子妃になりたくないんだ? お前と殿下が二人でいるところを見ても、私には、親しい間柄に感じられたぞ」
なぜ?
王太子妃になりたくいっていうのは、アラン王子の婚約者になりたくないってことで。
婚約者になりたくなかったのは、断罪イベントで最悪な未来が訪れるのを避けたかったからで。
ん? 私、アラン王子のことは、嫌いじゃないな。
そもそもアラン王子はいつだって優しかったし、一緒に勉強したり、街に行ったり、二人で過ごしてても全然不快じゃなくて、むしろ楽しかった気がする。
第二王子のリュカ様も私になついてくれて、可愛い弟みたいな感じだった。
あれ? 私、アラン王子と結婚するの、嫌じゃない?
「あ、あの、私、えっと……」
断罪イベントを乗り切ることに必死になってて、これまでゆっくり考えたことなかったけど、改めて考えると――。
いつも私に笑いかけてくれるアラン王子。
私の料理を美味しそうに食べてくれるアラン王子。
街で私の手を引いて歩くアラン王子。
一緒に並んで勉強をしたアラン王子。
私のトレーニングに付き合ってくれたアラン王子。
私の思い出には、いつも笑顔のアラン王子がいた。
頬が熱くなるのを感じる。
「わ、私……」
「アンリエット、後は二人でゆっくり話しなさい」
え?
「アン、可愛い君の顔が見たくて来てしまったよ」
声が聞こえて顔を上げると、開けっ放しだった扉から顔を覗かせるアラン王子がいた。
「ア、アラン様!?」
さっきまで思い出してた顔が突然目の前に現れて、混乱と動揺で余計に頬が熱くなる。
「アン、顔が真っ赤だよ。まだ体調が優れないのかな?」
「いえっ、これは、違うのです!」
躊躇いなく部屋に入ってくるアラン王子を止めたくて、慌ててお父様に助けを求めようとしたけど、お父様はもういなくなっていた。
「体調は大丈夫なんだね? よかった。それじゃあアンは、何でそんなに赤い顔をしてるのかな?」
アラン王子の優し気に見えた笑顔が、意地の悪いものを含んでいることに気付いた。
まだ頬は熱いけど、その笑顔を睨むように見返す。
「からかうのは、どうかと思います。そもそも、レディの部屋に勝手に入るなんて……」
「君のお父上からは許可をもらっているよ。それに、僕の可愛いレディは、放っておくとずっと閉じこもってしまいかねないからね」
あと一歩の距離まで近づいたアラン王子が、エスコートするように私に手を差し出した。
「僕の可愛いお姫様。迎えに来たよ」
頬が熱くて、鼓動がうるさい。
でもこれは恋なんだろうか? 私はアラン王子のこと、好きなんだろうか?
突然、アラン王子っていうイケメンがずっと傍にいたことを自覚して、ただその顔の良さにドキドキしてるってこともあるかもしれない。
ただ、自分の気持ちがわからない私でも、わかってることが一つだけある。
「アン」
今の私に、拒否権はないってこと。
「……えぇ」
小さく返事をしてその手を取ると、アラン王子はクスッと笑って歩き出した。