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悪役令嬢 アンリエット・ベルリオーズ

 終わった。


 何も、起きなかった。


 パーティーの終了を告げる声。盛大な拍手。

 全部が遠く聞こえた。






 私がこの世界に生を受けてから、十六年。

 この世界が、乙女ゲームだと気づいてから、十年。

 長かった。


 今日、この断罪イベントを迎えるにあたって、私はありとあらゆる手段を講じてきた。それが実を結んだんだ……と、思っていいんだろうか。ついに私に、平和で、平穏な日々がやって来るんだろうか。もう、未来に怯えなくていいんだろうか。

 あまりにも何も起こらなさ過ぎて、むしろ今日が断罪イベントだっていうのが勘違いなんじゃないかって気すらしてくる。

 いや、勘違いなわけがない。忘れてしまわないようにノートに書き出して、何度も読み返してきたストーリー。


 この卒業パーティーで、悪役令嬢のアンリエット・ベルリオーズはヒロインへの大小様々なイジメや、誘拐未遂を告発され、婚約者である第一王子のアラン・フォートリエから婚約破棄を言い渡される。

 それが乙女ゲーム『星降る国のサンドリヨン』の最後の大イベントだ。そしてヒロインはアランと結婚し、めでたしめでたし――で終わるのが、一番人気のアランルートだ。

 ちなみにこのアランルートだと、悪役令嬢アンリエットは国外追放となる。

 他にも、公爵令息のクロードルートだと平民に落とされ、教師のモーリスルートでも同じく平民に。一番悲惨なのは騎士のジェラルドルート。彼のルートでは、断罪され、逃げようとして斬り捨てられる。つまり、死ぬ。

 そんな酷いことしなくてもいいじゃないかと、六歳の私はベッドの中で泣き喚き、そして、決意した。


 私、アンリエット・ベルリオーズは、悪役令嬢にはならない。


 でももしかしたら、よくある物語の強制力だとか、あとはヒロインとか周りの人にやってもいない罪を擦り付けられたりして、断罪されてしまうかもしれない。

 そう思った私は、悪役令嬢にならないことと、この様々なエンディングへの対策に、今世のすべてをかけてきた。

 それが今、呆気なく終わりを迎えた。

 なんだか信じられなくて、体がふわふわする。


「……アンリエット?」


 そもそも、この日のために私がどれだけ頑張ってきたか。



 この世界が『星降る国のサンドリヨン』だと気づいた私は、平民に落とされても生きていけるようにこっそり料理の練習を始めた。あとは平民の知識を得ようとお忍びで街に出かけたりした。

 おかげで料理、特にお菓子作りは人並みにできるようになったし、買い物だってできる。金銭感覚だってバッチリだ。


 次に国外追放された時に備えて、近隣国の言葉を習い始めた。これは本当に大変だったし、血の滲むような努力だったと言っていい。

 おかげで私はそこら辺の外交官より語学が堪能になった。


「アンリエット、大丈夫?」

「……えぇ」


 そして死ぬのを避けるためにどうすればいいかと考えて、最初は剣を覚えようとしたんだけど、これはいつの間にか体力トレーニングに変わっていた。

 おかげで斬りかかられても、一撃目を避けるくらいの瞬発力と、走って逃げられるくらいの体力と、足の速さが身についた。


「アンリエット、聞いてる?」

「……えぇ」


 学園に入学してからも、悪役令嬢にならないように、ヒロインと関わらないように頑張った。

 選択授業はなるべくかぶらないようにしていたし、イベントに遭遇しないように行動し、取り巻きができないようにそれとなく周りから距離を取りつつ、がり勉で真面目な優等生キャラを貫いた。

 おかげでヒロインと会話したことなんてほとんどないし、そもそも顔を合わせたことすらほとんどない。

 遠くから攻略対象と話しているのを見かけたことがあるくらいだ。


 でも、私の完璧な対策の中で、一つだけ、どうしてもなしえなかったことがある。

 そもそも、アラン王子の婚約者にならない、ということだ。


「アンリエット、少し疲れたのかな?」

「……えぇ」


 この世界が『星降る国のサンドリヨン』だと気づいたのは、たくさんいる遊び相手の一人として、アラン王子に初めて対面した時だった。

 もちろん、遊び相手とは名ばかり。男の子は側近候補だし、女の子は婚約者候補だった。

 そこから、婚約者にならないように、努力をしなかったわけじゃない。

 そっけなくしてみたり、女の子らしくない面を見せて幻滅されようとしてみたり、お父様に王子と結婚したくないと駄々をこねてみたり。思いつく限り、あらゆる手を試した。

 なのに、十二歳の誕生日、私はアラン王子の正式な婚約者になってしまった。


「アンリエット、今日、ついに僕たちは卒業したね」


 まぁその後もあんまり仲良くなり過ぎないように、かと言って断罪されては困るから嫌われない程度の仲でいようと、私は何も考えてなくても無意識にアラン王子に笑顔で返事をするスキルを身に着けたんだけど。


「……えぇ」


 このスキルのおかげで、私はアラン王子ともそこそこ良好な関係を築けてきたと思う。

 今日もアラン王子にエスコートされて、卒業パーティーに出席したくらいだ。

 ……ん?そもそも、私がアラン王子にエスコートされたってことは、アランルートではないってことだよね。じゃあ誰ルートなの?

 視線をさまよわせると、楽しそうに笑っているヒロインがいる。隣に立っているのは…………だれ?

 暗めの茶髪に、地味な顔。少なくとも、攻略対象ではない。どういうこと?


「アンリエット、明日一緒に街に行かないかい?」

「……えぇ」


 なるべくキョロキョロし過ぎないように、あくまでも自然な感じで会場を見渡す。

 クロードは、女の子たちに囲まれてる。モーリスは一人だし、ジェラルドは……壁際で警護中。


「アンリエット、僕のこと、愛してる?」

「……えぇ」


 何で……? 私が最悪のエンディングを回避するために色々行動したせいで、大幅にルートを外れて、そもそも誰のルートにも入らなかったってこと?

 よく考えたら、何度かヒロインが攻略対象と話すところは見たことあるけど、決定的なイベントには遭遇しないようにしてたから、そもそも起きてたのかすらわからない。


「アンリエット、僕と、結婚してくれる?」

「……えぇ」


 ヒロインは誰ともイベントを起こさずにここまで来て、あの地味な子とくっついたってこと?


「ありがとう! アンリエット!」

「へっ?」


 突然腕を引かれて、誰かに抱きしめられた。


「みんな! パーティーは終わったが、聞いてくれ!」


 誰かじゃない。ずっとエスコート役として隣に立っていた、アラン王子だ。

 アラン王子が突然大声を上げたことで、パーティー終了後も雑談を楽しみながら別れを惜しみ、会場に残っていた面々が一斉にこちらを向いた。

 なに?なにが起きてるの?やっぱりこれから断罪イベントが始まるとか?


「この私、アラン・フォートリエは、婚約者であるアンリエット・ベルリオーズ公爵令嬢と、結婚する!」


 ……なに?なんだって?

 会場は一瞬、静まり返った後、盛大な拍手と歓声に包まれた。

 みんなが何かを口々に叫んでるけど、理解できない。


「正式な式の日取りは追って伝える!共に学園で学んだ皆を、必ず招待すると約束しよう!」


 歓声が大きくなって、頭がぐわんぐわんする。


「アンリエット」


 耳元で、最近少し低くなったアラン王子の声がする。


「君の父上からは、もう結婚の許しはもらっていたんだ。条件は、学園を卒業し、そして、君の口から結婚の承諾を得ること、だ」


 結婚?私が?アラン王子と?


「一生大切にするよ、僕の可愛いアン」


 視界がすべてアラン王子で埋まったところで、私の意識はぷつりと切れた。





 断罪イベントは何事もなく終わったのに、私に平和は訪れなかった。

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