#03
~胞子の森~
僕達の街の門をくぐってから1時間くらいは経過したであろう今頃は、本来であれば既に隣街のリッドに着いているはずで。
なんだかんだで結局セルの思い通りになってしまった僕は、街ではなく森に辿り着いていた。
ここ―『胞子の森』は、僕達の街『レスタ』と僕達が目指していた街『リッド』の距離的にちょうど中間にあるところで、この森だけ年中湿った気候になっている。
そのせいかこの森には多くの種類のキノコがそこら中に密集して生えまくっている。
「…ここにはないみたいだね。」
棒読みで言い、草むらを無心でかき分ける僕。
現在、セルの指示に従って例の特定のキノコ―毒ソウタケを僕達は探しているのだ。
「紫色に白い斑点のキノコ…。…ここら辺にはないかもしれない。もっと奥に行く…。」
「はいはい…。」
あれから30分くらいは探してるが、その『毒ソウタケ』とやらは見つかる気配がない。
僕自身キノコの知識はまったくの皆無で、セルが本で読んだという見た目の情報しか頼りにならない。
こんな具合で本当に見つかるのだろうか…。
そんな不安を抱えながら、僕はセルの前を歩く。
魔導師同士どちらも後衛職なので、本当はその中でも戦闘力の高い黒魔導師が前にでるはずなのだが…。
まぁ、僕の方が年上だし、見た感じモンスターの気配も感じないし…。
ここは仕方なく前を歩く。
「…そういえばセル。」
僕は歩きながら後ろのセルを振り返った。
「…何?」
「君が読んだ『毒ソウタケ』についての本だけど、何に書いてあったの?」
「…あぁ。…それは―」
ポフッ
「!?!?」
僕は完全によそ見をしていた。
森の中の何かに突っ込んでしまったようだ。
でも木ではなく、予想以上に柔らかいもので助かった。
僕は特に怪我もなく、目の前の物体を確認した。
グオォォォォッ!!
「」
目の前で響く叫び声。
そして僕の目の前には巨大なキノコ。
*毒ソウタケ Lv.33 HP549/550 属性:闇 不機嫌
今回の依頼の討伐対象
や…やってしまったぁぁぁっっ!!
今ので軽くダメージを与えてしまったぁぁぁっ!!
そしてやっぱりモンスターだったかぁぁぁ!!
僕の頭の中に恐怖の3連符が打たれる。
今の一瞬の出来事でセルと事前に話し合っていた作戦も無駄になってしまった。
…僕のせいで。
僕とセルの作戦…それは、毒ソウタケを見つけても近づかないこと。
そして離れた場所からセルの炎の魔法で一気に駆除を行う、といういたってシンプルな作戦だった。
…僕が目の前のモンスターに刺激を与えていなければ。
*毒ソウタケ:体当たり
「わぁぁぁぁぁぁっっ!?」
………。
そして現在に至る。
とりあえずモンスターの毒胞子の浄化に成功した僕達は、できるだけ広いところを探して逃げまくる。
僕達魔導師の最大の弱点…物理攻撃。
不幸にも僕とセルの二人で討伐依頼になってしまったものを受注した僕達には、ノルダやシレルといった頼れる前衛がいないわけで。
まともに戦闘するといくらレベルの低いモンスターでも場合によっては致死ダメージになることも考えられる。
でも、走っていれば追いつかれることはないし、また毒胞子を使ってきたら僕の魔法で打ち消すだけだ。
セルの魔力なら、開けた場所さえ見つければ一発で十分に倒せる威力である。
本当に、あとは場所だけ…っ!
その時―
「……っ」
息を切らしながら走っていると、突然前を走っていたセルがよろけた。
「…セルっ!?」
そのまま体勢を崩したセルに駆け寄り、僕は彼女の腕を掴む。
「大丈夫…!?」
「……。」
セルの口からはただ荒い息遣いが繰り返されるばかりである。
あれからずっと走っていたためか、こちらの疲労が限界のようだ。
それに、セルは女の子で、僕よりも年下で…。
僕がこんなに疲れているのだから、セルがこんな状態になるのも無理はない。
走っていればモンスターに追いつかれることはない。…でも僕達の体力が無限ではない、という当たり前のことを失念していた。
…僕が、そこまで配慮できていなかった。
自分のこと、モンスターを倒すのに最適な場所を探すのに必死で、仲間のことを考えていなかった。
僕は思わず唇を噛む。
これがノルダだったら…。
多分…いや、絶対にもっとうまく立ち回っていた。
仲間の疲労具合を考え、二人でも無理なく倒せる判断をしていたはずだ…。
でも僕には…それができなかった。
これは職業の問題ではない。
僕の戦略の未熟さの結果だ。
「…ごめん…セル。」
僕は謝る。
セルはしばらく動けそうにない。
謝ってもどうしようもないことは分かっている。
これは僕の行動と判断が招いた結果なのだから。
それに、今が戦闘中であるという事実も変わらない。
僕が判断を間違えたからといって、ここで全てを諦めてはいけないのだ。
…これが現実。
『たとえ仲間が自分以外倒れても、生きることを諦めるな。
どんなに厳しい状況に置かれても、指揮する者は頭を働かせ続けろ。
それが…リーダーとしての覚悟…務めだ。』
いつかノルダが言っていた言葉。
僕が興味本位でパーティーで指揮をとるコツみたいなものを聞いたら、とても真剣な表情で返された。
そのときの僕はあまり理解できていなかったけれど…あの時ノルダが言っていたことがよくわかる気がした。
そして…ノルダがどれだけのプレッシャーを抱えていたのか、ノルダの指揮がいかに適切で狂いのないものであったのかを僕は今身に沁みて実感してる。
「僕は…まだまだノルダみたいにはなれないなぁ…。」
思わずそう、呟いた。
ただでさえ遠くの世界にいるようなノルダがもっと遠くに感じて。
「……セノ……?」
余計なことを考えていた未熟な僕を、セルの不安そうな声が現実に引き戻す。
すると僕達の敵が、目に映る距離まで来ていた。
僕は息を飲み、思わずセルを支える手に力が入った。
あの時…巨大なスライムに一撃で倒されてしまった情けないいつかの記憶が蘇る。
でも…今は一人じゃないんだ。
いきなり絶望的な状況に置かれたが、諦めるわけにはいかない。
僕が、しっかりしないと。
「…大丈夫だよ、セル。そんな不安そうにしなくても。…そこの木の陰に隠れていて。」
「……うん…。」
セルを立たせ、近くの木へそっと誘導する。
僕の手から離れたセルの腕。
…僕の手が震えていたこと、彼女に伝わってないといいな…。
よろけながらも木の後ろに隠れたセルを見届けてから、思った。
セルが隠れながらも心配そうに木の後ろから覗く。
僕はそんな彼女の視線を受け止めながら、杖をしまった。
そして着実に接近してくるモンスターを見据えながら、僕は胸元で揺れるペンダントに触れる。
数秒後、ペンダントから溢れた光が形作り、僕の手に弓が握られた。
これが、僕の切り札。
「…おはようございます、オジサン。いきなりですけど、ちょっと助けてくれませんか?」
「誰がオジサンじゃ。…お主が今度はキノコに潰されるのかとヒヤヒヤしてみておったわい。…じゃが、たまには自分でなんとかせい。」
僕の最後の切り札のオジサンにも見捨てられつつある。
「……。」
「……。」
「…そこをなんとか。お願いします。」
「何をいっておる。……ぬ?」
白魔導師から弓使いになったはいいものの、この職業には慣れきっているわけではない。
それに…正直一人では、心細かった。
中には一人を好んで依頼を受注する人がいるけれど、僕には単独の依頼なんて向いていないんだろうなと思う。
やっぱり僕には…皆が、仲間がいなきゃ、ダメなんだなぁ…。
「…仕方あるまい。…よいか?お主に一つ、“技”を教えてやろう。」
…オジサンが折れてくれた。
もしかして僕の手の震えや、不安が色々と伝わってしまったのだろうか。
「…ありがとうございます、オジサン。」
「オジサンだけ余計じゃ。」
「よいか、これはお主だからできる技じゃ。」
「…は、はい!」
「まずは落ち着いていつもみたいに矢をつがえるのじゃ。」
「…」
深呼吸。
敵が迫ってくるという恐怖に耐えながら、僕はできるだけ冷静に魔力から矢を作り出した。
オジサンの言う通り、敵を正面にして弓を構える。
「その状態で『浄化の雫』を使えるか?」
「…え。」
弓使いになりながら白魔法を使ったことなんてない。
僕は今『弓使い』なはずだから、そもそも使えるのかな…?
「…どうでしょう…。こればかりはやってみないと…。」
「じゃあ、やってみぃ。」
簡単そうに言ってくれる。
「何事も普段通りじゃ、少年。弓使いが白魔法を使うのは前代未聞かもしれんが、そもそも『弓使いが白魔法を使えない』なんて誰が決めたのじゃ?」
「……。」
そりゃ誰も考えませんよ、普通。
「世の中十人十色。複職業がいてもなんら驚かないわい。」
「いや、驚くでしょう!常識的に考えて、ありえないですよっ」
「…なら、そんなくだらん常識、共に破ってしまおうではないか。」
「……。」
常識を、破る。
僕がありえないと思っていた『複職業』は、常識的に考えたもので。
確かに、決められたものではない。
誰も考えつかなかったということは、誰も試さなかった、あるいは試せなかったということ。
それだけの情報で、何故か僕達の脳内には『不可能』という形で埋め込まれていた気がする。
もしかしたら、僕達は…もっと多くのことをできるのではないか。
そんなことを考えると、一気に僕達のいる世界が無限の可能性で広がっていく気がした。
「…できるかも、しれませんね。」
「そうじゃろ?…やってやろうではないか、少年よ!」
僕だけの魔法。
僕だけの可能性。
そんな僕というちっぽけな人間の持つ可能性は測り知れない。限界を決めない限り。
そして、この世界には様々な可能性を持つ人間がたくさんいる。
無限の可能性が、この世界にはあるのだ。
僕は右手の魔力を慎重に組み替えていく。
魔導師の魔力は様々な属性を扱う時、こうして少しずつ魔力の波長のようなものを切り替えるのだ。
右手の矢を維持しながら、白魔法としての魔力を少しだけ注ぐ。
…これが、思ったより難しい。
でも、僕の手と矢の接点から、少しだけ黄色い光から青みを帯びた色に変わり始めた。
ゆっくりと矢の先端が向かって青い光に染まっていく。
「……っ」
僕の額から汗が伝った。
矢全体が薄っすらと青く発光したところで、僕の形成した矢が乱れ始める。
元々僕の魔力で構成している矢だから、散るときは一瞬で霧散してしまうのだろう。
(魔力の注ぎ方が…いまいちよくわからない…。)
僕の矢はまだ不完全なままだ。
でも、弓の攻撃はモンスターと近すぎても遠すぎても威力が落ちてしまう。
これ以上は…厳しいな…。
これ以上モンスターに距離を縮められるとよくない。
イメージはできるのに構築できない歯痒さがある。
これが、まだ見ぬ可能性に挑むということなのだろうか。
「…中々上出来ではないか。」
「…まだまだ…ですけどね。」
「じゃが…そろそろじゃろ?」
「…はい。」
『聖なる弓矢』
僕は僕が生み出した可能性を…まだ不完全な矢を放った。
その矢は青白い光を放ちながら、こちらへと迫るモンスターの中心に刺さった。
グゥゥゥゥゥ……
*毒ソウタケ Lv.33 HP249/550 属性 闇
*敵の弱点を突いた!
毒ソウタケの動きが明らかに鈍くなる。
不完全な矢では仕留めきれなかったが、十分なダメージを与えられたようだ。
でも、僕の今の技も相当の魔力と集中力を消費するようで、ガクッと膝をつきたくなるような疲労感が襲ってきた。
「…セノ…っ!」
セルがトトッと木の陰からもつれた足で駆け寄ってくる。
「…だ、大丈夫…」
僕はセルを片手で合図して制したが、ぶっちゃけそんなに大丈夫じゃないかもしれない。
魔導師の魔力切れほど恐ろしいものはない。
回復するまでに時間がかかる。
今の僕の残りの魔力では、回復魔法か、通常の弓の形成一回が精いっぱいだろう。
無理して魔力以上の魔法を放つと、その場で気を失ったり、動けなくなったりして、本気で戦闘どころではなくなってしまうのだ。
だから、今取るべき最善の策は…!
「…セル、ちょっと失礼っ!」
「…えっ?」
幸い、今は弱点の攻撃を受けてひるんでいる。
僕は残った力でセルを背中におぶって走り出した。
魔力はほとんど残っていないけれど、まだ走る体力はある。
このまま広いところに出られれば、セルの魔法で倒せる。
「…セノ…!?」
「ちゃんとつかまってて!」
突然の僕の行動に驚くセル。
女の子をいきなりおんぶして走り出して、少し失礼なことしちゃったかもしれないけれど、今はそんなこと気にしていられる状況じゃない。
僕は夢中で走った。
「…セノ…意外と力持ち…。…意外…。」
「……。」
途中、セルが何か言ったような気がしたけれど、僕はスルーしておくことにした。
まぁ、女の子にそういうことを言ってもらえて少し嬉しい自分がいるのも本当かもしれないけれど。
「……でも、あたしも軽量化使ってるから…当然…かも。」
「魔法使ってるんかいぃぃぃっ!」
流石にこれはスルーできませんでした。
だって、何か、こう、僕のかっこ良さげな立場がガラガラと崩れていくじゃぁぁんっ!
そうですか、えぇそうですか!僕が女の子をおんぶするには全然力が足りませんか!
なんか色々とむしゃくしゃしていたら走る速度が上がった…気がした。
そのまま僕は森に光がさす場所を目指して、薄暗い森を走り抜けた。