#02
~胞子の森~
―そして、今。
「わぁぁぁぁぁっっ!?」
僕はモンスターとの戦闘真っ最中である。
そしてここは隣街のリッド…ではなく、そこの近くの森である。
「…セノ、いったん退却…」
「…わ、わかってるっ!」
*毒ソウタケ Lv.33 HP549/550 属性 闇
*毒ソウタケ:毒胞子
僕はセルに続いて、来た道を走る。
後ろからは僕の3倍はあるであろう巨大なキノコが胞子を振り撒きながら、突然地面から生えた二本の脚で走ってくる。
「…セノ、あの胞子、周囲に散らしちゃ…ダメ…。」
「はいぃぃぃ!?この状況で何を言い出すんですかっ!?無理無理無理!もうすっごく撒き散らしてるじゃぁぁん!」
「セノのせい…。責任とって…。」
「うぐっ……」
平行して走るセルさんからの唐突の無茶ぶり。
…しかし、僕のせいでこうなってしまったのも事実である。
僕達よりレベルの低いモンスターであるため、こうやって走っていれば必然的に距離は離れていく。
まぁ、このあと戦うのは僕達だから、毒を散らしたくないのはわかるけど…。
ああいう胞子系の毒は、毒煙などと違ってその場に充満して消えにくい。
そう広くない胞子の森では、このまま逃げてモンスターを放置しているだけでは相手のほうが時価経過に伴って有利になる。
『だからさっさとしろや』オーラを無言で放つセル。
ここを通るのも僕達だけじゃないだろうし…。
つまり僕達のためにも、他の人達のためにも、ここはセルの言う通りあの胞子をなんとかしないといけなわけで。
「…あぁ、もう!わかったよ、わかりました!!そのかわり、物理攻撃飛んで来たら援護してね!」
「……わかってる。」
僕は覚悟を決めて足を止め、背後から迫るモンスターと向き合った。
背中にしまっていた杖を出し、魔力を溜める。
「風よ…!」
僕が杖をモンスターの方に向けると、そこから放たれた風がモンスターの周囲とその付近に散っていた毒の胞子を一箇所に渦巻いてまとめた。
*毒ソウタケ Lv.33 HP539/550 属性 闇
…知ってたよ。今の魔法でほとんどダメージが入らないことくらい。ええ。
別に落ち込んでいませんから。気にしないでください。
でもこれは僕がつい最近覚えた白魔導師の数少ない攻撃系魔法の一つ。
前、ノルダに自慢したら
「扇子の代わりにはなりそうだな」
とか言われたような気がするけど…確かに僕が覚えたのは下位の魔法だからぶっちゃけ護身用にもならない程度の威力ではあるけれど!(確認済)
…使えない魔法なんてない。
術者の使い方次第で意外と役に立つものだ。…こんなふうに。
今度やっぱりノルダに自慢し直そう。
僕は心の中でそう決めると、そのまま杖を上に掲げる。
「浄化の雫」
掲げた先の天空から落ちる一滴の雫。
それが僕の風魔法の中心に落ちて霧散し、風の中に散っていた毒の胞子を消し去った。
周囲の胞子が無くなったことで視界が晴れていく。
これは決まった!と僕も思わず心の中でガッツポーズ。
今の浄化魔法も、そろそろ覚えておかないとなぁレベルで身につけた浄化魔法初期のものであるが、こういった一箇所の浄化なら容易い。
白魔導師もレベルを上げればちゃんと活躍できるのだ!
全世界の白魔導師達に告げておこう。
「これで文句ないだろ、セル!」
「…うん。」
セルの方に向き直り、僕は少しドヤ顔する。
たまには主人公らしくドヤりたい時もあるよね!
「…。」
ん?
セルが何やら僕のことをじっと見ている。
これは…あまりの魔法さばきに見とれてしまったか!?
「…あ。後ろ。」
「…はい?」
*毒ソウタケ:突進
「わぁぁぁぁぁっ!?!?」
僕は背後からの攻撃をぎりぎりで回避する。
いつのまにか毒ソウタケが僕のすぐそばまで来ていたようだ。
足止めをセルに任せっきりにしていたため、気づくのが遅れた。
……。
「…って、なんでセルさん止めてくれないのっ!?」
「ここじゃ狭くて無理。…もっとあっち。広いとこまで走って。」
「それを早く言ってぇぇぇ!」
僕達は再びダッシュした。
戦闘中ではあるが、どうしてこうなってしまったのか事情を説明しよう。
それは遡ること一時間前…
~街〈レスタ〉/ギルド前~
「お待たせ、セル。」
僕は自室で外出の準備を整えると、約束の時間にギルドの外へと向かった。
そこには小さなカバンを肩から下げたセルが既に立っていた。
「…うん。」
セルは一つ頷くと早速歩き始める。
僕も慌てて後に続いた。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、セル。商人は噂によれば夕方まではリッドにいるって話だし…。」
「そうなんだ…。」
「そう、だからそんなに慌てなくても平気だよ。」
僕の言葉に反応を示しながらも、歩くペースを変えないセル。
セルもなんだかんだで商人のところへ行くのが楽しみになったのだろうか。
…まぁ、商人も多くて月に一度くらいの頻度で来るから、貴重といえば貴重だよね。
その上、商人にも決まったルートがあるわけではなく、急に予定を変更して他の場所へ行ったり、天候やモンスターの出没状況に左右されることだって珍しくない。
だから、少し楽しみになっているセルの気持ちもなんとなくわかる僕は、いつもより少し早歩きなセルに速度を合わせて街の外へ出た。
~街への道のり/レスタ ― リッド~
それから30分ほど歩いた頃。
僕達の前に木でできた看板と、その後ろに分かれ道が見えてきた。
看板の前で僕達は立ち止まり、その文字を眺める。
『右:街/リッド行き 左:胞子の森行き』
きっと、商人や旅人が迷わないように近くの街人が立てたものなのだろう。
何度も行き来していれば迷うようなところではないが、初めて訪れる人にはありがたい案内に違いない。
僕は改めて道を確認し、もちろん僕達は目的地を目指して右の道を辿った。
…少なくとも僕は右の道を選んだ。
しかし。
「…あれ、セル?そっちは街の道じゃないよ。」
何故か僕と違う道を進もうとしているセル。
看板を見間違えちゃったのかな?
「…知ってる。」
そうか、知ってたか。よかった、よかった。
……ん?じゃあなんで…。
「あたし、こっちに用があるの。…すぐに終わるから、寄り道…。」
「……。」
何故だろう、怪しさしかない。
このままセルについて行って、とんでもない休日に巻き込まれる未来を容易に想像できてしまう僕がいる。
お互い一歩も動かない。
「…セルさん?今日はリッドに行くんでしたよね??」
「うん。」
「右ですよ?」
「うん。」
僕の言葉にセルはコクリ、コクリと頷く。
言葉は通じているようだ。
しかし、彼女の足は動く気配がない。
―この流れはよくない。
…非常に嫌な予感がします。
「…セルさん??」
「リッドに行く…でも、寄り道。」
「商人さん来てるかもしれないよ?」
「うん。…でも、夕方まではいるんでしょ?なら…時間はある…。」
…それは…そうなんですけど。
「寄り道って…何しに行くの?」
「……秘密。」
はい、きたこのパターン!!
こういうときの『秘密』ほど怖いものはないと思うんですよね!?
「寄り道したいのなら構わないけど、ちゃんと言ってくれなきゃ僕はついて行かないよ?」
「……。」
僕は一番危険なルートを排除していく。
セルはしばらく無言を貫いた挙句、溜め息と共に肩から掛けていたバッグをガサガサと漁り始めた。
……。
しばらくして取り出された緑色の紙。
それを僕の顔の前に出した。
『☆5/推奨Lv.35/胞子の森に生えている毒ソウタケの駆除/7000ベルツ/※毒ソウタケは物理攻撃などの刺激を受けると毒の胞子を出すため、一定のダメージを与えられる浄化魔法または攻撃系魔法必須』
…ちゃっかり依頼うけてたんかいぃぃぃ!!
ザ・嫌な予感的中である。
「僕は行かないよっ!?」
「…セノのこと考えて、討伐系依頼はやめておいた。」
「どういう配慮っ!?僕が求めているのはそういうんじゃないんだって!!」
「…?」
セルは僕の言っていることが理解できないのか、首を傾げて依頼の紙を見始めた。
「…大丈夫。コスパ良い。」
静かに作られるピースサイン。
さて、どうしたらこういった結論に至るのだろうか。
確かに採集・駆除系の比較的簡単とされている依頼にしては、珍しいくらい報酬が高いけれども!
そういう問題じゃなくって!!
…それにしても…。
……浄化魔法とか、魔導師の制限があるにしても…何か報酬が弾んでいる気がする。
ちょっと待てよ…こういうのってさ……。
僕は怪しく思い、その依頼の紙をじっと見つめた。
「…何か、裏があるんじゃないかな。」
「…?」
謎に高い報酬を出す依頼には、たまにこういう話がある。
例えば、指定した場所に推奨レベルよりも高いモンスターが出現するときがあったり、駆除・討伐対象が依頼主の勘違いで実はモンスターだったり…。
依頼を貰うギルドの方も、依頼主の調査が甘ければそれなりに予想外の事態が起こることを把握しているので、依頼主にやや高めの額を要求する。
逆に、依頼主が調査可能で、事前によく調べていれば報酬金も依頼主の提示した通りになることが多い。
僕達のギルドは特に依頼主の制限をしておらず、一般の街人、もっと偉い人、さらには僕達だって依頼することができるのだ。
こういったギルドは多くの依頼が入ってきやすく受注者にとってメリットではあるのだが、たまにこういった怪しい依頼書が紛れることもある。
…そう、こういった目の前の依頼書のように。
僕が怪しさ全開の目で見ていると、セルは紙を裏返して眺め始めた。
採取・駆除系の依頼であることを示すこの緑色の紙が、僕には裏がなる怪しい紙に見えて仕方ない。
「……別に、何もないけど。」
セルが僕に視線を戻す。
「…ん?」
「…裏には何もない…けど。」
「……。」
そりゃあ……
「そりゃそうでしょうよぉぉぉ!何なの、君は天然なのっ!?依頼書の裏なんて緑の草原パラダイスでしょうがぁぁぁっ!
「…うん。」
「ちがう、違う!僕が懸念しているのはそういうことじゃなくて!本当はもっと危険な依頼なんじゃないかっていうこと!」
「…あぁ、なるほど。」
ここまでくるとセルの言葉がわざとやってるボケなんじゃないかと思えてくる。
そうでなければ、セルは…天然の素質があるのかもしれない。
多少の天然は可愛いけれど、ここまでくると僕の天敵になりかねない。
いつか喉が枯れてしまうのではないかと心配になってきた。
…でもまぁ、これでセルが諦めてくれるのであれば、僕のツッコミは無駄にならなかったということだ。
「…じゃあ…確かめる?」
「…いいえ?」
どうして今の話の流れの結論がこんな爆弾発言に繋がるのだろうか。
もう、セルと彼女の言葉の爆弾が赤い糸で結ばれているとしか思えない。
「…じゃあ、セノは先にリッドに行ってて。」
「…え?」
「推奨レベルも低いし、あたし一人で行ってくる。」
「…え?」
「…じゃあ、また後で。」
「……。」
「…夕方までに帰ってこなかったら、教会まで連れて行って…。」
「………。」
そう言って迷わず左の道を歩き始めたセル。
確かに、彼女は強い。
でも、それはレベル的な話だ。
彼女を一人で行かせてもいいのだろうか。
年下の彼女を。
何が起こるかわからない怪しさ全開の依頼に。
…でも、これも彼女の策の内だったら?
僕は彼女の仕掛けた罠にまんまとかかろうとしているだけだったら?
…僕は…。
「…あぁ、もう、わかった!僕も行く!!僕もいた方がセルも安心だろっ!?」
僕は、セルと共に左の道へ進むことを選んだ。
まだ何かが起こると決まったわけではないし、セルがそんなふうに僕を誘導できる子ではないはず。
それに、本当にもしセルに何かあったらと考えると…正直心配だし。
ここでセルの背中を見送ったら…主人公リストラされる気がするし…。
…つまり、総じてこの物語の主人公らしい選択をしたのである。
「…ありがとう、セノ。…じゃあ、前衛よろしく。」
セルがニヤリ、と僕を見た気がした。
「……。」
どうやら、セルの筋書き通りになったようで。
僕は様々な感情が入り混じり、複雑な気持ちを抱えて空を見上げた。
…セルも大人になったなぁ…。
遥か高くに広がる空には太陽が真上に昇り始めていて、その時の僕には何故か目から滲む汗で若干ぼやけて見えた。