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オーガスト2

 列車の中はパラパラと乗車している人たちがいる。

「じゃあ姉さんまずは英語から」

 英語の参考書を膝に載せ受験勉強に勤しむりさ。

「まあ、いつもの通り自分から勉強して分からないところがあったら私に聞いて」

「うん。それと姉さんの電子辞書貸してよ」

「分かった」

 鞄から電子辞書を取り出してりさに渡す梓。受け取ったりさは、

「よし絶対に中央に行ってやるぞ」

 勉強に意欲的に取り組んでいる。

 梓はいつもと同じように趣味の読書に没頭している。

 麻美は食い倒れて睡眠している。

 恵は持ってきたマンガ本に夢中である。

 二時間後。

 麻美はぐったりと眠ったままで恵もいつの間にか眠っている。

 梓は小説を閉じうとうとと眠気と戦っている。りさに勉強を教えるという約束したからだ。

 そのりさは相変わらずに勉学に勤しんでいる。

「姉さん。無理しないで寝ても大丈夫だよ。私もそろそろ眠くなってきたから」

「大丈夫だよりさと約束したんだから。私は起きているよ」

「一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なあにりさ」

「今歴史勉強しているんだけど、総理大臣で今まで女性はいなかったみたいだね」

「それがどうかしたの?」

「まあそれと少年よ大志を抱けって言うけど、何で少年に限定するんだろう。そう思うと女である私たちって男の子より不利な感じがするんだけど」

「そんなことないよ。女性だって歴史を刻んだ人物はたくさんいるよ」

 うとうとしながら言いかける梓。

「私出来れば男の子に生まれたかったな。女は男と違って体力も力も違うし、何か損な感じがする」

「そんなことはないよ」

 あくびしながら言う梓。

 そんなときりさが閃いた。

「じゃあ少女よ大志を抱けって言うのはどうかな?英語で言うとガールズビーアンビシャス。かっこよくない?」

「・・・」

 梓の方を見ると眠ってしまったようだ。

「なんだよ姉さん。寝ちゃったのかよ」

 梓が寝たことを良いことにりさは梓の肩に首を乗せ眠りについた。

「お休み姉さん」

 電車に揺られながら少女たちは目的の場所へと向かう。


 流れる景色から日の出に照らされ梓が目覚める。

 大きなあくびを一つして今どこにいるのか確認してみるとどうやら山口県を通過中で終点の福岡県博多市まで時間があるみたいだ。

 肩に何か負担がかかっていることに気がつくとりさが梓の肩を枕代わりに眠っているみたいだ。

 そんなかわいらしい寝顔を見て含み笑いを一つこぼしてしまう。

 鞄から目覚めの缶コーヒーを取り出して飲み干す梓。

 気持ちよさそうに眠っているがそろそろ終点の博多だ。なので梓はまずりさを起こす。

「りさ。起きなさい。そろそろ終点よ」

「うーん」

 とうめきおもむろに目を開いて目覚めた。

 梓は立ち上がり麻美と恵を起こしてどうやらみんな目が覚めたみたいだ。

「はいみんな起きたところでそろそろ福岡県博多市に到着します。この博多市は朝鮮半島との交通の要でもあったところです。まあ私の知識ではこれぐらいのことしか分かりません。福岡県博多市についたら、どこか朝ご飯を食べて町を物色しようと思います」

 と言うことで、到着までトランプゲームを楽しんだ。

 そして福岡県博多市に到着して四人は電車を降り改札を出て町に出た。

 さすがは博多市。よく福岡の県庁所在地を博多と間違われるほどの盛んな町だ。見渡すところ交通も盛んでビルも建ち並び都会みたいな雰囲気を醸し出している。

 四人は朝ご飯を食べるために駅前にあるマクドナルドに足を運んで朝マックを注文してこれからのことを語り合う。

「さて今は七時だけど、長崎行きの電車は九時にくるからそれまでまた二人一組になって自由行動しようと思うんだけどどうかな?」

 梓の意見にみんな賛成であった。

 朝マックを食べ終わって、くじ引きで二人一組になるペアを決めることになった。

 麻美と梓がペアになり、もう片方はりさと恵になった。

 四人はマクドナルドから出て梓が、

「じゃあ九時になったら駅前のロータリーで待ち合わせね」

 指を指したところが駅前のロータリーだ。大阪みたいにごちゃごちゃしていなくて、分かりやすい場所だったのでみんな安心している。


「じゃあ行くか恵」

 恵の肩に手をおいてりさが言い出す。

「そうだね」

「よしレッツゴー」

 右手に持っているギターを振り回して意気揚々にりさが言う。

 二人は博多の町を歩き、会社勤めのサラリーマンや学校に通う学生などが見受けられる。

 そんな雑踏をかき分けついた場所が蝉の鳴き声が大合唱する大きな噴水がある公園だった。

「りさ。ちょっと一休みしない?私疲れちゃった」

「何だよだらしないな。まだ二十分ぐらいしか歩いてないじゃん。まあいいけどさ」

 二人は公園に設置されている日陰のブランコに座った。正面五メートルほど前に噴水が眺められて心地の良い感じであった。しかも噴水の水しぶきが虹の弧を描きロマンティックで二人はうっとりしてしまった。

 りさが何か飲み物でも買おうと近くの自動販売機に行きコーラとコーヒーを買った。

 恵のところに戻り、

「コーラとコーヒーどっちが良い?」

「じゃあコーラ」

「はい」

 コーラを恵に差し出すりさ。

 二人はプルタブをあけ飲む。恵が、

「あー生き返る。やっぱり九州は南の方だから暑いね」

 りさが鞄から麦わら帽子を取り出して恵にかぶせた。

「ありがと。りさ」

「フフッ」

 とにっこりと恵に笑顔を見せた。

「なに笑ってんの?」

 恵もついもらい笑い。

「いや別に。この調子なら何か良い思い出になりそうで嬉しくてさ」

 グイっと残りのコーヒーを飲み干す。

「そうだね。まさかみんなとこんな旅行が出きるなんて思いもしなかったよ。これもりさのおかげだね」

「私のおかげって別に私は・・・」

 なにを言って良いのか言葉が詰まるほど、何だか照れているりさ。

「私はさあ、突然あんなことされて正直ビビったし、許せないと思ったけど考えてみれば私が悪いことに気づいたし・・・」

 恵の言葉をりさが遮る。

「もう何回目だよその話。私たち会う度にいつも言っているじゃん」

「そんなこと言わないでよ。私・・・」

 恵の言葉を予測して、

「嬉しかったんでしょ」

「そうだけど」

「いつまでも引っ張らない。とにかく私たちはガールズビーアンビシャスだよ」

 ついりさは自分で言って恥ずかしくなった。恵のリアクションは、

「何それ」

 と必死に笑いをこらえている。

「いや、その、あのな」

 恥ずかしくなり、赤面して狼狽している。そんなりさに茶々を入れるように、ブランコから立ち上がり、

「ガールズビーアンビシャス。ガールズビーアンビシャス。ガールズビーアンビシャス・・・」

 と連呼して爆笑している恵。

「笑うなよ」

 りさは怒りだして立ち上がり恵を追いかける。

 恵とりさは一ヶ月のつき合いでケンカするほどの仲になってしまっているみたいだ。

 

 一方その頃麻美と梓は集合場所の駅前のロータリーにいた。

 麻美は梓にギターの弾き方を教えてもらっている。

「指が痛いよ」

 ギターのコードを押さえ指が食い込み苦痛を漏らす麻美。

「少々根気が必要だね。弾けるようになるには」

「りさはどれぐらいで弾けるようになったの?」

「りさはすごい根気だったからねえ、一ヶ月ぐらいで弾けるようになったよ」

「麻美も負けられない」

 再びギターのコードを押さえ弾こうとする麻美。りさをライバル視したみたいだ。

 そんな麻美を見て梓はりさが英明塾に来てから良い影響をみんな受けている。昨日恵はりさのこと幸せを運ぶ天使だって言っていたけどその通りかもしれない。だからりさの視野をもっと広げて上げて一流の大学にこだわらずに自分らしく世のため人のために尽くしてほしいと梓は心の中で呟いた。

「ほら麻美ちゃん貸してごらん」

 賢明に弾いている麻美ちゃんにお手本を見せて上げようとする梓。

「うん」

 ギターを梓に渡す。

 梓は受け取りそれを優雅に弾き歌い出す。

 尾崎豊のオーマイリトルガールだ。

 心地よく透き通った声で歌う梓を見て麻美は『こんなに弾いて歌えるようになったら気持ちいいだろうな』と思っている。

 道行く人は梓の声に釘付けになり足を止めて視聴する人もチラチラと目立っている。

 歌い終わって拍手が巻き起こる。

 釣り銭程度のお金を構えているギターケースの中に入れる人たち。梓は満面のスマイルで「ありがとうございます」と一礼してお礼する。

 そんな光景を目の当たりにして麻美はギターが弾けるようになりたいと思う。


 長崎行きの列車に梓一同は乗り込み、ギターケースをテーブル代わりにしてトランプゲームをする。ビリの人は長崎駅に到着したら罰ゲームが待っているルールを作っている。

 引率係の梓はもう一人の妹と思うりさといて不思議と楽しくて仕方がないと思っている。まさか引っ込み思案の麻美とみんなに迷惑をかけていた恵と一緒に旅行が出きるとは夢にも思わなかった。でもこれは紛れもないステキな現実であると思うと心は大好きなメロディーを聞いているかのごとく心が弾んでしまう梓であった。

 実を言うとそれは梓だけではない。麻美も恵もりさといて楽しいと思っている。

 列車は進み車窓から海が見渡せる。太陽の光が海を照らしきらきらと宝石を散りばめたかのように輝いている。そんな光景に梓たち一行は海の景色に釘付けになる。

「うおーすごいよ海が見えるよ。久しぶりに私海を見たけどやっぱりすごいね」

 とりさ。

「広いね果てしなく。見てみると地球が丸いことがよく分かるね」

 と梓。

 そのほかにも胸を躍らせるような言葉をみんなで交わしあい長崎の駅に到着した。

 梓たち一行は列車を降り、そこで待ちかまえていたのはトランプで最下位だったりさの罰ゲームであった。

「分かりました。じゃあ少しだけお猿さんの真似をします」

 りさが仕方がないと言わんばかりにお猿の真似をして、麻美がその瞬間をデジカメでとった。

「何やってんのよ麻美」

 恥ずかしいところをデジカメでとられて憤るりさ。

「思い出思い出」

「ちょっと」

 麻美のところまで追いかけるりさ。

「思い出思い出」

 逃げる麻美。

 そんなやりとりを見て恵と梓は笑っている。

 改札を出てここも交通が盛んだ。

 時刻を見ると十二時三十分を示していて丁度お昼時だった。

 何を食べたいか相談したところ、食いしん坊の麻美が長崎名物のチャンポンが食べたいということで梓たち一行は近くのラーメン屋に入った。

 中はカウンター席になっていて丁度四席椅子が空いていて一行はそこに座った。

 メニューを見てみるとラーメンやチャーハンとラーメン屋らしいメニューがある。もちろん長崎名物のチャンポンもある。

 そこで一行は長崎名物のチャンポンを頼んだが、麻美が「麻美チャンポンの大盛りね」

 意気揚々と弾んだ声で言う麻美。

「おい。麻美普通にしておけよ。大阪と同じ目に会うぞ」りさが心配する。

「大丈夫。おいしいものが食べられるなら私は倒れたっていいんだから」

「そんなことになったらみんなに迷惑がかかることになるんだぞ。とにかく普通にしておきなよ。麻美」

 真摯に訴えかけるりさ。その言葉が麻美の心を納得させた。

「うん分かった。そうだよね。みんなに迷惑はかけられないよね」

 分かってくれてりさはホッと安心する。


 一行は食べ終わり店から出た。

 そして梓を中心にして円形に集まる梓一行。

「はい。チャンポンおいしかったね。麻美はまだ一人前じゃあ物足りないって言っていたけど、まあそれはまた次回までにとっておきましょう。さてこれから原爆が投下された平和公園に行きます。広島に続いてここ長崎に投下されて死者は九万人とも言われています。今でも原爆に苦しむ原爆症という病があり、それは嘔吐や脱毛、貧血、発熱云々あり。それが代々被災者二世と呼ばれる被害に遭った人たちが生んだ子供たちにも感染しているのです。私たちは人事だと思っていてはダメだと思うんですよ。身を持って知ると言うぐらいの気持ちで望んでほしいです。さて行きましょうか」

 梓たち一行は路面電車に乗り平和公園へと向かった。

 到着して広々とした静かな公園に何人かの参拝客が見受けられる。

 それで一番目立つのが梓曰く平和のシンボル平和祈念像であった。

 青白い巨大な像であり右手を天に指さして左手を横水平にのばしている。

 その意味は記念碑に描かれている。天を指さす右手には原爆の恐ろしさを、横水平に伸ばした左手は平和を、そして忘れてはいけないのが軽く閉じた目は戦争犠牲者の冥福を祈っているのだと。

 りさはここ長崎に原爆が投下されたことを想像してみる。罪のない人たちが原爆の業火に焼き尽くされ苦しみもだえながら死んでいく。

 さらにこんな想像もふつふつと思い浮かんでくる。もしこの原爆の業火の中に愛梨お姉ちゃんがいたら・・・いや考えたくない。首を左右に激しく振り考えることをやめたいのだが人間という生き物はオンオフスイッチで動いているわけじゃないのでりさは考えてしまい、涙腺が故障したかのように涙が溢れてくる。

 りさはどうやら戦争の恐ろしさを知ったようだ。

「どうしたりさ」

 心配する梓。

「愛梨お姉ちゃんが愛梨お姉ちゃんが原爆に巻き込まれたことを想像したら。何か怖くなっちゃって」

「大丈夫だよりさ」りさを抱きしめる梓「りさは人を切に思いやれる優しい子なんだって」

 傍らで麻美と恵が心配そうにりさを見守る。

 梓は涙でおののき震えるりさを落ち着くまで抱きしめた。

 そしてりさは実の姉である愛梨の携帯に電話をかける。

「もしもし愛梨お姉ちゃん」

「あっりっちゃん?長崎の旅は楽しい?」

「うん。楽しいよ」

 りさは愛梨の元気そうな明るい声を聞いて悲しい涙が少しずつ消えていった。

「でも珍しいね。りっちゃんが愛梨ちゃんの携帯にかけてくるなんて。何かあったの?」

「いやちょっと愛梨お姉ちゃんの声が聞きたくなっちゃって」

「それってホームシック?」

「違う」

 つい受話器の向こうの愛梨に大声で言ってしまったりさであった。

「そんな大声で言わなくても良いじゃん」

「とにかく長崎に着いたことを伝えたくて電話したの悪い?」

「いいや。愛梨ちゃん嬉しいよ」

「愛梨お姉ちゃんは今仕事中」

「うん。愛梨ちゃん社会人としてお母さんたちとバリバリ働いているよ」

「そう。じゃああんまりがんばりすぎないでね」

 通話を切ってりさを見守る仲間たちの方を振り返り笑顔を見せた。

 その後梓たち一行は平和公園で平和を祈願した銅像やレリーフなどを見て回った。ちなみにりさはいつまでも平和な時代が訪れるように賽銭箱に千円を入れたのであった。

 平和公園を後にして路面電車の駅で電車が来るまで少々時間があったので梓はりさたちを円形に集め梓曰く語りの場を開く。

「はい長崎平和公園に行って戦争の恐ろしさ、平和の大切さを学びましたね。りさなんかホームシックになってしまうほどおののいていたけど」

「ホームシックじゃない。失礼なことを言うな」

 憤りつい大声で否定するりさ。

「はいはい悪かったよ。冗談だよ冗談。そんなに怒ることないじゃない」

「冗談でもほどがあるよ。今度ホームシックって言ったらシバいてやるんだから」

 そんな二人のやりとりを傍らで見ている麻美と恵は笑っている。

「はいはい。広島に続いて長崎に原爆が投下され、戦争で犠牲になった人たちの思いが平和公園にありましたね。そんな思いが代々受け継がれて私たちの世代まで来ました。まあ私たちの世代は平和が当たり前の時代に生まれてきた来たから戦争には無縁でしたけど、再び先進国である日本に戦争が起こらないとは言い切れません。そこで私たちは何をするべきなのか?その決断をするためにこの平和公園が作られたのだと言っても私の持論だけど過言ではないと思うんですよ。そこでこの平和公園で何を感じたか?何をするべきなのか?そのほかにも何でも良いからここでみんなに感想を聞きたいと思います。まずは麻美ちゃんから」

「はい。麻美は平和公園で平和を象徴した銅像やプレートを見て戦争犠牲者のみならず誰もが平和を望むものなんだと思いました。以上です」

「そうだね。あの平和シンボルの像を見て分かるように原爆の恐ろしさと平和の大切さが象徴されてますね。だから平和公園があるんだなって改めて思うね。その像の象徴がメッセージになって私たちに訴えかけているとも思えるね。良いよ。麻美ちゃんグッジョブだね」

 親指を突き立ててにっこりと麻美に向けてウインクする。続けて、

「じゃあ次は恵ちゃん」

「私はこの平和公園に来てこれで二度目なんだけど、改めて来て平和の重要性が分かります。だからさっき梓先生が言っていたように先進国である日本に戦争が起こらないとは限りません。当たり前の平和がなくならないように私たち一人一人が平和の重要性を訴え続けることが大事だと思います。以上です」

「そうだね。平和公園の平和はそのままの意味で平和の重要性を訴えているかのようにも思えるね。だから私たち一人一人が平和の重要性を訴え続け、いつまでもこの平和が続くようにして行かなきゃならないね。この平和公園は私たちに重要なことを教えてくれているみたいだね。さすが恵ちゃんグッジョブ」

 恵に親指を突きつけにっこりとウインクする梓。続けて、

「さて最後はりさ」

「私は平和公園の象徴とも言える平和シンボルの右手を指しているのは原爆の恐ろしさを語っていると言う意味に何だか怖くなってきます。もし再び日本に戦争が起こり私たちが住む東京に原爆が落ち・・・」繊細なりさはそのことを想像して涙を流す「麻美や恵それに姉さんや愛梨お姉ちゃんが原爆に巻き込まれたことを想像すると・・・」りさはついには泣き出してしまい言葉を失った。

 そんなりさを梓は抱きしめ、

「もういいりさ。私たちの中であんたが一番戦争の恐ろしさを学んだんだな」

「やっぱり姉さんの言うとおり恥ずかしいけどホームシックかな?」

「麻美はいつもりさが悲しんでいるとき、そばにいてあげるよ」

 と麻美。

「そうだよ。私たちは原爆なんかに巻き込まれない。そうならないように私たち一人一人ががんばっていくんだよ。だからりさ泣かないで。ガールズビーアンビシャス」

 と恵。

 そんな人たちに囲まれ涙が遠のいていく。


 長崎駅のロータリーで梓曰く平和へのメッセージとして翼をくださいを梓とりさがギターで弾き麻美と恵が歌う。

 道行く人は学校帰りのジャージ姿の学生さんや会社帰りのサラリーマンが行き交う中足を止め四人の演奏を聴く人がちらほらといる。

 四人は一人でも良いから自分たちの演奏を聴いてもらい平和への重要性を訴えかける。

 そして日は暮れて空はだいだい色に染まった。

 梓たち一行は演奏を止め、夕食と決め込みたいところでここで何を食べるかを一人一人梓が聞いたところ。麻美がもう一度長崎名物のチャンポンを上げたが、さっき食べたので却下された。

 まだ帰りの大阪行きの夜行列車まで時間があるので、ここでまた二人一組になって各自自由行動になった。

 麻美と恵そして梓とりさがそれぞれペアになった。


「あー食った食った」

 と麻美がチャンポンの大盛りを平らげ満足そうにおなかをたたく。

「麻美よく食うな」

 半分呆れた感じで頬杖をつきながら麻美の食べっぷりを見ている恵。

「やっぱり長崎名物のチャンポンは何度食べてもうまい」

「太るぞ麻美」

「私いくら食べても太らない体質なんだ」

「それは羨ましいな」

 二人は勘定を払って店の外に出た。

 もう空は真っ暗で長崎の町は色とりどりのネオンを放っている。

 時間は午後八時を示していて集合時間まで十時なので時間はまだまだある。

「麻美この辺に銭湯ないかな?」

「私に聞かれても分からないよ。ってお風呂に入りたいの?」

「この二日間ろくにお風呂も入ってないから体中気持ち悪くてさ」

「そう言われると私もそう思うよ。あそこに交番があるから聞いてみる?」

 信号の向こうにある交番を指さして麻美が言う。

「そうだね」

 二人は信号を渡り交番に銭湯の在処を聞いて銭湯に向かった。

 小さな路地を曲がったところに花の湯と言う銭湯があり二人は中に入った。

 番台にお金を渡しさらに中にはいると年をとっているおばちゃんたちでごった返していた。

 そんな中、

「恵、背中流して上げようか?」

「エー何か悪いよ」

「じゃあ恵の背中を流したら、今度は私の背中を流してくれればそれで良いから」

 二人は湯船に入る前に体を洗った。

 そして湯船に浸かり極楽気分を味わう二人。

「二日ぶりの風呂は最高だね。しかもこんな広々としたお風呂に入れるなんて幸せ」

 恵が高らかに言う。

「・・・」

 なにやら麻美は今一元気がない。それを見透かした恵は、

「麻美どうした。そんな深刻そうな顔して。そんな顔されると私までどうかされちゃうよ。また将来のことで悩んでいたんだろ」

「うん。私このままで良いのかなって?学校もろくに行っていないし、まして今年私高校受験だし。そのことに関して私は何も考えていない」

「りさは言っていただろ。りさも高校受験の時何も考えずに遊んでばかりいて、行く高校がなくて仕方なく通信制の高校に入学したって」

「でも今のりさは違う。大学に行くために一生懸命勉強している」

「麻美は焦りすぎなんだよ。梓先生言っていたじゃん。焦らずたゆまずいろんなことを経験すればそのうちやりたいことが見つかるって。この旅行も経験の一つだよ。だから多少の心配は誰もがするけど、心配しすぎるのはどうかと思うよ。私だって十五の時受験はしたけれども、いじめられて不登校になって英明に来たんだよ。その時誰かまわずに愛情ほしさに人に迷惑をかけてきたよ。それを気づかしてくれたのはりさだった」

「私もりさに助けられたよ。もし助けられていなかったら命がなかったかもって思うとゾッとしちゃうよ」

「あいつは不思議で取り留めのない優しさを提供する才能がある奴だよ。もしあいつが英明に来ていなかったら、こんな楽しい旅行に行けなかったよ」

「それは麻美も同じだよ」


「くしょっ」

 くしゃみをするりさ。

「どうしたりさ。風邪か?」

 心配する梓。

「私の噂を恵と麻美がしているように思えるんだけど」

「きっとりさに感謝しているんだと思うよ」

「別に私は感謝されるようなことはしていないよ。私がホームシックにかかったことにあの二人は笑っているんだよきっと」

「どうしてそんなひねくれたような考え方しかできないの?」

「それよりさんざん町を歩いて結局吉野家の牛丼かよ。こんなの東京でも食べられるじゃん」

 そう二人は吉野家の牛丼屋にいるのだ。それぞれ豚丼を注文して席に座って待っているのだ。

「いいじゃない。東京の味と長崎の味をどちらがおいしいか比べることが出きるじゃん」

「訳わかんないよ」

 二人は豚丼を食べ終え再びロータリーに戻りお土産屋を物色する。

 りさは愛梨が喜びそうなキーホルダーを探している。

 そこで目にしたのがオーダーメイドでイニシャルを形作ってくれるキーホルダーだった。

 さっそくりさは店員に愛梨のAと橘のTを注文してものの五分がたちすぐに作ってくれた。

 これを受け取って愛梨が喜んでくれるところを想像すると思わずにやけてしまった。

「何笑っているのりさ」

「これ見てよ」

 愛梨に渡すお土産のATのイニシャルををかたどったキーホルダーを梓に見せる。

「へーかっこいいね」

「愛梨お姉ちゃんのお土産なんだ」

「私も妹に買って上げようかな」

「うんそうしなよ。店員さんに頼めば作ってくれるよ」

「じゃあそうする」

 りさは母さんと父さんのお土産を探す。

 そこで目に付いたのが長崎名物のチャンポンの元だった。

 それを五個買って梓に「ロータリーで待っているから」と言い残してお土産屋から外に出て集合場所のロータリーでみんなを待つ。

 時間は九時を示していて集合時間の十時まで後一時間はある。

 そんな中りさは町の色鮮やかなネオンの光を見て、友達である人たちをネオンの光の色でたとえてみる。泣き虫な麻美は悲しみのブルーの光。天真爛漫な恵は喜びの黄色の光。常にリーダーシップで頼りがいのある梓は探求の赤の光。最後に自分は何色に光っているのか分からない。何なら梓と同じ赤に染まりたいと都合よく考えるりさであった。考えていればネオンの光は黄色青赤の三色しかない。

色の三原色は信号の光と覚えた。この三色を混ぜ合わせれば何万種類の色を作ることが出きると言われているみたいだ。だったら人はこの三色の色を持ち合わせているんじゃないかと考える。人間はその気になればどんな美しく粋な色に染まることが出きる。だから受験勉強を賢明にがんばろうと拍車がかかる。

「お待たせりさ」

 一人考え事をしていたりさに不意に梓が声をかけびっくりしてしまった。

「姉さん」

「これ見てよ」と言ってイニシャルのキーホルダーをりさに見せる「妹にあげるんだ」

「妹さんで思い出したんですけど、まだハッキングをしているんですか?」

「ハッキングして正解だったよ」

「どうして?」

「あの子ふられちゃって一人落ち込んでいたのよ。だから休みの日に帰省したら、心配かけたくないからって笑顔を取り繕って私に対応していたよ。かわいい妹だよ」

「そう」

 りさは梓が犯罪まがいのことをしてまで妹を見守るのは常軌を逸していると思うが、本当の姉妹関係に入り込む余地などないと思っている。いつか何かえらい目に会うんじゃないかと心配しているりさであった。

 

 夜行列車に乗り込みりさは隣の席にいる梓に勉強を教えてもらおうとしたがあいにくりさの肩を枕代わりにして眠っているのでそっと寝かせておいた。

 恵と麻美の方のペア席を見てみると二人とも心地よさそうに甘い夢の中だった。

 仕方ないので一人で勉強しようとしたが、りさも今日は長崎の町を歩き回って疲れているのか睡魔に襲われる。だからりさも眠りについた。

 四人はこの旅行が夏の最高の思い出となってくれればと思っている。


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