オーガスト1
夜の大阪の道頓堀の橋の上で、梓とりさは尾崎豊のシェリーを熱唱する。
ギターを弾きながら歌っているときは気持ちよくハイテンションになってしまう。
「あー尾崎最高」
と叫ぶりさ。
「りさ次は何歌う?」
梓。
「じゃあオーマイリトルガールを歌おうよ」
「よしきた」
「じゃあ姉さん」
「「ワンツースリーフォー」」
二人はギターを弾きながら雑踏の中熱唱する。
ギターケースには行きずりの人たちが足を止め聞いてくれた人たちが入れてくれたお金がある。
歌っている最中にまた人が二人の歌声にひかれて足を止めて聞くことに夢中になる。そんなに人に梓がウインクする。
するとその人は二人のギターケースに百円を入れて去って行くところ梓が、
「ありがと」
と言う。
歌い終わって。
「姉さん今何時?」
「八時だけど、まだ集合時間まで一時間あるからもう少し歌えるよ」
りさがギターケースを見て、
「姉さんすごいねこんなに貯まったよ。これで私たちみんなでおいしいものでも食べにいこうよ」
「そうだね」
「麻美と恵もきっと喜ぶと思うよ」
一方そのころ麻美と恵は。
「ねえ恵。見てみてよ食い倒れ人形だよ」
指を指して恵に示す。
「うん。分かっているけど何が食い倒れなんだろうね?」
「うん赤と白の縦縞の模様の服に太鼓持っているけど何を根拠に食い倒れ何て言っているんだろうね?」
「はい。閑話休題」
手を二回たたいていう恵。
「そうだね。そんなことを考えたって意味ないし」
「しかしおいしそうな臭いが漂ってくるね」
何の料理かは知らないがおいしそうな臭いにうっとりとする恵。
「本当にこの町に住んでいたら私たちデブさんになっちゃうね」
「麻美今何時?」
「八時二十分だけど」
携帯を見て言う麻美。
「合流するまであと四十分はあるよ」
「お腹すいたねえ」
「とにかく食事は二人と合流してからだから、それまで食べない方が良いよ」
これは梓が引率する東京から長崎までの青春十八切符の旅だ。参加者は梓率いるりさと恵と麻美併せて四人で旅している最中だ。今は大阪で二人一組になって自由行動の時間だ。
そして合流する時間になり集合場所は大阪の駅前で四人は合流する。引率する梓が、
「はい。みんな集まったね。ここ大阪は歴史がたくさんある場所でってことは多分みんなも知っていると思う。豊臣秀吉が築城して以来、商業の町として有名なところだよね。運河が多く水の町と呼ばれるようになったことはりさに歴史の勉強の時教えたけど覚えているかな?」
りさにウインクして勉強の話を降る。
「もちろん」
意気揚々に親指を立ててウインクを返す。
「結構結構。じゃあ夜行列車の時間までまだまだ時間はあるから夜ご飯にするか。みんなは何食べたい」
と梓はみんなの意見を取り入れて食べるものを決める。
「麻美お腹すいたよ。たこ焼き食べたい」
「だったらお好み焼きにしようよ」
と恵。
麻美と恵が意見が分かれている。りさと梓はどちらでも良いと言うことで二人一組になって梓と恵そしてりさと麻美と別れ自由行動になり午後十一時に駅前に集合となった。
「じゃあ行くか麻美」
「麻美お腹ペコペコだよ。お昼から何も食べてないからさ」
「麻美はあの時列車の中で姉さんが配っていたおにぎりを食べればよかったんだよ」
「だってせっかく大阪まで行くからお腹いっぱいにたこ焼きを頬張りたくてさ」
ニカッと笑顔で言いかける麻美。
呆れて嘆息したりさは、
「とにかくたこ焼きの屋台を探してベンチで食べよう」
二人は大阪のイルミネーションが輝く大阪の町を眺めながら歩いている。
何か夢の中にでもいるような思いに感慨にふけってしまう感性の強いりさであった。
たこ焼きの屋台は駅前のロータリーにドンと構えていた。
二人はたこ焼きを買って駅前のベンチに座ってイルミネーションを傍観しながら食べることにした。
「麻美お前そんなに食べられるのかよ。三個も買っちゃって」
「だって大阪に行ったらたこ焼きをたらふく食べようと楽しみにしていたんだから。それとこれから長崎のチャンポンも麻美を待っているんだから」
何て言いながらたこ焼きを頬張る麻美。
「おいしい」
何ともおいしそうに食べる麻美を見て含み笑いをしてしまうりさだった。
りさも一口。
「おいしい」
の一言をこぼしてしまうほどのおいしさだ。
二人は東京のたこ焼きとは明らかに違うおいしさだと痛感させられてしまう。
今食べている大阪のたこ焼きは外側からサクッと香ばしく中身がドロっとした触感に思わず癖になりそうなほどのおいしさだった。
「大阪最高」
と麻美は調子に乗って人目もはばからずに大声で叫ぶ。
「よせよ恥ずかしい」
「あのテキ屋のあんちゃんにノーベルたこ焼き賞を上げたいね」
「何訳の分からないことを言っているの?」
麻美をみると幸せそうにたこ焼きを頬張っている。
「それより恵とはどうだ?」
「うん。一ヶ月ほど前にすごい謝られて、最初は半信半疑で対応していたけど、友達として付き合っていて案外良い奴だと麻美は思ったけどね」
「そうか」
友達が喜んでくれてりさはこの上ない嬉しさに浸ってしまう。
「ところで恵はどうして急に改心してしまったのか不思議に思っているんだけど、どうしてかな?」
「どうしてだろうな?」
しらを切るりさ。
それはりさが以前ある魔法をかけたことは内緒にしておこうと思った。
ソースの臭いが食欲をそそるお好み焼き屋に梓と恵が鉄板でお好み焼きを作っている。
「そろそろひっくり返さないの梓さん」
「そうだね」
梓がひっくり返してジュウッとお好み焼きを焼く香ばしい音がする。
「梓さん。ひっくり返すの上手だね」
「簡単よ。恵ちゃんも後でやってみる?」
「はい」
そんな恵を一瞥して得意の笑顔で見つめる梓。
数分後出来上がりお好み焼きをヘラで半分にしてお皿に盛って二人は食べた。
「たまらないよこれ」
行儀悪く口に入れながら喋る恵。
「ほらほら口にものを入れて喋らないの」
注意する梓。
「でもおいしいよ。癖になりそう」
「恵ちゃんは変わったね」
急に話題を変えてしまう梓。
「そう?」
「そうだよ。私はいつもハラハラさせられてきたからね」
「これも全部りさのおかげだよ。あいつは幸せを運んできてくれる天使みたいな人だよ」
「そんなこと言って恥ずかしくない?」
梓は笑う。
「笑わないで下さいよ。りさのおかげで麻美や塾のみんなとも和解したし。自分が甘えてたことにも気づいたよ。それで気づかないうちにいろいろな人たちにも迷惑かけたし。私ねとにかく人生を思い切り楽しんでやろうと最近思ったんだ」
「それは良いことだ。りさのおかげだと言ってくれて私もうれしいよ」
「何その自分の手柄みたいな発言は?」
訝しげに眉を寄せて言う恵。
「りさはもう一人の妹だから。その妹が活躍してくれたことに嬉しいのよ」
心の底から嬉しいと言わんばかりに恵にすてきな笑顔を提供する。
「何だかよく分からないけど」
お好み焼きを食べることに夢中になる恵。
「麻美そろそろ時間だ。早く駅まで行くぞ」
りさは麻美に肩を貸し、のろりのろり夜の雑踏の中駅の方に向かう。
「もう食べられません」
「たこ焼き三つも食べるからだよ。腹八分目って言葉を知らないのかよ」
「麻美もう動けない」
「ふざけんなよ。とにかく早く歩け」
「おーい」
どこからか梓の声が聞こえる。
りさがキョロキョロとあたりを見渡すと集まる約束の場所の駅のホームで梓がりさに向かって手を振っている。
「姉さん今行くから」
食いすぎで動けなくなった麻美を引きずるように進むりさ。
到着して、
「麻美ちゃんどうしたの?気分でも悪いの?」
「姉さんこれは単なる食いすぎだよ。大阪で食べることばかりに意識しすぎて、こうなったんだよ」
「まあこれから十一時間は電車の中だから、ゆっくり座っていれば大丈夫ね」
「もう麻美食べられないし動けないしもうダメです」
「ほら麻美しっかりしろ」
「はい」
呆れるりさであった。
四人は集まりホームで電車がくるのを待つ。そこで梓が、
「はいみんな集まって」
梓の声に三人は小さな円形を作って集まった。
「とりあえずみんな集まったね。これから夜行列車に乗って福岡で降りてさらにそこからまた電車に乗って、まあ原爆が落ちた被災地の長崎に行くんだけど、ここでみんなの抱負を聞いてみたいと思うんだ。じゃあまずは麻美ちゃんから」
「まあ麻美は単純にみんなと一緒に思い出を作るために参加しました。麻美は不登校になって修学旅行とか行けなかったから、この旅を思う存分楽しんでやろうと言うのが麻美のぶっちゃけた抱負です」
「うんいいねえ。でもあまり長崎に着いたからってあまり食べ過ぎないようにね」
傍らにいる恵とりさが笑い出す。
「じゃあ続いて恵ちゃんね」
「はい。私はさっきも麻美ちゃんが言ったように思う存分楽しもうと言う理由に基づいてこの旅に参加しました。長崎に行くのはこれで二回目になるんですが、一回目はまだ小学五年の時でした。その時戦争の恐ろしさを知ったときは夜も眠れないほどの恐怖心に苛まされました。だから改めて戦争の恐ろしさを知って、世が平和なことに感謝できればなあと思っています。以上です」
「そうだね。まあ私たちの時代は戦争に無縁だけど、その戦争の恐ろしさ悲しさを知って世の中が平和なことに感謝することは大事だね。その思いを次の世代の人たちにも訴えかけ、いつまでも戦争のない時代であればいいね。恵ちゃんグッジョブだね」
親指を突き立て笑顔で言いかける梓。続けて、
「それじゃあ、最後にりさ」
「はい。私は受験の身何ですが歴史を勉強してみると人の世は争いの絶えないものだというのが分かります。だから被災地の長崎に行って戦争の恐ろしさ悲しみを身を持って学べたら良いなあーと思っています。それでさっき姉さんが言っていたように戦争の恐ろしさ悲しさを学んで次の世代にそれを伝えられたら良いと思っています」
「うん。そうだね歴史を勉強すると分かるね。人の世というのは争いの繰り返しだね。だから私たちはこれから戦争の被害にあった都市長崎に行くべき何だよね。まあとにかくこの旅は楽しく学んで楽しく思い出を作れたら良いと思っているから張り切って行きましょう」
意気揚々に拳を突き上げ梓が言う。
梓たち四人はホームに風呂敷を引いて座りトランプゲームを楽しみながら、電車を待った。
そして三十分が経過して夜行列車が到着して四人は乗り込み一組二人のシートに梓とりさそして恵と麻美に分かれた。
時計は十一時三十分を示している。
「じゃあ姉さん。勉強で忙しい私を無理矢理連れ込んだんだから今日はワンツーワンで勉強に付き合ってもらうんだからね」
「はいはい」
やれやれといった感じで梓が言う。
梓はりさをもう一人の妹としてただ有名な大学に行くだけではなく、本当に燃えるようなときめきに出会いそれに向かって意欲的に取り組んで夢を叶えて欲しいというのが梓の考え方で願いでもある。だからこの長崎の旅をちょっと強引な感じだったけど連れてきたのだ。
梓が思うにはりさは路頭に迷った麻美と恵を救ったのは事実だから、教師か臨床心理師として素質はあるとみている。でもそれは本人はまだ気づいていない。だからりさにはただ有名な大学に行くよりももっと自分らしく輝けるようなりさになってほしいと思っている。まあそれはりさ自身が決める事だから梓が口出し出来るような問題ではないと思っている。
まあとにかく梓はりさのモチベーションになるようにいろいろな経験をさせて自分の秘めたる才能を開花して欲しいと思っている。
そんなこんなで列車が走り出し、窓から見える大阪のイルミネーションが輝く景色を眺めてうっとりとする四人であった。