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ジュライ3

「ハッ」

 とりさが体を起こし気がつくとそこは紛れもない梓の部屋だ。どうやら気がつかないうちに眠ってしまったみたいだ。

「起きたかりさ」

「私帰らないとみんな心配する」

 あたふたと立ち上がるりさ。

「今日はもう遅いから私のうちに泊まっていくといいよ。おうちの人には言っておいたから」

 パソコンの前で正座してマウスをカチャカチャと操作しながらいいかける。

「そんな悪いよ」

「遠慮するな。私たちは姉妹で呼びあう関係でしょ」

「でも」

「いいからいいから」

 とりさの方に振り返ってウインクをした。

 りさは梓がパソコンで何をしているのかが気になった。

「姉さん何しているのパソコンで」

「英明の妹のりさにだけいうけど、私実の妹にハッキングしているの」

 何て淡々と言う梓。

「ハッキング!」

 驚いて素っ頓狂な声が押さえきれずに出てしまった。

「驚いた?」

 何てのんきなりさの英明の姉さん。

「驚いたも何も姉さんそれは犯罪じゃないの?」

「まあ、そうかもしれないけど。私の妹、盟って言うんだけど、いい子なんだけどね少し危なっかしくて心配なんだ」

「その妹さんの盟さんって新潟の彼氏が経営しているフリースクールに通っている人でしょ。いくら心配でもそこまでする必要なんかないんじゃない?」

「彼は心配いらないって連絡来るけど、やっぱり私は妹が心許なくてね。見ていなきゃ不安なの」

「もし盟さんにこのことを知られたら嫌われますよ」

「私は別に嫌われてもいいの。盟がまた無茶をしていないか監視しているの」

「無茶って?」

「あの子それと決めたら一直線に進むタイプなの。それで疲れはてるまで無理して、最終的には死にたいって言い出すのよ。本当に死なれたらと考えると気が気でなくなるの」

「気持ちは分かるけど少しは盟さんのことを信じてあげれば良いんじゃない」

「信じているけど、やっぱり心配」

 にっこりと笑って舌を出しておどける梓。

 りさは梓の姉妹関係にこれ以上入り込めないので、話題を変える。

「そう言えばお腹が減ったんだけど、私コンビニに行って何か買い出ししますね」

「その必要はないよ。私がごちそうしてあげる。せっかく私の家に来たんだから、何ももてなさないなんてちょっとおかしいと思うから」

 梓は立ち上がり台所に向かう。

「そんなに気を使わなくても良いですよ」

「良いから良いから」

 と梓は引き出しからパスタを取り出して鍋に水を入れて火にかける。

 そんなこんなでもてなされた。

 次の日。

 梓に起こされて時計は午前六時を示している。

「なあに姉さん。私まだ眠いよ」

 まどろんだ瞳を指でこすりながら目覚めるりさ。

「ほら、早起きは三億円の得だよ。さっさと起きなさい。今日も気合い入れて受験勉強始めるんでしょ」

「分かっているけど、そんなに早起きしてなんになるの?それに三億円の得ってどういう理屈?」

「まあいいからいいから、とにかくこれからジョギングよ。今日一日は私につきあってもらうんだから」

 梓がりさの腕を引っ張り外へ出てジョギングする。

 走っている最中体力のないりさは梓と大きく差を付けられる。

「ほらりさもう少しだから」

 二人は朝は人通りが全くない静寂な商店街を走っている。目的地の駅はもう少しだ。

 到着してりさは駅に設置されているベンチにヘたり込み呼吸が荒々しい。

「ほらりさ」

 スポーツドリンクが入っている水筒をりさに差し出す梓。

「ありがと姉さん」

「気持ちいいでしょ」

「つーか疲れたよ」

 梓がりさの座っているベンチの隣に座る。

 そんなときであるりさの携帯が鳴り出し着信画面を見てみると恵だった。

「どうした恵?」 

 りさは隣にいる梓と目をあわした。

「私みんなに嫌われていることを思うと何か死にたくなっちゃう」

 すすり泣く音が聞こえるがそれは演技だと言うことが分かった。

「もう茶番はよせよ。昨日梓姉さんから聞いたよ。死ぬ気なんてさらさらないのにそうやって人の好意を引こうとしているんだろ。でも気持ちは分かるよ。私も昔甘えたい年頃の時・・・」

 りさが話を続けようとしたとき恵の「何よ」と奇声に驚いて言葉を遮られた。その隣にいる梓にも聞こえるほどの奇声だった。続けて、

「私本当に死んじゃうんだから。何が中央大学よ。そんなレベルの高い大学に行く人ってどんな人か知らないで勉強しているなんておめでたいよりさは。みんな有名な進学校に通っている人たちよ。その人たちがどんな血のにじむような勉強をしているか何て分からないりさは世間知らずのだだっこちゃんよ」

「・・・」

 ショックで言葉をなくしてしまうりさだった。

「それにその大学に中学校の時に好きになった人が行くからって行くなんてすごい不純しているよ」

 昨日梓が言ったとおり気に入らないと人を嘲るのは本当みたいだ。続けて、

「私今日葛西橋の鉄橋で荒川に飛び降りて死んでやる。りさは私と最後に話した人だね」

 プッと通話が切れた。

「恵ちゃんなんだって?」

 ひたむきな表情でりさに問いかける梓。

「私受験やめようかな?」

「何を言われたの?とにかく恵ちゃんの言っていることをあまり気にしない方がいいよ。あの子は知っての通り「「気に入らないと人を嘲る子」」

 と言うところが梓とりさがはもる。


 りさはショックを受けて自宅に戻る。

 玄関で待っていたのは天真爛漫の愛梨だった。

「りっちゃんおきゃえり。昨日りっちゃんが通っている英明塾の先生から電話があってりっちゃんは先生のうちに泊まったんだってね。今日は一緒にみんなで食事をしようね」

 満面な笑顔でそう言ってくる愛梨。

「・・・」

 それをシカトして部屋に戻るりさ。

 そんな後ろ姿を見て愛梨がりさを後ろから抱きしめて、

「りっちゃんどうしたの元気なさそうだけど」

 それがしゃくに障りりさは、

「離せよこのしんしょう女」

 と愛梨に罵倒するりさ。

 すると愛梨はその場に立ち尽くして泣いてしまった。

 部屋にはいると独りぼっち。りさは考えたくないことを考えてしまう。それは恵に言われたこと。

 自分が受験する中央はそんじょそこらの人が入れるようなレベルじゃないことにがっくりとうつ伏せになりながら、涙を流していた。そしてりさは・・・。


 河川敷を原付で走らせ恵が死ぬ宣言をした葛西橋に向かう。

 葛西橋の鉄橋の手前に到着してりさは原付を乗り捨て鉄橋の歩道を歩く。

 すると川の向こうに目を向けて手すりに諸手を添える女性の姿が見えてきた。それが恵なのかは定かではないが近づくりさ。

 そしてその姿は紛れもない恵だった。

「恵」

 りさは気のない声で恵を呼ぶ。

「りさ。来てくれたんだね」

 嬉しそうににっこりと笑って言いかける恵。その姿を見ると、とても死に急ぐような顔ではないとりさは思う。

「恵の言うとおりだよ。私どうかしていたよ」

「・・・」

 話の見えない恵は首を傾げ黙り込む。

「私はどんなにがんばっても中央には行けないよ。もう私には何の希望もない。だから私も死ぬよ」

 おもむろに白いワンピースのポケットからタバコのようなものを取り出した。

「死ぬって」

 狼狽える恵。

 りさはタバコみたいなのをくわえ先端に火をつけて吸い込むりさ。

「何タバコ?りさ良い赤ちゃんが産めなくなるよ」

 タバコのようなものを口から取り出しりさは、

「赤ちゃんだあ?何言ってんの?これから死ぬ人間に私のことを心配してどうするの?ちなみにこれはタバコじゃなくてマリファナだよ。吸うと気分がハイテンションになって、死ぬことも怖くなくなるよ」

「冗談でしょ?」

 目を丸くして驚愕する恵。

「あー気分が上がってきた。これで私も天国かいや地獄にいや、死んだら地獄も天国もないよね。死んだら人は土にかえるだけ」

「・・・」

 言葉をなくし全身鳥肌が立つほどゾッとする恵。

「恵もハイテンションになって行ければと思って恵の分も持ってきたよ。ほら」

 マリファナを恵に差し出すりさ。

「冗談でしょ。りさ」

 たじろぐ恵。

「あんたが死にたいって言ったから私も便乗しようとしたんじゃない。死にたいんでしょ」

「狂ってる」

「狂ってる?狂ってんのはお互い様じゃない。私は恵の言うとおりただの世間知らずのだだっこちゃんだったよ。そんな私が中央なんて行けるはずがないんだよね」

 再びマリファナをくわえ煙を吸引するりさ。

「冗談だよりさ。私はマリファナなんてやりたくない」

「ああ?」

 顔を歪め恐ろしい表情で恵を鋭い視線で見る。

「・・・」

 左右に首を振りながら後ろに後退しながら背を向け走り出した。どうやら逃げるつもりみたいだ。

「ちょっと待てよ恵」

 全速力で叫びながら恵の後を追いかけるりさ。

 走りはりさの方が一枚上手だ。恵の襟首を鷲掴みして捕まえた。

「何逃げているんだよ。死にたいんでしょ。それで私が一緒に協力してあげるって言っているじゃない。一緒に気持ちよくなって楽に死ねるんだよ」

「いや私死にたくしないし。マリファナなんかに手を出したくない」

 泣きながら懇願する恵。

 容赦せずりさは恵を押し倒して牽制した。そしてりさは注射器をポケットから取り出して、

「マリファナなんかよりシャブの方が良かったかな恵。私はいつでも楽に死ねるように部屋に隠しておいたんだよ。まさかこんな日に役に立つときが来るなんて思っても見なかったよ」

 注射器の針を恵の頸動脈に突きつけようとするりさ。

「ごめんなさい。私は本当は死ぬ気なんてなかったの」

 泣きじゃくりながらりさに訴えかける恵。続けて、

「だってこうでもしないとみんな私のこと構ってくれないんだもん。麻美ちゃんや英明塾の人たちの苦しみに比べたら些細なことって豊川先生は言うからさ」

「グタグタうるさいんだよ」

 恵の頬をピンタするりさ。

「私は死にたくない。ごめんなさい。もうしません。だから許してよ」

「見苦しいんだよ恵。私も死んであげるって言っているでしょ。恵は私に教えてくれたじゃん。私がどんな勉強しても中央にはいけないって、それで私には夢も希望もなくなった。もう生きていても仕方がないよ」


 りさは気絶した恵をベンチにつれていき膝を枕代わりにして横たわらせたみたいだ。

 恵はさっきから「死にたくないよ」と寝言を言っている。そして恵はおもむろに目を開いた。りさが視界に写ると「きゃー」と言って逃げようとしたところ、りさがさっきと同じように襟首を鷲掴みして牽制する。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私は死にたくない」

 と命乞いする恵。

「落ち着け恵」

「誰か助けて」

「だから落ち付けって」

 叫ぶように言いかけ恵を黙らせる。

「言っておくけど私は死ぬ気なんかないからね」

「私だってそんな気ないよ」

「どういうことよ。私に薬物押しつけて心中しようとしたのに」

 憤慨気味の恵。

「じゃあ、本当に死んでみるか?」

 ナイフのような鋭い視線を恵に突きつけるように言いかけるりさ。

「・・・」

 畏怖して言葉をなくす恵。

「死ぬ気がないのに死ぬって言って刹那的な愛情を求めるあんたの気持ちは分からなくないよ。だから私は死ぬことがどれだけ恐ろしいかあんたに知ってもらいたかったの。だからあんな演技をしたんだよ」

「演技?」

「そう全部私の自作自演の演技だよ。私もあんたみたいに死にたいと思ったときがあったよ。それで冷蔵庫の中に入って死のうとしたところ窒息死しそうなとき私はその時死ぬことの恐ろしさを知ったの。うわべでは死にたいって言っているけど、本能的には死にたいとは言っていなかった。それで私はその時死ぬことの恐ろしさを知ったってこと」

「つまり私を死ぬところまで追い込んで死ぬことの恐ろしさを諭したかったからあんな演技をしたの」

 きょとんとする恵。

「そうだよ。それでどう思ったよ」

「ふざけないでよ」

「ふざけているのは恵の方だろ」

 威圧的に言いかけるりさ。すると恵は何を思ったのか目がうつろんで黙り込む。

「あんたのその行為が人にどれだけ迷惑をかけているのか分かっているのかよ」

 恵の胸元を掴むりさ。続けてりさは、

「さっきも言ったかもしれないけど、気持ちは分かるよ。でもそんなんじゃみんなにも嫌われるし幸せになれるはずがない」真摯に訴えかけ諸手をうつむいて黙っている恵の肩に添えて「あんた言ったじゃん。知的障害者の姉を恨んでいる私に対して、憎んだって幸せにはなれないから和解しろって。あんたやっていることと言っていることが矛盾しているよ」

「ゴメン」

 と一言言って涙腺が故障したかのようにぼろぼろと涙をこぼしてしまう恵。

「これに懲りてもう冗談でも死ぬなんて言うなよ。約束だよ」

 恵はりさに抱きつき涙で胸元をぬらした。


 家に帰ると愛梨が玄関でうずくまっていた。

 その姿を見てさっきは恵を脅すために気持ちまで鬼にしていたためについ愛梨を悲しませてしまったことに罪悪感でいっぱいだった。

「りっちゃん。せっかく愛梨ちゃんと仲良くなれたのに愛梨ちゃんのことまた嫌いになっちゃったの?」

 りさは愛梨を抱きしめて、

「そんなことはない。さっきはちょっと私機嫌が悪くてな、ついあんなことを言っちゃったんだよ。だからゴメンね愛梨お姉ちゃん」

「ほえ」

 りさが言ったことにきょとんとして変な返事をしてしまう愛梨。

「どうしたの?」

 梓直伝の女神様のような笑顔で悲しんでいる愛梨をもてなす。

「今、愛梨ちゃんのことお姉ちゃんって言った?」

「うん。愛梨お姉ちゃんは私の唯一のお姉ちゃんだよ」

「りっちゃん」

「愛梨お姉ちゃん」

 抱き合う二人。

 りさは愛梨の体が暖かいことについ昔のことを思い出してしまう。

 幼いとき悲しいときはいつも決まって愛梨の抱擁の中で涙してしまったことに感慨にふけてしまう。

 恵には感謝している。だからりさは恵に脅し紛いのことをしておいこんで本当に死ぬことの恐ろしさを知ってもらいたかったのだ。

 お風呂から出て部屋に戻ると、携帯が鳴り出して着信画面を見ると梓からだった。

「もしもし姉さん」

「あっりさ」

 声のトーンでハイテンションだと分かるりさ。

「どうしたの何かテンション高くない?」

「聞いたわよ。恵ちゃんを改心させたんですってね」

「誰から聞いたの?」

「本人から言ってきたよ。私感激しちゃった。りさってさあ中央中央って言うけど、本当は臨床心理師に向いているんじゃない?」

「そうかな?」

 と何を根拠に言っているのか少しばかりムカついてしまったりさだった。

「恵ちゃん言ってたけど改心させるためとはいえちょっとばかりやりすぎだって」

「やりすぎじゃないですよ。本当に死ぬことの恐ろしさを私は身を持って知ってもらいたかったの。一時の愛情ほしさに麻美や姉さんそれに豊川先生に迷惑をかけたんだから」

「何で私に相談してくれなかったの?」

 改めて真摯に訴えかける梓。それはちょっぴり叱咤の感情も感じられるりさだった。

「喜んでいるの?それとも怒っているの?」

「両方よ。脅した場所は荒川を跨る葛西橋って聞いたよ。もし恵ちゃんがパニック状態に陥って川に飛び込んだらどうするつもりだったの?そんなことだってあり得るんだからね」

 叱る梓。

 叱ることは梓から聞いたことでその人を大切にしたいから叱ると言うことにりさは反省し二分後、

「ごめんなさい」

 と素直に謝った。

「まあ、りさ。恵ちゃんは明日みんなと和解するために塾の生徒たちに謝るって言っていたよ。もう人を欺いたりはしないって、死ぬなんて軽々しく言わないって、そしてりさとはいつまでもお友達でいたいって」

「そう」

 りさの心は大好きなメロディーを聞いているかのごとく不思議と気持ちよくなった。 


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