マーチ3
新幹線で上野駅に到着した。
もう日が暮れて町は色とりどりネオンを放っていてまるでパレードのような風景であった。
そんな中興奮しているのが梓の妹の盟であった。
「すごーい。テレビで見る東京とはまるで違うね梓お姉ちゃん」
「仙台とあまり変わらないじゃん」
「でもすごーい」
初めて見たものを目をキラキラと輝かせながら盟は言う。
英明塾に到着した時はもう時計は夜八時を示していた。
「じゃあ私と盟はパソコン室にいるから、りさはいつも通りあなたのお姉さんの勉強でも見てあげて」
「うん分かった」
りさが勉強室にはいるとそこにいたのは姉の愛梨と恋人の里中だった。
里中の網膜にりさを映し出すと心配そうに尋ねてきた。
「どこ行っていたんですかりささん。心配しましたよ」
とそこで愛梨も、
「愛梨ちゃんも心配した」
「ゴメンちょっと野暮用があってね」
舌を出しておどけながら言うりさ。
「何ですかその野暮用って」
「愛梨ちゃんも気になるよ」
二人はりさに身を乗り出して聞き出しにくる。
「ちょっと姉さんのことでいろいろあってね」
「とにかく心配させないでくださいよ。また何かあったかと心配するじゃないですか」
「そうだよりっちゃん。英明塾に来たときにりっちゃんが朝からいないって聞いただけで愛梨ちゃんはすごく心配したんだから」
二人はりさを愛している。あまり気が気でなかったようだ。そんな二人に、
「ごめんなさい。心配かけちゃって」
深く一礼して誠意を込めて謝るりさ。
「明日恵さんや麻美さんにみゆきちゃんにも謝っておくんですよ。みんな心配していたんですから」
里中は叱るように言う。
「そんな大げさだよ。別に対したことはないとは言えないけど、とにかくもうすんだから」
「じゃあ今日はもう僕は帰りますけど、今後今日のような事があるときは真っ先に僕に行ってくださいね。それじゃ」
里中は鞄を背負って外に出て帰っていったようだ。
『あなたは一人じゃない。気がつけば言葉には表せない不思議な絆があったね。
悲しいときいつでも私を気にかけてくれる人たち。
そんな人たちの愛情を育んで行けば無限大の空のようにも膨らむ』
「よし何か言いものができそうな気がする」
人知れずに呟くりさ。
りさは英明塾のアコースティックギターを持って誰もいないゲーム室へと足を運ぶ。
床にあぐらをかいてアコースティックギターを構える。
そして今までノートに書いていたオリジナルの詩を見つめ曲作りに励む。
軽快なリズムをアコースティックギターで奏でながらふつふつと曲は思い浮かぶ盟。
題名は『涙のメッセージ』
人知れず涙を流したあなたに私はここにいます。
いつでもどこでも私を呼んでよ光よりも早くあなたのところに。
こんな私にあなたは言った。
涙は心のメッセージ。
気がつけば大切な何かが見えそうな気がする。
涙は心のメッセージ。
自分を大切にしたいから流すんだね。
涙は心のメッセージ。
そして誰かを大切にできるんだね。
涙は心のメッセージ。
私は一人じゃないことに気づかされ気づかぬうちにこんなにも愛情をくれる人に愛されていたんだね。
すべてが救われることのない悲しい世でも私はあなたの幸せを願わない日はない。
明日夢から覚めれば、またあなたに会える。
約束などいらないフォーエバー。
りさは恥ずかしさを押し殺してスタジオでみんなの前で歌って見せた。
「どうかな?」
客観的な評価をもらわないと分からないのでりさは思い切って自分のオリジナルを歌って見せたのだ。
しばしの沈黙がりさの気持ちを激しい緊張の渦に飲まれるように苛まされる。
するといっせいに拍手がわき起こった。
「すごいじゃんりさ。あんたに頼んでみんなの目は狂いはなかったよ」
満面な笑顔で恵が言う。それに麻美が、
「たった三日間で作ったんでしょ。たいしたものだよ」
続くように里中が、
「りささんにこんな才能があったなんて」
「みゆきもすごいと思う。まるで魔法みたい」
とみゆき。
「よし。後はこの軽快なリズムに乗せてみんなの楽曲で編曲するだけだね。それで一か八かコンクールに出て見ようよ」
梓。
そこで東京に来て二日目の盟はパイプいすに座って涙を流している。そこでりさが、
「盟さん。この曲はあなたの事を思って作ったんだよ。どうだった?」
「すばらしいです。りささんってすごいんですね」
「盟さん。私のことりさって呼んでよ。私も盟さんのこと盟って呼ぶから」
「そうですね。私は何かりさとは昨日初めてあったのに何かそんな感じがしないのは不思議な感じです」
もじもじと照れくさそうに言う盟。
「私もそう思ったよ」
そんな二人のやりとりを梓は実の妹の盟と梓のことを姉と慕うりさに優しく見守るように微笑んでいる。
平穏な一日である。
スタジオの窓から見える曇り空を見つめ梓はこのような日々が送れたら良いと思うのだが、梓にとって人生はイレギュラーな事がたくさんあるからそうのんきなことは言っていられないのである。
それは誰にだって訪れる困難である。
梓だけではないここにいる生徒たちみんなそうだ。
曇りの空に包まれ夜の闇は増す。
いつものようにりさと梓は英明塾に戻った。
梓は豊川先生と引きこもりの生徒にメールでエールを送り、問題はないかと様子も伺ったりもする。
りさは姉の愛梨の勉強を見る。
りさと愛梨がいる勉強部屋は静寂に満ちている。
ふとそんなとき何気ない会話でもしようとりさは、
「愛梨お姉ちゃん」
と呼ぶものの、
「話しかけないで。今集中しているところだから」
とどうやら愛梨は勉強に集中しているようだ。
愛梨の邪魔をしないようにりさは誰もいないゲーム室へと行って床にあぐらをかいてボーッとしていた。
何となくテレビをつけるとバラエティ番組がやっていた。
面白くてりさはゲラゲラと笑って見ている。
そんなときであるゲーム部屋のドアが開く音がして振り返ってみると盟であった。
「あっ盟どうしたの?」
「うん。私そろそろ新潟に帰ろうかなって思っているんだ」
薄くほほえみながらもじもじと目を俯かせて言う盟。
「心の整理がついたの?」
「うん。さっき新潟で私が通っているフリースクールの塾長から電話があったんだけど、ほらマリリンと榊が無事に戻って来たって言うからさ」
「ホントに?」
目を丸くして笑顔で喜ぶりさ。
「うん。二人とも私に会いたいって言うからさ。今すぐにでも帰りたいけど、今日はもう電車やってないでしょ。だから明日朝一番に東京を離れるつもり」
「そうと決まったら」
りさの提案でまだ会って間もない盟のお別れ会をする事にした。
場所は梓が住むアパートだ。
参加者はりさ、愛梨、梓、盟の四人。
コタツの上に豚駒のすき焼きの鍋を四人で囲んだ。
そこでりさが立ち上がり、
「はい今日は本当におめでたい日です。昨日友達になった盟が新潟に帰る決意をしました。会って間もないけど少し寂しいです。だから今日のお別れ会みんなと楽しくやれたら良いと思っています」
と宣言してオレンジジュースの入ったコップを片手に、
「さあみなさん乾杯しましょう。セーノでいきますよ。・・・・セーノ」
「「「「乾杯」」」」
四人は活気よくはもる。
「さあじゃんじゃん肉入れて、みんなじゃんじゃん食べましょう」
りさが肉を鍋の中にじゃんじゃん入れる。
そんなときなにがおかしいのか盟がクスリと笑みをこぼす。
「どうしたの盟」
りさが聞く。
「いや姉妹って良いもんだなあって」
「そうだよ盟ちゃん。私はりっちゃんのような妹がいてとても幸せです。だからりっちゃんに聞いたけど、もうバカなまねはしないようにね」
「はい」
神妙に返事をする盟。
そんなこんなでパーティは盛大に行われたのだった。
すき焼きも食べ終え時計は午前零時を示している。
そんな中コタツに入りながら愛梨は眠ってしまったようだ。
「ほら愛梨お姉ちゃん。そろそろ帰らないと」
眠っている愛梨を揺さぶるりさ。
「りさ。寝かしてあげなさいよ。もう今日は遅いから」
「でも悪いよ」
「良いから良いから。あんたも今日は私のうちに泊まっていきなさい」
「ゴメンね姉さん何からなにまで」
「それはお互い様でしょ」
気がつけば盟も眠っていた。
梓は頬杖をつきながら眠っている盟に視線を落としていた。そんなとき梓が、
「りさの宝物って何?」
と聞いてくるので、
「どうしたの突然?」
「だから宝物は何って聞いているの?」
唐突に聞かれ戸惑うりさに対して梓は、
「私の宝物はこの子だよ」
視線を落とした先の盟を見つめ答える。
今盟は小さな寝息をたてながら眠っている。
その姿はまるで天使のようにかわいらしい。
「この子はいつも言っていた。人よりも何倍も傷つきやすい性格だから強くなりたいって。だから私は何度も言ってやったの。別に強くならなくたって盟は盟で良いって。するとこの子ったら頑固だから私の言っていることを否定するの。それで叱るとこの子ったらいつも涙をこらえるのに必死ですごくかわいいの。だからこの子は私の宝物」
そこでりさが、
「私の宝物は今気づいたんだけど、私に気をかけてくれる友達だよ。その中に愛梨お姉ちゃんや盟にそれに姉さんもいるよ」
「その宝物を大切にしていけばりさの場合たくさん宝物が増えるな」
「そう考えるとそうだね」
「でも私たちも大人になるに連れてその友達と別れるときがくるときもあるよ」
瞳を俯かせ切なそうに梓が言う。続けて、
「でも友は遠方より来ると言うとおり、また新しい友が遠くからやってくるんだよね。だからその時はどんな寂しい別れにつまづいてもしっかりと前を向いて突き進むことだよ」
りさは口を噤んだまま強く頷いた。
次の日の早朝に始発の新幹線が止まる上野駅で、
「じゃあ梓お姉ちゃん私どんな困難な事があってもくじけないようにもっと強くなるから」
盟は言う。その姿はりさから見れば一昨日初めて会ったときよりもりりしい表情だった。
「強い弱いもう良いから、もうあんなバカな事はするんじゃないぞ」
くしゃくしゃと盟の頭をなでながら言う梓。
「分かっているって梓お姉ちゃん」
梓の手をふりほどてりさに目を向ける盟。
「りさもありがとう。どうか梓お姉ちゃんといつまでも仲良くしてあげてね」
握手を求めるように右手をさしのべる。
「元気でな」
りさも右手をさしのべ一つの形にはない言葉にも表せられないものが生まれた感じだった。
「今度新潟に遊びに来てよ」
「うん楽しみにしている」
そこで新幹線の発車ベルが鳴り盟は、
「じゃあ梓お姉ちゃんにりさ、また会えるその日まで」
そう言って新幹線に乗り込んだ。
発車して窓際で手を振る盟。
二人も盟に対してゆっくりと進んでいく新幹線を追いかけながら手を振る。
そして・・・・。
「行っちゃったね盟」
りさが横にいる梓に視線を送りながら言った。続けて、
「姉さん」
「何?」
「これからは盟をハッキングしないで信じてあげても良いんじゃない」
「そうだね。あの子一つ大人になった顔していたからもう必要ないね」
梓はちょっぴり切なそうな表情をして認めていた感じだった。
「じゃあ帰るか姉さん」
「景気付けに牛丼でも食べてから英明塾に行くか」
「姉さんのおごりでしょ」
「まったく調子がいいんだから」
「えへへ」
英明塾に入って約一年。
思い返せば嬉しいことも悲しいことも今ではバラを眺めているように美しく見える。
その後のことを少しだけ語ろう。
みゆき十歳。
彼女は英明を経て普通の学校にも通えるようになった。
友達もたくさんできて楽しい毎日だと意気揚々に語っているという。
麻美十五歳。
りさに勧められりさと同じところの通信制に通いバイトをしながらがんばっているという。夢は頼りないが小説家になることだと密かにりさにだけにぶっちゃけていた。
恵十八歳。
恵はとにかく人生を楽しく生きようと言うのが彼女のモットー。
今は福祉の専門学校に通っていて保母さんになるか介護ヘルパーになるか勉強しながら迷っているようだ。
里中十八歳。
大学の教育学部に入学して実家のコンビニを手伝いながら教師の夢を追いかけている。今つきあっているつんでれのりさには相変わらずに頭が上がらない。
梓二十歳。
大学に通いながら英明塾のスタッフとしてがんばっているみたいだ。
時たま引きこもりの生徒が危ないときすかさずに彼女はその自宅まで行き止めに行っている。その行為をりさは気が気でなくなるほど心配だって言っているみたいだ。
愛梨二十三歳。
もはやりさにとってなくてはならない存在になった知的障害者の愛梨は実家のコンビニを手伝いながら英明塾に通って勉強を繰り返す毎日である。
りさ十八歳。
朝は大学に通い夕方になったら英明塾のスタッフとして働いている。
彼女は両手いっぱいの夢を持っている。その中の一つだけしか叶えられないことに残念に思っている。でもりさの基本は誰かの為に生きることであり幾千の夢のどれをとってもそれにかなっているのだ。
そしてガールズビーアンビシャスは再びコンクールでオリジナルの曲を披露することになった。
舞台袖で何組かの演奏を見ていたがどれも彼女たちよりも圧倒的にレベルの高い人たちばかりで不安になるがそこでリーダーのりさは。
「とにかく私たちは私たちの音楽をやっていれば良いんだよ。別に私はみんなはどうか分からないけど優勝するために来た訳じゃないから」
りさがメンバーたちに真摯に訴えかけ納得する。
そしてガールズビーアンビシャスの出番になりメンバーたちは気を引き締める。




