フェブラリー2
土手からの町の景色はキラキラとネオンを放っている。
二人はいつもの梓のとっておきの場所で語り合っていた。
「ほら、りさお詫びにごちそうするよ」
と言ってりさに焼き芋を差し出す梓。
「ありがと」
と言って受け取った。
「今日はりさに心配かけてしまったね」
「本当だよ」
「私はさあ、恥ずかしいことを言うかもしれないけど、世界の人たちが救われることはないけど、せめて私が関わった路頭に迷った人たちを救ってあげたいというのが私の夢なんだよね。だからそのためにはたとえ命が燃え尽きようとも私は全力でこの仕事に従事したい」
と白い吐息を吐きながら真摯に訴えかける梓。
「それは分かるけど、とにかく無茶しないでよ。今日はすごくハラハラしたんだから。私豊川先生がか弱い女性の姉さんにあんなことを頼んでいたなんてちょっと許せないなあ」
「豊川先生には私が頼んで協力させてもらったの。だから私は自分本意のためにやっているの。一流の臨床心理師になりたいから」
「姉さんはずるいよ」
口をとがらせ文句を言う。
「何が?」
「そういうことを誰にも相談しないで一人で解決させちゃうところがさ。もっと妹の私に協力させてよ」
「ありがとりさ」
そんな会話をしているとき、暖かい雪が降り出した。
壮大な町の景色が降り積もる雪が重なり、とある手腕な芸術家が描いたような鮮やかな景色に染まる。
「すごい雪って私久しぶりに見た」
「りさは雪が好きか?」
「うん大好き。私が子供の時よくお姉ちゃんと雪だるまを作った記憶があるんだけどね」
感慨深そうにりさは言う。
「まあ私は雪国出身だから、あまり珍しくはないけどね」
「姉さんの故郷かあ、春になったらつれていってくれるんでしょ」
「ああ良いとも。私の妹の盟と友達になってあげてよ」
携帯の時計を見てみると午後五時を示していた。
二人は英明塾に戻ると玄関で豊川が待っていたようだ。
「お帰り二人とも」
いつもの癒しの笑顔で言いかける豊川。
「豊川先生。お話があるんですけど二人きりで」
りさが言うと豊川は、
「うん。いいよ」
豊川は誰もいないパソコン室にりさを招いた。
「寒かったでしょ。コーヒーとお茶どっちがいい?」
「お構いなく」
素っ気なく遠慮するりさ。彼女は本気で憤っている。か弱い女性の梓に対してあのような修羅場に赴かせたことに。
「まあ、そんな顔しないでよ。とにかくソファにでも座ってゆっくり話し合おうよ」
「分かりました」
どかっと勢いよく座って足を組んで高飛車な態度をとるりさ。
豊川は「よいしょ」と言ってパイプイスに座ってのんきにコーヒーをすする。
そんな姿の豊川を見ているとりさの怒りの炎に油を注ぐように爆発した。
「豊川先生はどういうつもりなんですか?姉さんにあのようなところに行かせるなんて、今日私はすごくハラハラしましたよ。それに私は危うく命を落とすところでした」
「だから言ったでしょ。梓ちゃんから離れちゃダメだって」
「そういう問題かよ。あなたはどうかしている。もし姉さんにもしものことがあったらどうするつもりなんですか?」
ブチ切れて叫び散らすりさ。
「僕は梓ちゃんを信じているからね。その点は大丈夫だよ」
相変わらずのんきな豊川は癒しの笑顔で対応している。
そのような態度をとられりさの怒りはもう油を注ぐような軽いものではなく炎に引火するものすべてを混ぜ込んで注ぎ原子爆弾並に爆発した。
「ふざけんじゃねえよ」
と言いながら豊川に飛びかかるりさ。
そこで止めに入ったのが梓だった。
「やめなさいりさ」
豊川に飛びかかろうとしているりさの右手を掴み間接をひねられりさは動けない状態になった。
「離してよ姉さん。こいつはどうかしているよ。姉さんだって今日は危ない目にあったでしょ」
「とにかくそれはさっきも言ったようだけど私の意志でやっているのだから」
「そんな命を懸けてまで一流の臨床心理師になりたいのかよ」
「なりたい」
きっぱりと即答する梓。続けて、
「これもさっきも言ったようだけど、私は命を懸けて路頭に迷っている人たちの力になりたいの。この世界の人たちすべて救われないのが残酷な現実なの。だからせめて私に関わった困っている人たちだけでも救いの手をさしのべたいの。それが私の夢なの。だから私は豊川先生のもとで修行している身なの」
「姉さんも豊川先生もどうかしているよ。仮に姉さんが事故に巻き込まれて命を落としたら、残された私やガールズビーアンビシャスのメンバーたちはどういう思いをすると思うの?考えれば分かること何じゃないか?」
耐えきれず涙を流すりさ。
梓はそんなりさを暖かく抱きしめ、
「私の為に涙を流してくれるのか」
「姉さんは正義のヒーローにでもなりたいのかよ」
「なりたい」
にっこりと笑って即答。
「バカ」
傍らで豊川は穏やかな笑顔で二人を見つめている。
そんな豊川に梓は、
「後は私が説得しておきますので」
にこりと笑って豊川に言った。
梓はりさを連れて勉強室に行った。
「私は豊川先生には謝らないから」
つんとした態度でりさが梓に訴えかける。
「それはそれで良いよ。私もりさの気持ちも分からなくはないから」
「だったらあんな危険なことはやめてよ。姉さんに何かあったらって思うと私は心許ないんだから。だから心配する私の気持ちも考えてよ」
涙をこらえながら真摯に訴えかけるりさ。
「私は大丈夫だよ」
こんな時でもにっこりと笑ってりさに言いかける。
「何のんきに笑っているんだよ」
りさは今気づいたことだが、豊川に憤ったことは笑いどころでないことにも関わらずに笑っていたからだ。
「りさは私と豊川先生の生徒だよ。臨床心理師として基本は人を癒す笑顔で始まって笑顔で終わる。決して相手を不安にさせてはいけないの」
「不安だよ。心配だよ」
叫んでパイプイスにもたれ掛かるりさ。
梓はそんなりさを背後から優しく包み込むように抱きしめる。
「りさは素直じゃないところが難点だけど、純粋で人を心から思いやれる子なんだね。私は嬉しいよ。その気持ちを育めばたくさんの人に愛されるよ」
「はぐらかさないでよ。今はそんな話をしているんじゃない」
りさの大粒の涙が頬を伝う。
「じゃありさ。一つ大人になってみようか」
「何それ」
両袖であふれ出る涙を拭いながらりさが聞く。
「私を信じてよ。あんたの姉さんは命を懸けて臨床心理師になろうとしてがんばっているって。それが出来たらりさは百点満点だよ」
と言ってりさを残して勉強室から出る梓。
帰宅途中りさの涙が涙腺が故障したかのように止まらない。
梓の言葉を反芻する。
『私を信じてよ』
と言う言葉を。
でも信じると以前にあのような惨劇を見て梓にもしものことがあったらと思うとさらにさらに涙が止まらない。
視界が涙でにじんでいるし、しかも雪で原付を運転するのは危険なのでりさは原付を押して家まで押して帰った。
家に到着してりさは、愛梨に心配をかけまいと必死で涙を拭ってドアを開ける。
そこで待っていたのが知的障害を持つ姉の愛梨だった。
「りっちゃんお帰り。今日は愛梨ちゃんカツ丼に挑戦してみたんだよ」
「うん。ありがと」
愛梨に心配かけないように笑顔を取り繕う。
靴を脱ぐと愛梨がりさの手を取り居間に向かう。
テーブルの前に座って愛梨特性のカツ丼を振る舞われる。
「愛梨ちゃんがりっちゃんの為に作りました。きっとおいしいからいっぱい食べてね」
「ありがと。じゃあいただきます」
かなりの悲しい状態で食欲のないりさであったが愛梨を心配させたくないので無理して全部食べた。
部屋に戻ると携帯が鳴り出した。着信画面を見てみるとりさの恋人の里中だった。
「もしもし明」
『梓先生から聞きましたよ。今日は大変な一日だったみたいじゃないですか』
「姉さんが何だって言うんだよ」
『梓先生からの伝言で(信じられない気持ちは愛情をもっとも遠ざける恐怖の感情と同じこと)だって言っていましたよ。考えてみればモットーだと思いました』
「ああ確かに怖いよ。今日の出来事は生涯忘れられない一日になったよ。あんたもあの惨劇を見れば分かると思うんだけどね」
『大丈夫です。僕は信じていますから』
豊川と梓に言われたことと同じように言うものだから、りさは憤る。続けて里中は、
『僕は信じます。だからりささんも信じてあげましょうよ。何度も言うようですけど、信じられない気持ちは愛情にほど遠い恐怖と同じだって』
「じゃあ仮に裏切られたらどうすんだよ。それで死んじまったらどうするんだよ」
爆発寸前のりさは最大限の力を駆使して平静を装っている。
『大丈夫。僕は信じますから。こんな悲しい世の中だから梓先生や豊川先生みたいな人が必要なんですよ』
里中の発言にりさは憤り、手元に持っている携帯を壁にたたきつけ、こらえていた涙がどっと流れる。
「僕は信じていますから」
携帯からではなく部屋の外から里中の声が聞こえる。
りさは涙を拭って窓を開けると降り注ぐ大量の雪にまみれながら里中が立ち尽くしていた。
「明?」
一瞬その姿に驚くりさ。続けて、
「何しに来たんだよ」
「大切な恋人が悲しんでいるとき、僕はそばにいてあげたいです」
あきれてものもいえないりさは部屋を飛び出して外に出た。
「何やってんだよ。とにかく風邪ひくから中に入れよ」
里中を心配するりさ。
「僕はりささんを恋人として信じていることと同じように梓先生と豊川先生のことを信じています」
「分かったから、ほら」
里中の暖かい手を握って家まで促そうとすると里中はりさの手を握り返して引き寄せ抱きしめる。
「ちょっとどうしたんだよ明」
里中に包まれたりさは安心して、再び大量の涙を流す。
「信じましょうよりささん。そうしないと僕は悲しいです」
「・・・」
どうしてか?りさは里中の抱擁の中素直な気持ちがうずき出す。
「信じましょうりささん」
抱きしめるりさの耳元に囁く里中。
「・・・」
葛藤するりさ。
そして里中はりさに口づけをした。
初めてのことだった。
りさにとって里中のキスは心を素直な気持ちにさせてくれる魔法だった。
りさが魔法にかかって信じる気持ちが芽生えてきた。
里中はりさから離れ、
「明日また英明塾で会いましょう」
と言い残して雪が降る中走って去っていった。
次の日。
朝起きると爽快な目覚めだった。
窓を開けると雲一つない快晴な空に辺り一面の雪がまぶしかった。
りさは夢を見た。しかも良い夢だった。
内容はりさが悪者に囲まれたところ梓が現れ、その悪者をやっつけるどころか巧みな話術と笑顔で悪者を改心させ誰もけがをするものはなく解決した。
実に梓らしいと思うりさであった。
でも梓を信じる気持ちにはなりきっていないみたいだ。
でも信じる気持ちを維持の仕方は分かっているみたいだ。
今日は地面が雪なので歩いて英明塾に向かうことにした。
到着してパソコン室を開けるといつものように梓と豊川がパソコンに向かって何やら始めている。そんな二人にりさは、
「おはよう」
「「おはよう」」
梓と豊川が笑顔ではもる。
「姉さんちょっと」
梓を手招きするりさ。
「どうしたりさ」
立ち上がりりさの方に向かう。
誰もいない廊下でりさは、
「姉さん」
梓に抱きつくりさ。
「どうしたりさ。私のことを信じてくれるか?」
抱き合う二人。
「私最近思ったんだけど、かけがえのない人に抱きしめられると素直になれる気がするの。私は姉さんを信じたい。だから私を抱きしめて」
そしてりさは梓のことを信じることが出来たのだった。




