メイ
りさは梓に勉強を教わりぐんぐんと成績を上げていった。大学に行きたい動機は不純していると梓は思うのだが賢明に頑張ることで何かが変わることを信じ梓はひたむきにりさに勉強を教えている。
そんな中りさは、
「りさちゃん。任せたよ」
とりさにボールをパスする麻美。
「任せて」
ボールを受け取りバスケットネットにボールにシュートして決まった。
「ナイスりさちゃん」
りさにハイタッチする麻美。
りさはここ一ヶ月でフリースクール英明塾の生徒たちととけ込んでいった。
勉強をするからには運動も必要と言うことで梓はりさに言いかけ生徒たちと今バスケットをしている。すごく楽しいとりさは思っている。小学校中学校のときにバスケをしたことがあるが愛梨のことでいじめられ蔑ろにされてきたから同じチームの人たちからパスもくれなかった。
でもここにはいじめられて学校に行けなくなった人や親の虐待に悩んでいる人やそのほかにもいろいろな事情を持った人たちが集っている。りさはそういった人たちってみんな優しい人間だと一ヶ月触れ合ってそう感じた。
「さて、そろそろ戻ろうか」
梓が両手を上げみんなに言いかける。
英明に戻りゲーム室でみんなとティータイムと言うことで梓はお茶菓子のヨウカンを包丁で切って生徒たちにお皿に盛り差し出す。
お茶しながらみんなと談話する。これも楽しい。
そんなこんなでお茶菓子を食べて梓に言いかけるりさ。
「梓さん。そろそろ勉強につき合ってよ」
「良いわよ。相変わらずに張り切っているね」
二人は勉強室に行き、りさは机の上に英語の参考書を開き問題をこなしていく。その傍らに梓はハードカバーの小説を読んでいる。
梓の勉強スタイルは自分で考えさせ、解らないところがあったら質問させそれについて教えるという感じでやっているのだ。そのおかげでりさはこの一ヶ月で勉強のカリキュラムが中学レベルから高校レベルに達したのだ。
そして日は暮れ、生徒たちが帰ったのにも関わらずにりさは勉強を続ける。
そんな時に来るのがいつもの高齢者の受験生の徳川さんだった。
「あら徳川さんこんばんわ」
勉強室に入ってきた徳川さんに挨拶をする梓。
「こんばんわ。りさちゃん今日も頑張っているね」
「受験は自分との戦いですよ。私は自分に負けたくはありません」
笑顔を取り繕って言いかける。りさは徳川さんが気に入らないらしい。それは徳川さんの勉強に梓は力を注ぎりさが解らない問題に対して質問しても後回しにされて勉強が滞ってしまうからだ。
「じゃあ徳川さん。今日も始めますか。あこがれの東大目指して今日も算数頑張りましょう」
「いつも俺の勉強につき合ってくれてありがとよ」
傍らで聞いているりさはムカついている。
梓は静かに勉強しているりさにお構いなく徳川さんに九九を音読させている。うるさくてかなわないりさであった。
「今日こそ九九を制覇してわり算に行きましょう」
満面な笑顔で徳川さんに言いかける。
「おう」
活気よく右腕を上げて気合いを入れる徳川さん。
そんな時りさは解らない問題に直面して梓に、
「梓さん。質問したいところがあるんですけど」
「後でね。今徳川さんの勉強を教えているところだから」
完全に後回しにされてしまって憤るりさ。
気がつけば徳川さんが九九を呪文のように唱える声が響き、りさはつい机を思い切り叩いてしまい九九を唱える徳川さんの声が止まり、梓と徳川さんはりさに注目してしまう。
「どうしたのりさちゃん」
俯いているりさの顔をのぞき込んで心配そうに言いかける梓。
「そんなに徳川さんのことが大事なのかよ」
上目遣いでナイフのように突き刺す鋭い視線で梓に訴えかける。
「それは徳川さんもりさちゃんのことも大事だよ」
「嘘だ。徳川さんが昔勉強も出来ないほどの貧しい家庭に育ったからって贔屓しているんだろ」
「そんなことないよ。りさちゃんは充分勉強したじゃない」
「そんなんじゃ、私みたいな奴が一流の大学に行けないじゃん。こんな老いぼれ姥捨て山にでも捨てとけってんだよ」
憤った勢いに乗せてりさはひどいことをいってしまった。
「どうしてそんなことを言うの?私のことはともかくそれは徳川さんに非常に失礼なんじゃない?とくかく謝りなさいよ」
りさに真摯に訴えかける梓。さらに憤ったりさはその勢いに乗せて、
「誰が謝るかよ。こんな壊れかけた年寄りなんかによ」
ついには涙を飾りすれた不良のような口調で梓に訴えかける。
「もう一度言うよ。徳川さんに謝りなさい」
淡々と言っているがりさには見える。その怒りを帯びた威圧的なオーラを。でも怒りを爆発させたりさは止まらない。その証拠に梓の威圧的なオーラをかき消すようにナイフのように突きつける瞳が物語っている。
そんな時徳川さんは、
「良いんだよ梓さん。俺みたいな人間が東大目指そうなんてバカげていたんだから。未来があるりささんの言うとおりだよ。俺みたいな人間はいっそ姥捨て山にでも行けって感じなんだからよ」
「最後にもう一度言うよ。徳川さんに謝りなさい」
本末転倒かりさは謝ったらここで負けだと思って、
「誰が謝るかよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
りさは子供でも滅多に見せないような感じで大泣きしている。
何が起こったというとりさは恐ろしくて思い出したくもないほどだ。
「ごめんなさいごめんなさい・・・」
泣きながらごめんなさいを連呼するりさだった。
「梓さんよお。それはちょっとばかしやりすぎ何じゃないか」
徳川さんは梓の叱り方に少しばかりやりすぎだと思っている。
「いいえ、りさちゃんはこのぐらいに叱って上げないと解らない子だから」
「俺のことは良いから、りさちゃんも悪気があって言った訳じゃないと思うから」
「悪気がないならなおさらです。これぐらいは叱って上げないと」
りさは泣きながら英明塾を飛び出し涙を拭いながら走って帰っていった。
家に戻るとりさの姉である愛梨が待っていた。
「りっちゃん。お帰り元気ないみたいだけど、何かあったの?」
心配そうにりさに言いかける愛梨。
「何でもないよ」
素っ気なく言って自分の部屋に戻っていった。
さっきのことでりさは何もする気にもなれなくてベットの上に寝ころんだ。
暗闇の部屋の中ベットの上で涙腺が故障したかのように涙を流し枕を濡らしていた。
「何だよみんな徳川さん徳川さんって贔屓しやがって、それにあんなに怒ることないじゃん」
と呟いていた。
朝の光が窓を通り抜けりさの瞳に照らされ目覚めるりさだった。
誰かが私に抱きすがっている。
暖かい。
懐かしい。
悲しいときいつもこの温もりに包まれていた。
ってがばっと体を起こすと愛梨がりさのベットの上でりさを添い寝していた。
怒りがこみ上げ、気持ちよさそうに眠っている愛梨を足で蹴りとばしその勢いで愛梨はベットから落下して目覚める。
「なんだよ愛梨。気持ち悪いことするなよ」
罵るりさ。
「だってりっちゃん昨日泣いていたから愛梨ちゃん心配で心配で」
「出て行け」
渋々と部屋から出ようとしたところ愛梨は、
「愛梨ちゃんはお父さんやお母さんに叱られることあるけど、それは愛梨ちゃんを大切にしたいから叱るんだと愛梨ちゃんは思うんだけど」
「だから何だよ」
「昨日りっちゃんに梓さんと言う人から電話あってりっちゃん眠っているから、出られなくて代わりに愛梨ちゃんが用件を聞いたら『私に叱られてしょんぼりしているから慰めて上げて』って言われたから・・・」
「だから添い寝かよ。気持ち悪いんだよ。このしんしょうがよ。私に二度と関わるな」
「愛梨ちゃんはりっちゃんに嫌われてもラブラブだから」と言って愛梨はりさの部屋から出ていった。
時計をみると午前五時を示していた。
二度寝しようと布団に入るが眠れなかった。
部屋の低い天井を見上げりさは思う。
昨日は徳川さんを侮辱して梓に叱られたが愛梨の言っていたセリフで『梓が叱るのはりさを大切にしたいから叱る』と言う言葉に心を打たれた。
りさは暴言を言われたことは数え切れないほどあるが叱られたことはないみたいだ。
梓にひどい叱り方に許せない自分とりさを大切にしたい気持ちで叱ってくれて嬉しい気持ちが葛藤している。
時間を忘れ窓を開け心地よい風に吹かれてずっと遠くの方を見つめていると葛藤が後者に少しずつなっていく気持ちに涙が溢れてくる。
「私は梓さんに大切にされている」
と呟き心の整理はついた。
そんな時以前姉の愛梨を誑かして五十万を払わしたことに蟠りが生じる。もし梓だったら私のしている行為に叱るだろう。
と言うことで机から愛梨を誑かして手に入れた五十万を手にして愛梨の部屋に向かった。
「愛梨いるの?」
愛梨の部屋のドアにノックしながら言いかける。
ドアが開き「りっちゃん」パアッと輝かしい笑顔でりさを見つめる。
「これ返すよ」
五十万入っている封筒を愛梨に差し出す。
「えっ?これって以前愛梨ちゃんに幸せになれる水を売ってくれたときのお金じゃない」
「ゴメンあれ嘘なんだ」
「いいや。あれは本物だよ。おかげで愛梨ちゃんもみんな幸せだよ」
りさの嘘に翻弄されている。
「とにかく返す」
封筒を渡してりさはその場を去った。
もう一度部屋に戻りりさは赤いカッターシャツにジーパンと言うラフな格好に着替え飛び出すように家から出て原付に跨り、英明塾に向かった。
到着してパソコン室からギターの音色に乗せて梓の歌声が聞こえてくる。
昨日のことで梓に謝りたい一心でパソコン室にはいるとギターを弾きながら梓が歌っていた。
「おはようございます梓さん」
歌に夢中の梓はそんなりさに目があって笑顔でウインクする。
梓が歌っている姿を一部始終見ていてうっとりとしてしまうりさ。自分もあんな風にギターを弾きながら歌えたらステキだとも思っている。
梓が歌い終わり。
「おはようりさちゃん」
昨日はあんなことをしてしまったにも関わらずにとびきりの笑顔で対応してくれる梓。
「あの、昨日はごめんなさい」
何て謝ると解らないがなぜか照れてしまう。
「うん。私の方こそゴメンね。りさちゃんの気持ちも解らないで一方的に叱っちゃって。私にも問題があるんだよ」
「でも叱るってことは・・・」私を大切に思うからとはちょっとこっぱずかしくて言えないが、それを察したのか梓は、
「りさちゃんは私の大切な生徒だから叱ったんだよ」
長い髪をかきあげちょこんと首を傾けて言う梓。
そんな梓を見ているとりさは自分が本当に悪いことをしたと思い、なぜだか涙腺が故障したかのように涙が溢れてくる。こんな気持ちは初めてだった。
「ほら泣かないの」
身を乗り出してりさが立ち尽くしているところまでハンカチを差しだそうとする梓に思わず抱きついてしまった。
「あらあら」
何てモナリザのように薄く微笑んだ。
りさはあわてて出てきたものだから、朝ご飯を食べていないので梓が昨日のお詫びとして朝マックをおごってもらっている。
「私も言い過ぎたかもしれないけど、りさちゃんが悪いんだからね。今日も夕方に徳川さん来るからちゃんと謝っておくのよ」
りさが食べている姿を頬杖をついて見つめ言いかける。
「解ってるって」
もはや食べることに夢中になっているりさ。
「ほら、口に物を入れながら喋らないの。行儀が悪い」
「ねえ、梓さん」
「だから何度言わせるの口に・・・」
りさは飲み込んで話を続ける。
「梓さん。ギター弾けるんだ」
身を乗り出して梓の顔に近づけて言いかける。
「まあ、人並みにね。国で妹とバンドを組んで習ったのかな」
「良かったら私にも教えてくれない?梓さんが弾いていたあの曲何て言うの?」
目をきらきらと輝かせながら梓に懇願する。
「あれは尾崎豊のシェリーって曲よ。一番最初に覚えた曲なんだ」
「勉強もあるから、そればかりに集中出来ないけど、どれぐらいで梓さんが弾いていたシェリーって曲を弾けるようになるかな?」
「まあ少々根気が必要だけど、りさちゃんなら根性あるからすぐに弾けると思うんだけどね」
「買いかぶらないでください。私根性なんてありませんよ」
りさは誉められることが嫌いみたいだ。それは誉められると有頂天になって事に油断してしまって受験中偉い目にあっているからだ。
「まあそれは置いといて、りさちゃんも大学以外にギターに興味を持つことが出来たかあ、それは良いことだ」
「で?教えてくれるの?」
「喜んで」
この上ない輝かしい笑顔で言いかける。
梓は嬉しかった。一番気になっているりさが大学以外に興味を持つことが出来て。
梓はりさがただバカにしてきた連中を見返したいからと言うちょっぴり不純めいた気持ちで大学には行ってほしくはないのだ。本当に自分がやりたいことは何なのか、それをいろいろな経験をさせて、いつか燃えるようなときめきに出会って悲しみを乗り越え自分らしく笑えるような人になってほしいというのが梓の本心だ。それはりさだけに限らずに自分に出会った人たちみんなに伝えたいことだ。それが梓の秘めた夢である。