ディセンバー2
「りさがんばっているみたいだな。それに里中君も」
二人の論文を見て梓が言う。
「とにかく私は気合い入っているから」
親指を突き上げ意気揚々にりさが言う。
「僕もがんばっていますよ。りささんには負けていられませんからね」
相変わらずの敬語口調の里中も親指を突き上げ言う。
「よし。コンサートまで後二日だからご飯食べたら、ガールズビーアンビシャス一同スタジオに向かうからね」
「「はい」」
と里中とりさの活気の良い返事がはもる。
梓はそんな二人に調理室で作ったおにぎりを差し出した。
「おいしいですねりささん」
「明、私たちつきあっているんでしょ。私のことはりさと呼びなさいよ。それにその敬語何とかならないの?他人行儀であまりいい気分はしないんだけど」
眉をひそめ言うりさ。
「僕はりささんを大切にしたいからそう呼んでいるんです。僕の田舎の従兄弟が結婚して奥さんをさん付けで呼んでいる姿を見て僕はあこがれたんですよ。だからりささんはりささんでいいんですよ。それに敬語は前にも言いましたけど、僕の家の家業がコンビニで、常にコンビニのノウハウを忘れないように敬語口調なんですよ」
「分かったよ。まあそんなあんたも悪くないと思うよ」
「ありがとうございます。りささん」
にっこりと満面なスマイルで言いかける里中。
そんな里中を見るりさは赤面して顔を背けてしまう。
りさはどうして気づかぬうちにこんな優男に恋心を抱いてしまったのか分からない。でも里中と一緒にいると心が落ち着くし平和な感じがするのかはなぜか?
食事もすませりさはガールズビーアンビシャスのメンバー一人一人に声をかけスタジオに出かけたいところだが麻美がいない。
りさは麻美の携帯にかける。
プルルルルルル。プルルルルルル。プルルルルル。
と言う通話音がして、
『ほら出ろよ麻美ちゃんよ。あんたのちゃっちいバンド仲間からの連絡だよ。ひゃひゃひゃひゃ』
「?」
通話口から得体の知れない不気味な声が聞こえる。
間違っていないかりさは自分の携帯を調べたところ麻美に間違いない。続けて麻美の携帯から、
『お前みたいなサウンドバックの人間がバンドを組むなんて生意気なんだよ』
りさは麻美がいじめている連中に絡まれていることに気づいて必死に「麻美、麻美」と言いかける。
『ほら私は平井駅の公衆トイレの中にいるって教えてあげなよ』
平井駅の公衆トイレの中と聞いてピンときたりさは麻美をいじめている人間に憤り、
「お前らそこで首を洗って待っていろよ。ぶっ殺してやる」
りさは携帯を耳に当てながらダッシュで外に飛び出して、原付に乗り猛スピードで麻美がいる平井駅の公衆トイレに向かう。
一秒でも早く麻美のところに到着したいと信号無視もお構いなしだ。
麻美がいると思われる平井駅に行くには人がごった返している喧噪な商店街を通らなきゃいけない。原付では突っ切れないので乗り捨てて人混みをかき分け平井駅まで走るりさ。
耳に当てている携帯からは麻美の泣き声が聞こえる。
「待ってろ麻美」
全速力で走りながら麻美と通話している携帯に訴えかける。
平井駅に到着したりさは改札口を切符なしで通過して女子トイレに向かった。
女子トイレは改札口の目の前にあった。
ダッシュで向かうと中からセーラー服を着込んだ五人ぐらいの女子中学生たちがほくそ笑みながら出ていく姿にすれ違いりさはいじめている連中だと分かった。
りさはとっさにその一人の女子中学生の胸ぐらをつかみ、
「おい。お前たちだろ麻美にひどいことをしたのは」
「はあ?何のこと?」
とぼける麻美にひどいことをしたと思われる女子中学生の一人。続けて、
「離してよ」
と言われ突き飛ばされるりさ。
女子中学生たちはりさににやりと一瞥して去っていった。
そんなことよりりさは麻美が心配になり女子トイレの中に入るとどこからか鳴き声が聞こえる。
手前からトイレのドアを開いて麻美を捜す。
奥の方に麻美はいた。
麻美はトイレに座りびしょぬれになりながら涙を流していた。
あまりにも不憫な姿にりさ自身も涙を流して麻美を抱きしめる。
「麻美」
「りさ」
「辛かっただろ。もう大丈夫だからな」
りさは麻美を抱きしめたまま十五分位がたち、そこで、
「大丈夫か二人とも」
登場したのが梓だった。
「姉さんどうしてここが」
「あんたが無茶していないか駆けつけたのよ。とにかく麻美ちゃん。そのままじゃあ風邪ひくから私が住んでいるアパートに行こう」
コクリと頷く麻美。
梓はりさにみんなはスタジオにいると聞かされスタジオに歩を進める。
りさがスタジオの防音扉の重いドアを開けるとみんな集まっていた。
りさに注目が集まり恵が、
「どうしたんだよりさ?麻美と梓先生は?」
と聞かれたのでりさは麻美の深刻な事情をみんなに説明した。
するとガールズビーアンビシャスのメンバーは憤り、麻美のことが心配だった。
みゆきは「みゆきがナナだったら、ホーリーセッカンで奴らを改心させることが出来るのに」子供ながら非現実的なことを言っている。恵は涙を流しながら麻美を心配する。里中は落胆している。りさはパイプいすに足と腕を組んで目を閉じ座り込み黙りこけている。
音のないスタジオは辛気くさいムードに染まり十分ぐらいが経過してりさが、
「麻美はもう精神的ショックでこれないと思うけど、とにかく私たちだけでもやろう。とりあえず姉さんが来るまで個人練習しておこうよ。だから恵ももう泣くな」
「私たち約束したよね。みんなでコンサートしようねって」
涙腺が故障したかのように涙を流す恵。
「だから泣いていたって仕方がないだろ。とにかく私たちは麻美の分までがんばるしかないよ」
なんて言っているとりさ自身も涙が頬を伝う。
「僕は許せませんよ。麻美さんを傷つける人はたとえ女であろうとも一生消えない傷を負わせたい気分ですよ」
全身をぶるぶると震わせながら憤っている里中。
「ホーリーセッカンだ」
みゆきが叫ぶ。
「だからみんないい加減にしろ」
りさの堪忍袋が切れ叫び散らすりさ。続けて、
「とにかく仕返しはコンサートが終わってからだ。私たちは今出来ることをがんばるべき何じゃないか?」
真摯に訴えかけるりさ。
「その通りだよ」
声の発信源をたどると梓だった。麻美も一緒だった。
「姉さん。それに麻美も」
思いもよらないことに目を丸くするりさ。
「麻美」
と勢いよく麻美のところに駆けつけ抱きしめる恵。
「ゴメン。みんなに心配かけちゃったね。麻美もがんばるよ。麻美もガールズビーアンビシャスのメンバーとして」
以前の麻美とは違い表情がりりしかった。
土手の川の向こうの町はキラキラとネオンを放っていて夜を彩る。
そんな景色を眺めながら梓とりさは二人のとっておきの場所で暖かい飲み物をすすりながら語り合っていた。
「私はさあ麻美ちゃんに無理するのはやめた方がいいんじゃないと言ったんだけど、りさをがっかりさせたくないって言って涙を必死に拭って勇気を奮い起こす感じで麻美ちゃんは立ち上がったんだよ」
「あの泣き虫の麻美がそんなことを」
驚くりさ。
「あの子にとってりさはそれほどの存在なんだよ。私は正直嫉妬したよ。あんたにね」
「私は別に嫉妬されるようなものなんて持ってないよ」
「持っているよ。今時あんたみたいな人を心から思いやれる人なんていないからな」
「私は別に今まで友達なんていなかったからそれを大切にしたいだけだよ。学生時代私の周りの連中は知的障害の姉を持っているという理由で私を蔑み蔑ろにする人たちばかりだったからね」
「そういう辛い目に会ったからこそ人を心から大切にするりさがいるんじゃない?」
「さてどうなんだろうね。でも私はいじめられて良かったって思っているよ。夢が持てて友達が持てて」
「りさ今度私の田舎に遊びに来ない?」
「田舎って新潟」
「私の妹の盟とお友達になってあげてよ。りさとならきっと馬が合うと思うんだ」
「まあそれは良いけど、馬が合うってどういうことなの?」
「私の妹は私はそんなことはなかったんだけど、片親だからっていじめられていたの。そのたびに私は心行くまで慰めてあげたんだよね。そんな妹がかわいかった。あの子の面倒を母さんに任されていたけど、一度も面倒だなんて思ったこともなかった。臆病で要領悪いけど、りさと同じで人を心から思いやれる優しい子なの」
「姉さんの妹かあ、会ってみたいな」
なんて微笑むりさ。
「私は春に帰省するからその時一緒にいこう」
「うん」
一つの楽しみが出来たりさだった。
おなかを空かせ家に帰るとりさは思っていたとおり今日も愛梨が一人で食事を作っていた。メニューは暖かいおでんであった。
二人で食卓を囲んで楽しく会話をしながらおいしくいただいた。
りさは眠ろうとしてベットに横たわり暗い部屋の中で一人考えごとをしていた。
今日は麻美が大変なことがあって一心不乱になってりさは駆けつけた。
麻美に対していじめた連中のことを思うと憤って自然と拳を力一杯握りしめ歯を食いしばる自分がいる。まあそれは置いといて梓直伝怒りを押さえ込む複式呼吸をして怒りを抑え考えないことにした。
梓は言った『りさは今時珍しい人を心から思いやれる人』だって。誉められているのだろうがりさは複雑な気持ちだった。梓は何か誤解をしているのだろうと。誤解されるともどかしくなる。自分が分からなくなってくる。だったらその誤解を明日はらせばいい。
朝目覚めると太陽の光がりさの目を細めさせる。
あくびをしながら階段を下り食卓に向かうと一人分の朝食が用意されていた。メニューはトーストにサラダ、目玉焼きだった。それに書き置きがされていた。
『りっちゃんへお姉ちゃんはコンビニの仕事にいくから、朝ご飯用意しておくからちゃんと食べてね。
今日もりっちゃんが幸せでありますように
愛梨』
父さんと母さんが忙しいとたまに一人で食事することになることがある。寂しいが仕方がない。
寂しさを紛らわせるためにテレビをつけてニュースを見ながら食事をゆっくりと租借しながら食べた。
ニュースは悲しいことばかりを伝える。
母親の介護に疲れ自殺した女性。
中学校でいじめにあい自殺。
某女優が覚醒剤で捕まる。
など。
人の世は悲しく滑稽なことばかりで杞憂してしまうりさであった。
外にでるとこの上ない快晴だった。
「明日が本番だ。緊張するけど気合い入れてがんばるぞ」
一人つぶやきりさは原付にまたがり英明塾に向かう。
到着したのが九時ぴったしだった。
パソコン室に顔を出すといつものように豊川と梓がパソコンの画面に向いて引きこもりの生徒たちにメールでエールを送っているようだ。
そんな二人に「おはよう」と挨拶をすると「「おはよう」」と返してくれる。そこで梓が、
「りさ、明日は本番だから論文が終わったらスタジオに行くからね」
「分かっているよ姉さん」
勉強室に入ると恋人でありライバルとも呼べる里中が論文の勉強をしていた。
負けていられないりさは席に座り論文の勉強を始める。
いつものことだった。