ディセンバー1
りさが名付けたバンド、ガールズビーアンビシャスのメンバーは障害者のクリスマス会に向けてスタジオで練習中であった。一ヶ月間でかなり上達していったのでやる曲が増えていった。
追加された曲はミスチルのトゥモローネバーノウズとアライブ。
この曲を選んだのは障害者の姉を持つりさだった。
理由は障害を持っている人たちはみんな素直で良い人だ。だからこの曲を聴いて障害に悩んでいる人たちに素直な気持ちで聞いてもらって前向きに生きてほしいというりさの切に願う気持ちが込められている。
ちなみにこのバンドのリーダーは梓ではなくりさになった。これを提案したのは恵と麻美だった。
理由はわからないけどただ単純にそんな感じがしたという意味で推薦したみたいだ。
梓は『悔しいけどみんながりさを推薦したんだからしっかりやんなさいよ』のこと。
そんなこんなで何のためにバンドをやるのかは人それぞれ秘めた思いがあるが演奏は一つに統一され美しい演奏を奏でるりさたち。
「よしみんな演奏の方は順調だ。この調子でいこう」
りさが意気揚々に拳を握りしめ言いかける。
みんなにっこりと笑って頷くが麻美だけ元気のない。そんな麻美にりさは、
「どうした麻美元気ないぞ」
とりさに言われ麻美は笑顔になる。
りさはその麻美の笑顔は何か笑顔を取り繕っているみたいに見えた。いつもの麻美じゃない。
りさはそんな麻美のことが気になったが気を取り直して、
「そろそろ時間だから最後に一曲すばらしい日々をみんなで演奏したいと思います。明(里中)合図お願い」
「はい」
里中はバッチを×を描くように交差させ構えシンバルに四回たたき合図を送る。
すると一人一人が奏でる楽器が一つのメロディーを美しく構成させる。
ギターを弾いている梓は笑顔を綻ばせ楽しそうに演奏している。
キーボードを奏でる恵も梓と同じように楽しそうだ。
ドラムの明は穏やかな曲調なのに、あのエックスのヨシキを意識しているのか?首を激しく揺らしながら愉快だ。
タンバリンのみゆきは、ガールズビーアンビシャスになくてはならないマスコット的存在だ。
ベースの麻美は先ほどは怪訝な表情を見せていたが演奏している姿はキリッと引き締まった表情をしている。
そして要であるボーカルアンドアコーステックギターのりさは決してうまくはないがガールズビーアンビシャスの曲調にマッチした歌声で歌うものだから演奏に魅力的である。
彼女たちはアマチュアだがプロを超越する言葉には表せない何かを感じると熟練者の梓は思っている。だからクリスマス会の演奏会が終わったら終わりではなくこのままバンドをみんなで続けたいと梓は思っていた。
スタジオを出て外はもう真っ暗でかすかだが星が瞬いている。
ガールズビーアンビシャスのメンバーたちは冷たい風にさらされ白い吐息を放出しながら『寒いね』と囁きあっている。そこで梓が、
「演奏日まで後三日だ。みんながんばっているようだからお姉さんが暖かいラーメンでもごちそうしよう」
一行は商店街に出てそこはもうクリスマスムード一色に染まっていた。
街路樹にはイルミネーションが設置され外線放送からは毎年クリスマスに歌われる山下達郎のクリスマスイブが流れている。
そんな中りさは一人怪訝な顔をしながら歩く麻美が気になった。
梓が「ここで良いか」と言って適当なラーメン屋を見つけ一行はのれんをくぐり中に入ると「らっしゃい」とラーメン屋の亭主の活気の良い声を一行は耳にする。
中はカウンター席とテーブル席が設けられ、りさは一人怪訝そうな麻美をテーブル席に誘導する。
「麻美どうしたんだよ。さっきから怪訝そうな顔しちゃって」
心配になったりさは麻美にそういいかける。
「そう。麻美そんな顔している?」
「麻美は素直な奴だからな。嬉しいときは嬉しそうな顔をして、悲しいときは今みたいに怪訝な顔をするんだよ。まるで子犬だな」
りさが笑い出す。
「麻美は子犬じゃないよ。失礼なこと言わないでよ」
麻美がもらい笑いで少し元気が出た感じだ。
「で、何か悩み事でもあるんじゃないのか?差し支えなければ教えてよ。私が出きることなら何でもするからさ。同じガールズビーアンビシャスのメンバーとして」
さっきの笑顔とは一転して真顔で言いかけるりさ。
「・・・」
俯いて黙り込む麻美。
「まあ無理に言わなくても良いよ。でもあんな怪訝な顔されると私も心配するからさ」
「私さあ、中学校に言っていたときに私をいじめていた連中にばったり遭遇したの。私怖くて気づかれないように下を向いて歩いていたんだけど、ばれて声かけられちゃったの」
「それでどうなったの?」
続きを促すりさ。
「トイレにつれていかれて・・・」急に鳴き声に変わって涙を流す麻美。りさは友達の麻美が辛いことがあったんだと察して麻美の泣き声が胸に突き刺さった。続けて麻美は「受験のストレス解消だと言って私の腹部や背中や足を痛めつけられたの。それで捨てぜりふに連中のリーダーは私にこう言ったの『お前はなにも出来ないサウンドバック。そうやって私たちのストレス解消の為だけに生きていれば良いのよ』って私無力で今やっているバンドがなんなのかわからなくなって」と麻美は悔しさと怖さに体全身を震わせておののいている。
りさは目を閉じ麻美の悲しみと怒りの気持ちが分かった。
りさはその連中を殺してやりたいと思っている。
でも実際りさも麻美と同じく無力な存在でなにもできない。
麻美の涙に気がついたガールズビーアンビシャスのメンバーは心配するのは当然であった。そこで恵が、梓が、里中が、みゆきが麻美を囲むように集まり一人一人の激励の言葉を浴びせられ少し悲しみが癒えた麻美だった。そこでりさは、
「麻美は一人じゃない。私たちは一人一人の演奏を一つにするように繋がっているよ」
「そうだね。ありがとうね、みんな私少しだけど何か元気が出てきたよ」
涙目だがさっきの怪訝な顔から一転して満面な笑顔の麻美がそこにいた。
「ほら、りさに麻美ちゃん。注文してないのはあんたたちだけだよ。さっさと注文しちゃいなさい。おなかいっぱいになれば麻美ちゃんも元気でるから」
梓が注文表をりさと麻美に渡す。
注文したのはみんな一杯三百五十円のラーメンだった。実を言うとみんな無理を言った梓に気を使っていたのだ。
一行は外に出てラーメンを食べて暖まったと囁きあっている。
りさは先ほど涙を流していた麻美に背中を叩いて、
「麻美。さっきも言ったけどあんたは一人じゃないからね。また何かあったら私たちが相談に乗ってあげるから」
「ありがとう」
と麻美は心の底からそう言えた。
今日はもう解散と言うことでりさがみんなに。
「みんなコンサートまで後三日。明日もこの調子でガンバロー」
とみんなに言いかけ拳を突き上げると挙って拳をあげた。
帰り道りさはいつものように梓と友に途中まで友にする。それはそれぞれの原付が英明塾においてあるからだ。
二人はクリスマスムード一色の商店街を抜け民家が並ぶ小さな路地を通る。
「りさは大人になったな」
「そう?まだまだ私はひよっこだよ。知らないことがいっぱいありすぎて目が回りそうだよ」
「まあ目が回るのはりさは焦りすぎているように思えるんだけどな。もうちょっと余裕を持って行動すれば物事が円滑に進むと私は思うんだけどね」
りさのおでこを人差し指でつつく梓。
「余裕を持ちたくても私には徳川さんの勉強を教えることや論文受験やバンド何かこなしているから余裕なんて持てないよ」
嘆息して言いかけるりさ。
「まあ、確かにそうだな、りさにとって今は大変な時期だからな。でも自分がひよっこと思えたらりさはきっと良い大人になれると思うんだけどな」
「何その良い大人って?」
「世の中にはいろんな大人がいるよ。傲慢な大人や人を平気で蹴落としてまで幸せになろうとする大人やストレス解消に人を平気で嘲る大人や。そのほかにも嫌な大人はいるけど、まあそんな奴らばかりでもないな、少なくても英明にいる人間はそんな人はいないからな」
「そうだよね。英明の人たちはみんな優しい人たちだよね」
「私は英明のスタッフとしてりさはもちろん英明の生徒たちにそんな大人になってほしくはないからな」
りさはそんなことを言っている梓を一瞥すると優しくほほえんでどこか遠くの夜空の星を眺めている。
りさは大人になるんだったら梓みたいな可憐で知的で優しい人になりたいと思った。
不意に冷たい風が二人を包み込みりさは寒くて思わず身震いをしてしまう。
そんなとき梓がりさの首にマフラーを巻き付ける。
「ちょっと早いけど、私からのクリスマスプレゼント。私が一生懸命に編んだマフラーだよ」
りさに相変わらず優しく微笑んでいる梓。男性の人を一目で恋に落としそうなそんな輝かしい笑顔であった。
きょとんとしてりさはマフラーの暖かい温もりに思わず感極まって涙がこぼれ、梓に抱きつく。
「姉さん。私姉さんに会えて良かった。もし会えなかったら私大変だけどこんな充実して楽しい日々を味わえなかったよ。ありがと」
「ほらほら泣く奴があるか、私もそうだよ。私のもう一人の妹のりさに会えて私の世界は以前よりも輝きを増して素敵に染まったよ。私の方こそありがと」
梓はりさを引き寄せるように抱きしめる。続けて梓は、
「それとクリスマスプレゼントは特別りさだけにあげたものだからみんなには内緒よ」
りさは思う。サンタがいるならそれは大切な人が大切な人に心を満たしてくれる暖かいプレゼントをくれる人がサンタだと。まあ人によって考え方は違うと思うけど、梓からもらったこの暖かいマフラーは百万ドルの高価なプレゼントを受け取るよりも嬉しいものだと思うりさであった。
梓と分かれて原付で家に戻ると丁度そのときりさの携帯が鳴り出し、着信画面を見てみると麻美だった。
「もしもし麻美?」
『りさ』
麻美の声は涙声に変わっていた。気が気でなくなるりさは、
「どうしたんだよ麻美」
『私わからなくなって』
「何がわからないの?」
「麻美をいじめるリーダー的の人に『お前みたいな学校にも来れない欠陥品は死んだほうがいい』って麻美の携帯に罵ってきたの」
そんなひどいことを言う連中のリーダーが許せなくて拳を握りしめ憤る。でもここはりさのあこがれの存在である梓の口調をまねて、
「そんなことないよ。麻美は欠陥品なんかじゃない。そういわれて傷つくってことは麻美は誰よりも優しい人間だからだと思うよ。だから麻美はこれから出会う人に優しく大切に出来るんだよ」
『そんなこと前にも言ってくれたね』
少し落ち着いたのか?麻美の涙がひいた声だった。
「うん」
『でも麻美何のためにベースを弾いているかわからなくなっちゃったし夢である小説もわからなくなった』
「すべてのことに関して意味のないことなんてないと思うよ。今度麻美の小説読ませてよ」
『こんな稚拙な文章誰にも見せられないよ』
「最初は誰でもそうなんじゃない。最初からそんな熟練した夏目漱石や森鴎外のような人たちのようにはいかないと思うよ。私は思うんだけど、麻美は勇気のある人なんだなって思うんだけどな。夢に向かって進む麻美のことを」
『麻美は勇気のある人じゃない。勇気があったら学校に行っているし、いじめられるようなこともなかったよ』
再び涙声に変わってしまった。
「でも麻美は一人じゃないよ。私や姉さんに里中君やみゆきちゃんに恵だっているよ。もしそのいじめっ子が麻美をいじめるようなら」
『どうするって言うのよ』
「私がぶっ殺してあげるよ」
りさはつい感情的になり威圧的に麻美に言った。続けてりさは、
「私マジだから。麻美を傷つける人は絶対に許さないから。相手がどんな強い相手でも私は立ち向かう」
麻美に真摯に訴えかけるりさ。
『ありがとりさ。少し元気が出てきた。明日も練習だね。ベースやる気が出てきたよ。りさの言う通り意味のないことなんてないよね』
「当たり前だよ」
『じゃあおやすみ』
「うんおやすみ」
携帯を切った。
りさはこんなにも人のためになれたことに嬉しくてたまらなかった。
外は相変わらずに冷たい風が不意にりさを包み込み「うう寒い」と身震いしながら家の中へと入っていく。
玄関に待ち受けていたのは知的障害を持つ姉の愛梨だった。
「りっちゃんお帰り。寒かったでしょ。愛梨ちゃんが今日暖かいシチューを作ったから一緒に食べよう」
いつもの無邪気なはにかみ笑顔であった。
りさはさっき梓のおごりでラーメンを食べてしまったのでおなかいっぱいであったが愛梨のおもてなしを断るのは少々悪い気がするので無理して食べることにした。
食卓に向かうと父親と母親は仕事でおらず、二人きりの食事となった。
「愛梨ちゃんお母さんに初めて教わった料理がシチューなの。だから愛梨ちゃんの得意の料理だからりっちゃんも気に入ると思って作っておいたのです。だからたくさん食べるのです」
愛梨はお皿に山盛りのシチューを盛っている。
「愛梨お姉ちゃん。私は少しで良いからそんなに入れないで」
「うん。分かりました。これぐらいにして、愛梨ちゃんのシチューを食べてりっちゃんはポカポカに暖まってください」
愛梨はまたアニメのキャラクターの真似か?なぜか敬語だ。
そんでもって愛梨は山盛りに盛ったシチューをりさが座るテーブルの前に置いた。
「愛梨お姉ちゃん私こんなに食べられないよ」
「大丈夫食べられなかったら残しても良いから」
「分かったそれじゃあいただきます」
「それじゃあ愛梨ちゃんもいただきます」
りさが一口愛梨のシチューを口にするとまろやかで上品な味が口いっぱいに広がりとてもおいしかった。でもさっきラーメンを食べたので残念だが山盛りに盛られたシチューを全部食べることは出来ない。
二人の食卓は会話もないが外から聞こえる風がりさをあざ笑うように聞こえるのは考えすぎだ。けど麻美がいじめという悲惨な目にあっていることを思うと満更でもないので外の風があざ笑っているように聞こえる。
「りっちゃんどうしたの?そんな顔されると今日もりっちゃんを抱きしめちゃうぞ」
「それは遠慮しておくけど、愛梨お姉ちゃんはたくさんいじめられて、すごく辛い目に会ってきたんでしょ」
麻美のことを思って何となく聞いてみた。
すると愛梨は持ってるスプーンを置いて目を閉じ微笑み、
「愛梨ちゃんいっぱいいじめられたて辛い目に会ってきたけど、その分お母さんやお父さんが愛情いっぱいに優しく慰めてくれた。だから愛梨ちゃんは一人じゃない。お母さんやお父さん、それにりっちゃんがいる。そう思うと辛い気持ちなんて愛梨ちゃんの気持ちにはないの。それにお母さんは『愛梨はいっぱい辛い目に会ってきたから、誰よりも人に優しく大切にできる』って教えてくれたの。そう思うと愛梨ちゃんはいじめられて良かったと思うの」
「そう」
と一言。
「でも愛梨ちゃんがおかしいからってりっちゃんまで辛い目に会わせちゃったみたいだね」
申し訳なさそうに愛梨は閉じていた目を開き笑顔が消え涙を流す。
「もう良いよ愛梨お姉ちゃん。私は気にしていないから、むしろ辛い目にあったから大切な仲間が出来たんだから。それに私だって愛利お姉ちゃんにひどいことをしてきたんだからさ」
「ごめんねりっちゃん」
「だからもう良いって言っているじゃん。そんなことよりもっと楽しい話をしよう」
と言うことでテレビをつけるとバラエティ番組が放送され二人はシチューを食べながら爆笑していた。
結局りさは愛梨に気を使い山盛りに盛られたシチューを全部食べてベットの上で動けない状態だった。
梓から貰ったときは暗くて色が分からなかったがりさの好きな純白の白のマフラーだった。
顔に当てると暖かい温もりが肌に伝わるマフラーだった。
「私は二人の姉さんに愛されている」
人知れずに呟くりさであった。