ノーベンバー2
「どうしたって言うの里中さん。りさに何かひどいこと言われたの?」
麻美。
「みゆきちょっと心配」
りさからもらったナナのフィギアを握りしめるみゆき。
「まあ、里中君後で私に顔を貸してくれないかな?」
梓はにっこりと癒しの笑顔で言う。
「何でそんなケンカを売るような表現で言うんですか?別に僕から彼女に疚しいことはしていないですよ」
「別にそういう意味で言った訳じゃないんだけど、とにかく後でね。これからみんなですてきなライブにしたいじゃない。二人ともそんなすさんだ気持ちじゃあ楽しく演奏できないから、そう言った意味で言ったの」
「分かりましたよ」
同意する里中。
一方そのころ。
アスファルトの上を全速力で走る二人。
「ついてこないでよ」
りさが言う。
「待ってよりさ。いったいどうしたって言うの?」
「あんたには関係ないでしょ」
「関係あるよ。とにかく待ってよ」
中学時代元陸上部の恵が追いかけてくるんだからりさと恵との間に距離が縮まってしまう。
そして恵はりさを捕まえて、
「待ちなさいよりさ。いったい何があったのよ」
「離してよあんたには関係ないことだよ」
そこで堪忍袋の緒が切れた恵はりさにピンタした。
「関係ないことないじゃない。私はあんたを親友と思っているんだから」
「・・・」
そんな恵に対して悪いと思ったりさは何て言って良いのか黙り込む。
「殴ったことは謝るけど関係なくはないから。話したくないならそれで良いけど、とにかく私たちはバンドを組んでいるんだからそのチームワークを崩さないでよね」
恵が真摯に訴えかける。
「ゴメンね恵」
「ほらりさ」
倒れているりさに手をさしのべる恵。
素直に捕まって立ち上がるりさ。美しい友情である。
友達というのは幸せの助言を教えてくれるかけがえのないものだとりさは思っている。
恵がりさのことを親友と思っているならりさもそう思える。でも友達以上の関係の親友っていったいどのような関係になればそう呼びあえるのかはりさには分からない。分からないならこの長い道のりを歩いているうちに気づくこともしばしばある。だからきっといつか分かる日が来るとりさは思っている。
りさは落ち着いてベンチに座っている。
そんなとき親友の恵はコーラとファンタを持って来て、
「りさはどっち飲む?」
「じゃあ私コーラ」
と言うことでコーラを差し出す恵。恵もベンチに座る。
「とにかくりさ。話したくないなら私は干渉しないけど、さっきも私は言ったけどチームワークを乱すことはしないでくれよ。私は昔からやらされていたピアノが楽しく役に立つことが出来たことをうれしく思っているんだから。それにみんなも楽しく演奏していると思うんだからさ」
「ゴメン恵」
「謝るなら私もそうだけど、みんなに謝りなよ」
「うん。実はさあ」
りさは里中が気づかぬうちに好きになってあのようなことになったことを恵に言った。
「エッそれマジ?」
目を丸くして驚く恵。
「うんマジ」
「だからその誤解をはらそうと里中っちに顔を貸してなんて盛りのついた男子中学生的なことを言ったのか」
恵は里中のことを里中っちと呼んでいる。
「うん。そんなことで恵の言うとおりみんなを巻き込んじゃったね」
自分が許せないりさ。
「とにかくりさ。どんなことでも自分を攻めるものじゃないよ。とりあえずみんなに謝るのは先決だね」
「そうだね。今思うと私は恵にあえてよかったと思っている。もし恵に会えなかったら知的障害者の愛梨お姉ちゃんをずっと恨んだままだったよ。昨日さ愛梨お姉ちゃんに抱かれて自分に素直になれたの。それでこの素直な気持ちを里中君に伝えようとしたんだけどね。失敗しちゃったかな?」
泣き顔スマイルに舌を出しておどけるりさ。
「私もりさに会えてよかったと思っているよ。もし会えなかったら、人に迷惑をかけてまで優しさを要求するような人間になっていたかもしれなかった。だから私はりさに会えたことを神様に感謝しているんだから」
「そう」
と言って恵に抱きつくりさ。
「おうおうどうしたりさ。私の胸の中でお姉さんみたく素直になれるか?」
恵は首に巻いている長いマフラーの半分をりさに巻き付ける。
「恵は何か私自身を安心させてくれるような温もりを感じるし暖かい」
「私でよければいつでも抱きしめてあげるぞ」
「フフッ、恵ってマシュマロみたいに柔らかくて気持ちがいい」
「そういうりさこそ気持ちがいいぞ」
しばらく初冬の寒さを凌ぐように暖め合う二人だった。
スタジオに戻ろうと歩を進める二人。
そんなときりさの携帯が鳴り出し、着信画面を見てみると梓からだった。
「ゴメンね姉さん。チームワークを乱すようなことをしちゃって」
真っ先に謝るりさ。
「そのことは置いといて、とにかく今みんな英明で待っているから、早く帰ってらっしゃい大事な話があるから」
「何大事な話って?」
意味深に思い問いただしてみる。
「帰ってきたら話すから、とにかく早く帰ってらっしゃい。みんな心配しているから」
通話が切れた。
隣にいる恵が、
「梓先生から?」
「うん。みんな英明で私たちのこと心配しているって」
「とにかくみんなに迷惑をかけたんだから誠意をもって謝るんだよ」
りさの背中を叩く。
英明に戻り、梓がりさの帰りを待っていたかのように玄関の壁に腕を組んで寄りかかっていた。
「お帰りりさに恵ちゃん」
「ごめんなさい」
深くお辞儀をして誠意を示すように謝るりさ。
「とにかくりさ。これからクリスマス会に向けて楽しくバンドの練習したいでしょ。里中君勉強部屋にいるから謝ってきなさい」
りさはここが正念場だった。ここで里中に自分の思いを伝えようとするが、臆病な自分とそうでない自分が葛藤する。ただ自分の思いを伝えたいだけなのにどうしてこんなに心は立ちすくむのか不思議に思いそんな自分が嫌になる。
そして立ちすくんだまま涙を流してしまった。梓が、
「りさ泣いたってダメよ。早く謝って誤解を晴らしてあなたの思いを伝えてきなさい」
梓にりさの思いを見透かされているようだ。
すすり泣いているりさ。恵が、
「ちょっと梓先生。これはあんまりじゃないのりさ泣いているよ」
「これはりさの問題だから恵ちゃんは口出ししない」
口をつぐんで黙り込んでしまう恵。
梓はすすり泣いているりさの手を取り無理矢理引っ張りだして里中がいる勉強部屋に放り込んだ。
「ちょっと姉さん何するの。私まだ心の整理がついていなくて」
ドアから出ようとするのだが外側から鍵を閉められてしまい出られないりさ。
振り向くと里中が目を丸くして驚いている。
「どうしたんですかりささん。取り乱しちゃって」
りさは里中といて気まずいし鼓動が破裂しそうなほど高鳴っている。
パニック状態のりさは破れかぶれに里中に思いをぶつけることを決意する。
「さ、さ、さ、里中君」
「はい」
「昨日は昨日は」
「はい」
「大嫌いなんて言ったけど、私は本当は本当は本当は」
「落ち着いてくださいよ。りささん」
「大好きなの」
大声で喚きながら言ったりさ。
「・・・」
里中は衝撃なことを告げられ黙り込み、勉強室はりさの鳴き声だけが響く。続けてりさは、
「迷惑だったでしょ。うざいでしょ。気づかないうちに里中君のこと好きになっちゃったの。この気持ち受け止めなくても良いけど、昨日里中君に言った大嫌いって嘘なの。私自分自身に素直になれなくてあんな風に言っちゃったの。だからごめんなさい」
りさはへたりこんで涙腺が故障したかのように拭いきれないほどの涙を流している。
里中はどうしたもんかと立ち尽くしている。
そんなとき梓が勉強室の鍵を開け、中に入ってきた。
「りさ良くやったな」
労う梓。
「姉さんひどいよ」
「悪かった。でもそうでもしないとバンドの均衡は保てないからな」りさの頭をなでる梓。そして立ち尽くしている里中に目を向け「まあ一部始終見ていたけど、りさの気持ちをどう受け止めるかは里中君次第だけど、明日からまた楽しくバンドをやろうよ」
「はい」
と言って鞄を背負い放心状態のまま帰った。
「姉さん」
涙が止まり落ち着いてきたりさ。
「どうした?」
「私が里中君のこと好きだってこと気づいてたの?」
「私を誰だと思っているんだよりさ。そんなのお見通しよ」
人差し指でおでこをつついていたずらな笑みを浮かべる梓。
「でもどう受け止めてくれるかはさておいて気持ちが楽になっちゃった」
「りさ」
後ろから恵の声がする。
振り返るとにっこり笑っている麻美やみゆきもいる。
私は一人じゃない。そんなことを思っていると拭いきれない悲しみの涙から喜びの涙へと転換する。友達って時には心を癒してくれる薬箱のような存在とも言える。
「ただいま」
と声を発すると慌ただしく愛梨が玄関までかけだしてくる。
「お帰りりっちゃん」
相変わらずの純粋無垢な笑顔だ。そんな笑顔にりさは救われていると思った。
「今日はお父さんもお母さんもコンビニで働いているから夕食は愛梨ちゃんとりっちゃんで食べようと待っていたんだよ」
「そう」
そんな笑顔を見ているとつられてりさも笑顔になってしまう。
「じゃーん」と言って手巻き寿司セットをりさに見せ「今日は奮発して手巻き寿司だよ。りっちゃん一緒に食べよう」
「うん」
喜んでとばかりにりさは言う。
おなかいっぱいにしてりさはお風呂に入る。
入っている途中に愛梨がお風呂に入ってくる。
「りっちゃん一緒に入ろう」
「ちょっと愛梨お姉ちゃんそれだけは勘弁してよ。私たちはもう子供じゃないんだから」
「そんな堅いことを言わないの」
愛梨に背中を流してもらい、こんな姉妹とのスキンシップも悪くないと思った。
お風呂から出てパジャマに着替えて部屋に戻った。
ふと思いついたことだがここで今日自分のことで里中君に迷惑をかけてしまったことを電話で謝っておくことにする。これから気軽に楽しくバンドを友に演奏する仲で。
机の上に置いてある携帯をとりだして登録してある里中の携帯電話にかけた。
「はい。里中です」
「あっ里中君。私りさだけど」
「あーりささんですか。どうしたんですかこんな時間に?」
「今日のことで謝っておかなかきゃと思って。あんなことを言って迷惑だったでしょ。とにかく私たちは友達としてこれからもバンドを気軽に楽しくやるためにお互いのわだかまりをさ、解いておこうと思って電話したの」
「そうですか。今日女性にあんなことを言われたことは初めてでしたよ。それにりささんみたいなすてきな女性に言われるなんて思っても見なかったことです」
「なに私をおだてているの?」
「おだてじゃないですよ。りささんがスタジオから出ていった後梓さんに言われたんですよ。『里中君がどう判断するか知らないけどりさは里中君のことを好きなの。りさは自分に素直になれないのであんなこと言っちゃったけど、本当は誰よりも優しくてすてきな女性だよ。それだけは言っておくよ』って言われたんですよ。だから・・・」
「だから」
りさと里中の会話に静寂が生じる。
そんな中りさの鼓動が再び激しくなる。
「僕でよければ、おつき合いしてもいいと思いました」
「ヘッ?」
思いもよらないことに心があたふたとする。
「だから僕とおつき合いしてください」
「エッでも本当に私なんかでいいの?私わがままだし、頭も悪いし」
「ダメなんですか?僕とじゃ」
「いいやむしろ嬉しいよ。だからこんな私でいいの?」
「うん。前からかわいいし、しっかりしているし、物事にひたむきに取り組む姿を見てりささんみたいな女性とおつき合いしてみたいと正直前々から思っていたんですよ」
「じゃあ今日から私たちは恋人同士で良いかな?」
「もちろんですよ」
「ありがと」
と言って涙を流した。呆れるほど今日は泣いたり悲しんだりと気持ちがあたふたした一日であったとりさは泣き顔スマイルだ。