ノーベンバー1
エレキギター梓、ドラム里中、ベース麻美、ピアノ恵、タンバリンみゆき、ボーカルアンドアコースティックギターりさ。
と言う感じで彼女たちはバンドを組んで十二月二十五日知的障害者のクリスマス会に向けて図書館のスタジオを借りて練習中であった。
曲は最近再結成したユニコーンのすばらしい日々。演奏が終わって。りさが、
「麻美ベースうまくなったじゃん」
「私だってみんなには負けていられないよ。りさたちはそれぞれの楽器を経験したことがあるんでしょ。私が足引っ張って演奏が失敗して私のせいにされたらたまらないしね」
「あんなに始める頃不安がっていたのにやれば出来るじゃない」
「でも演奏にはまだむらがあるからまだまだ私たちは練習が足りないね」
梓が、
「そうだねりさの言うとおりだよ。今日のところはこれぐらいにしてみんな各自自宅で練習ね」
スタジオから出てみんなが帰るときにりさは里中を呼び止める。
「里中君」
「何でしょうか?」
相変わらずの敬語っぷり。
「話があるからちょっとつき合ってくれないかな?」
照れくさそうにりさが言う。
「またですか?今日は帰って論文の勉強に没頭したいんですから」
「少しだけだからつき合いなさいよ。お茶代は私がおごってあげるから」
「でも悪いよ」
「良いからついてきてよ。女の子の誘いを断るなんてもてないよ」
「分かりましたよ」
渋々ながら里中は了承する。
りさは自分でも分からないが里中と一緒にいると心が和んでしまう。自分が里中のことを好きなのかと気持ちに問いかけると何故か拒否してしまう。好きだという気持ちを認めたくないのか?でも里中と一緒にいたい。里中に対しての気持ちの整理がついていないみたいだ。つけたくないのか?でも一緒にいたい。里中のことに対して心が混乱している感じである。
そんなこんなで店にコーヒーの香りがほのかに香る喫茶店に二人は入った。
今日もお客はりさたち以外誰もいない。
りさはここなら思う存分里中としゃべることが出来る。 カウンター席に座って、
「で、りささん話って何ですか?」
「・・・」
さすがに里中と一緒にいたいからなんてカミングアウト出来ずにとっさにりさは、
「私たちのバンド名のことで話し合いたいからさ」
と適当なことを言う。
「そんなの適当で良いじゃないですか」
「何よその適当って、里中君はそんな軽い気持ちでやっているの?」
りさは適当でもよかったのだが、そういってしまった以上適当なんてとんでもないと偽った感情で言いかける。
「て言うか梓先生は気軽に楽しくやろうと言っていたから参加したんですが」
「でも・・適当と気軽は違うじゃない。だから・・適当なんてとんでもない」
里中といるだけで鼓動が激しくなり訥々とした言い方で言ってしまった。
「分かりましたよ。適当って言ったことは謝りますよ」
「分かればいいのよ」
「で、名前は何にするんですか?」
「ガールズビーアンビシャスと言うのはどうかな?」
これもとっさに思いついたことだった。
「て言うか僕男なんですけど」
「良いのこれで」
「じゃあ決まったのでしたら、そろそろ帰りましょうよ。家に帰ってドラムの練習と論文の勉強をしないといけないので」
と言って里中が立ち上がる。
「エッもう帰っちゃうの?」
甘えた声でつい言ってしまったことだった。
「なんて言う声を出すんですか」
驚いて目を丸くする里中。
なんて言われて顔を真っ赤にして憤り混乱してパニック状態になったりさは、
「べ、べ、別にあんたのことなんか何とも思ってないんだからね。わ、わ、わ、私はただ・・・」
訥々とした言い方で声が裏がえっている。
「落ち着いてくださいよ。何かさっきからおかしいですよ」
心配する里中。
心臓が破裂しそうなほどりさの鼓動は高鳴り「あんたなんかだいっきらい」と里中に叫んでテーブルに千円置いてピューと店から出ていく。
全速力でりさは平井の商店街の雑踏をかき分けながら走り出す。
里中に大嫌いなんて言ってしまったことにりさでも分からずに涙を飾っている。
どうしてあんなことを言ってしまったのか?自分では分かっているけど認めたくないと言う気持ちの方が大きかった為大嫌いと裏腹なことを言ってしまったのか?りさでも分からない。いや分かっているけど認めたくない。
あんな敬語ばかり使っているやさ男に惚れるなんてあり得ないと。
そしてりさは疲れはて、到着した場所は梓が教えてくれた河川敷の場所だった。
もう真っ暗で空を見上げると星が降ってきそうなほど瞬いている。
時計を見ると午後六時三十分を示している。
里中に大嫌いと言ってしまったことに後悔しているのか?いや認めたくない。なぜ涙が止まらないんだろう。
「りさ来てたの?」
背後からりさを呼ぶ梓の声がした。振り向いて、
「姉さん?」
と言って涙を見せたくないのでとっさに袖で涙を拭う。
「奇遇だね」
にっこり笑顔に少々気持ちが落ち着くりさであった。
「どうしたの?姉さん。こんなところに来て」
「うん。私の妹がね、もうメールもしてこないでって言われちゃって侘びしくなっちゃってね」
「もしかしてハッキングしているのバレちゃったの?」
「バレてないけど妹は私に迷惑をかけたくないから私を遠ざけようとしているのよ」
立ち話も何だから梓はホットコーヒーを二つ買ってきてベンチに座って二人で語り合う。
「そんなに妹さんのことが心配なら新潟で新潟の大学行ってそのまま実家に妹さんと暮らせばよかったじゃんって前にもそんなこと言ったっけ?」
「そう考えたけど妹は私が東京に憧れていることを知っていたから、あの子意地張ってね」
「姉さんは心配しすぎだよ。もっと妹さんのことを信じてあげたらどうなの。ハッキングなんてやめてさ」
「うんそう思ったけど、本当に危なっかしい子なの。だから私は心許なくて」
「・・・」
りさはこれ以上何を言って良いのか分からず、缶コーヒーをすすった。
「ところでりさはこんなところで何をしていたの?何か泣いていたけど」
触れられたくないことに戸惑いりさは、
「別に何でもないよ」
顔を背け素っ気なく言うりさ。
「里中君と逢い引きしていたけど、何かあったのかな」
「うるさーーーーい」
「ただいま」
りさが自宅に帰るといつものように愛梨が玄関まで迎える。
「お帰りりっちゃん」
「うん」
「元気ないねどうしたの?」
りさの機嫌を見るかのように首をちょこんと傾ける愛梨。
「別に何でもないよ」
「今日はねえ、すき焼きだよ」
「おなかすいてないから今日はいいや」
とりさは今は一人になりたかった。
ベットの上に俯せになって考えごとをしてしまうのであった。
どうして大嫌いなんて言っちゃったんだろう。
あんなことを言ってりさは里中に本当に嫌われることを考えると、なぜだか涙があふれてしまう。でも好きと認めたくない。でも素直な気持ちに問いかけると鼓動が激しくなる。じゃあ好きなのかな?と思うと首を左右に激しく振り否定してしまう。だんだん自分自身にいらだって「はっきりしろ」と大声で自分に言い聞かす。
りさの声に反応して愛梨が慌ててりさの部屋に入ってきた。
「りっちゃんどうしたの?大声なんか出しちゃって」
真っ暗なりさの部屋に明かりをつける愛梨。
「ゴメン。何でもないの」
慌てて涙を拭う。
「泣いてたの?」
「泣いてないよ」
すると愛梨はりさを思いきり抱きしめる。
「りっちゃん。また悲しいことがあったの?」
「離してよ。別に何でもないから」
とは言っているもののりさは愛梨の抱擁にホッとしている感じである。
「愛梨ちゃんはりっちゃんが泣いていると愛梨ちゃんも辛いから抱きしめてあげているの」
「・・・」
なぜだろう愛梨に抱擁されていると心が癒され素直な気持ちになれる。本当は里中のことが大好きなんだ。好きで好きでたまらないのだ。
そういえば思い出したんだが幼い頃父親に叱られ、叱られたことに泣きながら腹をたてていたりさに愛梨の暖かい天使の衣で包み込んでくれるような抱擁でりさは素直な気持ちになれた。そして自分が悪いことをしたことに心から父親に謝った記憶があった。
そう思うとよく偉人は言っていたが『人間は一人では生きていけない』と言うが本当のことだとりさは身を持って悟る。
愛梨は知的障害で知能は遅れているがりさから見れば聖者とも呼んでも過言ではないと思えた。
いつのまに眠ってしまったのか?目覚めると窓の外から太陽の光がりさの部屋を照らす。
「さてと」
と起きあがると隣に愛梨が眠っていた。
『ありがと』と心の中で呟いてりさは毎朝恒例のバンドの練習をする。
ユニコーンのすばらしい日々の曲を流してメロディーに乗せ演奏して歌い出す。
穏やかな曲調に演奏しているりさは気持ちいい。
音に反応して愛梨が目覚め、そんな愛梨に演奏しながらウインクしておはようの挨拶をアイコンタクトする。
愛梨は目をキラキラと輝かせながらりさの演奏を見ている。
演奏が終わって。
「どう愛梨お姉ちゃん」
「すごいすごい」
激しく拍手をしながら愛梨が言う。
「・・・」
照れてしまうりさだった。
「もう一回歌って」
「良いよ」
曲をならし演奏するりさ。
原付に跨り、今日も英明塾に向かう。
走行しながら今日こそ自分の素直な気持ちを里中に伝えようと思った。
でも伝えるには勇気がいる。仮に言えなくても昨日『大嫌い』と言ったことに誤解をはらさなくてはならない。そうしないとバンドだって楽しく演奏できない。
そんな思いを胸にりさは冷たい向かい風に逆らうように英明塾に向かう。
到着して時刻は九時を示している。
パソコン室で引きこもりの生徒にメールでエールを送っている豊川とその傍らにいる梓に、『おはよう』と挨拶すると二人は口をそろえて「「おはよう」」と満面な癒しの笑顔で挨拶をする。
塾での生活はそんな挨拶から始まる。
勉強部屋に入ると里中が論文の参考書を眺めながら勉強している。そんな里中に緊張気味にりさは、
「お、お、おはよう里中君」
すると里中は素っ気ない感じでりさを一瞥して「おはようございます」とおざなりに吐き捨てるかのように思えたのでりさはちょっとばかし切なくなる。
りさは席に座り梓に購入してもらった論文の参考書を広げ勉強しようと思うのだが、里中の素っ気ない挨拶が気になり切なくなり勉強に集中できない。しかも里中は同じ部屋にいて近くにいるのでよけい集中できない。
里中の方を気づかれないように一瞥すると里中は勉強に集中しているようだ。
静寂に満ちた勉強部屋に時計の秒針の音が耳につんざくように大きく聞こえる。
とにかくりさは勉強に身が入らない。
心の中でりさは、
『自分の気持ちに素直になって後で里中君にこの思いを伝えなきゃ。自分の気持ちに素直になって後で里中君にこの思いを伝えなきゃ・・・』
自分の真の気持ちを反芻する。
「やってるか?」
と梓が突然勉強部屋に入ってきた。
ぶつぶつ呟いているりさのほうに近づき、
「どれどれ」
りさが書いている用紙を手に取って見て唖然とする梓は。
「りさ」
りさは何やらブツブツと呟いていて梓の呼ぶ声に気づいていない。
「りさ」
再びりさに問いかけ体を揺り動かしながら呼ぶ。
「はい」
とりさはびっくりしてつい素っ頓狂な声を漏らしてしまう。その傍らで勉強している里中はビクッとする。
「何姉さん」
「ちょっと誰もいないゲーム室でちょっと話し合おうよ」
まじめな顔をしている梓を見て、何だろうと思いゲーム室に行く梓の後に続く。
誰もいないゲーム室で突然梓が笑い出す。
「どうしたのりさ?論文にこんなことを書いちゃって」
「論文?」
「ほら」
りさが書いた論文の内容をりさに見せる。
りさはそれを黙読して目を丸くして梓の手元にあった論文を奪い取る。
「キャアアア。何で私こんなこと書いちゃったの?」
「大丈夫だよりさ。私は口が堅いから他言はしないよ」
「他言したら、たとえ姉さんでも殺すからね」
「大丈夫だよ」
気づかぬうちにりさが書いた論文はこんな風に書かれている。
『素直な気持ちになって里中君にこの気持ちを伝えよう・・・・・・・・』
と言う言葉が五回繰り返して綴ってあった。
時計を見ると十時十五分を示している。
午前は論文の勉強で午後はバンドの練習である。
とにかくこの件は置いといて論文に気合いを入れるりさであった。
昼になり五枚の論文を書き上げ、それを梓に見せ、
「うん。いい感じになってきた。この感じで勉強していれば日東駒専は入れるかもしれないね」
「マジで?」
「午後もこんな調子でバンドがんばりましょう」
スタジオにて、一曲演奏してりさが、
「里中君。一番肝心なドラムが安定したリズムになっていない」
「すいません」
「それに麻美、ベースはドラムに合わせないと」
「つーかドラムがあってないんじゃあわせられないよ」
「みゆきちゃんはもっとかわいらしくタンバリンを叩く」
「はーい」
素直なみゆき。
「とにかくみんな後一ヶ月しかないんだからね、昨日里中君に言ったことだけど、楽しく気楽にやるのは良いけど適当にやるなんてことは私が許さないからね」
「まあまあそんなにガッチガッチなこといわないのりさ。それじゃあ気楽に楽しく出来なくなるでしょ」
と梓。
「でも姉さん」
「口答えすると論文のこと言っちゃうよ」
にやにやしてうろんな瞳で訴える梓。
「卑怯だぞ」
大声で言いかけるりさ。
「論文って何のこと」
恵。
「あんたはそんなこと気にしないで良いの」
「友達じゃん。教えてよ」
「だから気にしないで良いの。さてもう一度みんなでリズムを合わせるから、里中君合図お願いね」
「分かりました」
里中がバッチを構えシンバルに演奏の合図を送る。
里中は動揺しているのか肝心のドラムのリズムが安定していない。
演奏が終わり。
「ちょっと里中君。肝心のドラムがそれじゃあみんな合わせられないでしょ。中学校の頃バンド組んでたんでしょ」
りさが里中に説教する。
「すいません」
しょんぼりとする里中。
「とにかく終わったら顔を貸しなさいよね」
そう言ってどさくさに紛れるように昨日の誤解をはらすことと里中に素直な自分の気持ちを後で伝えようと考える作戦に出た。
「何で顔を貸さなきゃいけないんですか?」
反論する里中。
「良いから貸しなさいよ。これはリーダーとしての命令よ」
「リーダーは梓先生でしょ。それに昨日は僕のこと大嫌いと罵って喫茶店を後にしたじゃないですか。はっきり言ってあんなことを言われてショックだったんですよ」
「それは違うの。だから・・・」
「だから何ですか」
二人の口論が止まる。そこで梓が、
「まあまあ二人とも。落ち着きなさい」
そんな二人を宥める。
りさはついには堪えきれず涙をこぼして走ってスタジオを後にする。そんなりさが心配になり、
「ちょっとりさ」
と言ってりさの後を追いかける恵。