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エイプリル

 どこにでもあるような夜の公園のベンチの上で街頭に照らされすすり泣く女の子がいた。

 彼女はこの物語のヒロイン橘りさ十七歳。

 なぜ泣いているのかというと彼女は異性の人に心奪われことごとく破局してしまったのだ。つまり失恋ってことかな。

 まあ失恋は人生の大きな逆境だから涙を流すのは無理もない。りさはこのすでに壊れてしまっている思いを彼に届けたのだが相手にもされずにスルーされてしまったらしい。やるせなく無理もなく仕方がない。そう、この場合仕方がないと言う言葉が適切だが彼女はそんな簡単な言葉でこの激しく燃えるような思いを終わらせたくはないと言うのが本音だ。

 なら私も彼が行く大学に行ってもう一度この思いを伝えたい。

 ちなみに彼が行く大学は付属校で中央大学という一流の大学だ。

 普通この大学を受ける人たちはほとんどの人が有名な進学校卒業した人たちばかりだ。りさのような高校受験の時、どこにも入るところがないので通信制に行き遊びほうけているような人が受けるというのは無謀と言っても過言ではない。

 そんなこと、りさには分かっているが、りさの激しく燃える恋の炎がそんな無謀という言葉を打ちひしいだ。

 りさは泣くのをやめ、立ち上がり自宅に戻った。

 ただいまも言わずにりさは家の中に入る。

 彼女は家族そのものが嫌いだった。それは、

「りっちゃんおきゃえり。愛利ちゃんねえ、今日カレーライスをお母さんと作ったんだよ。味見したんだけど、これがすごくおいしいの」

 りさを出迎えるのは知的障害者の姉の愛梨だった。

「・・・」

 りさはそんな姉と会話もしたくないし、顔も見たくないほど嫌っていた。

「あいりちゃんねえ、りっちゃんがあいりちゃんのこと嫌いでもあいりちゃんはりっちゃんのことラブラブだよ」

 この愛梨の口調を聞いているだけでもワナワナと体中が震え殺意さえも抱いてしまうほどのものだった。

 りさは愛梨をしかとして部屋に戻った。

 机の上に座り、

「とにかく泣いている場合じゃない。私は中央大学に行って再び厚君にこの思いを伝え厚君の心を私色に染めるんだ。そして私をバカにしてきた連中を見返してやるんだ」

 呟くりさ。

 そして勉強を始めるりさ。

 その行為がりさの心を歪ませていた。


 エイプリル。


 あれから三ヶ月、勉強は本当につらいが少しずつ身に付いている。努力は無駄にはならないみたいだ。絶対に中央に行って栄光と名誉をこの手に入れて私をバカにしてきた連中を見返してやる。

 と言う思いで自分自身にやる気を鼓舞する。

 もはや勉強をしていることに夢中で目的であった好きな人など、もうどうでもよくなったみたいだ。

 りさは勉強を中断して図書館から見える桜並木に目を向ける。

 気分転換がてらりさは勉強道具を鞄にしまい図書館をでて桜並木を眺め歩いた。

 今日は丁度新学期の季節だ。道行く人はお喋りをしながら戯れる学生たちが目に留まりりさは嫉妬する。自分がもっと高校受験の時しっかりやっていればそんな暖かい仲間たちが出来たんじゃないかと後悔する。ちなみにりさの通信制高校は顔を合わせる機会がないので仲間たちなんて出来はしない。なので大学に行って良い仲間を手にしてやると思ったのだ。

 日は暮れ町はオレンジ色に染まり、りさは図書館を後にして家に帰る。

 玄関を開けるとそれに反応したのが姉の愛梨だった。

「りっちゃんおきゃえり。くにゅにゅにゅにゅ」

 頬をすり付けスキンシップをしてくる愛梨。

「離せよ」

 と言って思い切り突き飛ばして愛梨は壁に激突して泣いてしまった。

 舌打ちをして面倒なことになったと顔を歪ませる。

 その鳴き声に駆けつけたのが愛梨とりさの母親だった。

「りさ。どうしてそうやって愛梨をいじめるの?」

 りさに説教をする母親。

 うざったそうに顔を歪ませ「いじめてないよ」

「りっちゃんが愛梨ちゃんを突き飛ばしたあああ。あーーーーん」

 知的障害者の愛梨は悲しいことを幼い子供でもめったに見せないような大げさなぐらいに泣く。

「ほら愛梨泣かないの。よしよしお母さんは愛梨のこと大好きだよ」

 安心させるように知的障害者の愛梨に優しく言いかけりさに顔を向け、

「りさ。愛梨に謝りなさい」

「・・・」

 りさはしかとして自分の部屋に戻る。

「りさ!」

 謝れと一喝する母親。

 真っ暗な部屋の中、大声で泣く愛梨の泣き声がかすかだが部屋の中に木霊する。それを聞いていると体が小刻みに震え憤るりさは呟く。

「あんな奴さえいなければ」

 怒りに狂うりさは拳を握りしめ壁に突きつける。そして、

「あんな奴さえいなければ」

 同じ言葉を再び大声で叫び散らし涙まで飾っていた。

 もう何も考えたくないりさはベットの上にうつ伏せになり思い切り目を閉じたのだが、こんな時忌まわしき過去を思い出してしまう。

 小学校の時も中学校の時も知的障害者の姉がいるからと言う理由で彼女は周りからないがしろにされ、いじめられていた。その事を親に相談したのだが愛梨のことで精一杯だったので相手にされなかった。今だにそうだ。一生懸命勉強しているのに愛梨のことで相手にされない。親は知的障害者の愛梨のために家族一丸となってコンビニを経営したのだ。これなら愛梨を働かせ近くでサポートできるからだ。店も繁盛して愛梨は一生懸命に働き成功を成し遂げた。

 りさから見ればそれは羨ましいことだった。その愛情を少しでも自分にくれたっていいのに。だから愛梨がにくい。やるせなくて涙も止まらない。

 気がつけば夜の暗闇の中雨が降り、季節はずれの雷さえ落ちていた。

 りさはペットボトルに水を入れ愛梨の部屋のドアをノックする。

「愛梨、愛梨」

「りっちゃん」

 愛梨はきょとんとする。りさから愛梨に声をかけるなんて珍しかったからだ。

「良いものがあるんだけど、とりあえず中に入って良いかな?」

 最大限の笑顔を取り繕い彼女は何やらやましいことを考えているみたいだが、知的障害を持っている愛梨には分からない。

「りっちゃんが愛梨ちゃんのために笑ってくれた。りっちゃんは愛梨ちゃんのことが嫌いじゃなかったの?」

「私たち姉妹じゃん。そんなことあるはずないじゃん」

「りっちゃん」

 りさに抱きつく。

「よせよ愛梨」

「とにかく中に入ってよ」

 中にはいると部屋中フィギアやら人形、棚にはマンガなどが敷き詰められている。それを見回しりさは、

「すごいフィギアや人形だな」

「みんな愛梨ちゃんのお友達なの」

 誇らしげにそんなことを言いかけるものだからりさは気持ち悪かった。

「愛梨はコンビニの方は順調か?」

「うん。お金もいっぱい貯まった。愛梨ちゃんすごいんだよ。五十万も貯めたんだから」

「へーすごいな。ところで愛梨」

「なあにりっちゃん」

「ここに幸せになれる水があるんだけど」

 ニヤリと笑って何の変哲もないペットボトルに入れた水を愛梨に見せつける。

「幸せになれる水?」

「そうこれを飲むと生涯幸せになれるんだよ」

「エッ本当に?」

 目をきらきらと輝かせ、りさの嘘に食いついてきた愛梨。

「うん」

「じゃあ愛梨ちゃんバカだけど、それを飲めば結婚できる?」

「出来る出来るそれに何でも願いが叶うんだよ」

 愛梨の用件に合うように嘘を付け足す狡いりさ。

「いいなそれ、愛梨ちゃんにくれるの?」

「これは貴重な水だから本来一億はする水なんだけど特別に愛梨には五十万で売ってあげるよ」

「エッいいの?」

 この上ない喜びの仕草を表す愛梨。

「母さんや父さんには内緒だよ」


 五十万入った封筒を眺め、りさは部屋に戻る。

 正直人をだますというのはすごく罪悪感に苛まされる。どうやらりさはそのような罪悪感を感じるのだから心底悪い人間ではないみたいだが、今まで愛梨のおかげでひどい目に遭ってきたのだから五十万なんてやすいものだと思い罪悪感などその思いに打ちひしいでしまった。

 とりあえずお金はいつか自立するために机の金庫の中にしまっておいた。

 次の日日曜日彼女が通う通信制高校の新学期が始まり退屈な教師の代弁に欠伸をしながら参加していたりさだった。

 その後図書館に寄っていつものように猛勉強して家に帰ると言ういつものパターンだった。

 彼女は時々思うときがある。勉強はしているのだけれどもこれが受験につながるのかどうか悩むときがある。

 そういうことでりさは原付でデパートに行き参考書がおかれているところに赴きそこで目に付いた中央大学の赤本に目を通すとチンプンカンプンなのは当たり前。まだ彼女のカリキュラムは中学三年なのだからだ。解けないことに嘆息したって仕方がないと思うりさはもう一度家に戻り勉強を始める。

「もっとがんばらないと中央にはいけないし、このままじゃあみんなにバカにされっぱなしだ。バカにされたままで終わりたくない」

 と自分に鼓舞するのだが彼女の気づかないところで頭は分からない問題ばかりに苦悩してオーバーヒートを起こしている。この場合頭を休めるために気分転換やらするのだが彼女は焦りすぎてそんなことさえも忘れている。

 血迷い彼女はペンで自分の手の甲を突き刺してしまった。

「もっとがんばらないと。もっとがんばらないと」

 何て言っているがりさはもう訳が分からなくなり、涙を流してしまった。

 そんなときであるりさの部屋のドアからノックの音が響いた。

「何よ」

「りさいるのか?」

 父さんの声だった。

 愛梨に面倒かけてコンビニも忙しいのにりさに用があるなんて珍しかった。もしかして昨日の五十万の件なのかと鼓動が激しくなる。

 恐る恐るドアを開きりさは、

「何父さん?」

「話があるんだが良いか?」

 りさは父の背中を見つめながら居間へとついていく。

「りさそこに座りなさい」

 と父は言う。

 りさは言われたとおりソファに座り五十万の件で怒られるのだと覚悟して思い切り目を閉じる。

「りさは母さんに聞いたのだけど、ここ最近受験勉強を始めたそうじゃないか」

 五十万の件じゃないことにホッとして「うん」と答える。

「ほう。で、どこの大学を受けるつもりなんだ?」

 父はタバコをくわえ火をつけようとする。

「中央大学」

 父は驚いて目を丸くしてくわえたタバコをポロリと落とす。

「そんな顔しなくても良いじゃない。無謀なことは分かっているんだから。私何浪してもそこには行くつもりだから」

「まあいいだろう好きにしなさい。それと独学じゃ勉強の仕方も分からないと思うから、お前のためにある塾を見つけたんだが明日父さん休みを取って一緒に行ってあげるから、見学に行かないか?」

 少し悩みとりあえず行くことを決意した。


 次の日。

 父は車にエンジンをかけ、りさはその助手席に座る。

 口をつぐみ流れる町の景色を眺めながら父が進める塾でやっていけるかどうかと言う不安な気持ちを吹き飛ばすように気を引き締めている。

「りさ」

「何父さん?」

「今まで愛梨のことでお前に面倒かけてやれなくてゴメンな」

「・・・」

 りさは口では言わないが『何だよ今更』などと心の中で文句を垂れていた。

「でも解ってくれ。愛梨は知的障害者なんだ。俺や母さんが支えて一人でやっていけるようにしなきゃいけないんだ。お前は自分の道を自分で歩けるだろ。だがあいつはそれが出来ないんだよ。だから・・・」

「もう良いよ」

 と父の言葉を遮った。

「りさ」

「もう良いよ」

 車の中の会話は止まった。

 両親は知的障害者の愛梨のことばかり気にかけたせいで今まで苦しんできたことを思うと腹の底から煮えつくような怒りが爆発しそうになったのだが、りさは父が自分のことに気にかけてくれただけでも嬉しかった。それだけで気持ちは少しだけ愛情に満たされていた。

 到着して閑静な住宅街に父がりさのために探した塾があった。看板にはフリースクール英明塾と書かれている。

「とりあえず見学は自由だって言っていたから」

 呼び鈴を鳴らす父。

「はーい」

 ドアの向こうから中年ぐらいの男性の声がした。

 ドアが開いて、身長百八十センチはあり、ジーパンに白いシャツに丸い形のめがねに頭はボサボサのいかにも浮浪者のようにも思えるような中年の男性が出てきた。

「あのーさきほどそちらに連絡を入れた橘ですけど」

 恐縮そうに父は挨拶をするがりさは男の姿に見るに耐えないものを見るような侮蔑的な感じで目をそらした。

「あーお待ちしておりましたどうぞどうぞ」

 と促す男。

 玄関には三つのドアがあり手前からパソコン室、中央にゲーム室、奥に勉強室とかかれたドアがあった。

 男はとりあえず、りさたちと話をするために勉強室に促され中に入ると、机に座り藍色のワンピースに髪の長い綺麗な女性がハードカバーの小説を読んでいた。

「梓ちゃん。悪いんだけどお客さん来たから席を外してくれないかな?」

「あっ、はい」

 梓と言う女性は立ち上がり、そこでりさと目が合い微笑みをかけてウインクしてパソコン室へとりさの前から去っていった。

 りさは何か不思議な感覚にとらわれ呆気にとらわれてしまった。

 りさは自分の中で時間が止まったかのように立ち尽くしていると。

「おーいりさ何してんだ?」

 父の呼ぶ声に我に返り、

「あっゴメン」

 とりあえず席に座って男から父とりさに名刺を渡し自己紹介と言うところであった。

 名詞を見ると英明塾塾長豊川英治としるされていた。


 本題に入り豊川という男はりさにこんな質問をする。

「りさちゃんはどうして大学に行きたいの?」

 豊川の目をそらしてしまい黙り込んでしまうりさであった。

 まさか自分が今までバカにしてきた連中を見返してやりたいから行きたいなんて言う不純めいたことをさすがに言えない。でもその思いは変わらない。

 そんなりさを目の前にして豊川は語る。

「とにかく行きたいと言うその気持ちは尊重するよ。どんなことでも些細なことから始まることだってあるから、とにかく今日は見学と言うことでここの人たちの生活を拝見してみると良いよ」

「解りました」

 そういうことでりさはここの塾を見学することにした。

 父大介はコンビニの仕事があるからと言ってりさに帰りの電車賃を渡して帰っていった。

 豊川に促されりさはゲーム室に案内され、そこで出会ったのがアキバ系のむさ苦しい服装した三人組だった。

「みんなゲーム中断して注目して」

 豊川の声にアキバ系の三人組はりさに注目した。

「おうエイちゃんどうしたの」

 女の子か男の子か判別のつかない頭にバンダナを巻いた人が言う。

「この男か女か解らない子がごっとまん。実は女の子なんだよ。そしてめがねをかけた子が馬淵君で坊主頭の子が佐久間君」

「俺はこのアキバ三人組のリーダーのごっとまんよろしくな」

 りさに握手を求めるごっとまん。

「よろしく」

 りさは渋々笑顔を取り繕いながら握手した。

「とにかく俺たちは毎日ここでゲームをしているから、ゲームをしたくなったらいつでもここに来てくれ」

 ニヤリと笑って三人はゲームを再会した。

「はい」

 とは言っておいたがこれはりさにとって社交辞令的なものだ。彼女には大学受験が控えているのでそんなことをしている暇などないと思っている。

「さて次行ってみよう」

 と意気揚々に豊川は言ってパソコン室に案内された。

 そこには先ほど勉強室で本を読んでいたところ席を外してくれた綺麗な女性の梓だった。

「あれ梓ちゃんだけ?」

「はいみんなサッカーをしに外に出ましたけど」

「そう」

「その子は?」

 梓は豊川の後ろにいたりさに目を合わせて豊川に尋ねる。

「あっ紹介するね。橘りさちゃん十七歳」

「よろしくねりさちゃん」

 人を癒すような満面な笑顔で言いかけられるものだからりさは照れてしまい目をそらしながら「よろしく」とだけ言っておいた。

「かわいい子ですね」

「うん。かわいいね」

 かわいいなんて言われて内心嬉しく思っているりさだった。

「りさちゃんは今年大学受けるつもりなら梓ちゃんに勉強を教えてもらうと良いよ。彼女ここのスタッフだし、国立行って頭良いんだよ」

 国立と聞いてすごいと思い自分にとってプラスになると考えたりさは、

「じゃあ勉強教えてください。私一生懸命がんばります」

 真摯に訴えかけるりさ。

「今日は私これから用があるから、また明日ね」

「よろしくお願いします」

 とりあえずりさは帰ることにした。


 夜部屋の中で解らない問題に苦戦して頭がオーバーヒートを起こしている。

 そんなときりさはカミソリで自分の手首を軽く引き裂く。すると落ち着いたようだ。彼女は勉強をスムーズにやるために自分自身を傷つけるところまで追いつめてしまった。

 そんなときである。

「りっちゃんいる?」

 りさのドアにノックの音がする。相手は知的障害者の姉愛梨みたいだ。

「なんだよ」

 勉強を邪魔されて不機嫌なりさ。

「入るよりっちゃん」

 ご機嫌の愛梨は満面な笑顔であった。

「なんだよ愛梨」

「ちょっと前に売ってくれた幸せになれる水のおかげで愛梨ちゃん幸せだよ」

「そうかい」

 おざなりにはき捨てる。

 あんなインチキな水のおかげではなく愛梨は楽観的だからいつでも幸せな気分なんだろうと思うりさ。

「りっちゃん偉いね。勉強してんだ」

「勉強の邪魔だから出ていけよ」

「りっちゃん。手首から血が出てるよ」

 目を丸くしながら訴えかける愛梨。

 見られたくないところを指摘されて慌てたりさは近くにあったドライバーを手に取り愛梨を押し倒して顔面にドライバーを向け、

「愛梨。お前なんかがいたから私の人生狂っちまったんだよ。二度と私に干渉してくるなよ。解ったか?」

「愛梨ちゃんはりっちゃんの姉だから。何でそうなったか心配するのは当然だよ。だから・・・」

「殺されたくなかったら、干渉するな」

 おぞましい犯罪者のような目つきで愛梨に言いかける。「うん」

 納得してくれたので愛梨から離れた。

 愛梨は渋々涙を飾りながらりさの部屋から出ていった。

 勉強して中央に入ってみんなを見返してやるんだ。そのためならどんなことをしても良い。

 

 次の日。フリースクール英明塾に赴き勉強室にはいると小説を読んでいる梓の姿があった。

「おはようございます」

「あらりさちゃん。おはよう。今日は勉強を教える約束だったね」

「はい」

「その前にさあ、私ととっておきの場所に行かない?」

 どこか遠くを見るような表情で梓はりさに言った。

「とっておきの場所?」

「そう。とっておきの場所」

「私そんなことをしている暇はないんですが」

「まあ、勉強ならいつだって出来るじゃん」

 と言う梓のセリフに断る理由がなく、その梓が言うとっておきの場所まで行くことにした。

 外に出て梓が原動機バイクのエンジンをかける。

「りさちゃん後ろに乗る?」

「私もバイクですから」

「じゃあツーリング気分で私ととっておきの場所まで行きましょう」

 渋々ながらついていくことにしたりさだった。

 到着して、そこは河川敷で川がまたがり遠くの街の景色が一望でき、気まぐれな風が心地よく吹く場所だった。

「ここがとっておきの場所なんですか?」

「そう。気持ちいいでしょ」

 しばらく二人は風にさらされながら、ベンチに座り遠くの景色を眺めていた。

 りさにとって重要なことを思い出す。

「それより梓さん。勉強は?」

「りさちゃんはどうして大学に行きたいの?」

 長い髪をかきあげ、りさの方を振り向き首を傾け女神様のような笑顔で質問する梓。

「・・・」

 りさは動機が不純しているから言えない。

「ねえ」

 戯れてりさの方に顔を寄せた。

「行きたいから行きたいんですよ。別に理由はないですよ」

「何だろう。りさちゃん見ていると、危なっかしくて気が気でなくなるんだよね。何かサーカスで綱渡りでも見ているように見ていられないような感じがするんだけどね」

「何が危なっかしいんですか?訳が分かりませんよ」

「私は新潟の弥彦と言うところから東京に上京してきたんだけど、そこに私の妹がいてさあ、名前は盟っていうんだけどこれがまた心配で心配で気が気でなくなるんだよね。『姉さんにはもう迷惑はかけられない』って言うから、本当は妹のために新潟の大学受けて新潟にとどまろうとしたんだけど、妹が『東京にあこがれているなら行け』って言うから来たんだよね。でも私は心配なんだよね」

「だったら新潟に帰ればいいじゃないですか。そんなに妹さんのことが心配なら」

「そうもいかないんだ」

 何て感慨深そうに言う梓はドロップ缶を取り出し一つ口に入れもう一つ取り出してりさに渡す。

「ありがとう」

 受け取るりさも口に入れハッカの味を堪能する。

「妹は今高校辞めて私の彼氏が経営するフリースクールに通っているんだけど、大丈夫かな何てやっぱり心配なのかな」

 舌を出しておどける梓。

「彼氏が経営しているところにいるなら、彼氏のこと信じて任せればいいじゃないですか」

「そうだよね。りさちゃんの言うとおりだ。純のことを信じればいいんだ。ちなみに純って言うのは英明塾で学んでその学んだ知識を新潟に持ち帰って・・・」

「もう良いよ」

 梓の言葉を遮ったのが彼氏がいる梓への嫉妬心だった。

「何がいいの?」

「私には誇れるものがない。だから大学に行きたいんですよ。そして私をバカにしてきた連中を見返してすてきな彼氏をゲットしたいんですよ」

「別に大学に行かなくても、もっと自分らしく生きて幸せになればみんなだって見返せるし、すてきな彼氏だって出来るよ」

 人を安心させるような優しい口調でりさに言いかける。

「私がいじめられているのに関わらずに、その私をいじめた奴は片親だからって贔屓して私を蔑ろにした腐った教師はそういったよ。そう言って私を誑かして好感を得ようたってそうはいかないよ。梓さんよお」

 昔のことを思い出してしまい激高するりさ。彼女にこんな辛い過去があったなんて初めて知ったのは梓だけみたいだ。

 辛い過去に酔いしれて涙を流してしまったりさ。

「うんうん」

 にもかかわらず相変わらずに輝かしい笑顔でりさを見つめる梓。

「何笑っているんだよ。そんなに私のたどってきた辛い過去がおかしいかよ。笑いたきゃ笑いなよ。私はみんなにバカにされて生きてきた人間だからよ」

「違うよ。おかしいから笑っているんじゃないよ。嬉しいんだ」

「何が嬉しいんだよ。あんたも私のことをバカにしているんだろ」

 涙を拭いながら梓に訴えかけるりさ。

「だってりさちゃんの涙がみれて私は得しちゃったから、すごく嬉しいんだ」

「・・・」

 涙がみれて嬉しいなんて、言われたこともないし言われたところをドラマでも見たことのない意味心な言葉に返す言葉が見つからないりさだった。

 梓はりさを抱きしめた。

「何するんだよ。離せよ」

 離れようともがくりさ。

「離さない。りさちゃんは今まで人に甘えられなかったんだね。だったら今だけうんと私に甘えると良いよ」

「離してよ」

「離さない」

「離してよ」

「離さない」

 りさは諦めて梓の胸元を濡らした。どうやらりさは両親が姉の知的障害者の愛梨に面倒ばかり見て甘えられなかったことに気がつく。本当は誰かにこの思いを聞いてほしかったんだろう。そして強く抱きしめてほしかったんだろう。だがりさはこの温もりをどこかで味わったことがあったようにも思えるのだが記憶が曖昧なのではっきり思い出すことは出来ない。

 梓はそんなりさに安心して、

「良かった。りさちゃんがこんなにも素直な良い子で」

「私は良い子じゃないですよ」

 梓の胸から離れた。

「すごく素直で良い子だよ。私が請け負ってきた生徒の中で一番良い子だよ」

「そうやって私を誑かしているのかよ」

 ケンカを売るような鋭い視線で梓に訴えかける。

「犯罪を犯す人ってみんな自分を大切にする子じゃなかったんだよね。みんなそうやって人を傷つけることしか自分の存在をアピールできない悲しい人ばかり何だよね。本当は自分の気持ちを打ちあかしたいけど、打ちあかす人がいない。話したいけど解ってくれないので諦めて非行に走って自分の命すらも失ってしまった人たちを私は見てきたんだ。だからりさちゃんを初めて見たとき気が気でなくなったんだよね。りさちゃんは自分を大切にしていないみたいに見えるんだけどどうかな?」

『自分を大切にしていない』と聞かれて勉強のために自分の手首にナイフを切りつけたりしているので梓の言うとおりかもしれないので、

「そうだけど、それが何かあるの?」

「自分を大切にできない人間なんて人を愛せないよ」

「私は大学に行って自分の誇れるものを探したいんだよ。悪いのかよ」

「全然悪くないよ」

 にっこりと笑ってウインクする。

 英明塾への帰り道、中央大学に行くという目的は変わらないけど、梓に甘えられて自分がどうして大学に行きたいのか、それは勉強にとらわれて忘れていた中学校の時に好きになった彼のことだったことを思い出していた。

 梓とりさは英明塾にたどり着き原付から降りて二人は勉強室に入った。

「勉強つき合ってくれるんですよね」

 鞄から勉強道具をだそうとするところ梓は、

「その前に三十分だけ、私の勉強につき合ってくれないかな?」

「はい」

 と承諾するりさ。

 梓は勉強室からでて、一分が経過して戻ってきて、

「これ」

 とりさが使う机の上に四百字詰めの原稿用紙を差しだし、

「これにさあ、どうして大学に行きたいかと言うテーマで書いてみてくれないかな?」

「そんなことをして何の意味があるんですか?」

「とにかく私はりさちゃんのことをもっと知りたいからさあ」

「じゃあ三十分だけですよ。それ以上は時間の無駄ですから」

「ありがとう」

 原稿用紙を前に大学に行きたい理由を書けと言われても戸惑ってしまうりさ。

 その傍らで梓はハードカバーの小説を読んでいる。そんな梓がいる前でりさは思った通りのことを書き原稿用紙にペンを走らせる。

 書く内容は有名な大学に行って自分をバカにしてきた連中を見返すこととか、学祭を楽しんだり、良き友達を作ったり、そしてあこがれのステキな彼氏を見つけ学校生活を楽しみたいと言う気持ちを四百字詰め原稿用紙にまとめて書いた。

 書き終わり小説に夢中の梓に「終わったよ」と言いかけ原稿用紙を渡す。

 梓は受け取りりさが書いた原稿用紙を見つめる。

「うん。ありがと。私の勉強につき合ってくれて。これでりさちゃんのことが知れて私はまた得しちゃったよ」

 涙をみれて得したとか、りさのことが知れて得したとかそんなことを言われて気持ちがこそばゆくなるりさだった。

「じゃありさちゃんは今どんな勉強をしているの?」

「・・・」

 黙り込むりさはおもむろに勉強道具の入った鞄を取り出して恥ずかしそうに中学校レベルの英語の参考書を見せる。

「ふーん。中学校から初めるなんて結構根性があるんだね」

「何が根性ですか?私のことをバカにしているんでしょ」

「いいえ。むしろすごいよ」

「おだてないでください。そんなこと言われると有頂天になって油断してしまいますから」

「どうやら受験の厳しさをりさちゃんは知っているようね。よしとことん勉強につき合ってあげるよ」

 こうしてりさのフリースクール英明塾での本格的な生活が始まったのだった。

 りさは梓との出会いに何か運命的なものを感じている。


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