日本ホムンクルス協会、最高顧問西行氏講演
フラッシュの光が激しい会見場。
多くの記者団が集まる中、かの人は役員に連れられてやってきた。
その人は袈裟を身に囲い背は短め。顔色はすこぶる悪く、紫のような茶色のようなあまり調子よさそうな感じではない。ただ当人としてはあまり関係ないようだ。ひつと咳払いをすると、司会があわてて話し出す。
「はっ、はい。えっと……このたびわが協会の最高顧問におなりになりました西行氏より、お言葉を頂戴いたします。」
再び閃光が辺りを包む。いやいや、かの人に本当に必要なのは線香なのだが、本当に復活してしまったので無用になってしまった。
「う……皆様方。初めまして。」
想像よりか弱い声だったので、思わず記者団から笑いがもれた。だが隣に座る役員らが睨みつけてきたので、ひるんで止めてしまった。
「申し訳ない。声を出すのも久しく……あまり感覚を掴めないでおります。」
会場は静まり返ったまま……かの人は話を続ける。
「申し遅れました。私の本名は佐藤義清と申しまして、一般的に出家後の”西行”という名の方が知られているかなと思います。」
「このたび急なことでありましたがこの”ホムンクルス協会”、ホムンクルスという言葉自体聞きなれないのですが、なんでも人造人間という意味だそうで。その協会の最高顧問になってくれと懇願され、今に至っております。あくまで私はホムンクルスなので”本当の私”というものはあの世にいたままでしょう。なので同じ人間ではありますが、ある意味で”新たに生を受けた人間”と思ってくださればと考えております。」
西行氏はここまで言い切ると激しくせき込み始める。隣の役員はあわてて背中をさすりだす。
「う……まだ完全ではないのでしょう。しかし再び生を受けたのですから、私の役目という物もきっとあるのでしょう。ただ……あなたがたがある程度知っている、或いはすでに知らないかもしれませんが私という人間は不器用……いえ自分でいうのもなんですが、大変めちゃくちゃな人生を歩んだなと思いだされます。」
あれ……少しだけ目がうるうるしているような……。
「そうでしょう。妻と幼い娘を置いて突然出家してしまうのですから……泣き叫ぶわが子、”なぜ、なぜ”とすり寄ってくる妻。私は顔を見たくなかった……いえ、絶対に見てはいけないのです。」
記者団は”ホムンクルスにも涙があるのか”と別の意味で感心している。西行氏は……隣の役員に小声で何かを確認している。のちほど伝わった話では”不敬罪はこの時代にあるか?”と聞いていたようだ。ないということを確かめるなり、西行氏は再び語りだす。
「私は……すべてが嫌になったのです。世の中が嫌だと、一種の破滅願望に襲われたのです。そうです、周りから見たらとりあえずは出世街道を進んでいたし、所領もあれば家庭もある。幸せな家族でしょう。ですが……私という人間は……大変なことをしでかしました。」
なんだなんだと記者団らはメモ書きを手にすぐに書ける体勢を整えた。
「私は……あろうことか、当時の皇后に手をだし……結ばれてしまったのです。もちろんばれたわけではなかった。ひたすら、あの尊いお方をお救いしたかった。それは本当に愛があったかと問われれば、愛だったかはわからない。単なる一方的な情でしかなかったかもしれない。」
「でも、情だけでも、情と情が重なれば愛になるかもしれない。それは偶然にすぎませんが、それを私は望んだし、きっと尊いお方も望んでいたと思う。そう信じたい。結ばれぬものに手を出したところでそれは何も生み出さないが、そこをなんとかしたいと思ってしまった。帝に愛されぬ苦しさ……お飾りとして朽ちていくだけ……。」
ここであろうことか記者団の中から声が上がった。
「それは身勝手過ぎませんか。」
それはどこかの新聞社に入りたての若い女性。いたたまれなくなって口を出してしまった。
「あなたは妻と子がいたと伺っています。ですがあなたは家族がどう思っているかなんて考えずに、あろうことか皇后に手を出してしまった。”チャレンジャー”だということでは許されませんよ。」
この発言に西行氏は声を荒らげ対抗する。
「なにも”チャレンジャー”……、チャレンジャーとは?」
隣の役員に言葉の意味を尋ね、理解するに至る。
「なにも”チャレンジャー”になろうとしたわけではない。一人の武士として御所にお勤めしているうちに……助けて差し上げたくなった。ただただその心ひとつ。」
女性記者は言い返す。
「その時に家族の顔や姿は思い浮かばなかったのですか。」
「いや……言いにくきことであるが。」
西行氏は一つ咳払いをして、一言。
「思い浮かばなかった。」
記者団らに動揺が走る。辺りはどよめき、役員らはあわてて収拾にかかる。
「いや……性行為している最中に思い浮かんだ。そこに至るまでが一生懸命すぎて……思い浮かばないものだなと自分がむなしく想えた。だから家族の顔を見てはいけないような気がして……私は逃げたのだ。すべてを捨てて。」
…………
ある別の記者が発言した。
「しかし、完全に忘れることはできなかった。娘のことが心配でちょくちょく隠れて見にいらしておりますよね。数多くの古文書で記されております。」
西行氏は赤面した。
「加えて申し上げると、娘がいざ嫁ぐときにも婚儀の行列を民草に隠れて見つめていた。その後、主人となった男が横暴な奴だとわかるともう隠れることなく堂々と連れ帰っておられますよね。……この記載は本当ですか?」
「……本当です。」
ホムンクルスにも喜怒哀楽があるものだなと周りの関係者はしきりに感心していた。さらに記者団にとってはまったく変わらぬ人間のように見えている。
ここで空気をぶち壊すかのように例の新人女性記者が発言した。
「だからといって家族を捨てたことに変わりはないでしょう。あなたに責任をとる気はあるのですか。」
西行氏は呆れたように返す。
「責任……もう私以外生きていないのに、どうやって責任をとれと。さきほど役員にも確認をとったが……武士なら平清盛入道ほどであれば墓が残っており遺骸からDNAサンプル?を抽出できる。ホムンクルスを作ることができる。しかしそれより下のクラスになると……墓などもうない。1000年もたっている。こんな中、どう責任をとれと。」
女性記者は言葉に詰まってしまう。西行氏は今度は自分のしてきたことを棚に上げ、さらにはこのようなことまで口走り始める。
「ホムンクルスを作るということであれば、私の尊いお方を復活してくださらんか。御稜というものは残っておるのでしょう。」
役員の方へ顔を向けるが……役員は大変申し訳なさそうに首を振る。
「残念ながら……法律で古墳や御稜などの採掘は禁止されております。唯一歴史的研究の許可が下りれば望みはありますが、これまで宮内庁が許したという先例がございません。」
西行氏は、ありったけの力を込めて手元にある机をたたいた。憤慨し、かといって何者にこの怒りをぶつければいいかわからない。
「ならば私はなぜ再び生を受けた。ホムンクルスとして生きる理由はあるのか。教えてくれよ。」
「まだわからないのですか。」
あろうことか女性記者は西行氏に大声で言い放った。
「あなたは自分勝手な人間です。いえ、すでに人間ですらない。本物でもない。ですが本物だということでお話しします。」
「あなたは感情に流されて生きていただけです。それは動物のそれに近いかもしれません。なるほど歳がいってからは反省したようで、東大寺の大仏殿を復活させるために寄付金集めに残りの生涯をささげたようですね。ですがあなたは最後まで変わらなかった。道行く人が苦しむのを見れば、その寄付金でさえ差し出してしまう。その場の盛り上がった感情だけで生きている。すばらしいといえばすばらしいし、なんといいますか……」
”そんなあなたが、私は好きです”
誰もが彼女を見つめた。
「お坊さんらしいといえばお坊さんらしいし、らしくないといえばらしくない。あなたは愛と情が入り乱れていて、ただそれが変な風に屈折しているだけ。」
彼女は知らないうちに涙一滴、西行氏は大粒の涙をとめどなく流す。人間とホムンクルスは同じ理由で泣けるのだ。
空気が落ち着いた後、別の記者が発言した。
「最高顧問は大変に淋しがり屋だったと伺っております。日本史上初のホムンクルス製作を行ったのもこの理由だそうですね。」
西行氏は目を拭い、できるだけ落ち着いて話そうとする。
「その通りです。いろいろやり方こそ訊いてやってみたが、これまで成功した事例はなかったらしい。それでいざ作ってみると……。」
”みると?”
「人間とはかけ離れた一物ができた。恐ろしくなって……恐ろしゅうて恐ろしゅうて……捨てて逃げた。」
ふと隣に座る役員は、西行氏の姿を改めて見つめなおした。すると感情を高ぶらせすぎたせいで脇腹が普通の人間とは違うように揺れている。服の上からもわかる。そこは心臓があるはずであろう左側。顔色も一時は赤くなったりもしたが、少し黄色がかった日本人の肌色とは違う色が際立ってきたようだ。
そこで役員は司会に目配せをし、司会はそれに応じて口を開いた。
「えっ……最高顧問は大変お疲れの様子なので、当協会の指針等の説明はまた後日にしたいと思われます。お集まりいただいた関係者ならびに記者の方々、このたびはまことにありがとうござました。また再びメールをいたしますので、何卒よろしくお願い申し上げます。」
閉幕。
お盆も近くなり……
僕の先祖と伝えられる”西行法師”をあろうことかおちょくってみた。
子孫がこういうことをしていることに、怒らないでください。