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7_4 ワラの寝床


 深夜の聖都の中央に坐する聖堂騎士団本部、聖天使城。

当直と兵舎の灯りの他に、その中枢部でまだ照明が灯る一室があった。

豪奢な調度品で囲まれた総団長の執務室で、ソファに体を沈めるようにして書類に目を通していた第六大隊の長であるピッコローミニは紙束を彫金が彩るテーブルへと放り投げた。

執務机に座る頑健な体の持ち主……総団長トスカネッリに向けて驚きと呆れが入り混じった声で呟く。



「単独での"エレフン"と"アルド"の往還能力?」

「それ以外"ズムリット"が突如出現した説明がつかん。黒の塔の周辺に張らせておいた網には引っかからなかった。聖都天文台は大騒ぎになったそうだ。今では第三大隊が封鎖して職員を閉じ込めているが」

「気の毒に。仕事していただけなのにな」

「守秘義務誓約書にサインをさせたら解放する。監視はつけるがな」



 肩をすくめたピッコローミニに、トスカネッリは立ち上がって所見を求めた。



「どう思うかね?」

「嫁入り道具にしては大層すぎるな。俺なら娘にはそれより宝石の一つでも持たせてやろうと思うが」

「その通りだ。単独で異なる世界を瞬時に跳躍する能力? 素人が考えても個人兵装にはそんな機能は必要ない」



 ピッコローミニの軽口を受け流して、トスカネッリは壁の一面を占める"アルド"の巨大な世界地図へ向き直った。

 


「先刻ラインホルト猊下の発議で、枢機卿会議が招集された。聖都と近郊に在中の全枢機卿に出席が命じられている」

「へえ。道理で表が騒がしいと思った」

「法王聖下も臨席される」



 流石のピッコローミニもこれには眉を跳ね上げた。

 


「……それは、珍しいな」

「少しは事態の深刻さを理解してくれたようで何よりだ」

「そんなに大げさなものか? これが帝国のいかれた暗殺教団の持ち物だったらそりゃ大問題だが……神造裁定者が与えたもので、使ってるのは我が栄えある聖堂騎士団の一員で、俺の優秀な部下だ。『竜』退治の聖女として認定してやったら? そうすりゃ聖都の大衆も大喜びだ。アンタの株も上がる」

「それでことが済めば楽なのだがね」



 上等な布で織られた大きなマントを翻して、偉丈夫の団長はソファの上にだらしなく座る小男の大隊長へと近づいた。



「これは教義の上で極めて重要な問題だ。別世界の扉を開けるのは神造裁定者のみの権能であるというのが法王庁の教義だからな」

「あいつはその神造裁定者の命令で動いてるはずだが」

「それはいい。だが、一介の騎士が自分の意思で奇跡を起こしたというのが問題なのだ。それも、神々の御使いの威光が及ばないと法王庁が触れ回って来た"エレフン"から」



 奇跡という言葉を聖堂騎士団団長は重々しく使った。

確かに一人の女騎士が独力で異なる世界に突然出現し『飛竜』の群れを殲滅したとなれば、これは奇跡としか表現のしようがない。



「神の手になる神性兵装の機能だとしても、使うのは人間の意思だ。座視すれば二度三度と繰り返されるだろう」

「……」

「奇跡は再現されてはならんのだ。法則が見つかれば、必ず何者かが研究し分析し……自分たちでも模倣しようとする」



 ようやく団長の言わんとすることがピッコローミニにもつかめてきた。

ファム・アル・フートに下された聖務と出立を大々的に宣伝したことを今になって悔いているらしい。

『竜』に襲われた夫を救うために神々から与えられた鎧を使って乙女が奇跡を起こした。いかにも大衆受けしそうな話だ。あっという間に世に広まり……そしてその美談の裏にある真実に賢しい人間の幾人かは気づくだろう。

それまでただの小娘であったファム・アル・フートにできたのだ。神性兵装さえあれば、自分にも神の御業と同じことができるかもしれない。



「神秘が暴かれた奇跡などもう奇跡ではない。単なる現象であり、技術だ。何より今、この世界で法王庁の権威が損なわれたらどうなると思う?」

「……戦国時代に逆戻りか?」

「その通り、50年前に逆行だ。諸侯は喜んで隠し持っている歴史の遺産を持ち出して戦争を始めるぞ。それに匿っている"流亡の民"の知識と技術も加えて大戦渦だ」



 暗澹たる未来を法王庁の最高戦力の統率者は予見してみせた。

ピッコローミニは首を傾げると、極めて明るい口調で言った。



「良い考えを思いついた。まとめて魔女認定して火あぶりにするのはどうだ。全部灰にしちまえば証拠も残らん。鎧の方は海にでも沈めよう」

「名案だな。次の日には法王宮に怒り狂う群衆が殺到して、私もお前も枢機卿団も縛り首だが」

「それで済むかな? バラバラにされて犬に食わされる方かも。あるいは生きたまま酸で溶かされるとか」

「意味のない露悪趣味はやめろ。とにかく、我々には急務がある」



 ようやく本題に入ることができた。ピッコローミニはソファの上に座り直した。



「ファム・アル・フート=バイユートを速やかに確保しろ。どんな手を使ってでも人の目から隠さねばならん。あの娘の存在は今のこの世界にとってとてつもなく危険だ」



 ――――――。



 ミハルの手を引きながら、ファム・アル・フートは何故か誰もいない兵舎を通り抜けて厩へと向かった。



「……もう先刻のように飛ぶことはできませんね?」

<<貴公のバイタルの低下が著しい。当機の使用基準を満たしておらず容認できない。薬理作用の代謝も閾値に迫り危険である>>

「では"黒の塔"に行くしか?」

<<システムを介して"サルヴァダマナ"へアクセスできれば"エレフン"への移動は可能と判断する>>



 土地勘がなくとも地図は"ファイルーズ"がいれば問題ない。聖堂騎士団が派遣した人員がこの城にたどり着いても、まずは状況の把握と生存者の捜索で手間取るはずだ。

もう感覚が麻痺しかけているが尖塔は倒され200を超える『竜』の死体が転がる、控えめに言って地獄の底の光景である。

となれば時間の猶予はまだある。

ファム・アル・フートの気がかりは、自分の体力と少年が乗馬での旅にどこまで耐えられるかの二点だった。



 幸いにも厩は屋根の一部が『飛竜』の肉片で損壊しているだけで、繋がれた馬たちは無事だった。


「うわっ!」


 馬車の馬具を強引に引きちぎって闊歩している馬もいた。慌てる少年を冷静に庇うと、ファム・アル・フートは馬房に並んだ馬を見つくろう。

騒乱でパニックを起こして戸板をむやみやたらに蹴って逃げ出そうとしたり、近づく二人に向かって歯を向けて威嚇するような馬を避けて、なるべく落ち着いていて体躯が大きな馬を選ぶ。



「この子にしましょう」



 やや年かさのようだが体躯も落ち着きも申し分ない鹿毛の一頭を馬房から出すと、馬具をつける。



「あっと」



 二人乗り用の大きな鞍を運ぶとき、女騎士は情けなくもたたらを踏んでしまった。


(一人で馬の用意もできなくなるほど消耗しているのか)


と自分で驚いたところで、少年が慌てて駆け寄ってきて鞍の端を掴んだ。



「あ、ありがとうございます」

「……」



 返事もせず、少年は小さく頬を染めて鞍を引き上げるのを手伝った。



「男の子ですね」

「ケガ人には優しくしろっておじいちゃんに言われた」

「じゃあこれからもたまにはケガをすることにしましょう」

「バカ言え」



 それきり少年は押し黙って、ひたすら女騎士が指示したものを厩舎にあった革袋にしまいこんだ。




 ―――――ー。




 城の跳ね橋を下ろして出発できたのは、もう空が白み始めたころだった。



「わっ、わっ……」

「落ち着いて。大丈夫しっかり鞍を握って。馬は倒れたりしません」


 ぶかぶかの旅用の外套を着たミハルを鞍に乗せるのはちょっとした手間がかかった。馬への恐怖心とアブミの高さから何度やっても自分の力では上がれないのだ。

仕方なくファム・アル・フートがその左膝を抱え上げるようにして補助して、ようやく鞍の上をまたぐことに成功した。



「高っ……!」



 女騎士が一息に鞍の後ろ半分に飛び乗るとき、少年は思わず声を漏らしていた。

分かっていたことだが、完全に初心者の乗り方だ。鞍の上に完全に尻餅をついて、ふらふらと落ち着かなく足をぶらつかせている。

少年の頭越しに前方を確認しながら、これでは先が思いやられるとファム・アル・フートは思った。



「アブミに足をかけて」

「う、うん……」

「なるべくアブミに体重をかけるようにして下さい」


 

 言われて前側のアブミに足を乗せはしたものの、膝を締めることも背筋を伸ばすこともできていない。

仕方あるまい、とファム・アル・フートは手綱を取った。とにかくまずはここを速やかに離れなければ。



 馬首を返して、城門から街道へと速歩で向かわせる。強い上下動が来て、少年はミハルをあげて鞍を握りしめた。



「いきなり走らせないでよ!」

「歩かせてるんです」



 これではギャロップなどさせようものなら卒倒するかもしれない。坂道を下りる途中でミハルが何度も慌てふためくのを見て、ファム・アル・フートは胸中に不安なものを感じざるを得なかった。



 ――――――。



 街道を小一時間ほど進んだ。

二人乗りでは10カル程度しか進んでいない。

訓練された軍馬が追跡に使われているかもしれないと思うとあまりにも頼りないリードだったが、女騎士は小休止を取らざるをえなかった。

鞍の前半分でぎこちなくミハルがふわふわと腰を浮かせ始めたからだ。



「その辺りで休憩しましょう」

「え、でもまだ全然……」

「お尻が痛いんでしょう。分かりますよ」

「……」



 沈黙が答えだった。速歩を続けているのにどっかりと鞍に尻を下ろしたままでは当たり前だった。

無理をしては尻の皮が全部剥けてズボンが血だらけになることもあるというのに、どうして辛いとひとこと言えないのだろう。



「……男の子なんですねぇ」

「なんだよ」



 ほとんど抱きかかえるようにしてむくれるミハルを地面に下ろしながら、女騎士はため息をついた。

地面に下ろした瞬間、少年は伸びをするようにしながら自分の尻を触って顔をしかめる。



 このままでは騎士団に捕まらなくても事故が起きる。手綱を引き寄せて馬を労わりながら、ファム・アル・フートはどこかで思い切って休む必要があることを感じていた。

自分もミハルも丸一晩眠っていない。このままでは危険だ。なるべく目立たないところで休息を取らなくては。




 ――――――。



 なるべく揺れが少ない常足で再び一時間ほど街道を進んで、小さな集落に着いた。

ファム・アル・フートはその中へ馬を進めた。



「どうするの?」

「休みましょう」

「でも誰か追いかけてくるかも」

「貴方も寝ていないでしょう。私もです」



 やや赤くなった目で振り返った少年は少し何か言いたげにしていたが、眠気には逆らえない様子だった。

表通りからは見えない農家を一軒を見つくろって、ファム・アル・フートは馬から降りた。



「私は聖堂騎士団の騎士ファム・アル・フート=バイユートです。 現在機密の護送任務中につき協力を願います。食事としばらく休める場所を提供して頂きたい。ついでに馬に水と飼い葉を」



 不思議そうに農家から出てきた老夫婦に、ファム・アル・フートはかなり図々しい頼み方をした。

一文無しなのにそんな物言いをして大丈夫か、と馬上からミハルは思わずひやひやとしながら見ていた。

が、そんなことにはならなかった。

夫の方はミハルが降りるのを手伝ってくれると馬を共用の水場へと引いていき、老婆は台所で食事の支度を始めた。



「……」

「どうしました?ひょっとしてトラブルになるとでも?」

「うん」

「聖堂騎士団の名前を出せば大抵の信徒は従ってくれます。ご心配なく。あとで彼らが請求し地元の教会が立て替えてくれるはずです。無銭飲食を気に掛ける必要はありませんよ」



 老人が持ってきた帳面に何やらサインしながら、ファム・アル・フートはごく当たり前のように堂々としていた。

ごく自然にカードで決裁するビジネスマンのようで、現金以外で取引などしたことのないミハルからはとても大人びて見えた。



「……」

「どうしました?見直しましたか?良いんですよ、称賛しても!子供のように素直な気持ちを思い出してください!」

「……いや、なんでこんなしっかりしたやつがあっちじゃ勘違いしてゴミ箱漁ってたのかって」

「それは忘れてください」



 ――――――。



 粥とチーズの簡単な食事を供された後で、案内されたのは離れの納屋……というより物置小屋だった。

最初は寝室を使って良いと言われたのだが、家の二階なのを知ったファム・アル・フートは遠慮する程で断った。いざという時に少年を連れて咄嗟に逃げられないからだ。



「なるべく綺麗なところを集めるのです」

「分かった」



 刈り取って乾燥させてから小屋の置かれている大量の干し草を集める。

初めて使う大きな牧畜用の鉄のフォークの重さにちょっと驚きながら、ミハルは部屋の奥に一か所に固めて小山にした。

人ひとりが余裕を持って寝そべることのできる量のワラが積みあがったのをみて、思わず簡単の声をあげてしまう。



「おー……。ワラのベッドだ……!」



 まるで世界名作劇場の光景だ、とミハルは内心ちょっと胸をときめかせた。

自然で素朴で実にファンタジックである。まるで絵本のおとぎ話の中に入ってきたかのようだ。実際問題現実に別の世界に来ているのだが。



「そーれっ」



 ふかふかに見えるワラの山に向かって、近寄ると思い切って両手を広げて飛び込んでみた。

普段のミハルならまず考えられないはしゃぎっぷりだが、徹夜明けでハイになっていたのもあるだろう。



「……」



 が、残酷な現実が少年を待っていた。

弾力ではね返してくるどころか、ワラのベッドは即座に潰れて形を変えて、ミハルは顔からその中に埋まる羽目になった。

干し草の山の中に上半身を埋めたまま身じろぎもしない少年を見て、鎧を脱いで髪を解いていた女騎士がぎょっとする。



「だ、大丈夫ですか、そんなことして!?」

「……全然フワフワしてない。むしろ枝が刺さってチクチクする」

「当たり前ですよ、毛布にくるまって上に寝るんです」



 またひとつ世界の非情さを知って暗い顔をする少年を助け起こしたファム・アル・フートは、両手で大きな毛布を広げた。

 


「でも、余っている毛布はこれ一つしかないそうです」

「……なに?」

「大きな毛布で良かったですね、ミハル」



 頭にヘッドセットを残し例のタンクトップと下着のインナー姿になったファム・アル・フートが干し草のベッドに寝そべる。

その上で半分毛布で包まると、自分の隣のスペースをぽんぽんと手で叩いて見せた。



「さ、いらっしゃいミハル」

「やだよ、恥ずかしい!」



 真っ赤になった少年は声を荒げた。

半裸の女に同じ寝具に誘われているというシチュエーションだけで、少年の純朴な感性は疲労も眠気も忘れて拒否反応を示した。



「もう一枚貸して欲しいですか?ならば自分で家主と交渉してください」

(分かってて言ってるなこいつ……!?)



 自らの優位を確信した笑みを浮かべるファム・アル・フートを見て、ミハルは小鼻をひくつかせる。

意地を張ってその辺の壁にもたれて寝てやろうかとも思ったが、寝床に体を投げだして体重を預けることのできる安らぎは何ものにも代えがたい魅力を備えているように思えた。

諦めてパーカーを脱ぐと、広げられた毛布の上に体を下ろす。せめてもの抵抗、とファム・アル・フートには背中を向けて。



「そうそう。素直が一番ですよ」

「うっさい、ばか」



 目を閉じて体を丸める少年に対して、女騎士は毛布の余りをかけ直して体を近づけてきた。



「ほらほら、ちゃんと毛布をかけて。風邪引いちゃいますよ?」

「やめろ、くっつくなよ」

「初めての同衾がワラの上とは思いませんでした」

「同衾言うな」



 そっけない態度を取るミハルだが、女騎士のかすかな甘い体臭が籠った毛布の匂いにはややもすると脳髄がとろけそうだった。

少し酸味を伴った爽快感のある干し草の匂いとが鼻腔の中で混然となって、意思の力で刻んだ眉間の皺も思わず緩んでしまう。

最初は思ったよりも硬く感じたワラの寝床も、体重に合わせて潰れて形を変えるために低反発素材のように受け止めてくれる安心感を覚える。



 ふう、と小さく吐息を漏らして寝入る前の心地よさをしばらく堪能してから、少しの勇気を消費してミハルは尋ねた。

全く知らない世界に連れてこられて、今度は無一文で放り出されてしまった。しかもどうやら今やお尋ね者になっているらしい。

本当ならもっと不安で一杯のはずなのだが、人間余りにも予想外のことが立て続けに起こると小心者な部分が麻痺してしまうようだ。不思議と落ち着けていた。



「……これからどうなるの?」

「"エレフン"に帰れますよ」

 


 すっと、ミハルの首筋に顔を近づけてファム・アル・フートは言った。



「とにかく貴方の安全と自由を確保して……。おそらくは聖堂騎士団からまた人が送られてくるでしょうから、その時に私が交渉します。どうなるかは分かりませんが、"ファイルーズ"の力は法王庁も把握したはずですから交渉の具として役立つはずです」

「……そうなの?」

「ええ。ご心配なく。貴方は私が守ります、誓いの通りに」

「……」



 それはミハルが聞きたかった答えとは違っていたが、そのことを指摘するのが怖い気がして黙っていた。

ファム・アル・フートの言葉に嘘はない。だが、肝心なことを敢えて黙っているのが伝わってしまったからだ。



「……」



 眠れなかった。体も心も疲れ切っているはずなのに、神経が張りつめていたのが続き過ぎたせいなのか不思議な高揚感が残り火のように消えずになかなか寝入ることができない。



「私が見ていてあげますから、寝ていて良いですよ」



 落ち着かなく身じろぎしていたら、ファム・アル・フートの声がかかってきた。

不思議なもので、そうするとふっと手足がぽかぽかと温かくなってきた。

すうっと全身が弛緩して、あっという間にミハルは寝息を立て始めた。




 ――――――。


 疲労困憊しているのはファム・アル・フートの方も同じだった。

薬理的な作用で無理矢理動かしていると"ファイルーズ"は言っていた。

熱病に冒された後のように内臓が痛めつけられているのが、微かな痛みと自覚症状になって伝わってくる。先刻の粥も鉛のように胃の中で重く残っているのが分かった。流動物を消化する余裕もないほど体は悲鳴を上げている。

感電したダメージもまだ抜けきっていない。特に胸の近くの皮膚はかさかさに乾燥して見たこともない熱傷のような状態になっている。

ミハルの前では必死にこらえていたが、正直両足はよほど気を張りつめていないとすぐに感覚がなくなってしまいそうだ。



 泥のように眠りたい気持ちを堪えながら、ファム・アル・フートは半身になって毛布の上に肘をついた。

側臥する格好で小さく寝息を立ててている少年の、稚気のない寝顔をそっと覗き込む。



「……見ていてあげますからね」



 すぐに霧散するほどの小さな声が唇から漏れた。

耐えきれずにくずおれるように寝入ってしまうまでの数分間、女騎士の翳りを伴った鮮血色の瞳はじっとミハルを捉え続けていた。


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