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6_20 光輪を背負うもの

 それを見た瞬間にミハルは夏祭りの花火を思い出した。

暑気で満ちた夜を活気と閃光で彩る、火薬と化学反応による仇花。

しかし、その二つの円には明確に違う点があった。

鮮烈さでは確かに花火に似ていたが、決して消えることなく空に浮かび続けている。


 おそらくはせせこましい人の思惑でその光を消し去るすることは到底不可能だろう。

悠久の時間に耐えた雄大な自然の営みを目の当たりにしたときのように、不思議な感慨がミハルの胸の内にも灯っていた。




<<MONICHA,リズヴェーリョ章動を観測。神性兵装です>>



 背後から抱きすくめるような形の、シスターオデットの兜から平板な声が聞こえてきた。



「もしかして、アルカイドか?もう来てくれたか!」

<<波紋照合終了。確認しました。"ズムリット"と完全に一致します>>



 救援を知って喜色に沸いたオデットだが、兜の返答は彼女の期待を裏切るものであったらしい。

にわかに声に戸惑いが混じる。



「……聞いたことないぞ。誰だ?まさか、帝国側の?」

<<敵味方識別では法王庁の標準コードを発信しています。が、何故か名称は"ファイルーズ"に改定されています。詳細は不明>>

「……"ファイルーズ"?」


 

 問答の意味は良く分からなかったが、その単語だけはミハルの耳に引っかかってきた。



「……ファムだ」

「え?」



 自分でもおかしなことを言っているとは思ったが、妙に納得できるものが心中に去来していた。

どうせとても現実とは思えないことばかり立て続けに起きている夜なのだ。

今、もう一つくらいおかしなことが、知っている人間の手で起きてもそれだけが不条理だと怒る必要もあるまい。



「ファムが来た」



 少年の言葉を待っていたかのように、夜空を切り裂いて光が奔った。



 ――――――。




「うわわッ!?」



 ファム・アル・フートは、まず足場がないという生理的な恐怖感に戸惑った。

が、浮遊感も落下感も感じないことに徐々に体の硬直を解いた。

むしろ不安どころか、周囲の空気ごとその場で固められたような安定感すらある。



「!? "アルド"?どうして!?」



 赤と青二つの月が織りなす紫の光の夜は、見間違えようもない故郷の空だ。

が、ごつごつとした岩山の稜線とさざ波を立てる湖面は彼女の故郷でも聖都でもない覚えのない地形だった。

距離があり過ぎて茫漠としか分からないが、埃っぽく石くれだらけのように見える地面はどちらかというと"黒の塔"の近くで見たものと似ている気がする。

山や湖畔を上方から眺めて、改めてファム・アル・フートは自分がとても自力では到達できない高さから世界を眺めているのだと気づいた。

鳥の視点とはこういうものかと妙に感心してしまう。



<<先刻のストレムグレン放散は、祝福者のアストロラーベより発せられたものと思われる。湖畔の城郭の近辺にいるものと推測する>>



 聞き慣れた抑揚のない声がすぐ近くから響く。

改めて確認して驚いた。

忠勇たる"ファイルーズ"は、その白い装甲を大きく拡張しまるで印象の違う輪郭へと変貌を遂げていた。



 今まで自分が見慣れていた装甲は幾何学模様によって緻密に分割され、各部位は彫金された獅子のタテガミのように鋭角に張り出している。

その装甲の隙間からは美しく並んだ透明の結晶のようなものがおぼろ気に見えたが、それ自体が輝いていて形は良くつかめなかった。

背後を振り返ると、恐らくは同じく大きく張り出た背中側の装甲の隙間から光の環が大きく二つ描かれている。

それぞれの直径はファム・アル・フートが両手を広げたのと同じくらい。装甲の隙間の結晶から漏れ出る光と同じ色をしていた。



 ファム・アル・フートは"エレフン"出立の前日、初めて"ファイルーズ"をまとうために借りた部屋の壁画のことを思い出した。

あの時フレスコ画に描かれていたのは、確かにこのような光輪を背負って『竜』に立ち向かう天使の姿だった。



 呆然とする女騎士の意識は、姿を変えても相変わらず平板な鎧の声によって現実に引き戻された。



<<警告する。城の付近でイオン収束ビームと思われる高熱源を感知。『飛竜』種由来のものと推測する>>

「竜が!?」



 種としての人類の天敵の名を上げられて、女騎士の表情が緊張によって引き締まった。



「すぐにミハルを助けなければ!」

<<了解。長距離狙撃を実行する>>



 次の瞬間、ファム・アル・フートの右腕は本人の意思に依らず今まで腰当だと思っていたパーツへと伸びていた。

ちょうど五本指が納まる取っ手を握りしめるのに合わせて、ロックが外される感触と共に腰当は大きく伸張し、本来の姿を取り戻していた。




 ――――――。



 『飛竜』は突然夜空に出現した二つの光輪に向かって敏感に反応した。

大きく翼をはためかせると、体の方向をその場で変更する。巨体に似合わぬハチドリを思わせる軽やかな方向転換とホバリングだ。

そして乱杭歯が生えた口先を一段と大きく開き、電化していた口中の重イオンを解放した。

正負の方向へ直進する過密な重粒子が、死の光となって夜空を焼いた。

一瞬だけ遅れて、雷雲が轟くのに似た音が城の黒い城壁を震わせた。ビームの通り道となった空気が瞬間的に加熱され巨大に膨張したのだ。



 必殺の死の咆哮は、正確に目標へと向かい翠色をした双輪へと食らいついた。

結果に満足したのか地獄の炎の赤で縁どられた『飛竜』の両目が細まる。

仮に『飛竜』に意識があるのなら、幸福の中にあったことだろう。

続く刹那。『飛竜』自らが発したイオン粒子を辿るようにして、逆方向から正確に同じ射線を爆発的な熱量の奔流がトレースしてきた。

3万ケルビンに達する超高密度の光子の照射によって、『飛竜』の上半身は羽ばたく姿勢のまま瞬時に気化していた。




 ――――――。



<<逆光子散乱熱的放射が的中。目標の沈黙を確認した>>



 ファム・アル・フートは唖然としながら、自分が構えた腰当……もとい平たい金属の武器が爆発的な光を放って何かを撃ち落としたらしいことを必死に反芻した。

取手の逆側にある穴は、思いもしなかったが銃口だったらしい。どこが照準器でどこが薬室なのかは外観からは全く分からないが。


 というより一瞬のこと過ぎて、何が起こったのかも判然とはしなかった。

何か光の束のようなものが自分に向かってきたらしいことは分かるが、"ファイルーズ"に言われるまま取手の引き金を引いた瞬間逆に自らが手にした腰当から膨大な光の放射が起きた。

雷光や太陽の光とは桁が一つ違う、伸ばせば手で触れそうなくらいの光の量だった。

寸前にこれまた鎧の各部位と同じく大きく拡張したヘッドセットから透明なバイザーのようなものが降りてこなかったら、おそらくは失明していたことだろう。




「な、なんですか今のは!」

<<電子加速による光子の放射を0.2秒実行した>>

「は、はぁ?」


 

 おそらくは神代の聖句なのだろうが……相変わらずさっぱり分からない。

理解を諦めて大きく深呼吸したファム・アル・フートは、大事なことに気付いた。



「! ミハルは!?今ので巻き添えを食ったりはしていないでしょうね!?」

<<城壁には被害が及ばないよう出力を調整した。問題はない>>




 ――――――。



「……あのバカ!ちゃんと加減しろ!!」



 じんじんと痛む耳を両手で抑えながら、ミハルは石畳に向けて女騎士に対する怒りをぶちまけた。



 『飛竜』の口が光り出し天守の上を明るく照らして、突然の轟音が全身を震わせて思わず顔をそむけたのもつかの間。

空中のある一点に向かう光が目の端に見えたと思ったら、それに数倍する太さの極光が押し寄せてきた。

すぐさまオデットが石畳の上に少年を押し倒し、臥せさせてくれなかったら目か耳に深刻な障害でも残ったかもしれない。

鼓膜が破れなかったのが正直不思議なくらいだ。



 ぱらぱらという小石を放り投げるような音とともに、黒く炭化した肉の欠片が無数に城壁の上に降ってきていた。

哀れな『飛竜』の末路だ。頭もろとも翼を失った下半身は落下し、中庭で慌てふためく仲間を数匹巻き添えにしながら墜落していた。



「何なんだ一体!?」



 グレートヘルムをぱしぱしと叩いているオデットも、恨み言を言わずにはいられない様子だった。



「もー……あのバカは!バカなんだから!バカなんだからもう!」

「本当だよ全く!」



 仲良く陰口を叩きながら、なんとか少年と修道女はお互いの体の無事を確かめ合った。



「とにかく、これで助かっ……」



 ため息とともに宙を見上げたオデットの言葉は尻切れに終わった。



<<MONICHA,警告!イオン濃度の上昇、止まりません!>>



 "ザルカーン"に言われるまでもなかった。

城の上空に、先刻と同じく空気の歪みが出来ていた。

巨大な水玉が浮かび上がったような、或いは円状の摺りガラスの板を通したように向こう側の夜空が歪んでいる。

それも一つや二つではない。

まるで透明な花火で大会が行われでもいるかのように、10を超える巨大な『飛竜』の通り道が二人の頭上に現出しようとしていた。



 ――――――。



<<騎士ファム・アル・フートに警告する。城の上空でイオン濃度の更なる上昇を感知した。更なる敵増援と推測>>

「増援?数は!?」

<<重複があるものと追われるが最低で14>>



 思わずファム・アル・フートは唾液を飲み下していた。

それだけの『飛竜』が乱れ飛べば、小国でも数日で滅び去ることだろう。一匹でも人口密集地に逃がせば、どれほどの被害をもたらすか分かったものではない。



そして、決断も瞬時に済ませた。



「全てここで倒します!」



 明澄な声で鎧へ向けて断じる。

彼女の知る常識では能力も威力も計り知れない未知の鎧へ向けた、一片の遠慮も畏怖も混じらない指示だった。



<<了解。緊急量子化転送を行う>>

「何ですか、それは!?」

<<"サルヴァダマナ"のメインフレームにアクセスし、観測中の当機と貴公の情報を余剰平面上に複写及び転送する>>

「?!?!!? ……分かりません!私にも分かるように言って下さい!」

<<……>>



 ほんの一拍、忠実な鎧は葛藤とためらい混じりの沈黙を挟んだ。



<<…………つまり、その、神の奇跡である>>

「了解しました!!」


 

 女騎士は即答した。


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