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6_17 戦棍


 扉をぶち破って現れた闖入者の頭は、四角い分厚い金属のドーム状をした兜ですっぽりと覆われていた。

監視所の燭台の光を受けて、装甲が折り重なって複雑な幾何学模様を描くそのグレートヘルムが鈍く輝いる。

同じく幾何学模様を描く手甲は肘までを頑丈に固めていて、体を覆う鎧よりもひと周り大きく作られていた。

そのアンバランスさのために御伽話に出てくる小人か妖精が肩を突っ張って立っているような、ややユーモラスな印象を与える輪郭をしている。



 が、その手にしているのは細工仕事のための可愛らしい小道具ではなく、大振りの戦棍だった。

鎧の上から装甲ごと中身の肉体を抉り、潰し、撲殺するための純粋なる質量兵器である。

手にしているそれは、機能部である先端が四方へと張り出したいわゆる出縁型と呼ばれる形をしていた。手甲と同じ意匠で、やはり複雑な形に金属板同士が幾何学模様を描いている。



 呆気に取られる少年と注射針を手にした"エカント"それから固まったままの黒服たちを、頭部全てを隠す兜越しに鋭い目がねめつけた。



「――――――――ッ!」



 ベッドに押さえつけられ薬物を射たれようとしている少年を見て、瞬時に状況を把握したらしい。

戦棍を握り直す手甲に力が込められた。




「――――――ボウヤ以外は全員敵だ!"ザルカーン"!」

<<Sic,MONACHA>>



 見た目の剣呑さとは打って変わって、甲高い女の声が響き渡る。

平板な音声がそれに応え、瞬時に手甲と戦紺が形を変えた。


 手甲の積み重なった装甲が大きく広がり、戦棍の機能部が攻撃的に張り出す。

その隙間からは、内部から光を放つ奇妙な結晶のような構造物がうかがえた。



「オデットさん!?」

「……まあ待ちたまえ、シスター・オデット」



 絶句する室内の男たちの中で、偶然にもミハルと"エカント"が同時に闖入者の正体に気付いた。

少年は、先刻の浴場までとは打って変わって狂猛な殺気を放つ修道女の名を驚きと共に叫ぶ。

"エカント"は注射器を少年の首筋から引き寄せると、なだめるように肩をすくめてその名を呼んだ。



 そのどちらも修道女の次の行動を制する作用は果たさなかった。

手甲とは異なる材質で作られた鎧の上から羽織った上衣であるサーコートを翻し、オデットが躍りかかる。

その裾には、かつて彼女が在していた修道協会の正式名称である『神造裁定者と復活教会の貧しき戦友たち』の聖句が染め抜かれていた。



「我々は貴女と敵対するつもりは……おいおい」



 相変わらず落ち着いた優しい口調で説得しようとした"エカント"が鉄仮面越しに見たものは、自分の頭に振り下ろされようとする戦棍の先端部だった。

踏み込みによって扉と寝台までの距離を一瞬でゼロにして、梃子の原理と重力の加速度を味方につけた重量級の一撃が"エカント"の鉄仮面に直撃した。



「――――――ッ!」



 金属がひしゃげ、骨が潰れる嫌な音がミハルの耳朶を打つ。

その嫌さ加減に思わず寝台に頭を伏せてしまった。



 頭ごと胴体にめり込まずに済んだのは奇跡だったかもしれない。かろうじて五体を保ったまま壁に打ち付けられた"エカント"は、ふらふらとその場でたたらを踏んだ。

オデットは振り下ろした戦槌を片手に、足元もおぼつかない男へ向けて肩から猛烈なタックルを見舞った。

空いた方の手で腰を絡め取るような形のタックルは、薄目を開けたミハルからはアメフトのプレイシーンのように見えた。

ただしもつれあったその体同士が向かう先は芝のフィールドではなく、開け放たれたままの大きな塔の窓だ。



 一片の慈悲も容赦も加えず、腕で絡め取った腰ごとその体を修道女は窓から放り捨てた。



「ちょっ」



 断末魔にしてはささやかすぎる驚嘆の声だけ残して、"エカント"の体が塔の外側へ投げ出される。

間を置かず重力の見えない手による拘引が始まり、男は20メートル下方に存在する地面へと向けて落下していった。



「――――――ッ!?」



 それを合図にしたかのように、少年の体を拘束する姿勢のまま硬直していた男たちが弾かれたように動き始めた。

誰が命じるまでもなく、慌てて鞘走らせようと腰の直剣へと手を伸ばす。



 が、室内で剣を手に戦うには彼らは密集しすぎていた。

鞘同士がぶつかり合い、抜き放たれる前に柄が同僚の体によって塞がれる。

そのうちの一人など慌てて無理な抜き方をしたせいで、左方にいた仲間の袖を斬りつけてしまったほどだ。



 その一瞬の混乱が致命的な隙となった。


 窓から放り捨てた男のことなど一瞥もせず、次に狙いを定めたオデットが猛進する。

その一撃が横なぎに払われ、剣を抜こうとしていた黒服の一人が『く』の字に体を折り曲げて石床の上へ転がった。



 反動で振りかぶって、戦槌のもう一撃が横にいた男に向けて振るわれる。

剣で防御しようとしたその刀身と腕ごとを砕きながら、修道女は仲間と同じ運命に哀れな男を送り込んだ。



 残りの四人は、辛うじて恐怖と焦りを制御して鞘から得物を抜き打つことに成功した。



「わわっ!?」



 払われた剣が鼻先をかすめそうになって、慌ててミハルはまた寝台へと顔を埋めなければならなかった。



 じりじりと対峙するとか、にらみ合うといったつもりはオデットには全く無かった。

再び横なぎに超重量級の一撃が振るわれる。

芋虫のように床の上でぴくぴくと痙攣する先の二人の失敗を見ていたのだろう。狙われた黒服は落ち着いて、とっさに戦棍の間合いの及ばない後方へと下がろうとした。



 そしてたまたまそこにいた仲間とぶつかり合い、つんのめった。続いて振るわれた無慈悲な戦棍が二人をまとめて撥ね飛ばす。



「―――、――――!―――ッ!」

「えっ、嘘!?」


 不利を悟ったのか、残った黒服の一人が寝台の上で縮こまっているミハルへ剣先を向けた。

人質に取ろうというのだ。生まれて初めて本物の刃物を向けられる恐怖に、ミハルの手足がこちこちに固まった。



「――――――、ゴボッ!」



 なおも何かを喋ろうとした男の喉首に、神速で突き入れられた戦棍の先端がめり込んでいた。

糸を切られた操り人形のように膝から寝台にくず折れる。



「うわっ!もう!」


 

 口から血泡を吹きながら倒れ込んできた男を、ミハルはベッドから転がり落ちるようにして咄嗟によけた。



 最後の一人は、それまでの男たちとは異なり冷静に剣を構えた。

左右のどちらの攻撃にも対応できるよう八双に構え、ぴんと背筋を伸ばしたまま適度に脱力し次の行動に備えていた。

剣技においては仲間たちの誰よりも自信があるのだろう。

瞬く間に5人を打ちのめした修道女に恐慌をきたすでもなく驕慢に舐めてかかるでもなく、修道女の力任せの一撃の隙をつこうと待ち構えている。



 オデットはその男に向けて、振りかぶった戦棍をそのまま放り投げた。

うなりを挙げて猛烈な勢いで投擲された戦棍を受けることも避けることもできず、恐ろしく原始的なやり方で放たれた一撃を頭に受けて男はそのまま昏倒した。



<<脅威は排除されました、MONACHA>>



 流石に肩で息をしながら戦棍を拾いに歩く修道女へ向けて、平板な声が言わずもがななことを口にした。



「……あの、オデットさん?」


 寝台の側から立ち上がりながら、ミハルはおずおずとその背中に声をかけた。

石床の上には、負傷の苦痛と敗北の屈辱にうめく男たちが転がっている。踏まないように気をつけながら、ミハルは不安に思いながらオデットに近寄る。




「……」



 修道女はバケツに似た形をした兜を脱いだところだった。押し込まれた亜麻色の髪が広がり、サーコートの肩を毛先で払う。

やおら少年の方へと向き直ったオデットは、鉄靴で石床を踏みしめながら近寄った。

思わず身をすくめたミハルの細い身体を、空いた片手で思い切り抱き寄せた。



「わわっ!?」

「ごめん、ごめんね……!」


 

 サーコートのごわごわとした布地に鼻先を押し当てられながら、ミハルは耳元で囁かれる謝罪の声を聞いた。



「ごめんね、怖かったね。もう絶対に一人にしないから……」

「……」


 

 声には心からの真摯さと安堵があった。

およそ任務や同情心だけでは説明のつかない深刻さだ。ひょっとして、今のミハルが置かれていた状況と彼女の過去とに何か重ね合わさるものがあったのかもしれない。



「よく窓を開けさせることができたね」

「えっ?」

「悲鳴の振りして大声を出してアタシを呼んだんでしょう。あの声でこの塔にいるのが分かったんだ。よく気付いたね、偉いよ」

「え、えぇ……」



 本当は窓を開けたのは"エカント"が勝手にしたことで、ミハル自身は間近に迫る注射器にパニックになって大声を出していただけなのだが、今更そのことを指摘するのも気恥ずかしくてミハルは黙ったままにしておいた。



 とにもかくにもこれで助かった。

安堵のため息をつくと同時に、自分があと一歩でとんでもない目に遭っていたことへの恐慌が今更ながらに押し寄せてきた。

もう少しで廃人になるか、死んでいたとしても全くおかしくなかったのだ。心からの震えがミハルの背筋を這い上がった。

荒いサーコートの布地と堅い鎧越しでも、こうなるとオデットの抱擁がひどく頼もしくありがたく思える。

ミハルはしばらくそのままの姿勢で甘えさせてもらうことにした。



「大丈夫だからね……」

「……うん」

「――――――絶対、何があってもアタシが助けてあげる」



 が、これは少々やり過ぎだ。オデットの腕にはミハルが思う以上の力が込められていた。

声は再び力強く決意と気力が籠り、まるでこれから死地に向かう自分を鼓舞するかのような悲愴さだった。



「もう助かったんじゃ……?」



 修道女の誤謬を指摘しようとしたとき、ミハルは自分の方が状況認識を間違えていることに気付いた。



 オデットの肩越しに、大きく開かれた塔の窓から外の景色が見えていた。

赤いごつごつした月が中空に浮かぶ、その下方の岩山の稜線から裾野の湖畔にかけて。



 無数の巨大な何かが動いていた。



 全体が茫漠とし過ぎていて認識できないが、とにかく数が多いということにまず生理的な恐怖が押し寄せてくる。

イベント会場で巨大な人混みなら見たことがある。

渋滞で数えきれないくらいの車列をヘリコプターから空撮したVTRも見覚えがある。

それらとは全く違う、初めて見る無数の生物的な要素が重なり合い、その輪郭の一つ一つを形作って巨大な総和としていることに目を見張った。


 うごめき。

ぶつかり。

ひしめき合いながら。


 土煙を上げて一斉にこの城へ向かって押し寄せてくるのが、紫色の明るい月光の下ではっきりと見て取れた。




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