6_14 生体計測
――――――。
城の防御施設というものは、平時には無用の長物と化していることがほとんどである。
例えば城壁に沿って作られたノコギリ状の石積である狭間。戦時には射手が身を隠す頼もしい盾だが、平時では城の外見にアクセントを加えるに過ぎない。
例えば空堀。平時では単なる城の入り口を制限するか、巨大な排水溝の役割を果たすに過ぎない。
その城塔もそれらと同じ、有事の時のみに備えて作られた防御施設であった。
この城の場合は城主の公邸と政庁を兼ねる居館と、番兵たちのための兵舎以外はほとんど人の行き来というものがないようだった。
もともとは遠方から襲来する敵を見張るための見張り塔だったはずが、もはや外敵の襲来など考えられなくなって久しいのだろう。ろくに整備も巡回もされてはいなかった。
地上10メートル以上の高さに開いた穴ひとつに木製の梯子で出入りするという外敵の侵入を防ぐための構造の不便さもあって、今ではたまに事件を起こして捕まる犯罪者用の牢獄か、頑丈すぎる穀物庫として利用されていた。
その尖塔の頂上……城が攻められた時の監視台兼籠城の時の最後の砦……に安川ミハルはいた。
彼本人の意思ではないのは、その様子を見れば明らかだった。
後ろ手に手枷をつけられ、足首は頑丈な麻縄で互いに縛り付けられている。
かつては見張り所兼監視に立つ兵士の詰め所だったであろう部屋。ホコリが積もった石床の上に、両膝を投げだすようにしてひざまずかされていた。
並びの良い歯に割り込むようにして、その口中には一本の棒が差し込まれている。
「――――――っ!」
粘膜を凌辱された少年が眉を苦悶の形に寄せるが、棒のもう一方を握る黒色の籠手にはそのことに斟酌するつもりはないようだ。棒の先端で咥内を乱暴に掻きまわす。
「――――――エホッ!」
ようやく棒が引き抜かれた。先端に巻き付けられた脱脂綿から唇にかけて、透明な唾液が糸を引いて垂れる。
棒を受け取った黒装束の騎士の一人が、乾燥を防ぐためか念入りに棒の周りを油紙で包んでから革袋の中に入れ込んだ。
「……何なんだよ、アンタら!さっきからさ!?」
むせんで苦しんでいた少年が、きっと六人の黒装束を睨みつける。
が、半裸に服を剥かれ両手足を縛られたままでは、本人が期待するほどの威圧感は発揮できそうにはなかった。むしろ白く抜けるような肌と薄い肉付きとのギャップに嗜虐の妙味を見出すかもしれない。
どちらにしろ、黒服の騎士たちが何か感じ入るところがあるのかどうかはその顔を覆う分厚い鉄仮面によって判然とはしなかった。
そのうちの一人が黙って綿布を両手に近寄ってくる。
「やめ―――――――、ン――――――ッ!!」
後ろから回された布を口に咥え込まされようとしたのに対して、ミハルは口を閉じて抵抗しようとする。
が、無駄な努力だった。もう一人が金属で覆われた籠手で強引にその顎をこじ上けると、さっと丸めた綿布を口中に突っ込まれる。
そのままもう一枚の綿布で口を覆えば、即席の猿グツワの出来上がりだ。
あっという間にミハルは『話す』という手段を奪われた。
口中のごわごわとする布を吐き出そうと頑張っても、唾液が吸い取られるだけで違和感の塊は全く場所を譲ろうとしない。
そうこうしているうちに、三人目が頭に手を伸ばしてくる。
今度は何をされるのかと、少年は体を硬くした。
「……?」
籠手の手が赤茶けた髪の毛を握ってくる。
二、三度引っ張ると、すぐに手を戻して指の間に残る抜け落ちた髪の毛をつまみ始めた。
そのまま同じように油紙で包むと、大事そうに革袋の中に押し込んだ。
(……何をしてるんだろう?)
顔中に疑問符を貼りつけた少年を無視して、六人の黒づくめの騎士たちは淡々と自分たちの作業に没入しているようだった。
そのうちの一人がついと進み出ると、手枷の拘束を外してきた。
「?」
自由になれるのかと一瞬期待するが、むんずと手首を握られる痛みに甘い考えは打ち砕かれた。
うめいている間に、薄いインクのようなものを指先に押しつけられる。
いつの間にか近寄って来たもう一人が、さっと羊皮紙に少年の指先を丁寧に押し当てていった。
白い紙に残るのは、当然指先の指紋だ。ご丁寧なことに両指全ての指紋を採取して、何事か書き記し始める。
再び手かせをはめられながら、ミハルは困惑した。
まるでこれでは……捜査組織のDNAと指紋鑑定の準備ではないか。
この部屋に連れてこられてから30分ほど経つだろうか。
担ぎ込まれて最初にされたのは、力づくで服を奪われることだった。パーカーもシャツもハーフパンツも奪われ、辛うじて下着だけが腰に残っている。
浴場からの帰り道で囲まれた時、慌ててポケットの守り刀に手を伸ばしたのがいけなかった。さっと伸びてきた籠手にすぐさま手首を捻り上げられて、そのまま取り落としてしまった。
鎧姿の六人の屈強な男におもちゃのような刃物がどこまで脅威なのか怪しいものだが、抵抗の意思ありとみなされてしまったらしい。その場で手足を拘束されると、本当に荷物のようにこの塔まで担ぎあげられてしまった。
埃っぽい部屋は別に男たちが用意していたという訳でもないようで、堅い寝台や椅子は埃が白く積もっていた。
その上に放り出され服を奪われる。
他に武器になるものを隠し持っていないか厳重に調べられた。
といっても手持ちのものはあとは祖母の形見の壊れた銀時計だけで、黒服の騎士も小さく首を傾げて服と一緒にまとめて置いてそれ以上興味を示そうとはしなかった。
まず手足の拘束を厳重にされた。嫌がって抵抗しても、ただでさえ発育の悪い体が六人がかりの力に抗しうるはずもない。注射を嫌がる小児科の子供のように無理矢理に望む通りの姿勢を取らされた。
「……えぇっ?」
これから何をされるのかとびくびくしていると、男たちが巻き尺やら虫メガネやら取り出し始めたのでミハルは思わず間の抜けた声を出してしまった。
そのまま、全身をつぶさに計測され観察される。
何の意味があるのかは分からないが、男たちはミハルの体を部位ごとに末端までの長さを計り、黒子やアザの位置を確かめ、ひとつひとつを記録係が分厚い羊皮紙のノートに書き記しだした。
どうやら彼らなりの基準があり、計測点ごとの数字を測定しているらしいことは互いに声に出して確認しあっていることから察せられた。喋っている意味は相変わらず全く分からなかったが、なんとなく掛け合いが道端で見かける測量技師同士の連絡と似ている気がした。
腕や指の骨の長さや、耳や鼻の形、皮膚や髪の色まで念入りに調べ終えた男たちは、今度は良く分からない計測器具を取り出し始めた。
手始めに取り出されたのが最初の綿棒である。唾液か口の中の皮膚か……とにかく体組織を取ろうとしているらしい。髪の毛や指紋もも取られたところを見るとほぼ間違いあるまい。
(……何をしようとしてるんだろ?)
まさかこのいわゆるファンタジーな騎士道が跋扈する異世界にDNA鑑定を行うような技術や知識があるとは思えなかったが、男たちがしているのは明らかに自分の体のサンプリングだった。
(何のために?)
意図は分かっても、そんなことをして何の意味があるのかは分からない。彼らが言う"エレフン"の人間が自分たちと同じ人間であることを確かめようとでもいうのだろうか?
(……小刀落としてきちゃったな)
ファム・アル・フートから借りっぱなしになっていたものだ。自警団ごっとをすると聞かされたときはまさか使う機会があるとは思っていなかったが、やはり身を守る役には立たなかった。
(あとで拾って返さなきゃ……)
一族の女子が親から与えられる大切な守り刀だと言っていた。思い入れのあるものなのだろう。借りた以上は責任というものを果たさなければいけない。
(……)
どうして自分は、半裸に剥かれ縄で縛られ猿グツワを噛まされてまでしているのにこの場にいない女騎士の心配をしているのだろうか。
自分自身の脈絡のなさに呆れてしまう。或いは今日が初体験のことが多過ぎて感覚が麻痺しているのだろうか?人を気遣う余裕なぞ今は全くないだろうに。
(……アイツがこの場にいたら、この連中を止めたかな)
シスター・オデットがこの黒服の騎士たちと同じ考えで動いているのかは分からない。
修道女本人はこの連中の態度に怒っていたようだが、組織の命令とあらば黙って看過せざるをえないこともあるだろう。
ファム・アル・フートならどうだろうか。
あの不器用でくそ真面目な女が腹芸を使うというのは考えにくいが、命令と言われれば従うかもしれない。
そもそも自分のところにやってきたのだって、結婚すると言い出したのだって、本人の自発的な意思では決してないのだ。
『聖務だから』『神々の意思だから』と何度聞かされてきたことか。アイツだって組織の命令で動いてきたのだ。
この連中と何が違う?
「…………」
初めて噛まされる猿グツワの痛みのせいだろうか。目の端で視界がぼやけた。
涙がにじんだらしい。が、それを拭うことも今のミハルには自分の意思ではできない。
自分の内面に没入していたところで、黒服の一人が革袋から何かを取り出そうとしているのが見えた。
それが何かを認識した瞬間、ミハルの意識は急速に現実に引き戻される。
嫌な汗が背筋を流れ落ちる。全身の毛穴がぶわっと広がったような気さえした。
(……嘘だろ、おい)
ミハルは思わず目を見張った。
黒服の騎士が取り出したのは、ご丁寧にミリリットル単位の目盛りまでついた透明なシリンダー型の注射針だった。




