1_7 隔てなき友差し向かいて
「オデットですか?今開けます」
ファム・アル・フートは寝入りかけていた体を慌てて起こし、扉に近寄って錠前を外した。
「よっ」
シンプルな部屋着に着替え、洗い髪にしたオデットが入ってきた。
「な、なんですかオデット」
「今日も朝から晩までずっとスケジュールでぎゅうぎゅう詰めだろ?そろそろ愚痴が溜まってるんじゃないかってね。
……なんで身構えるのさ?」
思わず目の端で部屋の片隅に立てかけた大剣の位置を確認した女騎士に、修道女は不思議そうな視線を向けた。
「グラスある?明日に響くといけないから、軽く一杯やろうよ」
そう言ってオデットは持参したワインのボトルを軽く傾けてみせる。
「す、少しだけですよ……」
「あー、そっちじゃなくてさ。こっちでやろうよ」
ファム・アル・フートが部屋に備えられたグラスをテーブルに置こうとしたのを、オデットはベッドに腰を下ろしながら制止した。
それを見た女騎士が眉を潜める。
「行儀悪です」
「いいじゃんいいじゃん。アルカイドとさ、三人でこっそり飲んでたころはいっつも寝台で飲んでたろ」
「あの頃は宿舎も間借りで大変でした」
「懐かしい。二段ベッドの上で飲み会したねえ。アンタは大して飲めないのに飲みたがってさ」
「訂正を求めます。飲まされていたんです」
言いながらも、オデットの隣に座った女騎士は素直に手の中のグラスにワインを受けた。
普段酒をたしなまない彼女だが、オデットが持ち込んだ甘口のワインはすんなりと喉を通っていった。
「入団してきた頃はアンタくそ生意気でさあ。周りから浮いてて心配で心配で」
「そんなことはなかったでしょう。オデットの方が口酸っぱく叱られていたくらいではないですか」
「あれから何年経ったっけ?7年くらい?」
「……いろいろと変わりました」
「我らが第六大隊も曲りなりに自前の建物持ってさ。
アンタは正騎士に叙任して。アルカイドは今や偉くなっちゃって。今度はアンタが結婚相手探しに"エレフン"なんて異世界に行くと来たもんだ」
普段の快活な物言いは鳴りを潜め、珍しくオデットが湿っぽい喋り方をした。
「もしかして寂しいんですか、オデット」
「……ちょっとね。でも、それよりアンタが心配」
「心配?心外です。私は立派に聖務を果たしてみせます」
「うーん……そういうところがね」
不満そうに眉を潜めた女騎士の髪を、修道女の指が撫でた。
「真面目過ぎてさ。直情径行というか、周りが見えなくなるというか。いつかポキっと折れそうで、見てる方は心配なの」
「そんなことはありません。私はちゃんと柔軟な思考ができますし、周囲への配慮へも行えているつもりです」
「本当?」
「本当ですとも。ちゃんと領地の父にも手紙で連絡しました。
『異世界である"エレフン"に赴いて神に選ばれた方と結婚することになりましたが、心配しないように』と」
「……」
オデットは何か言いたそうにしたが、結局言葉にはせずに空になった自らのグラスにボトルからワインを注いだ。
「あと聞いときたかったんだけどさぁ」
「何です?」
「アンタの好みの男ってどんなタイプ?」
ファム・アル・フートは眉を潜めた。
普段から口さがないオデットだが、ここまで露骨に男女の話を向けてくるのは流石に初めてだった」
「今日は酔いが回るのが早いですね。オデット」
「えー、いいじゃん。聞かせてよ」
「私は自分の情愛や、家の都合などという小さなものためではなく、信徒としての義務を果たすために結婚相手を探しに行くのです」
「まあまあ。そう固いこと言わずに。『あえて言えば』ってあるじゃない?」
やんわりと断ったつもりだが、ずいと身を乗り出してオデットは食いついてきた。
親友にこんなしつこい面があったかと少し驚きながら、ファム・アル・フートは話に少しくらいなら付き合っても良い気になった。
酒の力の他に、ここ数日の激務と行事の疲れでハイになりかけていたというのもある。
「まず、年上なのは絶対ですね」
「ほぅ」
「できたら騎士か、でなければ軍人が望ましいですが、職業は問わないことにしましょう」
「続けて」
「もちろん私より背が高い方でなければ嫌です。体型は太っていても構いませんが、頑健なのが望ましいですね」
「マッチョじゃないとダメ?」
「当たり前でしょう。貧相だったら強い子が産めないではないですか」
何故か二人は、測ったように同じタイミングで大笑いを始めた。
「だよなー。アンタの年だったら、もう一人や二人子供がいてもおかしくねーもん」
「家を継ぐ、強くて真面目で礼儀正しい男子を産むのも私の役目ですから。全く、やることが多くて大変ですよ」
「んでんで?年上でガタイの良い男だったらなんでも良い訳?性格とかは?」
「特に構いません。神造裁定者がお定めになった相手が野卑だったり粗暴な悪辣な性格の持ち主なはずがないでしょうから。ただ……」
「ただ?」
「ヒゲは生えているか、できたら生やして頂きたいですね」
「あー、ヒゲ!ヒゲは大事な!」
オデットが手を打って賛同する。
「私はちゃんと手入れされたヒゲの方が好きです」
「分かるわー。勘違いした田舎騎士とかたまに見るけどさ、本当酷いよ。ボサボサで。●●●の毛かっての」
聖職者にあるまじき卑猥な語が飛び出してきたが、ファム・アル・フートは煽った酒が喉を焼く感覚に夢中になって聞き流した。
「アンタどんなヒゲが好き?」
「最近はやりの短いのは駄目ですね!やはりちゃんとした男は長く美しいヒゲを伸ばしていなければ」
「顎ヒゲを?」
「顎ヒゲと口ヒゲと……できたら頬ヒゲも!」
また同じタイミングで二人は爆笑し始めた。
オデットは夜着からむき出しになった太腿を自らパチパチと叩き始めたが、眼をとろんとさせたファム・アル・フートは咎めようともしない。
しばらく黄色い声で、二人はバカな会話を続けながらワインボトルの残りをどんどん減らし続けた。
「疲れてない?こんな風にいきなり客寄せにされてさ。毎日おっさんやお偉方と握手と会食ばっかでしょ?」
「疲れてなどいられません。法王庁の活動を周知するのも所属する騎士の役目ですから」
「おー、優等生」
「そうです。ドレスにも少しは慣れました。ミサだろうと舞踏会だろうとどんとこいですよ」
大分酒が回り始めたのか、頬を赤らめた女騎士は背中からベッドに倒れ込んだ。
「人気者も板についてきた感じ?」
「……注目されるのが嬉しくないと言えば嘘になりますね」
「苦労したもんね、今まで」
寝そべったまま、女騎士はグラスに底に残った液体をちびちびと口元に運んだ。
「……でも、ちょっと複雑です」
「ん?」
「私、本当は騎士として神々の役に立ちたかったんです。たくさん竜を討って、戦争で活躍して、神の剣として名声を得たかったんです。
こんな形で、敵と戦うのではなく結婚することで称賛されたくはなかったですね……」
「私は嬉しいよ」
「え?」
オデットが再び片手を伸ばして、僚友の金色の髪を撫でた。
「こういう聖務なら死ぬ心配ないだろ?いくら異邦人しかいない"エレフン"でも、多分竜退治や戦場ほどは危険じゃないだろうからさ」
「……」
ファム・アル・フートは、オデットの出身の修道会のことを思い出した。
彼女の所属していた聖救済修道会は、東方の植民領のため東方の帝国と戦い続けている筋金入の武装修道会である。
聖堂騎士団に転属する数年前まで、オデットはその最前線にいたと人づてに聞いたことがある。
オデットが自分からその頃のことを語ったことは一度もない。その意味をファム・アル・フートはなんとなく察していた。
……しばらく、酒の熱が肌から放散されるような心地良い沈黙が部屋を満たした。
ボトルの残った最後の滴を飲み干したオデットが、意を決したように少し語気を強める。
「……あのさあ、ファム・アル・フート。前から言おうと思ってたんだけど。聖務から帰ってきたら……」
返事はない。
振り返ると、ベッドの上で女騎士は静かに目を瞑っていた。
小さな寝息に合わせて、豊かな胸が微妙に上下を繰り返している。
オデットは、少し安心したように頬を緩めると、女騎士の傍らに転がったグラスに手を伸ばした。
肩まで毛布をかけてやった後で、ふたつのグラスと酒瓶を持ってそっとベッドを立つ。
「……お休み。明日も早いぞ。ぐっすり寝なよ」
明かりを落とした修道女は、そう言って音を立てないようにドアを閉めた。




