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6_6 ”アルド”流お風呂の入り方



「本当は体洗ってから湯船に浸かるのがマナーなんだぞ」



 言いながらオデットは、ざぶんと湯を揺らしながらミハルの隣に入ってきた。



 (……なんで俺、今日会ったばっかの女の人と一緒に風呂入ってんだろ?)



 今日一日の間に色々とあり過ぎてキャパシティーをオーバーしかけていたミハルの精神だが、今度という今度は刺激が強過ぎて頭がくらくらとした。単にお湯でのぼせただけかもしれないが。



「何照れてんのさ。せっかく裸の付き合いしてるんだから、もっと心も体も開放的にならなきゃ」

「ちょ、近っ……」

「あはは、初心なんだ」



 じっと揺れるお湯の波紋を見てなんとか落ち着け用としたミハルに、獲物をいたぶる猫科動物そっくりの目をしたオデットがわざとらしく体を近づけてくる。



「じゃ、体洗ってあげるよ。こっちの風呂の入り方講座ってことでひとつ」

「えっ?」



 さも良いアイディアを思いついた、と言わんばかりにとんでもないことを言い出した。



「ほれほれ。苦しゅうない」


 

 いきなり浴槽の中で立ち上がられたので、ミハルは慌てて首が痛くなるくらいの勢いで女体から視線を背けなければならなかった。



「なーに恥ずかしがってんの。子供のくせにいっちょ前に」

「待っ、やめて!一人で洗え……!」

「大人の言うことは素直に聞いて、見聞を広める機会を大事にしないとダメだぞ!」



 浴槽の上に上がると、オデットは腕を引っ張ってミハルも湯から上げようしてくる。



「やめ、本当に、ダメ―――ッ!」

「あははは、大丈夫だって気にしなくて。男の子のなんかアタシ弟ので見慣れて……」



 じたばたと抵抗しても無駄だった。

脇の下に手を差し入れられて、隠すことも向きを変えることもできず湯船の上に引き上げられてしまう。



「ほーらご開帳」

「や―――っ!?」



 お湯という最後の防壁から引きずり出されたミハルの裸身を、オデットがにやにやとしながら上半身から観察する。



「何さ綺麗な体してるじゃ……えっ」



 やや間を置いて、股間の辺りまで視線が及んだところでミハルにとっては非常に残酷で痛ましい沈黙が挟まれた。



「……こりゃまあ、ツルツルで可愛らしい」

「―――――――ッッッ!」


 とどめが来た。




「もー、そんなに落ち込まなくても良いじゃん」


 少年の頭を洗いながら、ふさぎ込む様子に流石にオデットはバツが悪そうにした。

 浴室中央の高くなった石段に座らされたミハルは、この世の終わりのように落ち込んでいた。



(……自分は異世界の女の人に股間を見られる呪いでもかかっているのだろうか)



などと真剣に悩んでいたところで、オデットが手桶を使ってざぶんと頭にお湯をかけてくる。液状の油だか石鹼だかを付けて手早く洗った髪をすすいでくれているのだ。


「大丈夫だって、すぐ大人になって生えてくるから。……たぶん」

「キィ――――ッ!?」

「ごめんごめん。背中洗ってあげるから、機嫌直して」



 綺麗に泡を洗い落としたところで、オデットが例の金属のヘラを取り出した。



「何なんです、それ」

「これ?これはこうやって垢落とすの」



 背中に回ったオデットが、せっせとヘラを使って少年の背中を擦り始める。


「ひっ」


 バネの利いた金属に皮膚を撫でられるというなかなか体験することのない感触に、ミハルは思わず声を挙げた。



「やっ、そこ……!あっ……」

「あらあら良い感度」



 背骨から始まって肩甲骨から首筋に回るヘラの感触に、ミハルは体をくねらせてよけようとする。が、オデットは面白がるようにますます小刻みにヘラを動かして垢を擦ってきた。



「痛い?」

「痛いというか、こそばゆくて……」

「じゃ、手で洗ったげるよ」

「えっ?」



 言うが早いか、オデットは手の中で石鹼をコねて手早く泡を作ると、少年の背中にべったりとすりつける。

それだけなら良いのだが、どういうつもりなのか脇だの肋骨だの敏感な部分を狙ってこしょこしょと小刻みに撫でて洗い始めた。



「ちょ、くすぐったっ……!」

「こぉら。逃げるな。ちゃんと綺麗にしとかないとベッドで女の子に嫌われちゃうぞー?」

「そんなこと言われたって……!」



 わきわきと第一関節からバラバラに不気味に動く両手から逃れようとしたものの、泡で滑ってミハルは石台の上に体を投げだすような恰好になった。



「あら、かわいいお尻」

「キャ―――っ!?」



 腰骨から尻の割れ目までを撫であげられて、ミハルはまな板の上の魚のようにばたばたと手足を振り回して暴れた。



「前は!前は自分で洗うから!」

「あら残念」



 これ以上されてはたまらないと距離を置く。何故かオデットは残念げに指から泡を振るい落とした。



「な、なんでじろじろ見てるの?」

「んー?もしかして元気になっちゃったかなって」

(中身はスケベなおっさんだこの人!?)



 こそこそと両膝を閉じてなんとか体を隠しながら、ミハルは体をひと通り洗い終える。

するとオデットがすぐ隣に座り直してきて、ミハルは警戒して自分の身体を両腕で軽く抱くようにした。



「……?」

「……5年後くらいになるのかな」


 相変わらずあけっぴろげに石台の上に両足を組んで座りながらも、先刻までのおちゃらけた空気とは別種の親しみのこもった光がその目には宿っている。

その体を見ないようにと視線を逸らしたミハルの頭を、修道女が軽く小突いてきた。



「何が?」

「その頃には坊やももっと体が立派になってさ、風采も上がってヒゲも生えて。子供だっていたりするのかなって」

「こ、子供……?」



 突然そんなことを言われても自分が父親になる未来など想像することさえできず、ミハルは目を白黒させた。



「男の子が大きくなるのなんかすぐだって。もうすぐお婿さんになるのに、いちいち驚いてちゃ身が持たないぞ」

「……」


 

 オデットの声に、今まで向けられたことのない感情の片鱗が混じっているような気がして、ミハルは少し戸惑った。

少年に兄弟姉妹がいればその正体にすぐに気づいただろうが、一人っ子のミハルにとってはなんだか慣れない座りの悪い思いを唐突にさせられているような気がした。



「……ファム・アル・フートはさ、頑固で人の話を聞かなくて四角四面で扱いにくいやつだけど。愛情深いし意外と世話好きだし、良いお母さんになれると思うんだ」


 

 言いながらオデットの手が、べったりと額に貼りついたミハルの前髪をかき上げてくる。



「坊やが幸せにしてあげてね」

「……」



 それは例えようもない優しさと真剣さがこもった静かな懇願で、ミハルの心の奥底にある原感情のようなものを揺さぶるのには十分な力があった。

ただ少年には即座に約束するような覚悟も受け流す器用さも未だ備わってはいないので、身に負うには大きすぎる荷物を示されたようなざらざらとした重苦しさに顔を背けてしまった。

 


 ただ何も応じられずそうしているのがオデットに対して申し訳ない気がした。黙って浴室を出ることにする。



「どこ行くの」


 と、思い切り腕を引かれて制止された。



「えっ」

「ちゃんとお湯に浸かって温まってから行きなさい。ほら、おいで」

「!?!?」



 引きずられるようにして浴槽に放り込まれる。

一緒にお湯に入ったオデットが後ろから密着して両肩を押さえつけてきた。

背中から首筋にかけて感じる二つの柔らかい感触に、少年はどう反応すれば良いのか分からず顔中の筋肉をぐにゃぐにゃと動かして狼狽した。



「百数えるまで上がっちゃ駄目だからね。いーち、にー、さーん……」

「……!?」





 ―――結局その後手足の爪を切られ、カミソリで眉の形を整えられ、何故か整体まがいのマッサージで体中の筋肉をぐりぐりともみほぐされるまで、ミハルは風呂から解放されないのであった。

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