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6_4 晩餐


「あの人たちついてくるんですか?」

「ほっといて良いよ。部屋には入れさせないから」


 

 心配したミハルに向かって不機嫌気に言い切ると、シスター・オデットは客間の扉の前でしっしっと小さく手を振った。

黒づくめの鉄仮面が小さくたじろいで、それでも廊下の端に立って歩哨のように待つ姿勢に入ったのを確認してから、オデットはミハルに部屋の中に入るよう促してきた。



 部屋はミハルの私室よりもずっと広くて、蛍光灯の照明の代わりに燭台とランプの灯りが灯されていた。

大きな天蓋付きのベッドというのをミハルは映画以外で初めて目にして、そんなものが現実にあることに驚いた。……ここが現実といっていいのかどうかはともかくとして。



ー―――――バンッ!


 ミハルが客間に入ってから、オデットがわざと大きく音を立てて扉を閉める。そのまますぐさま鍵をかけてしまった。



「何なのあの連中……!坊やにはアタシがついてるから充分でしょ、ここまでやる?フツー!!」



 大声で毒づくのを見てあたふたとするミハルに、オデットはひらひらと手を振ってみせた。



「良いの良いの。聞こえるように言ってんだから」


 ミハルの方に向き直ったオデットは両の手のひらを打ち合わせると、深々と頭を下げた。

 


「ほんっとごめん!!」

「えっ……」

「うちの大隊の人間だったらこんなことさせないんだけど、あいつら指揮系統が違うもんだからアタシの指示受けつけないの」

「はぁ……」

「聖都についたらアタシからピッコローミニの旦那にかけあって上に動いてもらってやめさせるから……しばらく我慢して」



 ということは、目的地に着くまではずっとあの連中を引き連れて歩くという訳か。

うんざりするミハルだったが、しきりに頭を下げるオデットを見ては何も言えなかった。少なくとも、あの黒づくめたちの不躾な態度にはこのシスターも腹に据えかねてはいるようだし。



「やなこと忘れて、美味しいもん食べよう!用意するから座ってて!」


 

 オデットがテーブルの上の花瓶やら置物やらを片付けるのを、ミハルはソファに座って待った。

……一人で静かにしていると、一度は忘れかけていた不安が再びまた心の中で水かさをあげてきた。

おそるおそるオデットに尋ねてみる。



「……これからどうなるんですか?」

「んー?」



 机の上にあった燭台をテーブルに動かしていたオデットは、ミハルの危惧には気付かない様子で明るい声のまま答えてきた。



「しばらく馬車と船を乗り継いで聖都に行って、すぐに法王聖下と面会して……。もしかしたら神造裁定者ともお会いすることになるかも。あとは記念行事で大変だよー、今のうちから体力つけとかなくちゃ」

「き、記念行事?」

「そ。馬車でも言ったけど、坊やは大事な大事なお客さんだからねー。見つけ出したファム・アル・フートもだけど、坊やたちの結婚は私たちの世界じゃ一大事件なの。皆ほっとかないよ」


 

 そう言われても、ミハルの方に実感が湧くはずもなかった。

女騎士が押しかけてきたことすら現実味が乏しかったのに、今度はいきなり違う世界に連れてこられて大事なお客様呼ばわりされても喜びようもない。



「そうじゃなくて……」


 とはいっても圧倒的に立場が弱いのは自分の方だ。

オデットたちはやろうと思えばいくらでも実力を行使できる立場にある。突っ込んだ話をするのは恐ろしい気がしたが、今尋ねないで今後きっかけをつかめないままずるずると機会を失うのはもっと恐ろしい気がした。 



「……うちに帰してもらえるんですか?」



 数瞬の沈黙が、ミハルにはひどく長く感じられた。


「拉致って無理矢理連れてくるような真似して、悪いとは思ってるよ」


 オデットはテーブルクロスから手を離すと、向き直って正面から真面目な声で言った。

 

「別に取って食べようってわけじゃないんだ。私たちはね、みんな神造裁定者のことが大好きなんだ。何せ神様の御使いが現実にいる訳だからね」

「……」

「だから、神造裁定者から選ばれた坊やのことをみんな知りたいし、お近づきになりたいと思ってるんだよ」



 修道女はケーブを揺らめかせ歩み寄ると、ソファのミハルの横に座った。

先刻までのおちゃらけた態度とは打って変わって、真摯なまなざしを口調で続けてくる。


「それから、坊やにも私たちのことを良く知ってもらいたいんだ。やり方は強引かもしれないけど、坊やにひどいことするつもりなんか全然ない。それだけは信じて」

「……」



 オデットが手を握ってきた。

柔らかな手のひらからは、確かに悪意や害意とは無縁の真剣さが伝わってくる。

ただ、何かどこか大事なものをはぐらかされたような気がして、そのことがミハルの表情を曇らせた。


 

 それを見て、パッとオデットの表情が再び弾けるように明るくなる。


「あはは、まー、すぐに慣れるって!人気者もそう悪いもんじゃないよ。しばらく豪華な旅行だと思って満喫してくれてたら良いだけだから!」

「あの……、それと。ファムはどこに……」

「ファム・アル・フート?あの子はちょっと遅れてくるって」


 

 何気なく答えてから、修道女の唇が意地悪く吊り上がった。



「……なになに?花嫁のことが気になる?1秒だって離れてたくないって?」

「そ、そんなんじゃ……!」

「やー、もー!かーわーいーいー!」



 ぐいっとオデットが体を押し付けてきて、その柔らかい感触にミハルは泡を食った。


「ファムとは全然そういうんじゃ……!」

「ファム?えー、もう『僕だけの名前で呼ばせて』って?ナマイキだぞー子供のくせにー!」


 ぎゅっと抱き寄せられて、酸欠の金魚のようにぱくぱくとミハルは口を開閉させた。



「……それで、ファム・アル・フートとはどこまで進んだの?」

「どこまでって……?」

「やー、もー!アタシに言わせる気ー?あの子ちゃんと教えた通りにできた?痛くないようにしてあげられた?」

「だから何をー!?」


 

 オデットの中の良くないものを目覚めさせてしまったことに気付いたミハルはじたばたと手足を振って逃れようとするが、もう遅かった。


「何って……ナニに決まってるでしょ。あの子の性格からして一緒に住んでて何も手出ししないとは考えにくいし」

「それはその通りなんですけど……でも違っ!」


 女騎士からほとんど裸の恰好で迫られたことを今更ながらに思い出し、そりゃ客観的に見ればそうだよなあとミハルは内心でため息をついた。



「あの子が一体どんな風に男と寝たのか気になるのよ」

「うわっ、真顔」

「どんな風にしたのかお姉さんにちょっと実演してみなさい。ほら、ちょうどベッドもあることだし」

「助けて―!おまわりさーん!!」



 じりじりと寝台まで連れていかれそうになったところで、コンコンとドアを叩く音が聞こえてきた。

 

 

「おっ、来た来た」


 ぱっと少年を放り出して、オデットがドアを開ける。やや緊張した面持ちで侍従がカートに料理を乗せて運び入れて来た。



「ごくろうさん。後は私がやるから良いよ」


 

 湯気が立つスープ鍋や積み重なった皿を確かめてから、オデットはテーブルに手早く料理と食器を配置し始めた。



「さ、食べよっか」



 言うが早いか、オデットは湯気の立つ鍋から中身をボウルによそいで手渡してくる。


 

「はい、どうぞ」

「どうも……」


 見た目は少し違うが、いつもファム・アル・フートが作っている芋粥と同じ料理らしい。

フォークひとすくい分口に入れてみる。

……なんだか食感はざらざらしているし、少し青臭い気がした。

 

(ファムが作ったやつの方が美味しい……)


 材料の差なのかそれとも慣れたものの方を美味と感じるのかは分からないが、少し不満に思いながらも久方ぶりのちゃんとした料理をがつがつと匙を動かした。

 


「やっぱりこの辺はちょっと味薄いね。塩が貴重なせいかな?」

「そうなんですか?」

「そうそう。スープもちゃんと出汁取らないと」



 オデットの方はというと、料理人の腕を品定めするように一口一口味わっているようだ。



(そういえばこの人お祈りしてないよな……)

「さて、お肉切り分けよっか。アバラ肉とは良いところにありつけたね」



 普段食事のたび厳格に祈りを捧げる同居人のことを思い出したミハルの視線を無視して、オデットはテーブルの真ん中に鎮座する肉の塊に取り掛かった。

ナイフとフォークを使って器用に骨と筋をより分けると、ピンク色にじっくりと火の通された肉をさらに乗せて勧めてくる。


「さ、食べて食べて。冷めないうちに」

「ど、どうも……」


 宴会用の料理だけあって見た目重視で細かい味付けまで気が回っていないようだ。香草と香辛料が山と振りかけられただけの肉の塊に歯を立てる。



 「……」



 見た目通りよく言えば野趣溢れる、悪くいえば肉と脂の臭みを強引に香草でごまかした味がした。


 

「……聖都についたらこんな田舎の祝宴よりもっとすごい大宴会だからね。食べたいものあれば何でも言って!」



 あまり食が進んでいないことに気付いたオデットが、自分の皿の上の肉を切り分けながら誤魔化すように言った。



「お祝い事だし、牛の丸焼きは外せないでしょ?それから、コウノトリにウツボに……。エスカルゴとヤマネも用意させなきゃ。そうそう、ウナギもたっぷり太ったやつを集めて養殖池に入れさせないとかないね、新婚さんだし!」

「……」



 牛肉とウナギはともかくとして、つらつらと続く珍味の数々……オデットは少なくともそのつもりらしい……の味が想像できず、ミハルは思わず眉をしかめた。



「クジャクの舌でも、ラクダのカカトでも、お金に糸目つけずに用意するよ!」

「それ食べられるんですか!?」

「たぶん。アタシも食べたことないけど……」

「……美味しいんです?」

「さぁ……?」



 ……。



 空腹は最大の調味料とはよく言ったもので、結局肉はきれいに平らげてしまった。


「ごちそうさまぁ。二人で結構食べたね」



 骨に残った肉まで前歯でこそぎおとして食べていたオデットが、ようやく満足そうに息をついた。



「……」


 

 ミハルは名前も知らない色の濃くて中途半端に甘くて酸味のある皮の分厚い果物を口に入れながら、更に残った肉の脂までパンに浸して綺麗に胃に収めるオデットの健啖ぶりに呆れていた。


 それでも体は正直なもので、満腹まで胃を満たしたときの静かな充実感と幸福感がミハルの中を満たしていた。



「腹ごしらえも済んだし、今日はこのまま休む支度しよう」

「はい」


 オデットの言う通り、一日馬車にゆられた体には疲労が筋肉の奥まで沈着しているようだった。

空腹は満たされたことだし、とにかく横になって休みたい。出来たらその前にさっぱりと汗と埃を洗い流したいところだが……。



「じゃ、お風呂に入ろっか」

「はい」


 

 なんてこと考えているうちにオデットが勧めてきたので、渡りに船と条件反射的についうなずいてしまう。



「――――――えっ?」



 自分のケープに手をかけだしたオデットを見て、ミハルは自分の迂闊さを呪った。

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