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5_5 おさかな追跡


 ……その後も人通りが多いあたりをうろつきまわったが、不審者なぞ影も形もなかった。

平和な日曜日の光景が広がっているだけだ。

うんざりして、とうとうミハルは隣を歩くファム・アル・フートに言った。



「……それでどーすんだよ。不審者が見つかる気配なんて微塵もないけど」

「ふむ。誤算でした」

「誤算?」


 

 女騎士のやることに計算づくの行動なぞあったのか、と新鮮な軽い驚きをミハルは感じた。



「貴方のような宗教的に重要な権力者の身内の美少年が外に出ているとすれば、欲情に塗れた不審者は目の色を変えて襲い掛かってくると見て街を練り歩いていたのですが……」

「俺は釣りの餌か」



 何やら聞き捨てならない、褒めてるのか褒めていないのか分からない修辞語はもう面倒くさいので聞き流すことにした少年である。 



「釣りですか。良い例えですね」

「え?」

「ミハル。魚には二種類いるのを知ってますか?」



 芝居がかった動作で女騎士が指を二本立てる。

身の回りの人々が普段するような中指とひとさし指を伸ばすのではなく、自然に親指とひとさし指をの方を伸ばしたのを見てミハルはこういうところは外国人なのだと妙に感心した。



「回遊魚と根魚です」

「どう違うんだ?」

「回遊魚は広い水域を泳ぎ回って餌を探しますが、根魚は基本隠れ家や身を潜められる場所から動かず待ち伏せして獲物を捕まえます」



 今回の不審者は後者の根魚かもしれない、ということを言いたいらしい。



「それで?」

「不審者はその日の縄張りを決めて近づいてくる相手を待ち伏せて見定めているのかもしれません」

「こっちから探しに行こうと?」



 意外と論理的な物言いをされて、ミハルは(頭悪いのか良いのか良く分からないやつだな……)とこっそり心中で毒を吐いた。



「今日のような休日に、貴方くらいの年かさの子供が行きそうなところはどこです?」

「子供ってい言い切りやがったな……」

「?それが何か?」

「……いや、良いよ別に」

「?」



 ミハルはぷいと顔を背けた。

微かに傷ついた自尊心を覆い隠すように、考えるふりをする。

……が、いわゆる『イケている』グループに所属しているわけでもなければ積極的に友人と遊んで回るタイプでもないので、市内で学生が多いスポットと言われてもすぐには思いつかなかった。



「……学校とか」

「学校はお休みでは?」

「そうだけど、部活やら委員会やらで結構生徒が来るんだよ」


 土守高校は体育会系、文科系問わずクラブ活動が活発である。

校風というほど厳密なものではないが、そういう「おもしろいこと」が好きな生徒が何故か集まるのだ。ミハルのように不活発な方がむしろ少数派なのである。



 ごまかし半分で上げてみたが、ファム・アル・フートは納得してうなずいた。



「では早速参りましょうか。貴方の学校で良いですね?」

「えっ」

「えって、貴方が提案したことでしょう?」

「……」



 休日とはいえ、自分から女騎士を学校に近づける愚を犯したことに今更少年は気づいた。



 

 ――――――。



 結局ファム・アル・フートに引きずられるようにして、ミハルは土守高校近くまで来てしまった。



「ちょっと見ただけで帰るからな!」

「何故です?」

「アンタが学校に近づくとやばいんだよ」

「だから何故です?」



 本当に分からないのか、と少年が眉を歪めて大きく声を出そうとした時。



「…………」

「おい。どうした?」



 女騎士がみるみる厳しい形相になっていくのを見て、少年は思わず毒気を抜かれていた。



「迂闊でした……」

「迂闊って、何が?」



 女騎士の視線の先に何かあるのかと首を巡らしても、あるのはただ日曜日の校舎だけだ。

古風な赤いレンガ造りの建物と言い、塗装されたフレームワークの柵といい、特に不審な点は見つからない。



「なんですか、この貧弱な防御施設は」

「はあ?」

「兵の詰め所もなければ塔もない……。敵に襲われたらどうするんです!」

「何言ってるんだ?」

「防衛上の問題の話をしています!あんな簡単に乗り越えられる塀と金網と初老の衛兵ひとりで、一体どんな相手を防ごうというんです?」



 正門前の詰め所には確かに警備員がひとり詰めているが、ぽかぽかと日の当たる椅子に腰かけ眠りこけているようだ。

いかにも平和な風景だが、女騎士の表情には危機感がみなぎっている。



「私としたことが……。あなたが通学中に襲われる危険を考えなかったのはあまりに大きな見落としでした」

「大げさなやつだな……」

「大げさではありません!法王庁に不満を持つ輩や帝国の暗殺者が大挙して押し寄せてきた時、成すすべなく貴方を奪われることになります!」


 ほとんど被害妄想患者のそれだが、女騎士の言葉を聞いて少年の胸のうちにすとんと納得がいくものがあった。



「テロリストが学校を襲撃するとか、アンタやっぱり厨二病なんだな」

「……意味は分かりませんが、何か侮辱された気がします!」



 目の端を吊り上げた女騎士に、少年は落ち着いた声で続けた。


「じゃあどうしたいんだよ」

「私ならばまず付近の住人を徴用し、周囲に堀を開削します。空堀でも2メードほど全周を掘り下げれば十分でしょう」

「いきなり無茶言うな」


 

 公道を破壊する問題や周辺の民家の破損は女騎士にとって全く斟酌すべき事情とはならないようだ。



「それから建物をいくつか改築して兵舎にします。この規模なら守備隊は100人は欲しいですね」

「しゅ、守備隊……」

「大まかに槍兵が50人、マスケット兵を20人、補助兵を15人、弓兵を10人、隊長の騎士を5人で5組で編成します。あの建物ならば、大きさといい出入り口の数といい宿舎兼守備隊本部にちょうど良いです」



 クラブ活動の歓声でにぎわう体育館を、女騎士は軍事指揮所として品定めする目で見やった。



「ついでにあのような開けた場所は敵を利するだけです。全面に畝堀を掘り、盛土を積み上げて畝を作れば多少はましな防御施設になるでしょう」



 陸上部とサッカー部の生徒が汗をかくグラウンドを障害物に改造すると言い切る。



「それと、ああいった広葉樹は敵の発見を妨げる邪魔になるだけなので即座に切り倒します」



 歴代の卒業生たちが植えた記念樹を指さして女騎士は断言した。



「これで襲撃を受けても多少は持ちこたえることができます。生徒も皆安心して勉学に励むことができるでしょう」

「……軍事要塞にでも改造するつもりか?」

「学堂とはいえ安全対策くらいはして欲しいと言ってるのです」

「大丈夫だよ。危険なんかなんもねーって」

「本当ですか?危険なのは施設の脆弱性とだけは限りませんよ?」



 女騎士が疑い深く眉をひそめると、背中を曲げて少年と同じ目線まで頭を下げてきた。



「敷地内は安全ですか?権力による統治はどこまで行き届いています?暴漢や民兵や自治組織がのさばっていたりしては看過できませんよ。衛生対策は?水源は清潔ですか?たちの悪い娼婦が出入りしているようなことは?流行性の疫病や危険な寄生虫への対策はできていますか?もちろん常在の医師は瀉血に熟達したものを雇っているのでしょうね?」

「なげーよ」

「ぶっ!」



 デコピンの中指を眉間にくらい、女騎士が顔全体をくしゃくしゃにする。



「……とりあえずアンタに学校視察してもらうつもりで連れてきた訳じゃないんだが」

「いえ、この際です。中も見ておきましょう」

「はあ?」

「貴方が生活する空間を知っておくことは私の義務です。”エレフン”の教育には興味がありますしね」

「おい!不審者探しはどうした!?」



 守衛が居眠りしている詰め所を平気な顔で素通りすると、女騎士はずけずけと校門を抜けて中へと入っていく。

ミハルは慌ててその背中を追いかけた。


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