表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/104

5_4 視線

 いつもの街。


いつもの風景。


いつもの人並み。


住み慣れた土守の一番にぎやかな駅前。


今が一番いい気候、春の日曜日は誰もが開放的な気分になるらしい。思い思いの目的で道路は人でごった返している。


四月の風は雑踏の中にも清々しく新鮮な空気を運び、透明な太陽の光は行き交う人々の頬までほころばせているように見えた。




「落ち着かないな……」



 それなのになんとなく居心地の悪さを覚えて、ミハルはつい呟いてしまった。



「何か言いました?」

「いや、別に……」



 隣を歩くその原因である張本人から声をかけられては、低いトーンでこう応えるしかない。

自分よりも頭一つは確実に高い長身。結わえた長い髪は日光を受けて複雑な形に輝き、ピンと伸びた背筋は立ち振る舞いを全て凛々しく見せている。

何より異色なのはその恰好だった。幾何学模様が刻まれた金属の鎧に、身長に匹敵する長さの大剣を帯びている。

女騎士と形容する他がない姿形をして、同行者は少年よりも広い歩幅で足を進めている。


 しかも客観的に見て……この点はミハルも内心渋々認めざるをえないが……美人ときている。

はっきり言って目立って仕方なかった。

通りかかる人々の視線が全て集中しているようで、ミハルはついうつむいてしまう。


 当然、女騎士に集まる視線は隣を歩いている自分にも降り注ぐわけで……。



(なにあの組み合わせ?)


とか、


(オタク仲間?)


とか、


(もしかして弟?まさか親子?)


とか、とにかく嘲弄めいた眼で見られているように思えて仕方ないのだ。



黄色い声を上げて笑い合う女子グループや、日曜なのにスーツ姿の中年から見て自分たちの姿はどう思われているのだろう。



 自意識過剰気味かもしれないが、奇妙な組み合わせであることくらいは自覚している。


せめて自分がもう少し身長と体格があれば、もうちょっと堂々と隣を並んで歩けるのかもしれないが……。



(……って、カップルでもあるまいし!)



と少年は慌てて首を振って雑念を打ち消した。



「ミハル。手をつなぎましょうか」

「な、なんでだよ!」



 そういう訳で、不意にそっと伸ばされてきた指には驚いてぱっと距離を離してしまう。

大きな反応を示されて、ファム・アル・フートは少し目を見開いた。



「いえ、人混みですから危なくないようにと」

「こ、子供じゃねーんだからさ……」

「ほらほら、車道側は危ないですから。こっちにいらっしゃい」

「もー、だからやめろって……!」



 片方の肩を抱かれて無理矢理歩道の方を歩かされてしまう。

男として……というより、同格ともみなされていない。もしそうだったらこうべたべたと気安くくっついたりはしないはずだ。



(……なんとも思わねーのかな、こいつ)



どういう訳かそのことが腹立たしくて、憮然としてミハルは薄い唇を曲げた。





―――――――。



 見慣れない街。


珍奇な風景。


異教徒たちの人並み。


任務地である土守の一番雑多な交通機関前。


いったい何が楽しいのか、市場も立ってないのにそぞろに行き交う人々で道路は混みあっていた。


故郷よりもずっと強い太陽の視線は鎧の中の体にうっすらと汗をかかせ、何を考えているのか分からない通行人たちの表情は自然と警戒心を沸き立たせる。



「落ち着きませんね……」



 もしかしたら異常に高い高層建築物の屋上から狙われているかもしれない。

自分の頭上を容易く取られる地形が落ち着かず、ファム・アル・フートはつい呟いてしまった。



「何か言った?」

「いえ、別に?」



 隣を歩く護衛対象から声をかけられては、つとめて平静な声でこう応えるしかない。相手に不安を与えないのは騎士団で培った警護の必須技能だ。


自分の肩ほどまでしかない身長。少し乱雑に伸ばした豊かな髪は高貴な赤に近い色合いを帯び、その細さと柔らかな質感は女の自分から見てもうらやましいほどである。

もっとも彼の本質は、少女のように整ったかんばせや優雅になよやかな体格にあるのではない。神々の御使いである神造裁定者から直々に選ばれた祝福者なのである。


 異教徒である”エレフン”の住人たちからも、その価値は伺い知れるのだろう。

はっきり言って目立って仕方なかった。

通りかかる人々の視線が全て集中しているようで、ファム・アル・フートは努めて背筋を伸ばし威圧感を振りまいて『油断なく見ているぞ』と全身で主張した。



 当然、女騎士に集まる視線は隣を歩いている自分にも降り注ぐわけで……。



(あの少年を手に入れれば法王庁相手に膨大な身代金を要求できる……)


とか、


(監禁研究して奇跡の権能の秘密を何とかわが手に……)


とか、


(娘を送り込んで誘惑させて祝福者の血をわが一族に取り込んでくれる……!)


とか、とにかく血走った眼で見られているように思えて仕方ないのだ。



 被害妄想気味かもしれないが、もし本格的に襲撃されたらいかに自分が守りについているとはいえ万が一のこともありうることくらい重々自覚している。



黄色い声を上げて笑い合う女子の集団(おそらく巧妙に偽装した娼婦たちだろう)や、”エレフン”の安息日らしいのに仕事着の中年(いかにも怪しい)が内心で何を考えているものやら知れない。


せめてミハルにもう少し身長と体格があれば、もうちょっと安心して隣を並んで歩けるのかもしれないが……。



(……なんて、栓なきことを考えている場合ですか)



と女騎士は慌てて首を振って雑念を打ち消した。



「ミハル。手をつなぎましょうか」



 そういう訳で、少しでも護衛をしやすくしようと提案してみる。体格で視界が邪魔になる心配はないし、密着していればいるほど守りやすいからだ。



「な、なんでだよ!」



 が、意外と大きな反応で拒絶されてしまった。

まさかこの少年は自分の身を自分で守れるつもりでいるのだろうか。女騎士は軽く目を見開いた。



「いえ、人混みですから危なくないようにと」

「こ、子供じゃねーんだからさ……」

「ほらほら、車道側は危ないですから。こっちにいらっしゃい」



 例の粗雑な鉄の車が行き交う車道は危険だとファム・アル・フートは警戒していた。車を止めずにいきなりドアを開いて歩道側の少年を拉致しようとする輩が現れるやもしれない。自分が危険な車道側に立つのは当然に思えた。



「もー、だからやめろって……!」


 さりげなくこちらを見ている露店の物売り(品物の中に何を隠しているか怪しいものだ)から体を寄せて庇ったというのに、少年はどうも触られるのが嫌なようで手を払ってきた。




(……なんとも思わないのでしょうか、ミハルは)



 もう少し自分の価値を理解して、自愛というものを覚えて欲しいものだ。ファム・アル・フートは少し不満げに眉をひそめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ