5_3 巡察
頭から湯気を立てんばかりの勢いで、ファム・アル・フートはまくしたてた。
「ゆ、許せません!このような破廉恥な行いに及ぶなどと!」
「そんなに怒ることないだろ……」
「いいえ!騎士として見過ごせません!」
女騎士の正義感の琴線に触れるものがあったらしい。肩をいからせて断言した。
「よろしい。そのような輩、私が成敗してやりましょう」
「ええ……やめとけって」
「そうは参りません。軟弱なエレフンの武装自警団に、このような悪質な犯罪者を捕捉することができるとは思えません。運良く見つけたところで、逆に捕えられ拷問を受けいかがわしい薬物によって洗脳され手駒として利用されるのは目に見えています」
「一体どんな凶悪犯を想像しとるんだアンタは」
生徒や児童に声をかけたくらいでこれほど怒るとは、もしかして子供好きだったりするのだろうか。
ミハルが疑問を抱いたところで、興奮冷めやらぬファム・アル・フートはぱしぱしとお知らせの紙を叩いた。
「『神を信じるか?』ですって?仮にもこの土守の地は神造裁定者により選ばれたミハルという祝福者の住まう聖地です!そこで"エレフン"の邪教を広めようとするとは!あまつさえ信仰心も未熟な子供を狙ってです!神の剣として許せません。しかるべく報いを受けさせてやります」
高説をぶち始めた女騎士の横で、ミハルは力が抜けてぐたーっとテーブルに突っ伏した。
「?どうしましたミハル」
「アンタの怒る方向って、何かこう全部ズレてる気がするんだよな……」
「しんぞう……何?」
「ああ、アニメとかゲームの話。な!?」
怪訝そうな顔をした祖父に対して、慌ててミハルが誤魔化しに入る。
「とにかくやめとけって。危ないから」
「し、心配しないでくださいミハル。私も自分を知るくらいの分別は身に付けているつもりです。無茶はしません」
「……本当?」
「ええ。この剣ある限り、軟弱な"エレフン"の犯罪者相手に遅れを取ることなどありえません。あなたの妻が持ち帰る勝報をお待ちください」
不敵な顔でファム・アル・フートは断言した。
一体いつの間に持ち込んだのか、例の大剣を両手に持って自信げに鍔音を鳴らしたりする。
「そういう意味じゃねーっつーの」
ミハルは眉をひそめながら、ファム・アル・フートの鼻先にデコピンを入れた。
文字通り鼻っ柱をくじかれた女騎士は、痛そうに顔中をくしゃくしゃにした後、信じられないといった様子で目をしばたたかせた。
「つ、剣を持った私に反応すらさせないとは……。一体ミハルはどうやってそのような業前をどこで身に付けたのですか?お爺様の薫陶?それとも、これが祝福者の奇跡……!?」
「だからやめとけって。どっかの変なおばさんが人に構ってもらえない不平不満をごまかすためにやってんだって、きっと。こんなことでケガするやつが出たら馬鹿らしいだろ」
「ですから私の心配は無用ですと……」
「アンタがケガをさせる方を心配しとるんだ」
にやにやと様子を見ていた六蔵が、そこで初めて口を挟んだ。
「まあまあミハル。ファムちゃんがやりたいって言ってるんだから、好きにさせてあげたら良いじゃないか。見回りくらい」
「えぇ……?」
何故この祖父はこうも女騎士に対して甘いのだろうか。
不満な声を上げたミハルの横で、女騎士はうんうんと大きく頷いた。
「聞きましたかミハル?やはりお爺様も問題視しておられます。ここは町内の治安のために協力しましょう!」
「……そこまで言うなら好きにすれば良いけど、剣は置いてけよ。流石に物騒だからな」
「承知しました。徒手空拳の技を見せろという訳ですね?なるほど、『騎士の剣は斬るものによって切れ味を変える』と言いますからね」
ひとりで納得してこくこくと頷くファム・アル・フートを見て、ミハルは釘を刺しておいて正解だったと胸を撫で下ろした。
「ではお爺様。大変恐縮ですが、今日は私とミハルは治安維持活動のためお店はお休みさせて頂きます」
「うんうん。行っておいで」
「はぁ!?俺も!なんで!?」
思わぬ巻き込まれ方をしたミハルが声を上げる。
「あなたを守るのは私の第一の任務です。卑劣な悪党がいると分かって傍を離れる訳にはいきません」
「だったら出かけるよりうちにいた方がずっと安全だろうが!」
「もし私が町内を巡察している間に、お店や家を襲撃されあなたが拉致でもされて、卑劣で淫猥で奸濫で破廉恥な辱めを受けでもしたら……。とても私の命一つでは償いきれません」
「だんだんアンタの発想が貧困なのか想像力豊かなのか分からなくなってきた……」
ぐったりとうなだれたミハルだが、やる気満々の女騎士を街に解き放つ危険性に思い至る。
(自由にさせるより隣で見てた方がまだマシかも……)
自分が監視した方が良いという結論に至った。
「分かった、付き合うよ」
「それは良かった。私たちの初めての二人だけの共同作業ですね」
「誤解を招く言い方はやめろ」
――――――。
支度を整えて待っていたミハルは、女騎士の恰好を見て唖然とした。
「昨日服買ったろ!?なんでまたその恰好なんだよ!」
「いかに相手が軟弱な”エレフン”の犯罪者といえ、軽んじて用意を怠るのは愚かな行いです。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすというでしょう」
全身を完全武装の鎧で固めたファム・アル・フートは少し呆れた声を出した。
こんな相手と日曜を連れ歩くことになるとは。ミハルの胸のうちに暗澹たる気分が立ち込めてきた。
「貴方の方こそ、もう少しそれらしい恰好をしたらどうです?」
「何か問題あるのかよ」
お気に入りの薄手のパーカーとハーフパンツという着こなしをしたミハルの前に、ファム・アル・フートがむんずと立つ。
「な、なんだよ」
自分より体格で優る女騎士に重厚な鎧を纏って間近に迫られ、改めてその威圧感にミハルはわずかに身じろぎした。
ファム・アル・フートは平静な目つきで少年を見下ろすと、むんずと手を伸ばしてふわふわした髪の毛越しにそのフードをわしづかみにした。
「とても捕まえやすいです」
「離せ馬鹿野郎」
まるで子猫を運ぶときのように襟首をつかまれ、ミハルはばたばたと手を振って抵抗するがどうにもならなかった。
お話にもならないと言わんばかりに、ファム・アル・フートが深くため息をつく。
「……仕方ありません。ミハルはこれを持っていなさい」
ごそごそと鎧の内側をまさぐると、首紐のついたアクセサリーを取り出した。
大きさはちょうど手の中に収まるほど。何やら動物の角らしい光沢のあるケースに覆われている。
「何これ?」
「私の守り刀です。私の故郷では父親が娘に持たせる風習です」
ミハルがケースを外そうとすると『指を切らないように気を付けてください』と女騎士が注意を促してきた。
中からは小さな刃が現れた。
鍛造らしく、複雑な刃紋が浮かび上がる。冶金の知識のないミハルにもなかなか手がかかったものだということは分かった。
「結婚相手が堕落した不信心者だったとき、初夜のベッドの上で隠し持ったこの刀を使って刺せと言って渡されました」
「剣呑な親父さんだな……」
「オモチャみたいなものですが、ないよりはマシでしょう」
ファム・アル・フートの父親と言われて身長2Mほどの髭面の大男を思い浮かべたミハルだったが、工芸品としての守り刀は少し気に入ったので持っていることにした。
「使うときは相手の目や首筋を狙うんですよ」
「物騒なアドバイスはやめろ」
ふとあることを思い出し、ミハルは守り刀のケースを外してその長さを再度確認した。
「どうしたんです?」
「うん。刃渡り6㎝以下。これなら良い」
「何がですか?」
「これ以上大きくなると刃物持ち歩いてることになって銃刀法違反になる」
「文句が多いわりに意外と計算高いですね」
大剣持ち歩いてるお前は一発アウトだけどな、という台詞は黙っておいた。




