4_19 別に好きではないですが
「疲れた……」
耐えきれなくなって、ミハルは自販機の前に設けられたベンチにどっかりと座り込んだ。
はっきり言って女子との買い物がこんなに苦行だとは思わなかった。
ひとつの店に寄って、延々迷った挙句何も買わずに出ていくわ。
意見を求められて、迷って返事をしたら良いとも悪いとも言わずに自分たちで決めるわ。
かといって興味のないそぶりを見せようものなら露骨に不機嫌になるわ。
特に参ったのが100円ショップだった。
ファム・アル・フートは料理器具やら、洗濯道具やら、手品やパーティー用品やら……。
とにかくアイディア商品からくだらないジョークグッズまでいちいち興味を示しては用途と使い方を尋ねてくるのだ。
最初は仕方なく応じていたミハルだが、だんだんバカバカしくなって、
『知らない』『分からない』『使ったことない』などと適当な相槌を打つことにした。
ファム・アル・フートは自分が思う答えが返ってこないことに一瞬だけ眉をひそめたが、
『やはりミハルはまだ世間を知らない子供なのですね……』
などと一人でうなずくと、今度はマドカの方へ話を向け始めた。
別に良いのだがなんとなく腹の立つ納得のされ方である。
何が面白いのか、マドカは笑いながら相手をし始めた。
その分かりやすい説明に女騎士はすっかり引き込まれ、二人でぺちゃくちゃと衛生用品やら化粧道具やらを手に取りながら語り合いだした。
この時点でもはや完全にミハルは蚊帳の外である。
やりきれなくなって、『ちょっと休憩してくる』と恐る恐る言ってみると、実にあっさり認められた。
至る、現在。
「俺、来た意味あるのかな……?」
ぶつぶつ呟きながら、自販機で購入したミルクティーの缶をちびちびと傾ける。
ラウンジスペースにはベンチと自販機の他に、鉢植えの観葉植物がいくつも並べられていた。リラクゼーション目的らしいその列を背に背中を丸めて座る。
女子の買い物が面倒くさいというのは耳にしていたが、これは想像以上だ。
ジュンは一体何が楽しくて来たがったのだろう、と溜め息をつきながら思う。
「いやー、一通り揃ったねえ!」
「ええ。一つの店でこれほどの品を買い揃えられるとは、"エレフン"はやはり便利な場所です」
「……エレフン?」
観葉植物の葉の向こう側から、覚えのある声がした。
「化粧品に、洗顔具に、爪磨きに……。マドカに教えてもらった道具は実に便利そうです」
「ねー。男の子の家にホームステイでしょ?いろいろ不便だよねやっぱり」
「ええ。これまでずっと旅装ということでおざなりにしてきましたが、男性と添い遂げる以上は身だしなみに気を遣わなくては」
ファム・アル・フートと大師堂マドカだった。
インテリアグリーンを挟み、ちょうどミハルとは背中合わせの位置に陣取ったらしい。
黄色い声で袋の中をかきまわしては、ショッピングの戦果を確認しているようだ。まだミハルには気づいていない様子である。
「……ところでファムちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「何ですマドカ?」
「ミハルくんのどこが好きなの?」
「――――――っ!」
椅子から立ち上がって声をかけようとしたミハルだが、マドカの言葉に咄嗟に動きを止めた。
「………別に好きではないですが?」
ファム・アル・フートの唇から、困惑した声が漏れた。
「『好きではないですが』ってそんな」
「何故そんなことを聞くのです?」
「いや、だって。ふつー好きでもない男の子のところに押しかけないでしょ」
「そうなのですか?」
「そーだよ。いくらひいお爺さん決めた婚約者でも、女の子ならパートナーの条件の希望くらいあるでしょう?私だったら相手が油ぎったハゲのおっさんとかサル顔のエロオヤジとかだったら冗談じゃないわ」
マドカが大げさに肩をすくめてみせる。
「……確かに、私も若い女です。叶うならばそういった方はご遠慮申し上げたいところですが」
「でしょー!」
「ですね」
うんうんと二人はタイミングを合わせてうなずき合った。
「で、話戻すけれど!ミハルくんのどこが良かったの?」
「どこと、言いますと?」
「あるでしょー!顔とか性格とか、声とか匂いとかとにかく気に入ったところが……」
「気に入ったところですか……」
ファム・アル・フートは、数秒ほど考えてから答えた。
「私に食事を与えてくれたところです」
「は?」
「それから飲み物を振る舞ってくれました。エレフンに来て初めて私の話を聞いてくれ、なぜか眠ってしまった私を介抱してくれたのも忘れていません。雨露をしのぐ場所を提供してくれましたし、条件付きとはいえ私を受け入れ使命を果たす機会を……」
「ちょっと。ちょっと待って」
マドカが話を遮る。
「それってさあ、全部今までしてもらったことでしょ?」
「はい」
「私が言いたいのはもっとこう……チャームポイントというか引き付けられたところというか……どこにドキドキするのかってこと!」
「ドキドキ?」
「好きになったらこう、胸が高鳴って体が熱くなるもんでしょ?そういう何かしてもらったとか、プレゼントしてもらったとか理屈じゃなくてさ!相手のことが気になって仕方ないところがどこなのか聞きたいの!」
言わせんな恥ずかしい、とばかりにマドカがベンチの端をパンパンと叩いて見せる。
「………」
ファム・アル・フートは先刻よりさらに長い時間を思考に意識を振り向けて……結論した。
「……良く分かりません」
「えー?」
「ミハルは欠点も多い男の子ですが、根は優しいですし善良だと思います。しかし、マドカの言うような……その、胸が高鳴ったりは覚えがありません」
ファム・アル・フートが肩をすくめる。
「どうやら私は、ミハルに男性としての魅力を感じているわけではないようです」
それを聞いて、マドカは唇を尖らせた。
「えー、そうなの?ミハル君かわいそー」
「かわいそう?何故です」
「だってミハルくん。絶対ファムちゃんに気があるもん」
息を潜めて会話を聞いていたミハルは、もう少しでミルクティーの缶を床に取り落としそうになった。
「そ、そんなはずはありません!」
「え?気付いてなかった?」
「マドカの勘違いです!ミハルはいつも私に怒っているようですし、素直に言うことも聞いてくれません。お代わりをするよう言ってもすぐ食べるのをやめてしまいますし、夜早く寝るよう勧めても嫌な顔をします。一昨日など、お風呂に入っている時に私が背中を流そうとしたらものすごい剣幕になって……」
「あれくらいの男の子ってそういうもんなんだってば。好きな子ほどツンケンするっていうか、優しくしたり特別扱いすると好きなのがバレちゃうって思っちゃうのよね」
「そうなのですか…?」
「そうなの。かわいいでしょ?」
「かわいい、ですか……」
ミハルは耐えきれずに口元を手で覆った。
本当にこのクラスメイトは、自分と同い年なのだろうか?
「しかし、ミハルはマドカたちとの方が親しそうに見えます」
「……ミハルくんはね、優しくしてもどっかで周りの壁作ってんのよ。ギリギリで内心には踏み入れさせないって感じ。心の底から一緒に笑ったり怒ったりはしてくれない感じ」
「私に対しては本気で怒ってるように見えます」
「だから、ファムちゃんはミハルくんの内側に自然と入り込んだんだよ。多分」
ファム・アル・フートは、不思議そうな顔をした。
「……男の子というのは、そんなに繊細なものなのですか」
「まーミハルくんみたいなのは珍しい方かな。大抵の男子はバカばっかだよ。おっぱいとゲームとスクールカーストしか興味がないようなやつ。アタシの周りにいる男の子はそれに比べたらずっと上等だけどね」
ファム・アル・フートは露骨に眉を歪めた。
「それは不憫な。胸しか興味がないとは」
「ねー、最低だよね」
「女の魅力は他にもあるでしょう」
「ねー、ファムちゃんは鎖骨とか太ももとかお尻とかもメリハリついてて格好いいよね」
「マドカのしなやかな身体も魅力的ですよ」
(何の会話してるんだこいつら……)
背後でうふふふと気味の悪い忍び笑いでユニゾンする二人を、ちらちらミハルは見やった。
「……話戻すけど、ぶっちゃけファムちゃんはミハルくんのことどう思ってんの?」
「夫になる人です」
「そうじゃなくて、ファムちゃんの個人的な感情として」
「個人的な感情……?」
「あるでしょ、好きとか、かわいいとか、ほっとけないとか……そういうの」
「……良く分かりません」
「うぉ、マジか」
女騎士は本当に困ったように眉をひそめる。
「正直なところ、どう思えばよいのか良く分かりません。私は年下どころか、同世代の男子とも仕事以外で接触を持ったことがないのです」
「うわ、マジ?」
「ええ。八歳の頃からずっと鍛錬に明け暮れていましたし、ミハルやマドカくらいの年からは見習いの従士として実戦の場で研鑽を積んでいました」
「ふーん……。徒弟制度ってやつ?お仕事大変なんだね」
本当に騎士になるべく剣術や馬術を磨いてきたと知ったら、マドカは果たしてどんな顔をするだろうか。
こわごわミハルは背後を振り返った。
「ですから、正直なところ男の子がどんな女性を好み、どうすれば私のことを好きになってくれるのか分からないのです」
「……まあ、男の子の好みにもいろいろあるけどさ。やっぱり自分のことを本当に好きになってくれる相手が一番でしょ、一般論として」
「だから申し上げました!私の感情など問題ではないのです!使命を果たすためであれば、私はいくらでも好意を示してみせます」
ファム・アル・フートの声が一段高くなった。
「……それミハルくんに言わない方が良いよ」
「何故です?」
「だってそれってつまり、結局のところ本当に好きじゃなくても結婚するってことでしょ」
「結婚はします」
静かに、妥協の余地のない口調でファム・アル・フートは断言した。
「これは、私の好悪や私情を超えた問題です。一族の名誉がかかっていますので」
「でもそれってさあ、ちょっとミハルくんかわいそうじゃない?」
「もちろんミハルに一生不自由な思いはさせません」
女騎士は決然として言い切った。
「私は良い妻になれるようにつとめますし、ミハルが望むならどんなことでも耐えてみせます。彼の理想の伴侶となるために努力は惜しみません」
「そうじゃなくて……ミハルくんの気持ちとしてはさぁ」
「――――――っ!」
耐えきれず、ミハルは立ち上がった。
背後で二人が驚く気配がする。
「わっ!?」
「ミハル!」
背後から女騎士が呼び止める声がしたが、無視してミハルは一人で足早に立ち去って行った。




