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4_13 ナデナデ

 

……授業が終わった。



「でさー、コミカライズ版だと台詞なくなってんのよ」

「本当?」

「マジマジ。あれだとサイト―がいきなり手榴弾抱えて戦車に立ち向かうバカじゃん」



 マドカたちと駄弁りながら昇降口で下駄箱から靴を取り出し、いつも通りの帰り道へ向かおうとする。

ローファーに指をかけて踵を押し込んだマドカが、思い出したように言った。



「あ、そうだミハルくん。土日さぁ、時間作れる?」

「うち飲食店だけど……爺ちゃん次第?」

「買い物行こうよ」


 

 上履きをしまいながら、ミハルは眉をしかめた。



「買い物って……何を?別に欲しいものないけど」

「違う違う。ミハルくんのじゃなくて、ファムちゃんの!」

「ファムの?」

「ほら、日本で住むなら買い揃えた方が良いものたくさんあるでしょ?服とか日用品とか」



 確かにそうだ、とミハルは思った。

いつまでもあの鎧姿でうろつき回られたのでは迷惑この上ない。良いところに気が付いてくれた。



「分かった。土曜日で良い?」

「オッケー」

「何時が良い?ファムに行くように言っとく」



 マドカが露骨に嫌そうな顔をした。

例えるなら『オレンジジュースと炊き込みご飯を一緒に注文する客』と相席になってしまったときのような表情だ。



「?何?」

「何って、ミハルくんも行くのよ」

「?なんで?」

「ミハルくんのお嫁さんでしょー!?」

「嫁じゃねえよ……」

「こういうところで付き合ってあげるかどうかで女子の見る目って変わるよ?男子って本当面倒くさがりだなぁ…」



 タクヤがむすっとした顔でその話を聞いていた横で、へらへらとジュンが手を上げる。



「買い物?なら俺も行きたーい」

「ダーメ!女の子の買い物なんだから、男子禁制!」


 

 マドカが手で大きなバツを作る。


 

「ちょっと。俺は?」

「ミハルくんは良いのよ、旦那さんだから」



 抗議にマドカはあっさり言ってのける。

女子の基準って謎だなー、とミハルは思った。



「……それに。ミハルくんって細いし可愛いし、どっちかというと女子みたいなもんだし」

「ちょっと待った。今聞き捨てならないことを……」



 ぼそりと漏れた呟きを追求しようとしたところで、ミハルは校門そばにできた人だかりに気付いた。

またか、とため息をつきたくなる。



「……だから、もうコスプレはしません!」

「え。でもそれシバロマの恰好でしょ……?」

「もう握手も致しません!聖務は果たされたのです、もう私には必要のない行為なのです!」

「聖務?」



 複数の男子生徒に向かって、ファム・アル・フートは必死に説明しようとしている。

今日、彼女を取り囲んでいるのはいわゆるサブカルチャー系文化部……オタクな趣味を共有する生徒たちだった。

手に手にデジカメやスマフォを持って、ファム・アル・フートを撮影しようとしている。



「!」



 ミハルを見つけて、ぱっとファム・アル・フートの表情が明るくなった。小走りに駆け寄ってくる。



「ミハル!」

「アンタまた来たのか」



 少年が思わず小言を口にしそうになったのを無視して、女騎士はその背中に隠れるようにくっついてきた。

 


「お、おい」

「ミハル!あの連中に言ってやってください」

「何をさ」

「私はあなたの嫁だと、もっと周知するようにしてください!彼らの態度には人妻に対する節度というものが欠けています!」

「そんなことしたら俺の学校生活めちゃくちゃになるだろうが……」



 ミハルは大きくため息をついた。


「なんだよ、彼氏いんのかよ……」

「あの一年、彼女にコスプレさせるとかうらやましい……」

「良く見るとあの一年もコスプレ似合いそう……」


 サブカル系の生徒たちは面白くなさそうにその様子を見ていたが、やがて諦めたのかぞろぞろと引き上げていった。 

ファム・アル・フートはまだ不安げにしていたが、ミハルに促されてようやく体を離す。 



「来なくて良いって言ったろ」

「あなたの警護も私の役目だと言ったはずです」

「せめてその鎧と剣はやめろよ、目立つから」

「この装備は敵と戦うために必要です!」

「どこにいるんだよ、敵」



 呆れるミハルに対して、ファム・アル・フートは声を低くした。



「ミハル。あなたが平和な国に暮らしていることは良く分かりました。しかし、だからこそ用心しなければならないのです」

「何を」

「脅威はどこに潜んでいるか分かりません。一見安全で無害そうに見えてもその下に、隣人に対するどんな邪な欲望や異常な執着を抱いているか分からないのです」

「はぁ」

「特にあなたは神に選ばれた"祝福者"です。あなたの無知に付け込んで、むりやり肉体関係を迫ったりいけしゃあしゃあと不埒な要求をする不逞な輩がいつ現れるともしれず……」

「アンタのことだろそれは……」

「?」



 いまいち分かっていない様子のファム・アル・フートに、ミハルは小さくため息をつく。



「とにかく大丈夫。この学校もこの街も、凶悪犯罪なんか起こりようがないんだってば」

「本当ですか?学校の中で迫害されたりはしていないでしょうね……。私に任せて下されば、陰湿な卑怯者どもに自分たちの愚行を悔い改める程度に痛めつけて……」

「そういう物騒な考えはやめろ」



 女騎士の頭に小さくチョップを見舞う。乙女は大げさに頭を抱えて痛がった。



 その背中の向こう……体操部顧問のジャイ公こと郷田教諭が、校庭をのそのそとこっちに歩み寄っていた。

が、ファム・アル・フートの姿を一目見るや、慌てて踵を返してこそこそと立ち去っていった。



 (やっぱりこいつが学校に来ないようにしないと……)



 うんざりする気持ちになって、ミハルはさっさと連れて帰ろうと決めた。



「とにかく、ここじゃ邪魔だからもう行くぞ」

「相変わらず仲良いねえ、アンタたち」


 

 立ち去ろうとしたところで、マドカがジュンと牧野を置いて近づいてきた。 



「おぉマドカ。ごきげんよう」

「やっほー、ファムちゃん」


 若い女子同士がやる手をひらひらさせる挨拶をしながら、二人はほとんどくっつくように笑顔で向き合った。

いつの間にこんなに親密になったのかミハルからは不思議なくらいだが、女の子の繋がりというのは男子高校生の彼からは理解しづらい速度で進展するものだろう。



「ファムちゃん今日も鎧姿ばっちり決まってるねー」

「もちろん。装備の乱れは統率の乱れに繋がりかねません。騎士として鎧を常に整備するのは当然の心得です」



 …などと黄色い声でかみ合わないお喋りをしながら連れだって歩いたりする。

なんとなくミハル・ジュン・タクヤの男子組は会話に参加しづらくて、その後ろを手持ち無沙汰な気持ちで黙って歩いた。



「それでね。ミハルくんがファムちゃんとお買い物に行きたいんだって!」

「ミハルが?」

「ほら、遠い国で生活してて足りないものとかあるでしょう、色々。思い切ってまとめて買い物に行こうって話になって」

「おぉ、それは素晴らしいです!」



 事実をやんわりと歪曲しながらの説明だったが、ファム・アル・フートはあっさり信じ込んだ。

少年の方に駆け寄ると、肩に手を置いて女騎士のそれより頭一つほど低いところにあるその顔を覗き込む。



「流石ミハルです!そんな気遣いができる子だとは!見直しました」

「そりゃどーも……」

「いい子、いい子」

「だからそれやめろ!」



 わしわしと頭を撫でてくる乙女の手を振り払う。



「なんでいちいち撫でてくるんだ……」

「いえ……ちょうどいい場所にあるものですから」

「何が!」

「なんというか……落ち着くというか……収まりが良いというか」

 


 少年の抗議を無視して、女騎士はぽんぽんとその丸い頭を軽く叩いた。

ペットの猫のマッサージで腰を叩いてやるような手つきだった。



「だーかーらー……」

「へー、どれどれ」

「面白そー。俺も撫でさせて」

「じゃ、じゃあ、俺も……ついでに……」



 何故かマドカたちまで寄り集まって、四方からミハルの頭に手を伸ばしてくる。



「どうです?気分が落ち着くでしょう?」

「ほんとだ。ちょうどいいところにある。ってゆーか髪サラサラでやわらかっ」

「あー、分かる。なんか癒されるわー。マイナスイオン発生してる感じ」

「触ってると脳からα波出てる感じがする。リラクゼーション効果というか」

 


 ヨシヨシ。

サワサワ。

ナデナデ。

ペタペタ。



 そんな調子で、歩道の真ん中でてんでに頭をわしわしと撫でられる。

屈辱に少年は耳まで真っ赤になって、肩をぷるぷると震わせた。



「やめろっつってんだろ――――――!!」

 


――――――。



「まだ怒っているのですか?」

「うるさい」



 苦笑交じりで友人たちが謝罪を述べるのをずっと無視していたミハルは、帰り道が別れてからもずっとふくれっ面のままだ。

いじけたように肩を突っ張って歩くその後ろに数歩下がって、ファム・アル・フートがついてくる。



「ミハルはもう少し、器量と忍耐を身に付ける必要がありますね」

「なんだよそれ」

「すぐ感情をあらわにするようでは一人前の男とは認められませんよ」

 

 だったら頭を撫でようとするなと言いたくなったが、『子ども扱いするな』と言っているのと同じだと気づいて、ミハルは押し黙った。口にすることでかえって自分でもその事実を認めるような気がしたのだ。



「どこまでついてくるんだよ」

「死が二人を分かつまでです」

「いやそういうのは良い。俺これからお店でバイトなんだけど」

「バイト?労働のことですか?」



 ファム・アル・フートはきょとんとしたが、すぐに思い直したように目を輝かせた。



「では、私もご一緒しましょう」

「はあ?」

「家業に従事するのは妻として当然です」


 言うが早いか、ファム・アル・フートは肩で風を切って我先に喫茶『マンガラ』へ向かいだした。

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