4_5 スペシャリテ
その後、女騎士と友人たちはごく友好的に歓談を続けた。
タクヤはまだファム・アル・フートを疑いの目で見ていたようだが、マドカとジュンはすっかり打ち解けたようで馬鹿笑いを繰り返していた。
むしろミハルの方が『こいつら大丈夫か……』と友人たちのことを心配したくなったほどだ。
女騎士の受け答えは時折的外れだったり、あまりにも前時代的だったり、ミハルにも何を言っているのか分からない異世界の知識に基づいたものだったりした。
それでも特に友人たちは追及しようとはしなかった。一度『そういうキャラ』とみなされてしまったら、もう人間それ以上疑問には思わないものらしい。
特にマドカの入れ込みようはすごかった。
あっという間に女騎士とのパーソナルスペースを詰めると、横で聞いていて呆れるくらいのとんとん拍子で週末身の回りのものを買い物に行く約束まで取り付けてしまった。
「大丈夫かよ。そんな約束して」
流石にミハルは心配になったが、
「問題ありません。現地での協力者を作るのも聖堂騎士団の役柄。地元住民との交流は必須の技能です」
潜入工作員みたいなことを大真面目に言うファム・アル・フートと、小躍りするようにはしゃぐマドカを見ると口を挟むことはできなくなった。
夕暮れで辺りが薄い赤に覆われる頃、門前まで出て友人たちを送り出す。
「ファムちゃん、またね――――――っ!」
マドカなどは小学生のように、ぶんぶん手を振って帰っていった。
生真面目に肘から先を測ったように同じ角度で動かして応える女騎士を横目に、ミハルはぽつりと漏らした。
「俺としてはアンタにもお帰り願いたいんだけどな……」
「私の居住地はここです」
いけしゃあしゃあと言い切ってみせる。
「もしかして俺、このままなし崩しでずっとアンタの面倒見続けなきゃならないのかな……」
「何を馬鹿なことを言っているのですか。私が貴方の面倒を見るのです」
女騎士は呆れたように肩をすぼめた。
「ミハル。少し早いですが夕食にしましょう。手を洗ってきなさい」
「いつ用意してたの、そんなの」
「昼に貴方が外出している間です。『時は得がたくして失い易し』と言いますからね。どこに何があるのかおおよそ検討をつけました」
「もう家の中把握されてる……!?」
自分の言った言葉が水面下で現実のものになりつつある怖気に、ミハルはぶるっと背中を震わせた。
――――――。
祖母が使っていた大鍋を、女騎士は見事に使いこなしているようだった。
「……」
台所に立つその背中を食卓から眺めながら、ミハルは祖母がいたころの懐かしさをなんとなく思い出していた。
ただ同時に、どこか大切な思い出に他人から少しだけ無遠慮に触れられた時のような痛痒を覚えないでもなかった。
ぐすりと鼻をくすぐったところで、ファム・アル・フートが火を止めた。
香辛料を追加してひと煮立ちさせるのがコツなのだ、と聞いてもいないのに明るい声で説明してくる。
「さあできましたよ」
大鍋を中心に、食卓に献立がてきぱきと並べられていく。
主食のつもりらしい例の芋粥の入ったボウルの隣に、香草の入ったマッシュポテトのようなペーストがこんもりと皿に盛られている。
脂身が弾けそうな焼き目の入った豚肉と薄切りの芋の炒め物がそれに続き、スープ皿の中ではくたくたになるまで煮込んだキャベツが透き通った色をした汁の中で甘い匂いを放っていた。
冷蔵庫の中のありあわせでこれだけのものを作ったことにミハルは驚いた。
祖父との二人暮らしではなかなかお目にかかれない手の込んだ料理ばかりだった。思わず喉が鳴ってしまう。
「神造裁定者よ。私たち夫婦に願わくば一日も早い男児の誕生を……」
「やめろ。飯がまずくなる」
女騎士の祈りが珠に傷だったが、無視することにしてミハルはポテトを小皿に取り分けた。
「いかがです?」
「うん、美味しい」
「それは良かった。まだとっておきがありますよ」
女騎士は自慢げに、布巾で大なべの蓋を手に取った。
「一昨日から仕込み初めて、今日がちょうど食べごろです。手がかかるので本当は特別な日にしか作らない料理なんですよ」
「何々?」
ミハルが立ち上がって鍋の中を覗き込んだ。湯気と一緒に、実に深い匂いが鼻孔の隅々まで行きわたり嗅覚をくすぐってくる。
大鍋の中で、何やらぶつ切りにされたもの丸い細長いものが溶けた脂と並んで浮かんでいた。
「……何だこれ」
「ヘビの煮込みです」
「…………ヘビ?」
「ええ、3日前に河原で捕まえました。美味しそうでしょう?」
「オチをつけるな!」
思わずミハルは女騎士の顔に向けて布巾を投げつけていた。
「!?――――――え、何でです!?」
「おま……せっかく人が褒める気になってんのに!何、わざとやってんの!?」
「どういう意味です!?私の郷里では名物料理なんですよ!」
「本当か、おい!?」
女騎士が信じられないといった顔で目を白黒させる。
「まさか、貴方も蛇はお嫌いですか?」
「嫌いっていうか食ったことねえよ!」
おばあちゃんの鍋でゲテモノ料理作りやがって、とミハルが言いかけたところで。
「ははぁ、食わず嫌いですね?」
片頬を歪めるようにして、ファム・アル・フートはにやりと笑った。
「仕方ないですねミハルは!まだまだ子供というわけですか」
スプーンと小皿を手にしたまま、妙にうきうきとした態度でファム・アル・フートは立ち上がる。
自分の優位を確信した人間がする態度だった。
そのままにこにこと、テーブルを回り込んでミハルの隣の席までやってくる。
気勢を削がれて思わずたじろいだ少年に、女騎士はずいと顔を近づける。
「任せてください。私は偏食を治す名人です」
微笑を湛えながらファム・アル・フートは断言した。
「何だそれは」
「む。実績もちゃんとありますよ。故郷には私が面倒を見ている幼子がいますが、その子の野菜嫌いをちゃんと治したのです」
言いながら、大鍋の中身を小皿に取り分ける。
よく似込まれた野菜に交じって、爬虫類の鱗の痕跡である四角い皮目とぶつ切りの丸い肉の断面が浮かぶ光景に、思わずミハルは身を震わせた。
「食わず嫌いなんて、ほとんど思い込みなんですから」
意に介さず……どころかどこか得意げに、ファム・アル・フートはぷるぷるとゼラチン質が揺れる肉をスプーンですくい上げた。
薄い唇が、微笑の形のまま匙を咥えた。
そのまま、皮と小骨ごと口中で咀嚼し、嚥下してしまう。
「はい、美味しいですよ」
ね?とわずかに首を傾げてくる。
呆気に取られるミハルの様子を無視して、ファム・アル・フートは更に小皿から肉を取り出した。
「はい、あーんしてください」
「え?」
「あーん」
目の前にヘビの肉を突き付けられて、ミハルは固まった。
食うや食わざるや……。
「ね、騙されたと思って食べてみてください」
「…………」
突っぱねる怒りと気力が萎えたのは、ファム・アル・フートの声には一切の悪意も稚気も含まれていなかったからだ。
言われるままこわごわと口を開く。
ぱくり。
「……どうですか?」
「……すごくおいしいです」
小骨が多く口に当たるのと、皮が多少固いのを無視すれば本当に美味しかった。
「それは良かったです!」
「…………」
「私の故郷ではヘビは精力増強の薬です!貴方に立派な壮健な体になってもらうために、これから毎日ヘビ料理を作りましょうか!」
「おいバカやめろ」
女騎士の恐ろしい計画にミハルは思わず顔色を失った。
「肉をもっとたくさん食べなさい。はい、あーんしてください」
「自分で食う!」
スプーンをひっつかむ。
「ヘビは頭の周りが美味しいんです。どんどん食べなさい」
「……冗談だろ、おい」
……一体鍋の中にヘビ何匹が入っていたのか分からないが、結局二人で綺麗にたいらげてしまった。




