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4_4 生まれ出たもの


「へー、ここは洋室なんだ!」



今時珍しい日本家屋の中で、絨毯が敷かれソファセットの置かれた洋室になっている応接間を見て大師堂マドカは声をあげた。


この家に友人をあげるのは初めてなミハルは何か落ち着かない気分になったが、ジュンもタクヤも鞄を適当なところに下ろしながらそれぞれ面白そうに部屋を見渡している。



「アンティークだな……」

「あの写真、ミハルくんのおばあちゃん?きれーな人だね」

「どうぞくつろいでいてください。今お茶を出しますので。ミハル、用意の仕方を教えてください」

「押しかけ女房気取りかよ……」


 

 ぶつぶつぼやく少年は、それでもお茶の支度をしに台所へ女騎士と連れだって歩いていった。



「……金網が入っているのですか!優雅さには欠ける気がしますが、なるほど効率的です」



 初めて見る日本茶と急須に驚く女騎士に、少年は釘を刺しておくことにした。



「上手く胡麻化せよ!」

「何をです?」

「アンタがうちにいるのがバレたらいろいろまずいだろ」

「何故ですか。はっきり私たちの関係を説明してさしあげればよろしいのです」

「どう言えってんだよ!」



 いきなり結婚を申し込んできた上に家にまで転がり込んできた年上の自称女騎士を端的に表現する単語は、少年の語彙の中には存在しなかった。



「ははあ、恥ずかしいのですね?」

「多分アンタが想像しているのとは別の意味でな……」

「こんなことで気後れするとはまだまだ子供ですね!よろしい、年長者のつとめです。私がそれとなく説明してさしあげましょう」



 茶碗を乗せたお盆を片手に、胸を叩いて女騎士は請け負ってきた。



「…………」


 不安を感じながらも、それでもその自信満々な態度にミハルは任せてみることにした。



 ――――――。


 応接間に戻り、お茶を配る。



「あ、手伝うよ」



 ぱっとマドカが自然にお茶を配膳し始めた。良く躾けられた女子特有の機敏さにミハルは少し驚いた。



「……ちょっと良いですか?」



 怪訝な表情を浮かべたタクヤが、あぶなっかしい手つきでお茶を注ごうとする女騎士に声をかける。


「えっと……」

「ファム・アル・フートと申します」

「ふ、フォーマルハウト?さんは、ミハルとどういう関係なんですか?」



 聞きなれない響きの名前を上手く発音できなかったタクヤだが、ファム・アル・フートは少年の粗忽さを優雅に無視してごく自然に答えた。



「夫婦です」



 茶碗をテーブルに置きながら返されたその言葉は、響きと声色だけなら実にごくごく自然なものではあった。



「「「は?」」」



 女騎士を除くその場にいた全員が固まった。



「突然で驚かれたでしょうが、私とミハルは夫婦に……痛ぁ!」



 つらつらと説明をしようとしたファム・アル・フートは、いち早く硬直から回復したミハルによって小指をねじり上げられて苦悶に顔をゆがめた。



「ごめんね。まだ日本語に慣れてないんだ」

「いや、でも今めっちゃ流暢に……」

「あ、そうだ!お菓子忘れてた!取りにいかなきゃ!」



 金属製の手甲ごと指関節を極めながら、笑顔で少年は引きずるようにして女騎士を客間から連れ出した。



――――――。



「アンタに任せた俺がバカだった!」

「騎士に向かって失礼な……」



 台所に戻って怒りをあらわにした少年に、女騎士は不服そうに頬を膨らませた。



「不自然だろどう考えても!」

「そういえば貴方の年齢では結婚はできないのでしたね……なんという不健康な管理社会……」

「社会批判は置いとくとして、ちゃんと上手く誤魔化してくれよ!」

「確かに結婚式の案内も招待まだなのに、友人たちの前で夫婦を称するのは不自然ですね」

「そういう意味じゃないけど……もう良いよそれで!」



 うんうんとうなずく女騎士に、少年は苛立たし気に頭を掻いた。



「とにかく上手くやってくれよ!」

「お任せください。今度こそ誤解なく私が貴方の女であると説明してみせます」

「そういうのをやめろと言ってるんだ!」



 お茶菓子を片手に、少年は乱暴に台所の戸を開いた。



 ――――――。



「お菓子だぁ、いただきます」


 

 ソファセットにかけていたジュンが真っ先に飛びつくと、個包装の袋を開き出した。


「それでさ、ミハルくんってどうやって騎士さんと知り合ったの?」

「神々のお導きです」

「え?神?」

「ちょっとこの人が店の裏で困ってたところを縁があって……」



 流石に『ポリバケツを開けて残飯を漁ろうとしていた』という説明は気が引けて、ミハルは言葉を濁した。



「それで友達になったんだ」

「うん、まあ、そんなところ……」

「ファムさんって外国から来たんですよね?」

「ええ、そうです。出身は法王圏のアークマイト公国ですが」

「聞いたことないなあ。ヨーロッパのどこか?」

「“聖都”や”平原の都”の北、”大山脈”を超えた先にある諸侯連邦領の一つです。50年ほど前に六都市同盟から独立を果たしました」

「ふーん、良く分からないけど……」



 追求すればそれは理解できない土地の地理の話であったことはすぐ分かったろうが、女騎士がごくごく当たり前のように答えるのであくせくするミハルをよそに友人たちは勝手に納得した。



「それで、もしかしてミハルくんと一緒に住んでるの?」

「ええ、そうです」

「違う、ちょっと泊めてるだけ!」


 慌てて訂正する少年を無視して、マドカは更に食いついてきた。


「ところで、もしかして二人は付き合ってるんですか?」

「付き合う?」

「交際するって意味」

「ああ、それは誤解です。私はミハルの恋人ではありません」



 さらりと否定した。


ミハルが胸を撫でおろしたところで、ふっと女騎士はその肩に手を置いてにっこりとした。



「婚約者です」

「「「は?」」」

「―――――――!」



 ある種の肉食動物が飛び付くような俊敏さで、ミハルは自分に触れたファム・アル・フートの手首をねじり上げた。



「ぐぉぉ……!?」

「まだ日本語の使い方が良く分かってないみたいで……」

「なあ、ミハル。お前もしかして変なことに巻き込まれてるんじゃないだろうな?」



 それまで話に混ざらずに、冷めた目で様子を伺っていたタクヤが不意に切り出した。


「え?」

「脅かされたり、何かに無理矢理付き合わされたりしてるんじゃないか?」

「ちょっとマッキー。よしなよ本人の前で」

「だっておかしいだろ。絶対ミハルって、家に外国の女連れ込むようなタイプじゃないぞ。困ってるんなら相談しろよ?」



 真剣なタクヤの表情に、ミハルは言葉に窮した。


友人が油断なくポケットに手をやっているのは、必要ならば即警察に通報しようとする用意だろう。



「ええと……」



 タクヤの言うことは全く間違っていない。


自分は巻き込まれた側で、女騎士は客観的に見て無理矢理生活に闖入する迷惑な異邦人で、排除しない理由は何ひとつない。


その気になって助けを求めれば、地元の有力な一族の出身で時折大人顔負けのしっかりした態度を見せるこの友人は、女騎士が二度と自分に近づけないように取り計らってくれることだろう。



「……」



 心の中で何かがミハルに、友人に助けを求めることに対して猛烈な抵抗を示していた。


異邦から来てたった一人で役目を果たそうとしている女騎士に対する同情以外の何かが、少年の中で彼女をかばおうとしていることに少年自身が驚いていた。



「ミハル?」

「――――――」



 説明を求められている状況よりも、自分の胸中で生まれつつある感情の方を上手く説明できず、少年は困惑した。




 ――――――。



 ……女騎士の脳は全速力で思考を走らせていた。



隣では少年が血の気の引いた顔で答えに困っている。


助け舟を出してやらなければならない。年下の少年を自分のために困らせているという構図そのものを女騎士の自負とプライドが許せなかった。


それに彼女に与えられた神からの使命を思うと、ここで彼の評価を下げる訳にはいかない。



 瞬時に自分が答えるべき候補を頭の中で並べ替える。



1.『夫婦』……ファム・アル・フートにとっては一番自然な解答なのだが、何故か少年にとっては受け入れられないらしい。却下である。



2.『長年疎遠だった親戚が訪ねてきた』……客観的に見てミハルと自分が血縁があるというのは不自然である。結婚した後で醜聞になる可能性もある。却下。



3.『使用人』……自分のような騎士階級の人間が家事のために雇われているのはあまりにも不自然である。却下せざるをえない。



「…………!」



 悩みぬいた末、ファム・アル・フートの脳髄はある結論を引き出した。


暗闇の中一つの光明を見つけたときのように、そのアイディアは彼女の心をぱっと照らし出した。


それくらい文句のつけない見事な発想に思えたのだ。


 不審そうにこちらを見てくる眼鏡の少年の視線も、今や動じることなく受け止められる。


女騎士は悠然と続く質問の言葉を待った。

 


「もう一回聞くぞ」

「……」

「それで、結局お前らってどういう関係なんだ?」

「私がお答えしましょう!」



 明るい声で割って入った女騎士に全員の視線が集中する。



「肉体関係です!」



 晴れやかな顔で女騎士は断言した。


 ミハルの肘鉄が女騎士の脇腹にめり込むのに、それから1秒も要しなかった。



「……ごふっ!」

「ごめん、なんか気分が良くないみたいで……ちょっと外の空気吸ってこようか」



 喉から苦悶の響きを吐き出して目を白黒させる女騎士を連れて、鬼神のごとき形相を浮かべる少年の迫力に唖然とすることしかできない友人たちに背を向けた。



 ――――――。


 

 再び台所。



「本当にいい加減にしろよアンタ……」

「今の説明のどこが不自然なのですか!」



 じとっとした視線で睨みつけてくる少年に対して、女騎士は抗弁した。



「夫婦でもなく、親戚でもなく、使用人でもないのに同居している女……妾か囲い者か性奴隷しかないでしょう!?」

「性奴隷言うな!そういう発想しかできねーのかアンタは……。だいたい良いのかよ、その、……セフレって思われても!」

「確かに騎士として受け入れがたい屈辱ですが、これも聖務遂行のため……。そのためならば私は肉便器呼ばわりされようとこらえてみせます」

「努力の方向を間違えんな!」



 悲壮感溢れる表情で拳を握りしめた女騎士に向かって、ミハルはバンバンとテーブルを手で叩いた。



「……!」

 

 女騎士の表情に一瞬苦渋が走るが、次の瞬間意を決したかのように台所のドアへ体を翻した。


「やはり、これ以上私は虚偽に耐えられません!夫の友人をだまし続けるなど、不誠実です!」

「おい、待て!何をする気だ!?」

「説明します、私は異邦の地"アルド"からやってきた神の剣で!神造裁定者の命でこの地にやってきたことを!」

「やめろバカ!」


 慌てて少年が呼び止める。


廊下をずんずんと進んでいく女騎士に後ろから追いつくと、懇願するように手を引いた。


「困るからやめて!」

「ご心配なく。この世界とは異なる“アルド”の住人ということで差別されるかもしれませんが、信念を持った騎士はその程度のことで苦境を嘆いたりはしません」

「昼間から真顔でそんなこと喋ったら俺まで痛いやつにされるだろ!」

「どうして本当のことを喋るのがいけないんですか!」

「あーもう……やめろってば!」



 ほとんど躍起になって、少年は女騎士を引き留めようと思い切り体重を後ろにかけた。



「あっ」

「え?」



 が、ニスの塗られた廊下をスリッパで歩くことに慣れていない女騎士には予期しないその負荷をこらえることは難しかった。


両脚がもつれて、二人は廊下に思い切り尻もちをついてもんどりうった。



「痛ってえ……」

「だ、大丈夫ですか!」

「うん、転んだだけ……」



 廊下の上に絡み合って転がった二人だが、上になったミハルは手をついて起き上がろうとする。


すべすべして冷たい感触が手のひらに伝わって来た。



「あ」



 床に手をつこうとした拍子に、良く見なかったせいで女騎士の胸甲を思い切り鷲掴みしてしまった。



「――――――!」



 驚きと羞恥心で、少年のあまり余裕のない度量は瞬時にメーターの針を振り切った。



「ど、どこを触っているのですか!」

「――――――ご、ご、ごめんなさい!」



 事故とは言え女の人の体を触ってしまった。


それも鎧越しはといえ胸をである。


……嫌われたかもしれない。


自分がしたことに恐懼してミハルの心臓が縮み上がるが、女騎士の反応は軽蔑や嫌悪とは別種のものだった。



「……?」



 慌てて飛びのこうとしかけたミハルが、予期しないこと不意に眉を潜める。


廊下に仰向けになった女騎士は何故か恥じらいに長いまつ毛を伏せ、頬を染めていた。



「ベ、べ、ベッドの上でならどこでも触らせてあげますから、明るいうちは我慢してください……」

「変なこと言うな、誤解されるだろ!」

「あ……もしかしてこれは"エレフン”の習慣ですか?」

「は?」

「目の前で抱いてみせて『自分の女だ』と周囲に示す訳ですね?わ、わ、分かりました協力しましょう!」

「首に腕を回すな!……すごいちからだ!!?」



 万力のような無慈悲な力で、少年はぎゅうっと下から抱きしめられた。


擦れ合った女騎士の頬の感触と鯖折りのごとく加えられてくる脊椎の痛みに、網にかかった魚のごとく手足をじたばたとさせる。



「……仲良いなあ」



 廊下の真ん中で新種の奇怪な虫のような動きでもみ合う男女二人の様子。


応接間の扉から顔を覗かせた呆れ顔の三人の中で、マドカがぽつりと全員の胸中を代弁した。

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